2-(2) 「今回が初めての死というわけではないである」

 2


「うああああああああああああっ!」

 悲鳴をあげて今見が鉱山から飛び出してきたのはそれから数分後のことだった。その後ろには笑顔の蘆永が続く。

 さらにその後ろには、家ほどもある巨大な〔異界生物シャドー〕がいた。

 その〔異界生物シャドー〕はカバのような大きな頭を持ち、その頭から羊のようなねじれた角がはえている。さらに岩のような表皮におおわれた胴体は牛の体に酷似していた。その胴体から伸びる蛙のような足をばたつかせて、まるで悶えるようにこちらへ向かってきていた。

「鉱山には〔異界生物シャドー〕がいないんじゃなかったんですか?」

「いないはずっすよ。だから誰かが連れてきたとしか思えないっす」

 宮直先輩がそう答えたのとほぼ同時に、その巨大な〔異界生物シャドー〕が口からよだれまみれの人間を吹き出す。

「お姉ちゃん!」

 大山が叫んだ通り、その人間は確かにセンパイだった。

 センパイのことだ、なにか策があって化け物の口に飛び込んだのだろう、〔異界生物シャドー〕が暴れていたのはセンパイを口に含んでいたためだ。地面に着地したセンパイは再びそいつへと向かっていく。よごれで少し汚いがその美しさは健在。手には湯かき棒……ではなく鉄殴棒メイスを持っていた。湯かき棒は背負ったままだ。

「音乗……あいつはなんなんだ?」

「知りません。初めて見ますわ」

「あれは牛蛙馬獣ベヒモースですよ」

 音乗に代わって答えたのは蘆永だった。

「意外だって顔ですね。心外ですよ、それは。こう見えてぼくも案外いろんなことを知ってるんですよ」

「そりゃ、悪かった。で、対処法とかは知ってるのか?」

火炎球ファイアで焼き払うのがベストだと思いますね」

「センパイ! 一気に焼き払います!」

 蘆永の言葉を聞いた俺は牛蛙馬獣ベヒモースに向かっていくセンパイに大声で叫ぶ。

 けれど、俺の声が聞こえなかったのか、センパイは跳んだ。ありえない跳躍力だった。センパイの足は橙の光と緑の光をまとっている。それが〔魔石アルカンシェル〕を組み合わせた〔魔法オーラム〕だと理解。

 そのままセンパイは牛蛙馬獣ベヒモースの目玉に鉄殴棒メイスを叩き込む。

 痛みに咆哮をあげた牛蛙馬獣ベヒモースは怒り狂い、後ろ足で立ちあがり、勢いをつけて前足で地面を叩く。鎚のように振りおろされた蛙足で地面が砕けた。とたん、すごい震動が襲いかかる。

 その後、牛蛙馬獣ベヒモースは痛みからか動かなくなる。

 震動は予想外だったが、センパイは俺の言葉を理解して隙を作り上げたのだ。

 転倒しそうになるのをなんとかこらえ、〔赤角石ユニコン〕を投げようとした俺たちだったが……俺たちよりも早く後野さんが牛蛙馬獣ベヒモースに向けて〔赤角石ユニコン〕を投げた。

 ところが〔赤角石ユニコン〕が変貌した炎は牛蛙馬獣ベヒモースに向かうことなく、後野さんの体を包み、しかもその炎は天を焦がすほどの火柱となる。

「祭っち!」

 異変に気づいた宮直先輩が後野さんに駆け寄ろうとするが、危険を察知して八咲が抱きとめる。

 後野さんを包んだ炎は後野さんを黒こげにしたのち、宙に浮いて球体になり、牛蛙馬獣ベヒモースに襲いかかり、一瞬にして灰にした。

 けれどそれだけでは止まらない。

 巨大な火炎球はそのままいきなり向きを変え、牛蛙馬獣ベヒモースを見て腰を抜かしていた音乗のもとへと向かっていた。

「音乗っ! 逃げろっ!」

 俺は叫びながら音乗のもとへと走る。〔異界生物シャドー〕を倒すことに夢中になって、怖くて動けないチームメイトのことを忘れるなんて最低だ。だから俺は必死だった。

「今見! なんとかしろっ! 音乗を守れ!」

 音乗の近くに今見がいることに気づき、俺はなおも走りながら叫ぶ。

「なンとかだと!? ふざけるなよ! どうにかできるわけないだろっ!」

 今見は自分が巻き込まれるのを恐れて後ずさる。

 間に合うのか?

 火炎球の移動する速度は俺の走る速度よりも速い。

 けれど俺はあきらめない。

 音乗の涙が目に映る。それは諦念のようにも思えた。

 それでも俺はあきらめない。

 待ってろ、音乗っ!

「うおおおおおおおおっ!」

 俺は剣囲盾ソードシールドを構え、そして音乗と巨大な火炎球の間にすべり込んだ。

 火炎球が爆ぜる。

「オーーーーーーーーール!」

 八咲が絶叫する声が明確に聞こえた。そう明確に。

 やがて煙が晴れると、俺の目に驚くチームメイトたちの姿が映る。

 俺は生きていた。構えていたはずの剣囲盾ソードシールドは燃え尽きていたが俺自身は無傷。

 かばった音乗は気絶したが無傷だった。よかった、と胸をなでおろす。

 音乗を背負った俺はみんなのもとへ歩み寄る。

「心配させんなよ」と八咲に小突かれ、「なにが起こったっすか?」と唖然としていた宮直先輩が呟いた。

「わかりません」

 俺がそう答えると、センパイが近づいてきて、なぜか湯かき棒で俺の肩を叩いた。

 センパイが現れたときから痛み出していた胸の痛みがさらに増した気がしたが、またいつも通りの鼓動を刻む。

「なに、してるんですか?」

「なんでもないわ。気にしないで」

 センパイは俺の疑問を軽くあしらってから、黒こげになった後野さんに近寄るみんなに問いかける。

「それよりも祭はどうなったの?」

 こんなときでも冷静な蘆永が首を横に振った。

「嘘だろ……」

 宮直先輩が顔を引きつらせ、

「死んだのか?」

 泣きそうになりながら八咲が尋ねてきた。

 蘆永が首肯する。俺も涙目だった。

「あれはなんだったんだ? 俺たちと同じように〔魔石アルカンシェル〕を使っただけだよな?」

 その問いかけにチームメイトは誰も答えなかった。

 まるで悲しみに支配されたかのように静寂がつつみ込む。

「それについては我が語ろう」

 そんななか、声が響いた。耳に届くのではなく、直接脳に響いた。

 そして後野さんの体に〔魔力エーテル〕が立ちこめ、姿を形づくっていく。

 現れたのは〔異界生物シャドー〕だった。その〔異界生物シャドー〕はワシのような体を持ち、その体色は赤紫に染まっている。けれど胸元から首をおおうマフラーのような羽毛は金色に輝き、フクロウの頭から孔雀のような鶏冠をはやしていた。胴体からのびる孔雀のような尾は先端に行くほど赤くなっている。

異界生物シャドー〕がなんで後野さんの体から……!?」

「っていうか、〔異界生物シャドー〕は喋れるのか……」

「正確には〔魔法オーラム〕を使ってそちらの言語体系に合わせているのである」

 俺の呟きに目の前の〔異界生物シャドー〕はそう語る。

「まさか、お前が祭っちをあんな目に遭わせたんすか」

「それに対しては、そうである、とも言えるが、そうでないとも言える」

「どういうことだよ?」

「まあ、待つのである。まずは先んじて、〔別界アルカディア〕のお主らが我らに名前をつけたように我はお主らふうに自己紹介するのである」

 そう言った〔異界生物シャドー〕は、我は赤紫梟雀ポイホークスである、と簡潔に述べた。

「ちなみに〔別界アルカディア〕というのは我らの世界をお主らが〔異界シェオール〕と呼ぶのと同じである」

 赤紫梟雀ポイホークスは蛇足としてそうつけ加えて、ここからが本題である、と話を続けた。

「簡潔に言えば、マツリ嬢は生き返るのである。そもそもマツリ嬢にとって、今回が初めての死というわけではないである」

「いい加減なこと言わないでよ!」

 まるで親の仇が目の前にいるような鋭い目つきでセンパイは赤紫梟雀ポイホークスをにらみつける。

「いい加減ではないのある。マツリ嬢は蜥猫蜴蛇リニャードに殺されているのである。今から一年ぐらい前に」

「それって、うちらが一年生のときじゃないっすか」

「じゃあ、あのサプライズで、ってことですか……」

「お主らの言っていることがよくわからんであるが、とにかくマツリ嬢は一度死んでいるのである」

 赤紫梟雀ポイホークスはそう断言し、そして自分の偉業をたたえるかのようにこう語った。

「しかし、我の力を持ってしてマツリ嬢は生き返ったのである。とはいえ副作用が出てしまい、少しばかりボーッとしてしまっているのであるが、助けるためには致し方ない、と思ってほしいのである」

「でも、ちょっと待てよ。なんでお前は後野さんを助けたんだ?」

「理由であるか?」

 俺が頷くと赤紫梟雀ポイホークスは声を張り上げ、

「そんなのは簡単である。愛である。我は生まれてこのかた、誰かを愛するなんてことはなかったわけであるが、驚くべきことに我はマツリ嬢を見た瞬間、恋に落ちたのである。初めての墜落である」

「だから助けた、って言うのか?」

「「そんなの信じられない!」」

 センパイと大山が同時に叫ぶ。

「〔異界生物シャドー〕が人間を助ける? そんなこと、ありえない」

「なにを言っているのであるか? 事実、我はマツリ嬢を助けた。そしてこれからまた助けるのである」

「嘘。そんなのは嘘よ」

 センパイが信じられないのも無理はないのかもしれない。なにせ、〔異界王ソドム〕に両親を殺されているのだから。

「本当である。とはいえ、そう簡単に信じてもらえぬか……」

「俺は、俺は信じるぞ」

 それでも、俺は赤紫梟雀ポイホークスを信じる。

「ちょっとオールくん! なにを勝手に!」

「センパイ、落ち着いてください。もし、こいつの言っていることが嘘なら、こいつはここに現れた時点で俺たちを殺している、そうでしょう?」

「でも、それすら罠かもしれない」

「そこまで疑ったら、キリがないです」

「けどやつらは〔異界生物シャドー〕なのよ。信じられるわけないわ」

 センパイの憎む気持ちはセンパイの心の奥深くに根付いていた。

「でも、それでも俺は信じます。それにこいつは後野さんを助けようとしている」

「だから信じるっていうの?」

「だからってわけじゃありません。けど俺は――」

「不毛な言い争いはやめるのである。我は本当のところ、お主らの信用なんぞどうでもいいのである。〔別界アルカディア〕では愛は無償のものなのであろう。ならば我は我の愛ゆえに無償でマツリ嬢を救うだけである」

 そう断言して赤紫梟雀ポイホークスは後野さんの体へと近寄る。

「待ちなさい」と怒鳴るセンパイを俺が抑え、大山を八咲が抑える。

「マツリ嬢は我が体内に入っているゆえに、〔魔力エーテル〕が過剰に反応する。よって〔魔法オーラム〕を使わせるのは好ましくないのである」

 後野さんの〔魔法オーラム〕が暴走した理由を述べた赤紫梟雀ポイホークスは後野さんの体へと吸い込まれるように消えた。

 ――変化が起こる。

 黒こげになった後野さんの身体が脱皮するように一瞬にして生まれ変わり、ぱちりと目を開ける。一緒に黒こげになった服ももとに戻っていた。

 後野さんは生き返った。

「あれ~、どうしたの~?」

 ね~、どうしたの~? と事情を尋ねるように大山に近づく。

「近寄らないで」

 大山は憎悪を込めた視線を後野さんに送っていた。

 〔異界王ソドム〕に両親と兄が殺されたから、〔異界生物シャドー〕が許せず、そしてそんな〔異界生物シャドー〕に助けてもらった後野さんが気持ち悪い。

 だから近寄らないで、大山はそう言っているのだ。

 後野さんが両手で顔をおおい、声を殺して泣き出した。

 後野さんは自分のなかに赤紫梟雀ポイホークスがいることを知っているのだろうか、だからこそ気味悪がられたことを泣いているのか、それともなにも事情を知らずに、突き放されたことを泣いているのか、でもそれはどちらにしたって……

「そんなのって、ないだろ……」

 俺が泣きそうになりながら呟くと「知らない」と言って大山はどこかへ歩いて行ってしまった。

 そしていつの間にかセンパイも消えていた。

「なンだったンだよ、今の……」

 未だ状況が把握できてない今見が呟いた。

 いつも笑顔を浮かべている蘆永はいぶかしんだ様子で後野さんを見つめている。

 八咲に、宮直先輩、そして俺はただただ唖然としているだけだった。

 そこには虚しさだけが残った。

 俺が背負う音乗が目覚め、俺たちの雰囲気を読み取ったのか、こう尋ねてきた。

「どうかしたんですの?」

 なにも事情を知らない音乗がこのときばかりはうらやましかった。

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