彼女は湯かき棒を守る
2-(1) 「彼、自分は御曹司だのなんだの言うくせに、弱いんですよ。知ってます?」
センパイの警戒心はなくなったとは言えなかった。
けれど宮直先輩が泣きついたおかげだろう、なんとなく俺に対する警戒心が薄れたように思えた。
宮直先輩の男性恐怖症を治すお手伝いを全力で行うのはもちろんだが、感謝の意を込めて、あとでコンビニ売りの神コロッケでも差し上げようと思った。
「今日は〔
〔
そこにセンパイの姿はなかった。
けれど妹の大山紅葉だけはいた。
「今日はお前はいるんだな」
そう声をかけて少し後悔した。もしかしたらイヤミっぽく聞こえたかもしれない。
けれど大山は気にした様子もせず、
「あたしはいつもどっかに行っちゃうお姉ちゃんを勝手に追いかけてるだけだから……」
「でも、お前も……その……センパイについて行って〔
「そうだけど……なんでそのことを知ってるの?」
「教科書にだってお前の両親が殺されたことは書いてあるんだから察しはつくだろ」
「そっか。そうだよね。けどお姉ちゃんはあたしがついてくることをすごく拒むんだ。初日だって、お姉ちゃんについて行ったんだけど、途中でまかれて迷子になったんだから」
「ってことは、今日は気づいたら、いなかったってことか」
「そうよ」
そう呟いた大山の顔はどこかさびしげだった。それ以上大山はなにも語らず、俺はそのまま薬袋先生の話に耳をかたむける。
「〔
詳細は教科書に載せてあるから見てくれ、と薬袋先生は言い放ち、プリントをトドビーバーに渡した。トドビーバーは先生に渡されたプリントを学友たちに配る。
プリントが回ってくる前に俺は教科書を開き、〔
最初には薬袋先生が言っていたようなことが載っており、その後に〔
プリントが回ってきたため、横にいる音乗にプリントを一枚渡したあと、後ろの八咲にプリントの束を渡す。
プリントには今日の実習内容が学年ごとに書かれていて、一年は〔
「むはー、面倒っす」
宮直先輩の呟きを聞いてプリントで二年の実習内容を確認するとあらかじめ書かれた〔
「じゃ、とっとと移動するっす。〔
そう言って宮直先輩は木々の上を指す。今日は〔
俺たちは宮直先輩に連れられてその鉱山へと向かって歩いた。俺たちを誘導するときの宮直先輩は後ろに俺や今見、蘆永がいても我慢している、と本人から聞いた。ただそうやって気を張らすのもよくないので、俺はなるたけ今見、蘆永が宮直先輩の後ろにいかないように配慮している。
そして音乗はやはり〔
この森には
これで
ただ、アララト鉱山に近づくにつれ、棲息分布が変わってきたのか、初めて見る〔
しかもそいつらは俺たちを見つけるなり襲いかかってきた。
正面にいる〔
そいつらはトカゲのように地面をはいずりながら、猛スピードでこちらへ迫ってくる。
一方、空を飛ぶ〔
鱗におおわれた巨大な鳩の顔にキツツキのくちばし。オンドリの胴体からはえるのはタカのような大きな翼。そして、胴体と同じぐらいの大きさの尻尾が後ろに伸びていた。その尻尾はおたまじゃくしの尻尾によく似ている。
その空飛ぶ〔
震えっぱなしの音乗を守るように俺は
すると、宮直先輩の足下から複数の青いビー玉のような球体が飛び出た。
そしてその青い球体は地面をはう〔
放たれたその球体は青く光り出し、大きくとがったつららへと変貌。氷の槍は、はい寄る〔
休むことなく、宮直先輩は疾風のごとく疾走。急降下してくる先頭の〔
「ま、こんなもんすね」
平然と呟きながら、槍に刺さったままの〔
「宮直先輩、強いんですね」
「いや、うちで中の下ぐらいじゃないっすか? それにのちのちわかると思うっすけど
そうは言うものの、宮直先輩は謙遜して言っているように思えた。
「で、前に
鉱山へと向かいつつ、俺は気になったので質問していた。
すると手をつないでいる音乗が、
「あれは〔
当然のように言い放つ。やっぱり知ってるんだな、と感心する俺は音乗を〔
「うん。その通りっす。ってか音っちがいるなら、もうプリント埋まる感じすね?」
「けど実物を見てやらなきゃずるいですよ」
「オールっちは勤勉っすね」
宮直先輩に感心されたことが妙に恥ずかしく俺は話題を変える。
「そういえば、なんで〔
「あー、あれはこういうときのために埋めておいた〔
独創的な答えを返した宮直先輩は歩き出す。
そしてようやく俺たちはアララト鉱山にたどり着いた。
到着直後「あ~るかんしぇる~はこっち~」と言って後野さんが鉱山のなかへと進んでいった。
「待つっすよ、祭っち!」
宮直先輩の制止の声も聞かず後野さんはどんどん進んでいく。
「オールっちたちはここで待っとくっす。うちと祭っちで大量に採ってくるっすから」
宮直先輩は慌てて後野さんを追い、鉱山のなかに消えていった。
俺たちは宮直先輩の指示に従い待つつもりだったが、今見だけはその指示を無視して鉱山に入ろうとしていた。
「おい、今見。どこに行く気だ?」
「鉱山に入る。なンでおれがあのヘアゴム女の指示に従う必要があるンだ。それにこの班のとある先輩は常に好き勝手に動いているだろ。だったらおれだって、好き勝手に動かせてもらうさ」
今見はセンパイをダシにして、自分が規律を乱すことを正当化しようとしていた。けれどセンパイが勝手に動いているのは事実なので俺はなにも言い返せない。
「あたしたちの気も知らないで……」
唯一、言葉を発したのは大山だ。
「ふん。親が〔
今見の言い方に許せないものを感じた俺は思わず腕をつかむ。
「今見! 止まれ!」
「なんだよ、リーダー気取りかよ。おれを誰だか知ってるのか? おれはてめぇらの武器や
だからどうした? 今見がの御曹司だからと言って、自由にやっていい理由にはならない。それとこれは屁理屈かもしれないが、そもそも俺たちの武器を作っているのはという会社であって今見自身ではない。だからそれも理由にはならない。むしろそういう理由を並べて勝手な行動を取る今見に腹が立つだけだった。
今見は俺の腕を振り払い、鉱山へ入っていく。
「待てよっ!」
俺は腹立たしさを抑えきれず、もう一度今見を止めようと叫ぶが、今見は無視して鉱山に入っていく。
さらに蘆永も鉱山に向かって歩き出した。
「お前も好き勝手に動くつもりか?」
「そういうつもりはありませんよ。ただ今見さんひとりでは危ないでしょう。彼、自分は御曹司だのなんだの言うくせに、弱いんですよ。知ってます?」
くすりと笑って蘆永が今見のあとを追っていく。
そして俺と女子三人が残された。
「どうすんだ?」と八咲が尋ねてくる。
「……待つしかないだろ」
俺たちまで勝手な行動を取るわけにはいかない。目立たないが蘆永は強い。だから今見を任せておいていいだろう。
俺は鉱山近くの岩に座る。鉱山の入り口付近には
しばらくして宮直先輩が後野さんと連れ立って鉱山から出てきた。宮直先輩は色とりどりの〔
「大量ですね」
「オールっちたちが初めて〔
だからほかの班と違ってここで採掘できるっす、とさらに宮直先輩はつけ加え、言葉を続ける。
「この鉱山は全種類の〔
「けど後野さんがいるから簡単に見つけられるってことですか」
宮直先輩は、そういうことっす、と頷き、
「ちなみにほかの班はここじゃ効率が悪いから違う場所に行ってるっす」
なるほど。だからほかの班はいないのか、と今更ながらに納得する。
「ってあれ、今っちアンド永っちはどこっすか?」
宮直先輩は今見と蘆永がいないことに気づき、俺に確認する。しかも俺との距離が意外と近い。慣れたのか無意識なのかわからないが、近づいたことで以前はわからなかったシトラスの匂いがマスク越しに鼻に届く。
「宮直先輩の指示を無視して今見が鉱山に入って、それを追って蘆永も……」
「そうなんすか……、出会わなかったことを考えるとたぶん、入ってすぐのY字路で左に行ったってことっすね」
「大丈夫なんですか?」
「この鉱山は〔
さあ、とっとと実習やるっすよ、と言って宮直先輩は持っていた〔
「そういや、これ、どうやって使うんだ?」
もっともな疑問を八咲が呟く。俺もそれは思っていた。
「簡単っす。使いたいって意志が〔
つまりっす、そう言って宮直先輩は赤い〔
放り投げる瞬間、こう叫んだ。
「
すると〔
「使いたい、って意志がありありと見てとれたっすよね」
「そういうの言わないといけないんですか?」
RPGやマンガでは必殺技や魔法名を叫ぶのはある種のお決まりだが、実際に言うとなると少し恥ずかしい。
「言うのが手っ取り早いし、使ってますって感じがするっすけど、当然、念じるだけでもいいっすよ」
「なるほど」
言いつつ俺は宝石を積み上げたような山のなかから緑の〔
「オール、それは八咲に向けて投げてみるっす」
「なんか悪意を感じるんですが……」
そう言いつつも俺は言われた通りに八咲へと緑の〔
「うわ、バカかてめぇ!」
俺が自分へと投げてくるとは思わなかった八咲は咄嗟に黄色の〔
黄色と緑の〔
緑の〔
とはいえ、俺の眼前には八咲が投げた黄色の〔
そのためスカートの中身は断じて見ていない。ラッキーチャンスだったとか思っていない!
しかしながら八咲は
「見やがったな、オール!」
大地を引き裂かんばかりの怒号をあげて襲いかかってきた。
それを見て宮直先輩が爆笑していた。いや宮直先輩のせいですから。
「見てない、見てない!」
襟首をつかまれた俺は必死に弁明する。
すると八咲は「じゃあ何色だったか、答えてみろ!」と尋ねてきた。なぜその質問なのか意味がわからない。
……これ、答えないとダメなの?
とりあえず八咲が履いてなさそうなのを選んで……「えーと、青と白のストライプ?」と答えてみた。
「ばっちし見てんじゃねぇーかよ!」
まさかの一致に俺が困惑した。意外とかわいいタイプのものが好みなのかよ!
「……最低ですわね」
音乗の言葉が俺に追い討ちをかける。
「許してやれっすよ、凛っち。こいつテキトーに答えただけだから。だってこいつ、八咲が投げた〔
俺の助けを求める視線に気づいた宮直先輩が、笑いながら八咲をさとす。
「本当かよ?」
「本当、本当!」
俺は泣きそうになりながらそう訴える。
「ちぃ、今回は宮直先輩に免じて許してやるよ」
そう言って襟首から手を離す八咲。
「うちに感謝するっす」
「というか宮直先輩がまいた種じゃないですか」
「さてなんのことっすか」
とぼけてきた宮直先輩に俺は呆れはしたものの、楽しげな顔を見て俺はそれ以上責める気にはなれなかった。
で、と仕切りなおすように声を出した八咲はこう確認してきた。
「ようは緑の〔
「ああ、そうみたいだ。そして俺は二度と使わないと心に決めた」
もうあんな目には遭いたくない。
「ま、いい心がけなんじゃねぇーの」
八咲がなぜか感心する。
「で黄色の〔
俺が確認するように呟く。
「〔
音乗は当たり前のようにさらりと〔
「ちなみに赤が〔
さらに〔
「あとは男子ふたりが戻ってきたら帰るとするっすか、時間も時間っすから」
宮直先輩は胸の谷間から懐中時計を取り出し、時間を見ながらそう言った。
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