1-(10) 「泣きつくんですか」「泣きつくっす」
10
「――で、どうしたらいいんですかね?」
「その前に相談相手、間違ってると思うすよ」
武器庫横、非常用に取りつけられた階段で、距離を取った宮直先輩が離れて座る俺に投げかける。
俺はなぜセンパイが俺を警戒するのかがわからず、とうとう困り果てて宮直先輩に相談を持ちかけていた。
「でもセンパイと親しいの宮直先輩ぐらいじゃないですか?」
「確かに。チームメイトのなかじゃ仲がいいほうだとは思うすけど、うちもそんなに知らないっす」
「どういうことですか?」
「つじっちは抱え込むタイプっすからね、あんまり話してくれないんすよ。オールも知ってるすよね、躑躅と紅葉の両親と兄の話」
「確か、〔
「そうっす。けどその後、三人は〔
「ええ。でも、ってことはセンパイが〔
「そうっす。甘利っち先生もそれはなんとなく気づいているっすけど、本人の口からは聞いてないみたいっすよ。ちなみにうちが知ったのは今年の二月っす」
「ってことは、ほんの三ヶ月前ぐらいですか」
「そうっす。それぐらい、つじっちはなにも喋ってくれないっす」
そう語る宮直先輩はどことなく悲しげだった。それを隠すように宮直先輩は表情を戻して言葉を続ける。
「で、話を戻すっすけど。なんだったすかね? つじっちがオールに対してよそよそしいだったすか?」
「ええ、というよりも警戒されている感じです」
「でそれがなんでかわからないってことっすね?」
俺が頷くと宮直先輩は少し考えて、
「確か鉱石を探してるって言ったんすよね?」
俺がどう答えたのかを確認してきた。俺が首肯すると、思い出したようにこう呟いた。
「つじっちはここに入ってきたばかりのとき、鉱石って言葉を聞くとびっくりすることがあったっす」
「……つまり鉱石になんらかのトラウマみたいなのがあるってことですか?」
「わかんないっすけど、警戒されたって言うなら、うちにはそれぐらいしか思いつかないっす」
「だったら、とりあえず言葉には気をつけるしかないですね」
「ま、けどそんなに心配することないっすよ。ようはつじっちに警戒されるのが嫌なだけっすよね? だったら、つじっちがオールによそよそしくするのはおかしいって、うちが泣きつけば一発解決っす」
「泣きつくんですか」
「泣きつくっす」
そう言って宮直先輩は笑った。
この人のことだ、そうは言いつつもきちんとセンパイを説得してくれるのだろう。
とはいえ他人任せでいいのか、そう思い俺は尋ねていた。
「宮直先輩、俺、なんかできることありますか?」
「いきなりっすね。どうしたんすか?」
「いや、宮直先輩に俺の問題を丸投げしたので、なにかできることがあればなあって思いまして……」
そう言うと宮直先輩は体を震わせながら俺に近づき、耳もとでこうささやいた。
「だったらこうやって、たまにうちと話して欲しいっす」
「どうして……?」
宮直先輩は体勢をもとに戻して、
「言ったはずっす。男性恐怖症を治したいって」
「それは聞きましたけど……」
「だからっすよ。オールとはなぜか結構話せるっす。だからオールと話して男性恐怖症治したいんっす」
「わかりました。けど……ひとついいですか?」
「なんっすか?」
「これ、訊いちゃダメなのかもしれないですけど、宮直先輩ってなんで男性恐怖症になったんですか?」
この科に入った理由をはぐらかす俺が言えることではないですけど、と俺は頬をかいた。
その質問を投げかけられた宮直先輩は少しうつむいて、なにか考えているようだった。
しばらくして宮直先輩は「うち、レイプされかけたんっすよ」と重々しく口を開いた。こちらを向く宮直先輩の顔は少し涙目だった。
正直、その言葉だけで俺は宮直先輩に尋ねたことを激しく後悔していた。
「一年生の、七月ぐらいだったっすかね。校外の〔
「もういいです。すいませんでした、軽々しく訊いてしまって」
俺は宮直先輩の手をにぎった。震えっぱなしの宮直先輩の震えがさらに増す。けれど俺は宮直先輩の手をずっとにぎっていた。宮直先輩も拒まなかった。
「ごめん、大丈夫っす。放してくれっす」
俺は宮直先輩の指示に従ってゆっくりと手を放した。
「俺、宮直先輩の力になります。治しましょう、男性恐怖症」
意気込む俺に驚いたのか宮直先輩は、唖然としながらもゆっくり頷いた。
それからしばらくふたりで静かに座っていた。もちろん、距離は離れている。
「それにしても、なんでオールとは案外楽に話せるんすかね?」
突然、宮直先輩が疑問を呈した。突然すぎて驚きはしたが、俺はこう言ってみる。
「どっちにも見える顔立ちだからかもしれないですね」
「あー、それはあるかもしれないっす」
「だとしたら俺、生まれて初めてこの顔でよかったと思いましたよ」
そう言うと宮直先輩は笑った。その笑みは誰も警戒してない、誰も恐れてない、自然な笑みのように俺は感じた。
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