1-(7) 『この手紙を読んでいるとき、わしは死んでいるであろう(と一度は書いてみたかったんじゃ。)』

7


 家に帰った俺は熱のこもったブレザーを脱ぎ、ワイシャツのままベッドに寝転んだ。

 六畳半程度しかない俺の部屋はベッドと冷蔵庫にタンスぐらいしかない。

 少しベッドで横になると自分の汗臭さが鼻についた。

 〔異界シェオール〕に初めて潜っていきなり〔異界生物シャドー〕と戦ったのだから汗をかくのも無理はない。

 やっぱり宮直先輩たちと一緒にシャワーを浴びるべきだったかな、とアホな妄想をしてしまい、慌てて振り払う。

 体を起こし、ベッドをおりる。脱ぎ捨てたブレザーを拾い上げ、ハンガーにかけると、そのまま洗面所に移動する。

 洗面所にある脱衣カゴにワイシャツを投げ入れると、俺の上半身が洗面台の鏡に写り、俺の左胸に取りついたそれが姿を現す。

 俺の左胸には六角形の欠片が張りついている。

 元々この欠片は俺の祖父――面舵大全に張りついていた。

 俺が祖父の死に際に立ち会ったとき――ちなみに母も父も姉もその日はなぜか都合が悪く、結局俺だけが祖父の死に際に立ち会った――この六角形の欠片は動き出し、俺に張りついた。正直、わけがわからなかった。

 その後、俺は祖父の枕元に手紙が置いてあるのを見つけた。

 俺はその手紙を読んだ。

『この手紙を読んでいるとき、わしは死んでいるであろう(と一度は書いてみたかったんじゃ。)さてお前たちには言っておらんかったが、わしの身体には〔異界シェオール〕の欠片が取りついておる。なんの欠片かは知る必要はあるまいて。知ってしまえば危険が降りかかるからの。さて、もしその欠片がわしの死後、わしの身体から離れたら、その欠片を大切に保存せい。そして誰にも言ってはならんし見せてはならん。特に環境省には気をつけるんじゃ。知らぬ存ぜぬを通せ。まあ、これは一応遺言ということにしておこうかの。ああ、そうじゃ、遺産は好き勝手に使ってよいぞ、大したものは残っておらんがな』

 ふざけんな、と俺は思わず怒鳴って、その手紙を破り捨てた。怒鳴り声が看護士や医者に聞こえなかったのは幸いだろう。

 この手紙(一応、遺言)にはこの欠片自体についてなにも書かれていなかった。そしてこの正体不明の欠片は俺に取りついたまま離れない。

 誰かに取りつくなんてこの遺言にも書いてなかったのだ。あまりにも理不尽と俺はいきどおった。

 当時の俺は家族をないがしろにした〔潜者ダイバー〕であり研究者だった祖父をあまり好きではなかった。

 けれど遺言が渡され、俺の胸に欠片が取りついた。ある意味、託されたと言ってもいい。だからこれがなんなのかを知るためにも俺は〔潜者ダイバー〕になるべきかもなあ、なんて思ってしまった。今考えればなんて楽観的だろうか。けどまあ当時の俺は興味に突き動かされていたのだ。

 だから俺は見習いとしてこの高校で〔潜者ダイバー〕を目指していた。

 もちろん、母と父は〔異界専門学科ダイビングコース〕へ進むことを反対した。祖父のようにはなってほしくなかったのだろう。けれど俺はその反対を押し切って弓形高校に入学した。

 ゆえに家を追い出されひとり暮らし。けれどまあ、姉がなぜか俺のことを理解してくれてお金を出してくれているためなんとかなっている。姉には二度と頭があがらなくなったが。

 俺は思い出を振り払うかのように頭をかき、そして風呂場でシャワーを浴びた。

 シャワーを浴び終え、寝巻き用のスウェットに着替えたところで、急激に睡魔が襲いかかってきた。

 俺はすぐさま睡魔に敗北を報せる白旗を振り、ベッドに横になった。すると眠気が俺を侵蝕し、すぐに眠りへと誘った。

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