1-(5) 「そもそもこの基礎訓練というのは、〔異界〕に入るための下地作りですの」

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「あと三周!! おら、急げ! おら!」

 基礎訓練科教師の声が飛ぶ。

 俺たちは走っていた。これがグランドをただ走るだけならまだいい。

 俺たちは昨日自分たちが選択した武器を持って走ることを義務づけられていた。

 つまり俺は剣囲盾ソードシールドを持って走らなければならないのだ。さらに鎖防護服チェーンメイルを着て、だ。

「男のくせにだらしないですわね」

 汗だくで走る俺に一.五キログラム程度のS鍔剣カッツバルケルを腰の鞘に入れて走る音乗が追い抜きざまに言い放つ。

「オール、もっとがんばらなきゃダメだよ」

 ボンクラが前を走る音乗の跳ねるお尻を見ながら俺にそう言ってきた。だから俺はとりあえずゲンコツを食らわしてやった。異論は誰も無論ないはずだ。

「なんだよぉ、むぅ」

 頭を押さえながら俺を追い越したボンクラもS鍔剣カッツバルケルと同じ程度の重量の百合葉剣ソースン・パタを腰にさげている。

 対して俺は約十キログラムもある剣囲盾ソードシールドを背負って走っていた。鈍重な亀のようなさまだ。

 けど俺はがんばっていると主張したい。なぜなら俺の視線の先には周回遅れの今見がいるからだ。今見は適斬適突剣バスタードソードを踏襲したと云われるにぎりの長い片手半剣ハーフアンドハーフソードを背負っている。長さ百五十センチメートルの片手半剣ハーフアンドハーフソードの重さは約三.五キログラム。にもかかわらず今見は俺よりも遅い。

 とはいえ、そんなのは言い訳にしかならない。俺はほかのやつらより一周遅れていて、同じチームメイトの蘆永には三周も差をつけられていた。

 その蘆永はさっそうと、そして軽快に走っていた。けどそりゃそうだ、と思う理由もある。

 蘆永の選んだ武器は鋏蠍虎爪ビチャ・ハウ・バク・ナウ。発音するだけでも舌をかみそうなそれは手のひらに収まる程度の棒に横に曲がった爪が四つほどついた武器だ。蘆永はその棒の先端についている穴に親指を入れ、四つの爪の間にほかの指を入れてにぎっていた。

 そんな武器だから重さもたかが知れたもので、ただのマラソンのようにグランドを走れた。

 さて、なぜ俺たちが武器をかついでマラソンにいそしんでいるかと言えば、「これが必要なことだから」らしい。

 基礎訓練担当の教師は脳ミソも筋肉でできているのかそれしか言わなかった。ノーキンと勝手にあだ名をつける。

「そもそもこの基礎訓練というのは、〔異界シェオール〕に入るための下地作りですの」

 ノーキンの言葉に困惑する俺たちに向かって口を開いたのは音乗。

 音乗曰く、〔異界シェオール〕では武器を持って活動するため、武器を長時間持ち運べなかったら意味がない。そのために武器をかついでマラソンするらしい。

 ようは体力作りってことだ。

「おら、しっかり走れー!」

 速度が落ちた俺に対してノーキンのげきが飛ぶ。俺は少しだけ速度をあげて、走り出す。蘆永はとっくに走り終わっており、さらにそのさわやかな表情から余裕がありありと見受けられた。

 その次にゴールしたのが大山。

「さすが英雄の娘は違うな」と俺の近くを走る学友がイヤミったらしく呟くのが聞こえた。俺はなんだか腹が立ち、偶然を装ってそいつに剣囲盾ソードシールドの刃のない側面をぶつけてやった。その学友はにらみつけてきたが「ごめん」と申し訳なさそうに謝ると、なにも言わずに走り去っていた。

 その後も次々と学友たちはゴールしていき、俺は下から二番目でゴールした。

 言うまでもないが、最下位は今見で、「もう少しがんばれ」というノーキンの言葉に舌打ちをしていた。「おれを誰だと思っている」とぼやいたのが俺の耳に入る。

「おら、さっさと並べ!」

 舌打ちに機嫌を悪くしたらしいノーキンが少し乱雑な言葉で整列をうながし、「今週はずっとこれだからな」と言葉を吐き出した。俺の体は恐怖で震えあがった。

 そんなことも知らないノーキンはやがて基礎訓練の説明を始めた。

 基礎訓練は武器選択の翌日から一ヶ月間、〔ゲート〕に入る初日まで行われる訓練のことを指し、第一週は体力作りのためのマラソン、第二週は動かない的に対しての攻撃訓練とマラソン、第三週は動く的に対しての攻撃訓練とマラソン、第四週は攻撃してくる的に対しての攻撃及び防御訓練とマラソン、と一週間ごとにカリキュラムが分かれているとのこと。

 ……マラソンは毎週あるんだな。

 もっともノーキンの説明は大変にわかりにくく俺は音乗から詳細を聞いた。

 チームメイトになってからよく話すようになった音乗だが、〔異界シェオール〕関連のことについてはかなり物知りだった。もっとも本人は「こんなの常識ですわ」と否定するのだが。

 なんにせよ、今日から一ヶ月間、俺たちは基礎訓練をすることになった。

 そして、その一ヶ月間はあっという間に過ぎた。

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