1-(4) 「ぼくは剣って決めてるから。だってなんだか勇者みたいで格好いいだろう」

4


 また明日とセンパイは言ったものの、翌日、センパイに会うことはなかった。

 ようするに帰るときの常套句だったわけだ。

 実習は一ヶ月後から始まるので、それまではたまに学校で見かける程度だろう。

 それよりなにより今、俺たちは学校のグランドに不気味にそびえ立つ〔ゲート〕の前にいる。〔ゲート〕の高さは三百メートルとかなり大きく威圧感があった。見た目はヨーロッパかどこかにある中世風のお城の扉によく似ている。その扉だけがポツンとあるイメージだ。

「今日の午後は、なにをするんだろうねえ」と〔ゲート〕を見て呟くボンクラに「知らん」とそっけなく返す。俺の近くにはボンクラのほかに大山と音乗と八咲がいた。ボンクラと大山は同じクラスだが、ほかふたりは違うクラスだ。

「なんでここにいるんだ?」

「チームメイトではありませんか」

 音乗の言葉に「そうだ、そうだ」と八咲が同意する。今日も八咲は目の下にくまを作っていて相変わらず怖い。音乗や大山は八咲が恐くないのか、もう仲良くなっているように見えた。

 ちなみにチームメイトである今見と蘆永はそれぞれ別の人とつるんでいた。

「今日は皆さんに一ヶ月後に備えて武器を選んでもらいます」

 星型メガネをかけている個性的な教師の言葉に全員がざわついた。

「はい、静かに。キミたちが武器を持つのは〔異界生物シャドー〕にどんな形状の武器が有効なのか、それを確認するためです。しかしそれともうひとつ、自衛の役割もあります。実習中は鎖防護服チェーンメイルが配布されますが、それだけでは十分とは言い切れません。自衛のためにも慎重に武器を選んでください」

「オール、聞いたかい、武器だよ、武器」

「大げさだろ。俺は〔異界生物シャドー〕と戦うのが目的じゃない、〔異界シェオール〕の調査が目的なんだ。武器が必要とは思えない」

「それは大間違いですわ」

 俺とボンクラの話を聞いていた音乗が話に割り込む。

「自衛の役割もあるとおっしゃっていたでしょう?」

「それがどうしたんだ?」

「武器は〔潜者ダイバー〕の生存確率を三十パーセントも引き上げるというデータもありますから、調査が目的でも持っていて損はないと思いますわ」

「へぇ、よく知ってるな」

 俺は思わず感心してしまう。

「そ、そんなこと常識ですわ、常識」

 なぜか顔を赤く染めて照れる音乗の横から八咲が俺に尋ねてきた。

「ところでオール、お前はどんな武器にするんだ? やっぱり剣か?」

 どうするかなと言いかけて、俺はとあることに気づく。

「ちょっと待て、八咲。今なんて言った?」

「え、聞こえなかったのかよ。……するんだ?」

「いや変なところピックアップすんな。最初のほうだ」

「オール、って言ったんだが……」

「なんで……そのニックネームを八咲が知ってんだよ」

「凛子さんだけじゃありませんことよ、オールさん」

「そうよ、オールくん」

 音乗と大山も俺のことをオールと呼んだ。

「マジかよ……」

 俺はorzみたいな感じで地面にへたり込む。

「えへへ、ぼくが教えたんだよ、オール。すごいだろ!」

 すごくねぇよ。やってくれやがったな、ボンクラ。

 悪意はないとはわかっているが、俺があまりそのニックネームを気にいってないことをお前は気づいていないよな。

「oar《櫂》とall《徹夜》、どっちもオールだもんな。でオレたちは発音的にはどっちにすべきなんだ?」

「好きにしてくれ」

 俺はあきらめた。この調子ではおそらくセンパイたちもオールと呼ぶことだろう。

「ほら、お前たちも入れ」

 だべっていることに気づいた担当教師が俺たちを〔ゲート〕近くの建物に入るようにうながす。一見、講堂のように思うが、建物に入るとがらりと雰囲気が変わる。

 俺は思わずその光景に圧倒され息をのんだ。そこにはありとあらゆる武器が収容されていた。そう何を隠そうそこは武器庫だった。建物に入るときに『武器庫』って書いてあるしな。広さは講堂ぐらいあるが、棚やケースに武器が大量に収納されているため、狭い印象を受ける。

 入学前から噂は聞いていたが、入ってみれば驚きしかなかった。

 そこから好きな武器を選び、申請することで俺たちは〔異界シェオール〕での武器使用が可能となる。その武器を使って〔異界生物シャドー〕の弱点を探るってことか……。確かにすんなり倒せるようになれば、〔異界シェオール〕の探索もスムーズになる。けどそれでいいのか?

「なにを選ぶんだい、オール」

「なんで他人事なんだよ。お前も選ぶんだろ」

「ぼくは剣って決めてるから。だってなんだか勇者みたいで格好いいだろう」

 言いながらボンクラはあたかも剣をにぎっているように、上下左右に素振りをした。

「お気楽だな」

 ボンクラは本当にお気楽だ。〔異界シェオール〕にもゲーム感覚で行くような感じなんだろう。

 それを俺はうらやましくもあり、うとましくもあった。

 さてと、俺は気を取り直して武器をながめた。

 なにか身を守れそうなものがいい。自分の目的のためにそれを優先すべきだと考えて歩いているとずいぶんと奥まで入り込んでしまう。まわりには誰もいない。

 戻るか、と考えて振り向くと立てかけてある横長の盾が目に入る。長さは目算で百八十センチメートルぐらいだろうか。盾は武器って扱いなのかと思いよく見てみると、両端に剣身が三つ放射状についていた。

 到底その武器で戦えるとは思えない。これはないな、と思ったものの、俺はやはり武器を持つことに抵抗があった。〔異界生物シャドー〕を倒すことが俺の目的じゃないからだ。〔異界生物シャドー〕に自分が襲われたり、チームメイトが襲われたりしていれば倒すかもしれないが、自分から倒しにいこうとは思わない。

 そんな反骨精神から俺は盾を選択することにした。

 そうして武器庫から出ると学友たちに奇異の目で見られた。

「それを選択するなんてオールのセンスには脱帽だよ」

 教師にその武器――剣囲盾ソードシールドというらしい――を申請するなかボンクラが俺に話しかけてきた。

 ボンクラは長さ八十センチメートルほどで「く」の字型の刀身と中央をふくらませたにぎりが特徴の百合葉剣ソースン・パタを選んでいた。そういえば剣を選ぶとか言っていたな。

「男のくせに守りに入るとは少し見損ないましたわ」

 音乗にそんなことを言われてしまい言葉を失う。身を守ることを優先したの確かだが、そういうものなのだろうか。

「そういう音乗はなにを選んだんだよ?」

「わたくしはこれですわ、攻めている感じがしませんこと?」

 音乗は俺に鍔がS字になっている剣を見せつける。長さはボンクラの百合葉剣ソースン・パタよりも短く、六十センチメートルほどだ。S鍔剣カッツバルケルというらしい。

 それが攻めってことなのだろうか、確かにSMという観点で見ればSは攻めだが、音乗本人が気づいてなさそうだから指摘するのはやめておこう。

 音乗の後ろ、八咲と大山も武器を選択し終えていた。

 八咲は猪の牙のようにも槍の穂先のようにも見える剣身を持つ長さ百センチメートルの猪槍牙剣ボア・スピアー・ソード

「なんだよ、文句あるのか?」

 八咲は俺をにらみつける。

「文句なんてないさ。ただ、どうしてそれを選んだのかと思ってな」

「ああ? そんなの直感だよ」

 八咲はそう言ってのけた。

「なるほど。お前らしいよ」

「だろ」

 そう言って八咲は猪槍牙剣ボア・スピアー・ソードで素振りを始めた。

 俺は視線をさまよわせて大山を探す。大山は星殴棒モルゲンステルンを選んでいた。五十センチメートルぐらいの柄に三十センチメートルぐらいの楕円球がつき、その球にトゲが放射線状に突き出ている打撃武器だ。センパイの湯かき棒の真似でもしたのだろうか。

「よし、全員が武器を選びましたね。次はマスクの使いかたを説明します。各自、申請時にマスクはもらっているはずですよね?」

 俺は申請時にもらったマスクをポケットから取り出す。それは粉塵マスクにとてもよく似ていた。

魔塵まじんマスクというんですのよ、これは」

 教師が説明を始める前に音乗が呟いた。

「これは空気中にただよう〔魔力エーテル〕を遮断し、清浄な空気だけを取り込むものですの。今わたくしどもはマスクをつけずに生活していますが、お年寄りのかたは〔魔力エーテル〕に対する抵抗力が低いため、これを日常生活でもつけていることがありますのよ」

 音乗の説明と同じことが教師の口から飛び出たが俺は聞き流す。

「音乗、なんでそんなに詳しいんだ?」

「こんなの常識ですわ」

「そういうものかね」

 なんとなしに俺は呟いた。音乗は常識と言うが、少なくとも俺は知らなかった。

「ちなみに空気中にただよう〔魔力エーテル〕は一定以上の量を持つ運動エネルギーに干渉して誤作動を起こさせますの。ですから莫大な運動エネルギーを消費して移動する自動車や飛行機、拳銃なども使いものにならなくなりましたの。武器庫に銃器がないのもそのためですわ」

 教師もウンチク的にそういう話をしていたが、俺は既に音乗から聞いていたので特になんの感慨も抱かなかった。

 先生、ご愁傷様。

「明日から一ヶ月間、武器の練習をしてもらいますので覚悟しておくように」

 教師の説明が終わると同時に授業も終わる。

 掃除当番ではないので俺はそのまま帰宅。今日は胸が痛むことはなかった。

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