1-(2) 「それでさ、ぼくはあえてオールとは違うチームを選ぶから」「うん、全然いいぞ。勝手にしろ」
2
それから三日経った。けれどあの日以来、俺はセンパイに一度も出会っていない。
夢か幻か、はたまた錯覚か、どれも似たようなものだが俺がセンパイに出会うことはなかったのだ。とはいえ、それほどまでに会いたいのかと問われれば、正直なんて答えればいいのかわからない。
それでも妙に気になったのは確かなのだ。
――そんなこともあり、俺はプラスチックの弁当箱に入ったオニギリをむさぼりながら、向かい合ってメシを食う友人、
「なあ、ボンクラ。湯かき棒を持ったセンパイって知ってるか?」
凡田鞍馬ことボンクラはボサボサ頭をかきながらコンビニのサンドイッチを食べていたが、俺の言葉に驚いて手を止める。
「オール、まさか知らないの?」
ちなみにオールというのはボンクラが俺につけた迷惑ここに極まれりなニックネームだ。そして仕返しと言わんばかりに俺はボンクラというニックネームをさずけてやった。もっともボンクラが自分のニックネームを喜んだのは予想外だったが。
「知ってるのか? 俺は入学式の翌日、見かけただけだぞ」
オニギリを食べ終わった俺はコンビニ売りのコロッケを食べ始めた。朝に買って弁当箱のなかに入れっぱなしだったので熱がこもって外側の衣がふやけていたが、かじるとサクサクの衣はやや健在で、ホクホクでアツアツのジャガイモが口のなかでクリームのようにとろけた。
「知ってるもなにも結構有名な人だよ。湯かき棒を持っているって印象のほうが強いけど」
「でなんでその人が湯かき棒を持ってるか、知ってるか?」
「そんなのぼくが知るわけないさ」
「ごもっとも」
「でも気になるんだったら訊いてみたら?」
「本人に、か?」
直接訊くのはなんだか失礼な気がした。そもそも俺はセンパイの教室すら知らないのだ。それに残り少ない昼休憩を消費して上級生の教室を闊歩するのには抵抗がある、などとしぶってみる。
「いや本人じゃなくても妹なら事情を知ってるんじゃないの?」
「妹?」
「うん、あそこの席の
ボンクラはサンドイッチを頬張りながら、指をさした。
俺は振り向いてボンクラが指すほうを見る。机をはさんで右上の席、そこにはこぢんまりとした弁当箱から卵焼きをつまみ、小さな口を申し訳程度に開いて食べる女子がいた。彼女が大山紅葉らしい。
大山は指さされたことに気づいたのか、俺と視線が合う。
確かに大山は俺が見かけたセンパイに似ていた。
というかなぜ今まで気づかなかったのかと自分のマヌケさに嘆息してしまう。
それほどまでに大山はセンパイに似ていた。けど俺がわからなかったのも無理はないと言い訳っぽく主張しておく。輪郭や目元なんかはセンパイにそっくりだが、髪型が違うのだ。センパイと同じく少し赤みがかった髪色をしているものの大山の髪は長い。
さらに違いを言うのならば、ふらちな話だが胸だ。胸が違う。センパイはスレンダーな体型だったが、大山の胸は大きくグラマラスな体型だ。こんな小都市ではなく、東京とかならグラビアモデルとかの誘いが来るだろう。俺がスカウトマンなら絶対するね。
合った視線をそらし、ボンクラのほうへと向き直る。
「あれ、訊かないの?」
「どちらにしろ、失礼な気がしてな」
言って、コロッケをかじる俺の耳もとに「お姉ちゃんがなんで湯かき棒を持っているかなんてあたしも知らないから」と声が届いた。
再度振り向いてみると大山はお弁当を食べる手を止めて、俺たちのほうを見ていた。
なぜ訊きたいことがわかったのかと思う俺の口から「なんで?」と自然に言葉がこぼれた。すると大山はするりとこう言った。
「この距離で聞こえないほうがおかしい」
ごもっとも、と俺は納得する。対して、大山は少し不機嫌なように見えた。
もしかしたらセンパイと姉妹だと気づいた何人もの人が湯かき棒について尋ねてきてうんざりしているのかもしれない。
ありがとう、と俺はお礼を言って、再びボンクラのほうへと向き直ってコロッケを腹に詰め込んだ。満腹感が俺の腹を満たす。コンビニのコロッケはやっぱり神だ。
「午後からはチーム分けだったよね」
「その前に一個授業をはさむがな」
「それはそうだけど、それを言うのはヤボでしょ」ボンクラはぼやいたあと、こう続けた。「それでさ、ぼくはあえてオールとは違うチームを選ぶから」
「うん、全然いいぞ。勝手にしろ」
俺が即答するとボンクラはこけるようなモーションを取って、
「ちょ……ちょっとはさびしいとか言ってよ」
そんなリアクションに呆れつつ、
「つってもそんなに長いつき合いでもないよな、俺たち」
俺は出会って四日目の友人に軽口を叩いてやった。
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