ディテクティブ・イン・ワンダーランド

腐葉土

高校生探偵、異世界へ

第1話

「春風が行くんなら、俺は打ち上げパスするわ」


 クラス一のイケメンリア充君がそう発言した途端、クラスメイトの視線が一気にこちらへと突き刺さる。

 いやー、照れるなー。普段こんなに注目されることなんてないもんね。


「えー、夏川君行かないの!?」

「あーあ、誰かさんのせいで潤は行きたくないってよ」

「今年の文化祭で一番活躍したの夏川君なのにー」


 夏川といつも一緒にいる男子や彼に少なからず思いを寄せているであろう女子たちが好き勝手に文句を言っている。

 ちなみに今は文化祭が終わった後の教室、クラスメイトたちが打ち上げについての提案、話し合いをしている最中だった。そこで夏川の発言である。

 まだ打ち上げに参加するとも言ってないのにこんな扱いを受けるなんて春風君は可哀そうだなー。あ、俺でした。


「安心しろよ、頼まれても行かないから」


 先程女子の誰かが言ったように、今回の文化祭に際して一番活躍したのはこの夏川潤 なつかわじゅんだろう。何しろこいつがいるだけで我らが二年D組の教室を覗いて行こうっていう連中が少なくないくらいだ。まさに歩く広告塔。いや歩かなくても広告塔だ。それに対して俺は宣伝係というプラカードを持って校内をブラブラするだけという実質的なサボリ枠に収まっていたのだから仕方ない。しかし、夏川が俺を毛嫌いするのには、他に理由がある。


「ああ、安心だぜ。他人の周りをこそこそと嗅ぎ回って、人間関係を壊していくような奴が来ないって言ってくれてな」


 うーん、辛辣。しかし、事実だ。

 夏川の母親がうちの探偵事務所に夫の浮気調査を依頼し、俺はその手伝いで見事浮気の決定的証拠を入手、晴れて夏川夫妻は離婚。母親は中学生の長女を引き取り、長男の潤君は置いて行かれ、不倫野郎のゲス親父と暮らすことになりましたとさ。


「おい潤、ちょっと言い過ぎじゃないか?」


 来ました助け舟。大抵の人はそう思うでしょう。ところがどっこいそれは幻想です。


「豊……、チッ、悪かったよ」


 夏川が謝罪をする。しかし、それは俺に対してではない。教室の雰囲気を悪くしまって申し訳なかったとクラスメイトに、そして夏川の発言を注意した香川豊 かがわゆたかに対してだ。夏川は決してこちらへ目を向けない。こいつが俺に向けるのは悪意の視線だけだ。


「せっかくの打ち上げだし、楽しくやろう」


 香川が一瞬こちらを見る。その瞳の奥には憐れみと怒り、そして嫉妬が渦巻いていた。憐れみと怒り、これはわかる。クラスで仲間外れにされている俺に対する憐み、友人の家族をぶち壊したことへの怒り。これが混在するのは第三者としては普通だ。だけど、君が何故俺に嫉妬するのか、わけがわからないよ。他人の心の奥に潜む悪意にばかり注目してしまうのは既に癖になっていた。しかし俺は“名”探偵ではないので、その感情を探し出すことは出来ても謎を解くことは出来ない。


「さすが香川君ねー」


 女子の誰かが呟く。俺と夏川が揉めると大体いつもこのパターンだ。香川が仲裁に入り、とりあえず場を収める。もはや演劇みたいなものだ。そして夏川と香川が接近するとちょっと腐り気味の方々から黄色いオーラが噴出する。何すか、川々コンビって。

 方や茶髪で毛先を遊ばせた頭でバスケ部のエース。方や飾り気はないが清潔感のある黒髪で生徒会役員。共通するのは顔が良いということ、あ、あと苗字の川ね。顔的にはカワカワじゃなくてカコカココンビだが。うーん、これは人気でますわ。


「よーし、じゃあどこ行くか決めるかー!」


 おー! とクラスメイト達が賛同する。俺はそそくさと帰宅の準備を始める。さきほどのイケメン二人のやりとりで俺が何やら許された感が漂っているが、これは罠だ。これで何食わぬ顔で出席した暁には、『え、お前ほんとに来たの? 空気読めよ……』みたいな感じになる。絶対に許されない。


「相変わらずだね」

「オマエモナー」


 次々に行き先の案が書きだされる黒板、そこに群がるクラスメイト達を尻目に教室後ろの扉から帰ろうとする。しかし、俺と同様に荷物をまとめて帰路に就こうとしている馬鹿が他にもいた。


「桂木のお嬢様もご帰宅で?」

「変な呼び方すんな」


 短めのポニーテールを揺らしながら歩いてきたこの不愛想な女子は桂木響 かつらぎひびき。幼稚園から高校と今までクラスも一緒というとんでもない腐れ縁、もといぼっち仲間だ。


 俺の孤立原因は幼少期から両親からは放置され気味、育ててもらっている祖父が探偵ということでママさんたちの伝家の宝刀『あの子と遊んじゃいけません!』が振るわれてきたためだ。あんたら噂話超好きじゃん、探偵よりも性質悪くない? と今になっては思う。


 桂木の家は由緒正しい道場であり、そのことがぼっちの遠因になっているのは間違いない。昔はよくちょっかいを出してきた奴を拳で沈めてたな。だが桂木が自分から先手で拳を出したところは見たことがない。つまり放っておけば何もしない。そんなイメージが着いてしまったためか、遊びのお誘いもなくなってしまったようだ。


 お互い高校生になって周りの環境も変わったが、悲しいことに今まで友達がいなかったためか、それが苦ではなくなってしまい、二人仲良く友達ゼロの環境に甘んじている。最も俺の場合、クラスの人気者から恨みを買ってるため、むしろ友達マイナスという感じだ。


「お前は打ち上げ行かんの?」

「頼まれても行かん」


 おい、俺の台詞パクるなよ。まぁ聞かなくても答えは分かっていたわけだが。なら聞くなって? これはあれだよ、お買い物中に女の子がもう欲しいのは決まっているのに『どっちがいいかな?』とか聞いてくるあれだよ。いや少し違うな。まぁ女の子とお買い物なんて行ったことないから仕方ないね。


「じゃ」

「おう、じゃあな」


 じゃあ一緒に帰ろう、などとは言わない。それは友達同士が交わす言葉だ。俺達はあくまで『ぼっち仲間』なのだ。小学校や中学校で時々『はーい、二人組作ってー』とかいう核爆弾が投下されることがあるが、お互いいつも一人でいたので性別で分けないタイプのものは大抵組まされていた。そういう意味ではビジネスパートナーといったような表現が最も近い。


「待って、響ちゃん!」


 お互い教室から出たところで足が止まる。別に俺が呼び止められてるわけではないので、俺は立ち止る必要はないのだが。

 だってびっくりするじゃない、この不愛想女を名前で呼んでくれる人がいるなんて。


「打ち上げ行かないの?」


 振り向いた先にいたのは相田柚希 あいだゆずきさん。綺麗な黒髪を後ろで二つに分けている、なんかこう、地味だけど正統派な美少女って感じの人だ。派手さはないが、欠点もない外見をしていらっしゃる。桂木が何人も人を斬ってそうな名刀だとしたら、相田さんは子供用のおもちゃ包丁くらい差があるイメージ。可愛いと思う。しかしそれ以上の感想が沸いてこない、不思議。


「……行かないよ」


 あれ桂木さん。今否定するのを一瞬躊躇しました? 見逃しませんよ、なにせ私探偵ですから。


「あ、もしかして」

「ん?」


 何かをひらめいた様子で俺の顔と桂木の顔を交互に見ている。間違い探しでもしてるの? 間違いしかないよ? 共通点とかヒトであること、くらいじゃない?


「春風君と……、ふ、二人でデートとか……?」

「は?」


 ちょっとちょっと相田さん。その推理はいくらなんでも明後日の方向に行きすぎですよ。ここはせめて『春風君のことボコしにいくの?』くらいじゃないと。


「そ、そんな訳無い。ハッ、馬鹿馬鹿しい。これとデートに行くくらいならうちの糞親父の足の裏を嗅いだ方がまだましだ」


 思わぬところで足の臭さを暴露されてしまった親父さん。災難ですね。

 待てよ、それより嫌な俺の存在って一体……。


「そ、そうなんだ。じゃあ明日は? 弓道部の打ち上げがあるけど」

「それも行かない」


 部活の方でも打ち上げがあるのか。皆打ち上げ大好きだな。NASAにでも就職しろよ。


 この二人はどちらも弓道部所属である。桂木は道場の方で他の武道を本格的にやっているのでお試し程度で入部したらしいが、そのまま細々と続けているらしい。それでも好成績を残しているそうなので実に恐ろしい。ちなみに二人とも弓道に向いてそうな体型をしている。主に胸部のあたりが、邪魔にならないという意味で。


「何か言った?」

「いえ何も」

「……、あっそ」


 危ない危ない。危うく俺の胸もなくなるところだった。心の臓的な意味で。まぁこいつは段持ちだから手は出して来ないんだけどな。皆怖がってるけど。


「あ、そうだ。春風君は来ないの? さっきのことならきにしな――」

「その優しさは無用だ、相田」


 当人である俺より早く、それを斬り捨てたのは桂木だった。


「俺も行かないよ、相田さん」


 そう無用なのだ。優しさで世界が平和になるとは限らない。相田さんに誘われて俺が打ち上げに行ったとしても誰も幸せにならない。俺を嫌っている連中はもちろんのこと、俺を嫌っているわけではないが雰囲気に流されて俺を避けている連中にとっても迷惑だ。そしてそんな中に俺を放り込んでしまったら、相田さんも多分自分を責める。何故あの時を俺を誘ったのかと。そして何より俺が全く楽しくない。誰も幸せにならない。


 探偵なんてのをやっているとよくわかる。依頼中に優しさで、好意で動いたって事態が好転するとは限らない。だったら依頼内容をただ忠実に、必要な分を必要なだけこなす。これでいいのだ。ただそこに真実と成功があれば良い。幸せはいらない。


「まぁ俺の分まで楽しんできなよ、というわけでじゃあね」


 悲しそうな表情をしている相田さんに手を振り、背を向け歩き出す。少ししてから、後ろで別の足音が聞こえ始めた。桂木がすぐ後ろを歩いているのだろう。前後が逆になることもあるが、よくある状況だ。ただ今日は、少しだけ桂木の足音が耳によく響いている気がした。


 


◇ ◇ ◇




「は? 行方不明っ!?」


 文化祭の翌日、振替で休日となっている月曜日の朝六時。休日ならばまだ寝ている時間だ。いや平日でもまだ布団の中にいるだろう。

 そんなちょっぴり朝が苦手な俺にモーニングコールを仕掛けてきた犯人は、担任教師だった。


『そ、そうなのよ!!』


 その内容は早朝の微睡を打ち消すのに余りあるほどの破壊力を持ったものだった。


「クラスメイトが行方不明って……、一体誰がですか?」


 最初こそ焦ったが、考えてみれば昨日クラスの連中は文化祭の打ち上げに行っていたんだった。大方、夜遅くまで遊んでて、そのまま誰かの家にでも泊まっているんだろう。あーあ、心配して損した。電話切ったらもう一回寝よ。


『えっと、香川君に、相田さんに、他には……。とにかくたくさんなのよ! 確認できてるだけでも十二人は家に帰ってないって!!』

「十二人!?」


 そ、そいつは確かに奇妙だ……。


「クラスメイトの中に人が十人以上泊まれるようなでっかい家に住んでる奴はいますか? いたらまずそいつに連絡を取って――」

『警察がクラス全員の家に連絡を取ったけど、だめだったのよ!』


 すでに警察沙汰か……。ていうか警察、うちにも直接連絡寄越せや。あんたらとうちが仲悪いのは認めるけど。


「先生は今どちらに?」

『け、警察署の方に』

「俺もそっち向かうんで、とりあえず電話切りますよ」


 え、ちょ、とか言ってたが構わず切って支度を始める。善は急げ。行動するなら早い方が良い。


「じーさん! ちょっと警察行ってくるわぁ!」


 おー、と奥から聞こえた。さすがはうちのじーさんだ。警察と聞いたくらいじゃあ動じない。ボケてるわけではないと思う、多分。


「さてと……、行ってきます」


 小さく呟き、冷たい風の吹く秋空の下、俺はバス停へと走り出した。




◇ ◇ ◇




「先生……、大丈夫ですか?」


 少し広めの部屋の中、我らが担任教師は頭を抱えて椅子に腰かけていた。となりには婦警と思しき人が付き添っている。相当参ってる様子だ。


「では私はこれで」


 俺をここまで案内してきた刑事が手荒く扉を閉める。相変わらず不愛想だな、しかしこんなときくらい私情を忘れてはどうだろうか。俺に対する取り調べもここまで来る道中で済ます手抜き。ちゃんと取調室まで通せよ、そしてカツ丼を食わせろ。起きてから何も食ってないんだよ。


「みんな、どこ行っちゃったの……、何でこんなことに……」


 涙声でそう呟く。その度に、婦警さんが背中をさすっていた。無理もない。この人はまだ教師一年目のひよこみたいなものだ。それなのにこの問題。生徒たちが心配なのもそうだろうが、一年目でこんな事態になってしまっては精神的にかなり辛いだろう。


「……」


 先生の方に歩み寄ろうとしたとき、女性警官がこちらを向き首を横に振った。どうやら、そっとしておいた方が良いと言いたいらしい。


「……」


 こちらも無言で首を縦に振り、会釈をして部屋を出る。


「どうしたもんかな……」


 自分なりに推理してみるが、この事態の原因が分からん。十人以上の高校生が一斉に行方不明になるか? 行方不明ということは携帯も通じないと言うことだ。一人二人なら電源が切れてるだけ、どこか遊び歩いているだけと言うことも出来るがさすがに人数が二桁ともなるとその仮説は破綻する。


「拉致か?」


 いやそれもおかしい。規模の大きな組織なりが拉致を決行したということも考えられなくはないが、高校生を一度に多人数拉致するメリットがあるか? それだけ人数がいれば抵抗されるし、それを抑え込もうと犯人側がさらに大人数を用意すれば、絶対に目撃情報等の痕跡が残る。そんな馬鹿な真似をする組織があるだろうか。


「帰宅途中にバラバラに襲われたか……?」


 今のところ一番現実的だろうか。しかし、これでさえも“普通”とはかけ離れている。どれもこれも非現実的過ぎて、神隠しにでもあったとしか思えない。


「き、君は……」

「はい?」


 しまった、つい考え込んでしまった。いつの間にか俺の傍に中年のご夫妻が肩を寄せ合うようにして立っていた。奥さんの方は目に涙も浮かべている。


「あなた方は確か」


 俺はこの人達を知っている。


「相田柚希の父です。君は確か春風君だったね」


 よーく覚えている。相田さんの御両親だ。しかし、相田さんの御両親だからという理由で覚えているわけではない。

 特に印象に残っているのは母親の方だ。この人は俺が中学生の時、PTAのお偉いさんとして活躍していた。主な活躍はどこかの探偵事務所の孫息子に対して文句を言ったりとかだ。当時は相田さんの事は知らなかったため、俺の中ではどちらかというとこのおばさんのイメージの方が先行している。


「ええ。春風探偵事務所の陽一です」

「お祖父さんはとても優秀な探偵だと聞いている。君もその手伝いでその手腕を遺憾なく振るっていると。そうか、君は無事だったんだね」


 何が言いたいんだ、このおっさん。その顔には柔和な話し方とは違い、焦燥が見て窺えた。


「君にもその……、娘の捜索を手伝ってもらいたいんだ」

「警察署にいて、その台詞を言いますか」

 

 娘を案じる父親。正に藁にもすがる思いだというのは理解できるが、まだ連絡が取れなくなってから一日も経っていない上、その捜索を高校生のガキにも頼むなんて。


「もちろん馬鹿げているとは思うが、最善は尽くしたい。君に頼むことで0.01パーセントでも娘が無事見つかる可能性が高まるなら……」


 既に警察が動いているなら、事務所やじーさんのコネを最大限利用して本気で取りかかっても俺の捜査貢献度は正に0.01パーセントくらいだな。おっさん中々鋭いじゃないか。


「む、娘は普段は夜遊びなんて……。絶対に何か事件に巻き込まれたに違いないわ!」


 相田母が涙ながらに叫ぶ。おそらく警察に対しても同じことを言ったのだろう。元々過保護で有名な母親だからな、少し娘が自分の監視下から外れただけでこの狼狽えよう。といっても、今回に関して事件に巻き込まれている可能性がかなり高いのだが。


「春風君。妻が君や君のご実家に対して暴言紛いのことを言っていたことは謝る。それを止めなかった私も同罪だ。何か情報を掴んだら教えてくれるだけでも良い、頼む! いや、お願いします!!」


 そう言って相田父は深々と頭を下げた。それに相田母の方も続く。なるほど、真摯だ。この光景、何度も見てきたから分かる。この人達は恥も体裁も捨て、ただ娘の事だけを考えている。ならば、俺のすべきことは――


「分かりました。0.01パーセント、僕が詰めて見せましょう」


 この人達の元へ無事、探し物を届ける。それだけだ。


「ほ、本当か!? ありがとう!! よろしくお願いします!」


 相田夫妻が何度も頭を下げる。彼らが頭を下げるのはたった0.01パーセントのため。その数字の儚さが、彼らの娘への愛情の証明なのだろう。やはり過保護だと思う。どこかの親に見習わせたいが、この二人にも同様に見習わせたい。


「申し訳ないが、私たちはこれから方々を回らなければならない。これで失礼するよ」


 他の探偵事務所やら興信所を回るのか、はたまた自分たちの足で探すのか、どちらにしてもじっとはしてられないのだろう。


「分かりました、あまり無理はなさらずに」


 お互い頭を下げる。離れていく夫妻の姿が見えなくなると思わず肩の力が抜けてしまった。


「ふぅ……」

「聞いてたよ」

「ッ!?」


 聞き覚えのある声だ。びっくりさせるなよマイぼっち仲間。


「うちの父親の足の裏よりマシって評価にしてあげる」


 おいおいおい、偉い微妙な評価の上がり方だな桂木さん。というかそのネタまだ引っ張るの? あの人泣いちゃうよ?


「探偵と依頼人の会話を盗み聞くもんじゃないぞ」

「こんなとこで話し込んでる方が悪いでしょ」


 ニヤニヤと笑いながらも呆れ声を出す桂木。仕方ないでしょ、急な遭遇だったんだから。そっちが空気を読んでください、お願いしますよ。


「んで、これからどうすんの?」

「どうするもこうするも、まずは情報収集だろ。警察は何にも教えてくんないだろうけどな。とりあえず連絡網使ってクラスの連中に片っ端から――」

「んんっ、ゴホン」


 お? 何だねそのもったいぶった反応は。君のそのキツい目つきや雰囲気からそういう冗談めいたことをされると恐怖を煽られるんですが。


「うちって道場だからさ、警察の人ともけっこう繋がりがあるんだよね、良い意味でのつながりがさ」









「警察はまだ本格的な捜査には乗り出せてない状況か」

「そ」


 場所は春風探偵事務所。俺は桂木と対面する形で事務所の応接スペースに座っている。


「各方面への対応で手一杯みたい」


 まぁそうだろうな。一気に多数の人間が行方不明になることなんてそうそうあるものじゃない。対応しなければいけない人間が多すぎるんだ。


「それで、連絡が取れない生徒は全部で十二人でいいんだな?」

「男子六人、女子六人ね」


 桂木が警察から聞き出した情報によると、昨夜午後十時に打ち上げは一度お開きになったらしく、そこで帰宅する奴とそのまま馬鹿騒ぎを続ける奴に分かれたようだ。今回行方不明になっている生徒はその後者に当たる。


「男子は香川、藤崎、山本の所謂香川組の奴らと、夏川、神尾、岩井の所謂夏川組で計六人か」

「なにそのヤクザみたいな呼び方」


 いいんだよ。リア充何て俺達にとっちゃヤクザみたいなもんだ。そういえば街中で怖いおにーさんたちと鬼ごっこした時は楽しかったな。心臓が震えたね、悪い意味で。


「女子は相田、三浦の比較的大人し目な女子二人と、村上、富永、入江、久保のギャル組の計六人かっこ敬称略」


 なにこの人達、合コンでもやってたのかよ。もしくはポケットなモンスターでバトルでもできそうな人数だ。ただしこいつらがモンスターな。


「そういえば相田の過保護ママも言ってたけど、よくこの面子で相田さんと三浦さんは付いて行ったな」

「あんたのせいじゃない?」

「え?」


 ホワイ? 何を言ってるんだ? しかし桂木の表情を見ると、冗談で言ってるわけではなさそうだ。


「あんたが『俺の分まで楽しんできてよ』とか言ったから最後まで付いて行って楽しまなきゃって思ったんじゃない?」

「そんな訳無いだろ」


 俺の何気ない一言にそこまで影響力があるとは思えない。俺はあの時、旦那さん奥さんの浮気調査の結果を報告したわけでも、婚約者の素行調査の結果を報告したわけでも、あなたの初恋の人はすでに亡くなっていましたと報告したわけでもない。……何か男女の生々しい事情しか思い浮かんでこないな。


「言い切れる? あの、何かあんたに引け目を感じてそうだったし――」

「いやそれは違うな」


 俺もそれは薄々感じていた。しかし、それは俺に限った話ではない。おそらく彼女が引け目を感じているのは世の中全てに対してだ。あの両親のもとで育ったんだ、蝶よ花よと可愛がられてきたのだろう。親が何でもやってくれて、その度に自分は親がいないと何もできない無価値な人間とでも思い込んで。世の中には自分より苦しんでる人がいるのに、何もできない自分が呑気に暮らしているなんて、とかそんなことを考えているのだろう。俺の推理が合っていたら、とんだ勘違い聖女サマだ。

 うん、相田さんは一回一人暮らしでもした方が良いな。それもこれも彼女が無事に帰ってきたらの話だが。


「陽一。今日はどんな案件を持って帰ってきたのかの?」


 脱線しかけた話を戻したのは我が祖父だった。

 春風爽一。齢八十を超えているが、本人曰くまだ一応現役とのこと。といっても最近は俺と事務所で雇っている人たちしか仕事してない。昔、特に俺が産まれる前はこの道でもかなり優秀と言われ、名が通っていたらしい。その分敵も多かったらしく、その負債が今俺にのしかかっている。


「お邪魔してます」

「桂木道場の娘さんだね、いらっしゃい」


 そんな祖父も今ではのほほんとした好々爺だ。といっても年齢の割に、詐欺かと思うくらい肉体的には若い。足腰もまったく弱っている様子はなく、口元に蓄えられた髭が逆に浮いているくらいだ。黒い髪を見つける方が難しくなっているほど白く染まった頭髪も、俺が自分の頭髪の未来を心配しなくなるほど、元気に生い茂っている。


「うちのクラスメイト十二人が行方不明になっちゃってさ。集団失踪事件ってやつ」

「集団失踪……、随分懐かしい響きだ」

「じーさん何か知ってんの?」


 八十年以上生きてればそりゃあ色々な事件を知っているだろうな。自分が関わった関わっていないによらず。


「あれは戦後間もなくの事だった。葉仙 ようせん村という村で、村民全員が突然いなくなるという事件が起こったんよ」


 今回以上に奇妙な事件だ。しかし、そんな話聞いたことないぞ。終戦直後で日本もごたごたしていたからだろうか。


「奇妙も奇妙、どこかへ出掛けたといった様子もなく、ただ普通に生活していてそのまま消えてしまったといった状況だったそうだ」

「それで、生存者……、帰ってきた村民はいたのか?」

「一人だけいたそうだ。保護された当時、何でも赤いローブを羽織っていて記憶を失っていたそうだが」


 赤いローブ? 何かのコスプレか、民族衣装か、それとも時代の流行りか。何にせよ記憶喪失というのも少しきな臭い。


「当時ほとんど情報は秘匿されてたからな。もしかしたら駅の近くの図書館にでも記録が残ってるかもしれん。行ってみたらどうかね?」

「そーだな」


 確かにあそこならその事件についての記録が残ってるかもしれない。何せ大きいからな。この辺りの都市開発が盛んになる前、つまり土地の価値が上がる前からあるらしく、かなり面積を使ってそびえ立っている。


「桂木も行くか?」

「もちろん。おじいさん、ありがとうございます」


 桂木が深々と頭を下げる。さすが道場の娘だけあって目上の人間に対する礼儀はしっかりしている。それをもうちょっと俺にも向けてほしい、目上じゃないけど。


「気を付けて行ってきなさい。陽一、くれぐれも桂木のお嬢さんを危険な目に合せるんじゃないぞ」

「りょーかい」


 むしろ俺が危険な目に合う確率の方が高い。事件的な意味でも、パートナー的な意味でも。








「あった……」


 図書館に着いてから二時間。昼食もとらずに探した甲斐あって、ようやくお目当てのものを見つけた。職員の人に聞いてもわからないって言われるし、苦労したぞ。


「どれ?」

「これ」


 早足で駆け寄ってきた桂木と共に、机に資料を広げる。古い新聞か雑誌のスクラップブックだ。


「葉仙村集団失踪事件、これだな」


 そういえばじーさんに村が何県のどこら辺にあるのか聞くのを忘れていた。何たる不覚。大事件を前にして、俺も少し冷静さを欠いているということだろうか。


「場所はっと……、ん!? これ直球ド真ん中でこの辺りじゃねえか!」

「どれどれ? あ、ほんとだ」

「この辺りの歴史とかそっち関係の資料も使おう」


 様々な資料を照らし合わせると、この周辺の都市開発が進んだ原因はこの事件のようだ。こんな奇妙な事件が起きた土地だ。相当価値が下がっただろう。それを民間の企業が買い叩き、都会とはっきりは言えないが、田舎とはかけ離れた街並みになるまでその企業主導で開発が為されたようだ。その過程でこの事件の事は忘れ去られてしまったらしい。何かしらの圧力もあったのだろうか。


「うーん……」


 とりあえずこの街の歴史は分かったが、肝心の事件の資料が少ない。事件の日時も曖昧な書き方だし、生存者に関する記事も見当たらない。これじゃあただのオカルト記事だ。


「本当に神隠しでもあったみたいだな」

「探偵がそんなこと言ってどうすんの」


 桂木が呆れたように目を細めてため息を吐く。

 

「この事件と今回の事件、やっぱり繋がっていると思うんだ」

「うん」

「ただそうなると七十年前のこの事件が奇妙過ぎて今回の事件の奇妙さも上がるという……」


 手掛かりを掴んだと思ったら、逆に真実が遠ざかった。そんな気分だ。


 これまでのまとめとしては、七十年前に村一つの集団失踪事件が起こった。そしてこの時代、規模は小さいとはいえまた集団失踪事件が起こった。それも同じ場所で。ということくらいか。


「とりあえず碌な情報がないし、こっからはもっと足を使って――」

「だ、誰だお前!?」


 捜査を、と言おうとしたが、桂木の大声で遮られてしまった。誰? いや僕ですよ。と思ったが、桂木の目は俺を見ていない。俺の頭上へと向けられていた。


「お前、何言って――、おわぁあ!?」


 何気なく振り向いた。振り向いてしまった。俺の背後、そこに立っていたのは黒いローブの男だった。


「だ、誰だお前!?」


 思わず、桂木と同じ反応をしてしまう。こんなものを見せられたら、そりゃあこうなるわ。

 顔は見えない。フードを深々と被っているが、それだけが理由じゃない。顔の部分が黒い霧上の者で覆われている。


「うrjy派かdfxいlpwq」

「は?」


 男、と思しき黒ローブは俺達に対して何か話しかけているようだ。しかし、全く内容がわからない。英語でもなければフランス語、ドイツ語でもない。世界にいくつ言語体系があるかはわからないが、男から発せられたその言葉はそのどれにも当てはまらない、そんな印象だった。


「おっと、失礼。こちらに来るのは七十年ぶりだったものでね。つい“向こう”の言葉で話してしまった」


 何かに気付いたように男が指を鳴らすと、男の言葉が日本語へと変わった。全く意味が分からない。言葉の意味だけではなく、この状況そのものについての、だ。


「しかし君たち、この場所は静かに利用しなくてはいけないのではないかね?」


 辺りを見渡す。他の図書館の利用者が不思議そうに、あるいは迷惑そうにこちらを見ている。

 しかし違和感がある。普通この黒ローブを見たら、もっと別の反応をするはずだ。面白がるか、恐怖を抱くか、そのどちらも感じられなかった。


「ふむ。君たちも注目を浴びるのは少し恥ずかしいだろう」


 そう言うと、男がもう一度指を鳴らす。その瞬間、こちらを見ていた利用客たちが驚いたようにキョロキョロし始めた。まるで、何かを探すように。


「なに安心したまえ。ただ彼らの目から、そして耳から君達を隠しただけだよ」


 男が笑いながら首を動かす。顔は見えないが、どうやら辺りを見渡したようだ。


「あ、あんた何者だ?」


 普通ではない。どれも信じられないようなものばかり。しかし他の利用客の反応や、何より目の前の男の出で立ちが、これが非現実の様な現実だと物語っていた。


「神様、とでも言っておこうか」

「はぁ?」


 俺の背後で桂木が呆れ声を出す。言いたいことは分かる。俺だって同じような反応をしたい。しかし、それができない。自分の勘、周囲の状況、目の前の男が発している気配、それらがすでに自分の中で真実を象ってしまっていた。こいつの言っていることに嘘偽りがない、と。


「そんな不審者みたいな格好して神様? 馬鹿じゃないの?」

「ふふ、威勢のいいお嬢さんだ。そっちの探偵君といい、ゲストとしては申し分なさそうだ」

「桂木、落ち着け。おいあんた、ゲストってどういうことだ」


 おそらく後ろで臨戦態勢をとっているだろう桂木を制止しながら、男に問う。


「君たちは七十年前の事件を調べていたのだろう。その一端、ほんの一端だが、真実を見せてあげるとしよう」

「ッ!?」


 男が言い終えた瞬間の事だった。


「ここはどこだ!?」


 一瞬。自分が瞬きをしたのかもわからないような刹那、世界が一変していた。真っ黒な世界。


「桂木!」

「は、春風っ!」


 振り返る。こんな空間でありながら、桂木の姿ははっきりと見えた。それは桂木にとっても同様らしい。どうやら真っ黒な空間ではあるが、真っ暗ではないようだ。


「さぁお二方。歓迎しよう、我らが世界へ」

「うわッ!?」


 どこからともなく声が聞こえたと思ったら、その瞬間、自分の身体が浮かび上がった。


「な、なにこれ!?」

「桂木! 手ぇ掴め!!」

 

 不安定な感覚の中、何とか桂木の方へ手を差し出し、お互いの手をしっかり掴む。しかし、二人とも同じ事態に陥ってるためか、何の解決にもならなかった。


「「う、うわああああああ!?」」


 ものすごい力で上方へと吹き飛ばされているようだった。いや、もはや上に向かって飛び上がっているのか、下に向かって落ちているのかさえ分からない。竜巻や渦潮の中に巻き込まれるというのはこういう感覚なのだろうか。


「か、桂木! 手、はなsyt蛇hいjfg区――!?」


 な、なんだ!? 

 自分が何を言っているのか分からない。自分でははっきりと離すなと言ったつもりだった。しかし、実際に口から出た言葉は全く別の、意味不明なものに感じられた。


「gyt六hfえlcxわrgy――!!」

「bgfv系jtgおxxity――!?」


 意味不明な言葉が飛び交う中、俺の意識はどんどん薄れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ディテクティブ・イン・ワンダーランド 腐葉土 @leafmold

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ