十一章 冬の大会 後半

 ハーフタイムが終わり、麻美達と麗華達がコートに出てくる。

亜麻色の長髪をなびかせ歩いている麗華を麻美は見つめる。普通に歩いているだけなのに麗華は輝いて見える。

「迫力というか、雰囲気がありますね。これはラスボス級です」

 麻美の側で碧が呟く。その通りだと麻美も思った。麗華は他の選手とは違う独特の雰囲気を持っている。それは才能あふれるスター選手だけが持つ、カリスマ性だ。

「ふん。私たちが勝って、ただの虚仮威しだって証明しちゃおうよ」

 強気な発言をしたのは翡翠だった。

「虚仮脅しなんかじゃない。九条さんの実力は本物。そこを勘違いしちゃ駄目よ、翡翠」

 静が翡翠を嗜める。しかし、口元を上げて冷笑を浮かべる。

「でも、私達が勝つってのは賛成ね。九条さんにもたまには痛い目を見てもらいましょう」

「窮鼠猫を噛む。一寸の虫にも五分の魂。ということですね」

「いやいや、あおちゃん。私達は一寸の虫なんかじゃないよ。私達は……」

 何か格好いいことを言うのだろうと、静、碧、翡翠、珠子は麻美に注目する。

「私達は……」

 皆の視線を集める麻美だが口籠る。流れで喋っていたのだが、上手い言葉が思いつかなかったのだ。麻美は脳みそをふり絞り、言葉をひねり出す。

「私達はツチノコだ!」

 静達が一斉にしらける。しーん、という無言が四人の間で共有される。

「ちょ、ちょっと皆何で無視するの。ツチノコってのは、伝説上の動物で希少なんだよ。強敵の麗華さんに勝とうとする私達はツチノコくらい希少だってことなんだよ」

「麻美、冗談はもういいから。後半始まる前に一言、まとめなさい」

 静がセンターサークルを指差す。麗華達がキックオフできる状態で待っている。

「分かったよ。もう!」

 麻美は気を取り直して皆に向かって言った。

「後半もフットサルを楽しんで、この試合絶対勝つよ!」

 麻美が叫ぶ。静達四人が、おー! と応えた。

 麻美達がポジションに着いたのを確認して審判が後半開始の笛を吹いた。

 星見台の選手がボールを前に軽く転がし、キックオフした。転がったボールを麗華がトーキックと呼ばれる、爪先で蹴った。鋭い横回転のかかったボールは、コートの中央に寄っていた麻美達を避けるように大きく弧を描き桜川ゴールに迫る。

「えっ?!」

 麻美の頭に、キックオフゴール、という言葉が浮かんだ。

「あっ?!」

 碧が悲鳴に近い声を上げた。決して油断していたわけでは無いが、まさかいきなりシュートが来るとは思っていなかったのだ。完全に予想外な事態に碧の反応が遅れる。

 碧が手を伸ばすが、届かない。麗華のシュートが桜川ゴールのネットに突き刺さった。

 開始、約五秒で麗華は得点した。あまりにも信じられない現実に麻美達は愕然となる。

「すいません。油断していたつもりは無かったのですが……」

 碧がゴールに入っていたボールを取り、近くにいた麻美に渡す。

「…… 今のは…… しょうがないよ。あおちゃんのせいじゃないから、落ち込まないで」

 麻美は碧からボールを受け取る。

「皆、集中して。一点取られたのは仕方ないけど、次のプレーが大事だよ。このままずるずる失点したら負けるからね。気持ちを入れ替えていくよ」

 麻美が皆を鼓舞する。麗華が出ているのだから失点は仕方ない。大事なのは粘ることであり、短時間に連続して失点しないことだ。

「うん。皆、集中しよう」

 麻美の意図をくみ取った静も声を出す。翡翠や珠子も頷く。全員、麗華という天才の化け物じみた実力を肌で感じ、心のどこかにあった気の緩みを正した。


                    ※


 センターサークルの中心に置かれたボールを静が前に軽く蹴ってキックオフする。そのボールを翡翠がキープする。静は中央から左サイドに開く。右サイドでは珠子が前に上がろうとする。翡翠は左右の、静と珠子の動きを確認する。その時、翡翠の視界が急に暗くなった。何?! と思ったときには、麗華の姿が目の前にいた。

 なんでこんな近くにいるんだよ?!

 翡翠が静と珠子を確認する前、麗華は翡翠から離れていた。だが、麗華は翡翠の予想以上の速度で間合いを詰めてきたのだ。

 麗華がボールを奪いに足を出す。

「このっ」

 翡翠は麗華の足をかわそうと、インサイドでボールを左側へ押し出す。筋肉の瞬発力を最大限使った翡翠の動きは速い。しかし、麗華は翡翠の動きにぴったりついてくる。

 何でついてこれるの!? 

 自分の瞬発力についてこられる人なんて今まで見たことが無い翡翠は驚く。

 麗華の足がボールに迫る。取られる、と感じた翡翠はボールを逆方向に動かそうとする、が、体が思うように動かない。麗華の動きが鋭すぎて、ついていけないのだ。

 そんな……

 翡翠は運動能力に自信を持っていた。ボールを扱う技術では麗華に到底及ばなくても運動能力なら対抗できると思っていた。だが、麗華は運動能力でも翡翠より遙かに上だった。

 麗華が翡翠からボールを奪った。麗華がドリブルで攻め上がる。左右のサイドにいる静と珠子が急いで戻るが到底追いつける距離では無い。

 麗華と麻美の一対一になる。憧れの麗華と対戦できるのだから気持ちがわくわくしていいはずなのに、麻美の心の中には窮地に立たされたという悲壮感しかなかった。

 麗華を止める自信は全く無い。できるだけこっちに来ないでというのが本音だ。だが、逃げ出すわけにはいかない。麻美は半身の体勢を取り、重心を低くして麗華を迎え撃つ。

 麗華が両足でボールを左右から挟んだ。

 何それ?! 

 麻美は戸惑う。麗華の動きの意図が分からない。こんな動きをされたことフットサル人生のなかで一度も無い。まさか、ドリブルミスでボールに足が絡まった? とさえ思った。

 麗華は両足で挟んだボールを右足のインサイドで上へ蹴りあげる。ボールは右斜め前方へ、麗華の背中から頭上を通って麻美の頭上も越えて行った。

 ヒールリフト!?

 ヒールリフトはドリブルのテクニックの一つだ。派手で見栄えがするので漫画やアニメではよく使われる。現実世界でも遊びや余興としてやることはある。しかし、真剣勝負の場ではスーパープレイに入る部類だ。

 初めてヒールリフトで抜かれた麻美は一瞬頭が真っ白になり、棒立ちになってしまった。すぐに我に返り反転するが、麻美が見たのはシュート態勢に入った麗華の姿だった。麗華の放ったシュートが桜川ゴールに突き刺さる。

 誰一人油断はしていなかった。それなのに為すすべなく麗華に点を取られた。どうすればいいか分からず、麻美は頭が真っ白になる。

「麻美、しっかりして」

 静の声で麻美は我に返る。そうだ、ここで集中を切らせたら一気にやられる、と麻美は自分に言い聞かせる。まだ、リードしているのだから、悲観する必要は無い。

「うん。次はうちらの番だね。うちの攻撃時間を増やして麗華さんの攻撃時間を減らそう」

 麻美は気合いを入れる為、いつも以上に声を張り上げて皆に言った。


 静がボールを蹴ってキックオフする。そのボールを翡翠が足の裏で止める。翡翠は前を見る。前には麗華がいる。まだ距離があるが、翡翠は逃げるように右サイドの珠子にパスした。さっき簡単に取られたこと。そして、自慢の運動能力で麗華に負けたことで翡翠は麗華を恐れ、消極的になっていた。


                    ※


 トラップミスだけは駄目。

 翡翠からパスされたボールを見ながら、珠子は自分に言い聞かせる。そして、慎重に右足の裏でボールを止める。

 うまく止められた!

 練習では何回かに一回はミスしてしまうが、この本番では成功した。珠子は嬉しくなる。

 珠子は顔を上げて前を見る。珠子の足元からボールが奪われる。あまりにも突然だったので、珠子は自分の足元からボールが無くなったことに気づかなかった。

 えっ?!

 一瞬遅れて、珠子が気づく。珠子がキープしていたはずのボールは麗華に奪われていた。麗華は既に珠子から四メートルは離れていた。麗華は麻美も抜いて三点目を決めた。 

 珠子のプレースピードは麗華からすれば止まっているのと同じくらい遅い。いくら珠子がミスなくトラップしても、麗華の前では意味が無い。トラップだけではない、珠子のプレーそのものが麗華には通用しないのだ。そのことが珠子にも分かった。

 自分にできることを頑張ろうと決めていた珠子だが、麗華の前では、できることは何一つ無かった。


                     ※


 後半始まっていきなりの三失点。麗華が出場しているのだから失点はしかたないが、ペースが速すぎる。とにかく、この急ピッチの試合展開を落ち着かせないと、と静は思う。

 センターサークルで審判のキックオフの合図を待ちながら、静は横にいる翡翠と右サイドの珠子を見る。二人共表情が暗く、元気がない。麗華を相手にあまりに無力だったことがショックだったのだろう。

 私がどうにかしないと。静は決意する。翡翠と珠子には麗華の相手は荷が重すぎる。麻美でも難しいだろう。麗華とやりあえる可能性が一番高いのは自分なのだ。 

胸にチクリとプレッシャーという名の痛みがはしる。一度意識すると、不安が大きくなっていく。

 静は深呼吸して、大丈夫、と自分に言い聞かせる。麗華のドリブルの癖に気づいているという秘策がある。その癖を利用すれば麗華を止められる。それに後ろには麻美がいて、カバーしてくれる。

 大丈夫、きっとやれる、と静はもう一度自分に言い聞かせる。

 審判の笛で静はキックオフした。そのボールを翡翠が後ろの麻美にパスする。

静はパスコースを作る為、左サイドへ移動する。しかし、星見台のピヴォ、同じサイドのアラ、フィクソの三人の選手がマークに来る。一人に対して三人がマークに来るのは異常だが、それだけ、星見台が静を危険視している証拠だ。

 三人が静一人のマークにつけば翡翠と珠子はフリーになる。そこで、麻美が珠子や翡翠にパスして、ボールを回す。しかし、数的有利な状況にも関わらず、翡翠と珠子の二人は前にドリブルすることなく、すぐに麻美にボールを返す。

 翡翠と珠子の前のスペースには麗華がいる。まだ距離は離れている。しかし、ついさっき、為す術なく麗華にボールを奪われた二人には麗華と対戦したらまたボールを奪われる、という恐怖心が生まれていた。それ故に、積極的に前に出られないのだ。

 麻美、翡翠、珠子の三人でパスしてボールを回すものの前に進むことはできず、逆に前に出てきた麗華の圧力に負けてじわじわ後退した。

 攻め手が無く、自陣ゴール前まで後退する。苦し紛れに麻美がロングシュートを打つが、星見台のゴレイロにがっちりキャッチされる。

 星見台のゴレイロが近くのフィクソにボールを渡し、フィクソが麗華にパスする。麗華がドリブルで攻め上がる。近くにいた翡翠がディフェンスに行くが、簡単に抜かれる。

 私が止めてみせる。

 静はドリブルしてくる麗華の前に出る。その時、静の右横に麻美も来た。二人で麗華を止めようということだ。

「止めるよ、しずちゃん」

 麻美が叫ぶ。うん、と静も応じる。

 麗華が足の裏を使ってボールを前後左右に素早く動かす。その変幻自在なフェイントに静も麻美も翻弄される。だが、ギリギリのところでついていく。そして静は、麗華の癖に反応しようと、彼女の一挙手一投足に意識を集中させる。

 麗華の上半身がわずかに右に振れた。

 癖?!

 静の神経が一気に張り詰める。この後、麗華は左側に抜きに来るはず、と静は左へ動く体勢を取る。予想通り麗華は左側にボールを動かした。素早く切れのある動きだが、来ると分かっていれば対応できる。

 静は左足をボールに伸ばす。爪先がボールに触れ、タッチラインの外へと蹴りだした。麗華は驚いた顔で静を見る。静は、してやったりと気分が良くなる。

「しずちゃん、ナイスカット」

 麻美が興奮気味に声をかけてくる。

 星見台のアラがタッチラインにボールを置き、キックインで麗華にパスを出す。再び、静と麻美の二人で麗華をマークする。

 麗華がフェイントを入れながら、上半身をわずかに左に振った。その瞬間を静は見逃さなかった。静は麗華が右側に抜きに来ると判断する。右側は麻美の守備範囲だがそれを無視して静は右へ動いた。予測通り、麗華が右に抜きに来る。静は足を伸ばして、またしてもボールを弾いた。ボールは麗華の後方に転がる。

 ボールを取られたと言うのに、麗華は楽しそうな笑みを浮かべて静を見た。

 何……?

 罠にかかった獲物を見るような麗華の目つきに静は、ぞっとした。

 麗華の後方に転がったボールを星見台のフィクソが拾い、前線にいる麗華に戻す。三度、麗華対、静と麻美の対戦になる。

 静は今までになく落ち着いていた。麗華の抜くときの仕草に気を付ければボールが取れることは分かった。もう麗華を恐れる必要は無い。

 フェイントも無しに、麗華が上半身をわずかに左に振った。静は麗華が右に抜きに来ると予測する。右は麻美の守備範囲だが、先ほどと同じくそれを無視して右へ動く。

 麗華が左側に抜きに来た。

 え?!

 予測の逆を突かれた静は一歩も動けずに麗華に抜かれた。静の体が邪魔になって麻美も何もできずにいた。ゴレイロの碧との一対一を麗華は落ち着いて決め、四点目をあげた。

 今のは…… 偶然……? 静は頭が痺れる感覚に襲われる。

 偶然だ。そうに決まってる。

 麗華のプレーに癖があるから対抗できるのであって、癖が無かったら静には麗華を止められない。だから、静は偶然だと決め込む。偶然だと思いたかった。

「静ちゃん、右側は私に任せて、左をお願い」

「ごめん、麻美」

 静は麻美に謝る。麗華の癖は、まだ確証を得られたわけでは無い。不確かな段階で伝えたら逆に混乱させると思い、麻美に話していない。癖のことを知らない麻美からすれば静が二人の役割分担を無視して勝手な守備をしていると感じるだろう。

 失点した静達がキックオフで試合を再開する。翡翠が珠子にパスしたが、珠子がトラップミスした。そのボールを麗華に取られる。

 中央突破してくる麗華に、例によって静と麻美の二人がマークにつく。麗華が簡単なフェイントを二つ入れて、上半身をわずかに左に振った。

 右に抜きに来る、と静は予測する。さっき右は任せてと麻美に言われている。しかし、静は右側へ動いた。

「しずちゃん!?」

 静の動きに麻美が驚く。そして、麗華は左へと抜きに来た。

「あっ!」

 逆を突かれた静は何もできず抜かれた。麻美も静の体が邪魔になって何もできない。さっきと全く同じ展開だ。そして、麗華がシュートを決めるのも同じだった。

「しずちゃん、こっち側は私が守るから、任せてってば」

 麻美の声に不満がにじむ。一度言っているのに聞いて貰えなかったのだから無理も無い。しかし、静は麻美の言葉を聞き流し、麗華の癖を考えていた。

 抜く前に体を逆に振るのは癖じゃないの? でも、それじゃあ、さっき二回ボールを取れたのは何だったわけ。それに、ビデオで見た過去の試合でもやっていた。この試合だけならいざ知らず、過去の試合でもやってるんだから癖じゃないわけが無い。

「麻美…… 私一人で九条さんをマークさせて」

 麗華の癖は一対一で相手を抜くときのものだ。麻美と一緒にマークした二対一では癖が変わるのかもしれないと静は考えた。それを確かめたかった。

「え…… でも……」

 麻美が戸惑う。二人でも止められないのに一人では無理だと思っているのだろう。

「お願い。確かめたいことがあるの。私にやらせて」

 静は強い口調で言って、戸惑っている麻美を強引に押し切る。麗華の癖さえ見抜ければ、この試合の勝利がほぼ確実になる、と静は疑うこと無く信じていた。

 桜川高校のキックオフで試合が再開される。自陣でボールを回す麻美達だが、相手を崩す効果的な展開ができず、星見台にボールを取られる。

 ボールを取った星見台は麗華にボールを渡して攻めてくる。麗華一辺倒の攻撃は代わり映えせず面白味が無いが、最も得点の可能性が高い攻撃でもあった。

 絶対に止める、と強い決意を持って静が麗華の前に立ちはだかる。麻美は静の後方でカバーのポジションを取る。静が望んだ麗華と一対一の状況だ。

 麗華がフェイントを入れながら静を抜きにくる。フェイントに対応しながら静は、麗華の上半身の動きを一ミリもも逃さないように、集中を最大限に高める。

 麗華の上半身が右に振れた。

 左に来る! 

 静は麗華の癖を信じて左に重心をずらす。麗華は右へ抜きに来た。

 静が信じていた予想は外れた。心の中にあった支えが音を立てて崩れていく絶望感と共に、自分の横を走り抜ける麗華の姿を静は見送った。

 静を抜いた麗華はフォローに来た麻美も簡単に抜いて鋭いシュートを桜川ゴールの右サイドネットに突き刺し、六点目のゴールを奪った。

「静ちゃん、やっぱり一人じゃ無理だよ。二人でマークしよう…… 静ちゃん?」

 麻美が静の側に来るが、静は無言で立ち尽くしていた。麗華の癖は当てにならない。それは確定的だ。しかし、ならば他の試合で見せた上半身を振る動きは何だったのか……

 自陣に走りながら戻っていた麗華が静の前で止まった。何? と思い、静は麗華を見る。

「上半身を逆に振る仕草に気づいてくれたの、あなたが初めてよ。遊び半分で始めたことだったんだけど無駄にならなくてとても嬉しいわ」

麗華が悪魔のように笑った。静は体中の血が凍るような寒気に襲われた。静の動揺に気づいたのか麗華は満足そうな表情で立ち去った。

ドリブルで相手を抜くとき、わざと抜く方とは逆に一度上半身を振る。それが癖では無く意図的にやっていたものだとしたら。その仕草に気づいた人を手玉に取る為に、遊び半分にやっていたことだったとしたら。

 静は青ざめる。

 私は彼女の罠にまんまと嵌ったんだ……

 麗華に癖なんて無かった。それなのに、癖があると信じ込んで何点も無駄にした。

麻美と二人でマークについていれば失点を防げたかもしれない。あるいは、同じ失点をするにしても、もっと時間を稼げたに違いない。それを勝手な思い込みで独り相撲を取って、チームを危機的状況に追いやってしまった。

 静はコート横にある得点板を見る。七対六。リードは一点のみ。

私のせいだ…… 私が自分勝手なことして…… 皆に迷惑をかけてる……

中学時代、麗華の罠に嵌り、チームメイトと決定的な亀裂を生んだ試合を静は思い出した。あの時と同じだ、という心の声が聞こえた。

 視界が明滅する。頭が酷く痛み、眩暈がする。

「しずちゃん? しずちゃんってば」

 静の異変に気づいた麻美が静の両肩に手を置いてゆする。

「あ……」

 茫然としていた静が我に返る。

「大丈夫? 顔、真っ青だよ」

「…… ごめん…… ごめんなさい…… 本当にごめんなさい……」

 静は虚ろな瞳で麻美を見て、何度も何度も謝罪の言葉を口にした。

「そんな謝ること無いよ。点を取られたのは静ちゃんだけの責任じゃないんだから」

 違う。私の責任だ。

 麻美は励ましてくれるが、癖があると思い込み、独り相撲を取って三点を取られた静には麻美の言葉に頷けない。

 コートの中央、センタースポットに置かれたボールを翡翠が蹴ってキックオフする。横にいた静はボールを取り、ドリブルする。星見台のピヴォの選手がマークに来る。

 三点取られたのだから、頑張って一点でも取り返さなければならない。その贖罪めいた気持ちに背中を押され、静はマークに来たピヴォの選手を抜きにかかる。この試合の前半、同じような一対一の場面で静は何度も相手を抜いた。しかし、今回は抜けなかった。

 体は鉛のように重く、思うように動かず、フェイントを入れるタイミングもぎこちない。静のプレーは見るも無残なものになっていた。ボールも簡単に取られた。

 やっぱり、私は駄目なんだ……

 麗華のドリブルの癖、という心の支えを失った静はプレッシャーの鎖にからめ捕られ、身動きが取れなくなっていた。


                     ※


 ピヴォの選手からパスを受けた麗華が桜川ゴールにドリブルしてくる。麗華の前には、フィクソの麻美とゴレイロの碧しかいない。

 やばい、やばいよ。もう失点できないのに、麗華さんが来るよ……

 麗華を迎え撃つ麻美だが、麗華は止められないと言う恐怖で身も心もすくんでいた。それでも、麻美は麗華を止めようと頑張った。しかし、天才の前では意味をなさなかった。

 麗華のフェイントに翻弄された挙句、麻美は足をもつれさせて尻餅をつく。倒れた麻美の横を麗華がドリブルで駆け抜ける。碧と一対一になった麗華は当然の如くシュートを決めた。麗華は一人で七点を取り、試合を振り出しに戻した。

 尻餅をついたまま、麻美は立ち上がれずにいた。麻美は、麗華を相手に得点できるとは思っていなかった。つまり、同点になったこの時点で勝ち、が無くなったのだ。それは部活存続の条件である、公式戦で一勝、が達成できないことを意味していた。

 もう、無理だよ…… もう、終わりだよ……

 諦めの悪い性格の麻美だが、この試合は勝てないと心が折れた。それは、静、翡翠、珠子らフィールドの他の選手も同じだった。

 同点になった一分後に、再び麗華に点を取られた。その後も失点を重ね、後半の十分が終わった時点で、麻美たちは七対十と三点差を付けられた。


                   ※


 このまま終わるのは嫌ですね。

 麻美達のプレーを見ながら碧は考え込んでいた。麻美、静、翡翠、珠子の動きには前半の輝きは無い。全員、麗華の怒涛の攻撃を受け、自信や気力を失っている。

 麗華は想像以上の強敵だった。まさに怪物だ。もう勝つことはできないだろう。でも、このまま低調なプレーで終わるのは嫌だ。負けるとしても桜川高校女子フットサル部の一番いいプレーで負けたい。この試合に負けて廃部になるのなら、なおさらだ。

 あまり感情を表に出さない碧なので麻美達も気づいていないかもしれないが、碧はフットサル部を楽しんでいた。最初は麻美が垂らした百雹朧のシークレットスマフォケースという餌に吊られただけだった。だが、部活をやっていく中で、皆でプレーすることが楽しくなった。内向的で一人でいるのが好きな碧なので仲間とか友達といったものをそれほど求めてはいない。それでも、麻美達と一緒にいるのは楽しかった。 

 可能ならばこれからも皆と部活を続けたい。それが無理でも、最後の一戦が自信を無くしただけの試合なんて嫌だ。あとで振り返った時、胸を張って最後の一戦を語りたい。しかし、どうすれば皆の気力を復活できるのか、分からない。

 そうだ、こういうときこそ百雹様のプレーを参考にするのです。

 碧は球蹴りのプリンスで、チームが逆境に立たされた時の百雹の行動を思い出す。

ワールドユース編で主人公の白陽翔がドイツのライバルに圧倒され挫けそうになったとき、普段はクールに振舞っている百雹が、胸に秘めたフットサルへの情熱を露わにして気合と根性の入ったプレーでゴールを死守する。そして、白陽を叱咤激励して立ち直らせる。

 これです。このシーンです。

 碧の目が、かっと見開かれる。たった今、碧に百雹の魂が舞い降りた。そういう設定だ。

 麗華から逃げるようにボールを回していた麻美達だったが、珠子がパスミスをしてしまい麗華にボールを奪われた。ドリブルしてきた麗華が麻美を抜きにかかる。

「ここだ」

 百雹になりきっている碧はゴール前から飛び出す。球蹴りのプリンスのワールドユース編で百雹もゴール前から飛び出し、相手ライバルの殺人シュートを身を挺して弾くのだ。

 麻美が麗華に抜かれる。麗華がシュートを打ってくると予想し、碧は身を投げ出してシュートブロックにいく。ライバルの殺人シュートを恐れない百雹の熱いプレー。碧のプレーはまさに漫画そのものだ。だが、麗華はシュートは打たずドリブルしてきた。

え?!

 碧の予想は明後日の方向に外れた。勢いよく身を投げ出したはいいが、勢いがつきすぎて変な風にバランスを崩して碧は麗華の前に盛大に倒れる。

「ちょ、ちょっと?!」

 珍しく麗華が叫ぶ。漫画にあった動きから派生した偶然の産物のよく分からない碧の動きに、さすがの麗華も対応しきれなかったのだ。

「ぎゃっ!」

 碧の悲痛な叫びがコートに響いた。顔面にボールが当たり、さらにそのボールに麗華が躓いたので、ボール越しに顔面を蹴られたのだ。

 碧の顔面をしたたかに打ち付けたボールは横に転がっていき、タッチラインを割った。判定の難しいところだが、審判は星見台ボールのキックインの判定を下した。

麗華は立ち上がりコートの外にボールを取りに行く。しかし、碧は倒れたままだった。

「あおちゃん!?」

 麻美が倒れている碧に駆け寄る。静、翡翠、珠子も側に来る。

「だ…… 大丈夫です」

 碧は呻いた。本当は顔面が凄く痛いが、今の碧は百雹という設定なので痛みに負けるわけにはいかない。コスプレイヤーの根性を発揮して碧は颯爽と立ち上がる。

「あおちゃん、本当に大丈夫? 涙目だよ」

 心配そうに麻美が碧の顔を覗き込む。

「大丈夫です。どんなシュートも俺達の熱い魂は打ち破れないぜ、と百雹様は言っています。相手がいくら強くても、負けが濃厚だとしても、私達の熱い魂だけは砕けないのです。ですから、今みたいな消極的なプレーでは無く、熱い魂のこもった私達本来のプレーをしましょう」

 百雹のように熱いプレーを見せたわけでは無く、どちらかというとお笑い的なプレーになってしまったので、自分の気持ちが皆に伝わるか碧は不安だった。でも、碧は、チームメイトの熱い魂を信じていた。百雹風に言うならば、熱い魂は共鳴しあうのだ。


                      ※


「あおちゃんの…… あおちゃんの言う通りだよ」

 麻美は自分に、そして皆に向かって言った。

「いまから逆転なんてできないかもしれない。でも、だからって私達が自分達のフットサルをしない理由にはならないよ」

「自分達のフットサル……」

 静が呟く。

「うん。短い期間だったけど、皆フットサル部で頑張ってきたでしょ。練習は決して楽じゃなかったはずだよ。でも皆続けてきた。それは、フットサルが楽しかったからでしょ。私はそうだよ。だから、この試合負けたとしても、私は最後までフットサルを楽しむ。それが私のプレーなんだよ」

 麗華に蹂躙され、勝利が絶望的になり、麻美はいつの間にかフットサルを楽しむ余裕を無くしていた。碧の言葉でそのことに気づいた。

「あおちゃん、ありがとう」

 麻美は碧の両手を握る。

「私、大事な事を忘れてた。でも、もう大丈夫。私は最後まで熱い魂を見せつけるよ」

 麻美は静と翡翠と珠子の手も取り、全員の手を重ねて、その上に自分の手を置く。

「みんなも最後までこの試合を楽しもう。もうこんな状態なんだからいくらミスしてもいいんだし、思い切ったプレーをしよう」

「そうだな。こんなんで終わったら後味悪いし、一回くらい目に物をみせてやらないと」

 元気をなくしていた翡翠が久しぶりに笑顔を見せる。

「そうね、やれることはやらないとね」

 静も微笑んだ。

「私も、頑張ります」

 珠子はいつものおどおどした様子では無く、はっきりと言った。

「よし、残り時間、もう一度私達のフットサルをやろう!」

 麻美の掛け声に皆が元気よく応じて、それぞれのポジションに向かった。


 ボールを取ってきた麗華がタッチラインからキックインで味方にパスする。パスを受けた星見台の選手はすぐに麗華にリターンパスを出す。

 ボールを持った麗華がドリブルする。碧や麻美の言葉で気力が復活した翡翠と珠子が麗華のドリブルコースに入り、ディフェンスをする。しかし、麗華の巧みなドリブルで翡翠と珠子は連続して抜かれた。

 やっぱり、麗華さんのプレーは凄いな、と後ろで見ていた麻美は感嘆する。

麻美はテレビで初めて麗華のプレーを見て以来ずっと魅了されている。麗華のプレーは何度もビデオで見たし、自分でも真似しようと練習した。麗華は常に麻美のお手本だった。

 それだけ憧れている麗華と対戦できるのだからいつも以上に楽しいはずだ。フットサル部の存亡がかかった大事な試合という意識が強すぎて、麗華との対戦を楽しむ気持を忘れていたが、初心に戻って麗華との対戦を楽しもうと麻美は思った。フットサルを楽しむこと。それが麻美の自分のフットサルなのだから。

 麗華の前に静が出る。麗華が足の裏を使ってボールを前後左右に自在に操る。

 でた! 麗華さんお得意のフェイントだ! と麻美は興奮する。

 麗華のフェイントに静が翻弄される。麗華が大きくボールを左に動かす。

 すかさずアウトサイドで右に切り返して相手を抜く。麻美の脳裏に麗華のプレーが浮かぶ。そのプレーは麗華が得意としているもので過去の試合で何回も使っている。麻美もそのプレーを真似しようと、ビデオで何回も見てタイミングの勉強をしたものだ。

 麻美が想像したプレーをそのまま再生して麗華が静を抜く。

 そこから鋭く中に切り込んでくる。また、麻美の脳裏に麗華のプレーが思い浮かぶ。

 静を抜いた麗華が鋭く中に切り込んでくる。

 脳裏に浮かんだイメージ通りだったので、麻美は反射的に右足を伸ばしていた。麻美の右足がドリブルしていた麗華のボールに当たり、弾いた。

「あ!?」

「え!?」

 麻美も麗華も思わず声を上げた。麻美はボールに触れるとは思っていなかった。麗華もボールに触られるとは思っていなかっただろう。

「ナイス、麻美」

 静や翡翠が賞賛の声をかけてくれた。

「う、うん」

 まぐれで麗華さんからボール取っちゃったよ、と内心麻美は焦っていた。だが、それ以上に胸が沸く。憧れている麗華との勝負に一回とは言え、勝ったことが嬉しかった。

 麗華の後方に転がったボールを星見台の左サイドのアラの選手が取る。そして、麗華にパスする。麗華はボールをトラップすると麻美に向かてドリブルしてきた。さっきはまぐれで止められたが、今度は抜く、ということなのだろう。

 麗華が麻美の直前で急停止し、すぐに急発進した。緩急の差で抜きにきた、と誰もが思った。しかし、麻美の脳裏には麗華がパスする映像が浮かんだ。根拠の無い直感だが、麻美は反射的に麗華がパスするのに備える。

 麗華が右斜め前にいるピヴォの選手にパスを出した。今まで嫌という程ドリブルしてきた麗華が突然パスを使ったのだから反応するのは難しい。しかし、パスを想定していた麻美は反応できた。右足を伸ばして見事に麗華のパスをカットした。

 また当たったよ!?

 パスカットされた麗華も驚いていたが、パスカットした当の麻美が一番驚いていた。

 フットサルのディフェンスは相手の動きを予想して対応する。例えば、振り上げた足を勢いよく振り降ろせばシュートを打ってくると予想できる。それを一歩進めると、足を振り上げた時点でシュートと予想できる。さらに一歩進めれば、足を振り上げようとしたときに、シュート、と直感的に予測が働く。経験を積んだ選手ほど的確に予測できる。

 麻美の脳裏に浮かぶ麗華のプレーの映像はまさにその予測だった。麻美は麗華の大ファンとして数年に及んで麗華のプレーを見てきた。ビデオで何度も何度も見た。その膨大な積み重ねが、いわば何十年分もの経験となり、麗華の動きを的確に予測できたのだ。

 麗華との対戦を楽しもうとして、難しいことは考えず純粋に麗華のプレーに強く集中することで麻美は知らず知らずの内に予測を行っていた。意識して行ったわけでは無いので、麻美自身、何故麗華のプレーが予測できるのか不思議でたまらなかった。


                     ※


 麻美のやつ、やるじゃない。

 麻美が麗華のパスをカットしたのを見て翡翠は感動した。一度は麗華の圧倒的な実力に叩きのめされたのに、そこから這い上がり復活した麻美を凄いと感じた。

 翡翠も麗華との実力差に委縮し、プレーが消極的になってしまった。だが、麻美の頑張りを見て、私もいつまでもうじうじしていられない、と思う。

「麻美! パス!」

 星見台コートにいる翡翠は麻美にパスを求める。

「ひーちゃん!」

 麻美からパスが来る。パスをトラップした翡翠は前を向く。味方は左サイドに静がいる。敵はゴール前にいるフィクソの選手と、静のマークのアラの選手の二人だ。

 ここは一対一の勝負だ。

 翡翠はゴール前にいるフィクソの選手に向かってドリブルする。相手が麗華でなければ持ち前の運動能力で抜けると思ったのだ。

 翡翠はフィクソの選手の手前で急加速してドリブルの速度を上げる。その緩急の変化で相手を抜き去るつもりだった。前半はこの技で何回か相手を抜いた。しかし、さすがに慣れてきたのかフィクソの選手は遅れずについて来る。

 くっ……

 翡翠は相手を引き離そうとドリブルの速度を上げる。だが、相手を引き離せない。そのまま、翡翠はタッチライン際まで追い詰められ、ボールを取られた。

 いくら翡翠の運動能力が高くても、それだけで通用するわけでは無い。翡翠のスピードに慣れてしまえば、一年生で二軍とはいえ強豪星見台の選手なら翡翠を抑えられる。

 フットサルを始めて三ヶ月なのだから、翡翠は十分よくやっていた。しかし、翡翠自身は納得していなかった。翡翠はボールを奪ったフィクソの選手を猛然と追おうとする。

「神宮さん!」

 ゴール前にいる碧が叫んだ。翡翠は碧を見る。碧が小さく頷いた。それだけだったが、ぴん、ときた。

 あれか!?

 翡翠はフィクソの選手を追いかけるのを止め、星見台ゴールの右ポスト寄りに移動する。

 頼むよ、碧、と翡翠は祈った。


                    ※


 翡翠からボールを奪ったフィクソの選手は麗華にパスした。麗華は静を抜き、麻美に迫る。その様子を碧は緊張して見ていた。翡翠に叫んだことを実現するには、相手のシュートを、すなわち麗華のシュートを止めなくてはならない。今まで一度も麗華のシュートは止められていないが、やるしかない。

 二度、麻美にボールを取られたことで警戒しているのか、麻美との間合いが詰まる前に、麗華がシュート態勢に入る。

 碧の体が強張る。後半の最初、キックオフ直後の麗華のロングシュートが脳裏に浮かぶ。あのシュートが飛んできたら取れる自信は無い……

 麗華がシュートを打つ。しかし、タイミングよく麻美がシュートコースに足を出す。麗華のシュートタイミングはおろかコースすらを読み切ったプレーだ。

 麗華のシュートは麻美の足に当たり、ふんわりとした山なりの弾道に変わる。これなら取れる、と碧は嬉しくなる。

 碧はボールをよく見て両手でしっかりキャッチする。間髪を容れず、オーバースローで斜め上四十五度の方向にボールを投げる。ボールは大きな弧を描き、センターラインを越えて星見台ゴールに向かって飛ぶ。ボールが向かう先には翡翠がいた。


                    ※


 来た! ナイスパスだよ、碧。

 ゴレイロがキャッチしてすぐさま前線にいる選手にパスする。碧がこの技を知ったのは球蹴りのプリンスに出てきたからだ。数日前、部活の帰り道、碧と翡翠はチャンスがあったらこの技をやってみようと話していたのだ。

 翡翠は後ずさりながらボールの落下地点に移動する。翡翠の背後には星見台のゴレイロがいた。彼女もボールの落下地点に移動してきたのだ。

 ボールが落ちてくる。星見台のゴレイロが先にジャンプして、落ちてくるボールに両手を伸ばす。

 相手の隙をついたこの攻撃は、次から相手も警戒してくるので、何回もできるものではない。おそらくこの試合でのチャンスは、この一回だけだろう。失敗は許されない。

 絶対に勝つ!

 翡翠は深く膝を曲げて、思いっきりジャンプした。

 高いボールは手を使えるゴレイロが圧倒的に有利だ。だが、翡翠の方が身長が十センチは高い。そして、瞬発力のある翡翠のジャンプはゴレイロの選手より遙かに高い。その二つの武器が功を奏し、翡翠はゴレイロの選手よりも先に頭でボールに触れた。

 球蹴りのプリンスでは主要キャラの一人がキーパーよりも高くジャンプし、豪快にヘディングシュートする。だが、高くジャンプすることに全力を注ぎ過ぎた翡翠にはヘディングシュートする余裕が無かった。翡翠は頭のてっぺんでボールに触ったが、それが精一杯だった。ボールは、ぽーん、と跳ね上がる。

 ゴレイロの選手もジャンプすることに集中しすぎたのか、空中でバランスを崩す。翡翠とゴレイロの選手が接触し、翡翠もバランスを崩す。

 ひゃあ!?

 星見台のゴレイロの選手ともつれながら翡翠は体育館の床に落ちる。翡翠は肩を床に打った。ゴレイロの選手もどこか打ったのか、痛っ、と悲鳴をあげていた。

「痛たた……」

 翡翠は肩を押さえながら立ち上がる。痛みはまだ残っているが、徐々に引いてきた。骨や筋に異常は無さそうだ。ゴレイロの選手も立ち上がる。彼女も怪我はして無いようだ。

「ひーちゃん!」

 麻美が駆け寄って来る。静、珠子も走ってこっちに来る。

「あ、大丈夫だよ。ちょっと痛いけど」

 麻美が翡翠に飛びつく。意味が分からず翡翠は目を丸くする。

「ナイスシュート」

「ナイスシュートです」

 静と珠子がそう言った。まさか!? と思い、翡翠は背後を見る。ボールが星見台ゴールに入っていた。翡翠の頭でバウンドしたボールはそのままゴールに入ったのだ。

「ええ? 入ったの?! 今の点になるの」

「なるよ。ゴールだよ、ひーちゃんの頭に当たってゴールに入ったんだよ」

 麻美が翡翠から離れ説明する。

「本当? 本当にゴールなんだね。やったー!」

 今度は翡翠が麻美に抱きついた。まだ初心者の域を出ない翡翠は一人では麗華や星見台のフィクソの選手と戦うには力不足だ。しかし、チームメイトと協力することで、自分よりも実力が上の人達からも点が取れる。自分の実力以上の力が出せることを、楽しいと翡翠は感じていた。まだ十対八と負けているが、俄然やる気が出てきた。


                   ※


 二点差…… 残り時間はまだ五分以上あるはず。私がもっと頑張れば逆転できる。

翡翠の得点に喜びつつも、静はより強いプレッシャーを感じていた。

自分が普段のプレーができれば逆転できると思える。だが、それができない自分を責めてしまい、どんどんプレッシャーを抱えてしまうという悪循環に陥っていた。

 審判がキックオフの笛を吹いた。星見台は例によって麗華にボールを集める。麗華がドリブルで攻め上がってくる。静はディフェンスに行くが、麗華に簡単に抜かれた。

 何やってんのよ! と静は自分を責める。

 麗華の罠に嵌ったと気づいてから、静はプレッシャーに押しつぶされていた。いくら麗華が上手くても普段のプレーができれば、こうも簡単に抜かれはしない。

 私が頑張らないと、逆転できないのに……

 静は麗華を追う。麗華はゴール前にいる麻美と対峙していた。麗華が、ため息が出るほど見事なフェイントで麻美を抜きにかかる。しかし、麻美は麗華からボールを奪う。

「ナイスカット、麻美」

 静は星見台コートに向かって走る。カウンターだ。

「しずちゃん」

 麻美がパスを出してくれた。静はパスをトラップする。しかし、すぐに星見台の選手三人に囲まれる。静が三人を抜こうとするも、プレッシャーという重荷を背負った体は思うように動かず、星見台のアラの選手にボールを奪われた。

 なんでいつものプレーができないの……

 ボールを奪った相手を追いかけながら、静は自分を責める。

 ドリブルしていた星見台の選手が麗華にパスする。しかし、前線から戻って来ていた翡翠が足を出し、ボールが麗華に渡るギリギリのところで前に弾く。

 ボールは静と星見台のフィクソの選手の間のスペースに転がる。若干、静の方が近い。静はボールに向かってダッシュする。全力でダッシュしたはずだった。なのに、体が重く、スピードが出ない。

 動け、動いてよ。

 静は心がちぎれそうな程強く願う。しかし、願い叶わず、星見台のフィクソの選手が先にボールに触れた。フィクソの選手は前線にいる麗華にパスを送った。

やっぱり、私は役に立たない……

 静はその場に立ち尽くす。ボールを追う力は沸いてこなかった。麻美がカバーしてくれていると思うことで、どうにか気力を保っているが、それだけじゃ駄目なのだ。

 中学の一年の時は活躍することを期待されていなかった。だからプレッシャーも感じなかった。しかし、今は違う。麻美が皆で責任を負う、といっても、一番上手い自分が最も大きな責任を背負わなければならないと、静自身が思のだ。思ってしまうのだ。

 だから、その責任を果たせると思える拠り所が欲しかった。それは麻美がカバーしてくれると言うことでは無い。結局役に立たなかったが、麗華のドリブルの癖、のような自分が勝つことを想像できるものなのだ。

「てやー!」

 麻美の声が聞こえた。静の頭上をボールが飛んでいった。麻美がクリアーしたのだろう。ボールはコートの外、体育館の隅へと転がった。星見台のゴレイロがボールを取りに行く。その間に麻美が静の側に駆け寄って来る。

「こらー 何いじけてんのこの子は」

 麻美が静かに軽く体をぶつける。麻美がよくやるスキンシップだ。

「べ、別にいじけてなんて無いよ」

「もー 泣きそうな顔で言っても説得力零だよ。まあ、そのことはおいといて。また、自分が頑張らなくちゃと思って、でもプレッシャーで上手くプレーできなくて、どうしようって悩んでるでしょ」

 麻美にバッチリ図星をつかれ、静はぐうの音も出ない。

「あのさ、はっきり言って、何様のつもりなのって感じだよ」

 麻美がいきなりきつい口調になったので静はたじろぐ。

「何様って……」

「しずちゃんは理想が高すぎるんだよ。それで、上手くできないって、いじけちゃうんだよ。もっと理想を下げなきゃ。しずちゃんは自分が思ってるほど上手くないんだからさ」

 麻美の言葉は静の怒りの琴線に触れまくった。

「……麻美が九条さんを止めてるのは凄いし、翡翠が得点したのだって凄いよ。でも、悪いけど攻撃に関しては私の方が麻美や翡翠よりも上だよ」

「あのね、そういう妄想はいいから。もっと肩の力を抜いて、失敗してもちゃんと私達がカバーするから。しずちゃんは、自分にできる精一杯をやってくれればいいから」

 麻美は幼子を諭すように、静の頭をいい子いい子して自分のポジションに戻った。麻美は静の肩の力を抜こうとしたのかもしれないが、静には馬鹿にされたとしか思えなかった。

 静は自分が思っている以上にプライドが高い。そしてフットサルの実力に自信を持っている。麻美に、上手くない、と言われて黙っていられるわけがない。

見てなさいよ、麻美。私の実力をその目に焼き付けてやる、と静の心に麻美への対抗心がメラメラと燃え上がる。

 ボールを取ってきた星見台のゴレイロが静がいるサイドのアラにボールを投げる。

チャンス!

 静は猛然と、ボールをトラップしたアラの選手に詰め寄る。静の突進は想定外だったのかアラの選手は急いで前にいる麗華にパスを出そうとする。しかし、その動きは静の予想の範囲内だ。

 困ったら九条さんにパスね、ワンパターンよ。

 静はパスコースに足を出し、アラの選手のパスをカットする。そのまま左サイドをドリブルで上がる。ゴール前にいた星見台のフィクソの選手が静の前に出てくる。フィクソの選手が移動してできたゴール前のスペースに翡翠が走り込む。しかし、翡翠には逆サイドのアラがしっかりマークについている。

「静、中!」

 翡翠が手を上げる。マークがいても点を取る自信があるのだろう。それに、さっき得点したことで波に乗った感じだ。今の翡翠は絶好調なのだろう。

 でも、パスは出してあげない。

 静は少し意地悪な気持ちで翡翠にパスを出すフェイントをする。星見台のフィクソがパスコースの方へ重心をずらす。その重心移動とは逆方向にドリブルする。静は翡翠の動きを囮にしてまんまとフィクソの選手を抜いた。

 翡翠にパスして得点をアシストするのも悪くないが、静は自分でシュートを打って得点するつもりだった。そして、これが私の実力だ、と麻美に見せつけてやるのだ。

 静は左足のトーキックでゴール右上隅を狙ってシュートを打った。静のシュートに星見台のゴレイロが手を伸ばすが、届かない。ボールはゴール右上隅に突き刺さる。

 審判がゴールインの笛を吹いた。

 見たか麻美、これが私の実力よ。

 静は得意満面の顔で自陣コートへと戻る。

「すごいシュートだったな、静。あのコース狙って打ったのか」

 一番近くにいた翡翠が並走する。

「当然。コースを狙わないシュートなんてただの運任せよ。私はそんなことはしない」

「すごいです」

 珠子も静と並んで走りながら賞賛する。

「ナイスシュート、しずちゃん」

 駆け寄ってきた麻美が右手を頭上にかかげる。麻美の手に静はハイタッチした。

「どう? あれが私の実力よ。これでもまだ私は理想が高すぎるって言う?」

 麻美にさっきの発言は間違えだったと認めさせたくて静は挑発的な態度を取る。

「おっと、あれは冗談なのに根に持ってるよこの人」

 麻美は困ったなという顔で人差し指で頬を掻く。

「冗談?」

「いや、完全に冗談てわけでも無いんだけどさ……」

 麻美が言い難そうにする。

「なによ、きちんと言いなさい。気になるでしょ」

 静は麻美を睨みつける。

「えっと、あのね…… しずちゃんのプレッシャーを取り去るにはどうすればいいかな、て考えたんだよ。しずちゃんがミスしても私がカバーするって言ったけど、それだけだと効果が薄いみたいだったから別の方法も試してみたんだよ」

「別の方法?」

「うん。しずちゃん、どSじゃない」

「違うけど」

 静は即答で否定したが、麻美はまるで聞く耳を持たない。

「そんな静ちゃんには周りが支えるということよりも、自分が攻めるという姿勢の方がプレッシャーをはねのけられると思ったんだよ。ということで、しずちゃんを挑発して、私に対して攻める意識を持たせてみようとしたわけよ。大成功だったね」

「静のどSの性格をくみ取ったメンタルコントロールと言うわけね。麻美、頭いい」

 翡翠が感心する。凄いです、と珠子も感心している。

「だから、どSじゃないってば」

 静は必死に否定するが誰も聞いていない。

「しずちゃん、これからは相手を攻めるような、いじめるようなことを考えながらプレーするんだよ。そうすればプレッシャーなんて怖くないよ。どSなんだから」

 麻美が静の肩を軽やかに叩いて、自分のポジションに戻っていく。

「どSじゃないのに……」

 小さく呟いて、静も自分のポジションにつく。

 どSではない、と主張する静だが、麻美へ対抗心で頭が一杯だったさっきのプレーではプレッシャーを感じなかった。結果からすると、どSと言うことになるのだろうか……

 違う違う、と静は頭を振る。

 さっきはたまたま、得点して麻美に、どうだ、と言い返す想像をしていたら不安を忘れただけ、どSとかそういうのとは関係ない、と自分に言い聞かせる。でも、不安を忘れられるなら、麻美が言う方法を試してみてもいいかもしれないとも思う。

 静は星見台の選手からボールを奪い、次々と相手を抜いて得点する想像をしてみる。爽快な想像だ。そんな想像をしていると、ミスしたらどうしようという考えが薄まっていく。

 一つのファインプレーがきっかけで調子を上げることがある。逆に一つの失敗で調子を崩すこともある。それは往々にしてメンタル面の問題だ。

 静は、ミスしたらどうしようとネガティブな思考を繰り返すうちに一つのミスをその何十倍にも大きなものに膨らませてしまい、必要以上にプレッシャーを感じていた。しかし、相手に勝つというポジティブな思考をすることで、根拠も無く膨れ上がった不安が元の大きさに収縮していた。

 その思考の切り替えはメンタルコントロールの一つの手法だった。

メンタルコントロールのきっかけは人それぞれだ。静には、自分が勝つという想像をすることが合っていたのだ。実に運のいいことに、麻美の試みは静のメンタルコントロールのきっかけを見つけたのだ。


 星見台の選手がキックオフしたボールを麗華が受け取り、ドリブルする。

 静は麗華の前に躍り出る。

 九条さんに勝ってやる、と静は麗華に勝つ想像をする。麗華の癖、という根拠が無くても、勝つ想像をすることで気持ちが落ち着く。

 麗華がフェイントを仕掛けてくる。さっきまでは為すすべなく抜かれていたが、今はフェイントに引っかかることなく対応できた。

 体が動く!

 プレッシャーに押しつぶされていた時には鉛のように重かった体が綿毛のようだ。

 麗華が小さく舌打ちして、逆サイドのアラにパスした。静を抜くのを断念したのだ。

 勝った、と静は嬉しくなる。ボールは奪えなかったが相手のエースにドリブル突破をさせず、逃げのパスを出させたのは広義にはディフェンスの勝ちと言えた。

 走り去る麗華の横顔が見えた。悔しそうだった。静は自分でも気づかない内に、にやり、と笑っていた。相手が悔しがる様を見るのは嫌いじゃない。いや、正直なことを言えば好きだ。この性格がどSと言われる所以なのだが、静は気づいていなかった。

 ミスすることが楽しいんじゃない。ミスしたらどうしようと悩むことが好きなんじゃない。相手に勝つことが楽しくて好きなのだ。勝ち負けよりもフットサルをやること自体を楽しむ麻美とは違い、静は勝利の喜びを楽しんでいた。長らく試合では忘れていた、自分のフットサルを静は思い出そうとしていた。


                    ※


 星見台のアラの選手が麗華からのパスをトラップミスした。何でも無い普通のパスだったが、一点差に追い詰められ、焦ってしまったのだろう。こぼれたボールを珠子が拾い、麻美にバックパスする。

「ドンマイ、次は上手くできるから気にしないで」

 麗華が励ます。麗華に励まされ安心したのか、ミスした選手ば、ほっとした表情になる。

 このミスで委縮され、今後のプレーに響いたら困るので励ましはしたが、その実、麗華は心の中で、使えない下手くそのゴミクズ、とアラの選手を罵倒していた。

 小学校の時から麗華は突出した才能を見せていた。それ故に、チームメイトは全員使えない人材だった。麗華は常に不満を溜めていた。

 自分一人の力で全国大会三連覇できた中学時代はまだ不満を抑えられた。しかし、桜川高校に入学し、夏の都大会決勝で敗退したとき、使えないチームメイトへの不満が爆発した。足を引っ張るだけのチームメイトなんていらない、と麗華は冷徹な決断を下した。

 使える人材を求めて麗華は強豪の星見台に転校した。星見台で、やっと少しは使える人材が仲間になった。なのに、自分の意志に反してこんな大会に出ることになってしまった。

 星見台は例年冬の全国フットサル大会には出ていない。しかし、芸能人の麗華の母親が大会を主催しているテレビ局から、大会に華が欲しい、つまり麗華に出て欲しいと頼まれたのだ。

 麗華の母親は、フットサル日本代表である麗華の父親と共に星見台の校長とフットサル部の顧問の教師に、全国フットサル冬の大会に出場し、麗華を試合に出すように頼んだ。

 父兄の願いをいちいち聞いていては部活動に支障が出る。校長も顧問の教師も最初は難色を示した。しかし、そこは麗華の両親も心得たもので、普段試合に出られない一年生に経験を積ませるいい機会、という理由を用意していた。

 メディアとフットサル界に影響力を持つ麗華の両親にそれらしい理由を言われ、校長も顧問の教師も断れず、麗華が冬の全国フットサル大会に出ることになった。ところが、普段試合に出ない一年生に経験を積ませるという理由を優先して、一軍の試合に出ている麗華は後半だけの出場となった。それは、父兄からの口出しを快く思わなかった顧問の教師のささやかな抵抗だった。

 後半からの出場でチームメイトは二軍三軍なのだから、勝てなくてもしょうがないと割り切れれば楽になる。だが、プライドの高い麗華は、どんな状況であれ負けを容認することはできなかった。私一人の力で優勝して見せる、と麗華は決めていた。


 麻美が星見台ゴール前にいる翡翠に楔のパスを入れる。しかし、このパスを読んでいたフィクソの選手が翡翠の前に出てパスカットする。

フィクソの選手が麗華にパスする。パスを受けた麗華に静がディフェンスに来る。さっきまでは死にそうな顔をしていたのに、今は随分と活き活きしている。

 ちょっと活躍したからって調子に乗ってんじゃないわよ。あんたなんて中学の時から何一つ成長してないんだからね。

 中学の時、総合的な実力では麗華の方が静よりも数段上だった。しかし、麗華は、静のプレーに自分には無い才能の煌めき見た。自分が活躍する上で邪魔者になると思った。だから、中学二年生の時の対戦で随分と手の込んだ方法で、静に、絶対に勝てないというトラウマを植え付けた。なのに、静はその呪縛から逃れようとしている。だから、もう一度、どちらが上かという序列を分からせてやるつもりだった。

 麗華は得意のフェイントを使って静を抜きにかかるが、静はフェイントに引っかからず冷静に対応してくる。一瞬、静と視線が交錯した。静の表情には自信が伺えた。

 ふん。これくらいで私と対等になったつもり。

 麗華は翡翠以上に恵まれた瞬発力を使った鋭いドリブルで静の左側を抜きにかかる。静の対応が遅れる。運動能力では麗華の方が上だ。それでも、静が必死に足を伸ばしてくる。

 ばーか。

 麗華は余裕の微笑を浮かべて足の裏でボールを止めると、足を伸ばすことで開いた静の股間にボールを通した。静のお株を奪うような股抜きだった。麗華は静の顔を一瞥する。静は泣きそうな表情になっていた。

 そうやって落ち込んでなさい。あなたにはそれがお似合いよ。

 ボールを取られた。

 えっ?!

 麗華が静を抜く動きを読んでいた麻美にボールを奪われたのだ。

さっきから何なのよ、この子は!!

 麗華は即座に反転する。麻美の背中を鬼の形相で睨みつけ、追いかける。

 静には才能を感じる。しかし、麻美には才能を感じない。数年の経験を積んでいることは分かるが、それだけだ。普通の人が普通に練習して到達するレベルだ。麗華のような天才からすれば路傍の石だ。しかし、その路傍の石に後半途中から何回も躓いている。

「麻美、こっち」

 静が前に走る。

「しずちゃん」

 麗華が追いつく前に麻美が静かにパスを出す。静は前からアラの選手が詰めてきているのを見て、逆サイドの珠子にダイレクトパスを出す。珠子もダイレクトで前にいる翡翠にパスする。

 ゴール前にいる翡翠には星見台のフィクソの選手がマークについている。

 そこで止めなさい!

 麗華は心の中で命じる。しかし、翡翠はフィクソの選手とは勝負せず、ダイレクトで左サイドから中に走り込んできた静にパスした。

 静は走り込んできた勢いを左足に乗せて、シュートを放つ。強烈なシュートがゴールネットに突き刺さった。麻美達が皆で練習してきたダイレクトのパス回しが見事、星見台の守備組織を破ったのだ。


                   *


 十対十の同点。試合残り時間は数分。次の一点が試合を決めることは容易に想像できた。勝ち負けは気にしないと思ってきた麻美だが、ここまで来ると勝ちたいと欲が出る。

 星見台がアラとフィクソの選手を交代した。新しくコートに入ってきた二人を麻美は見る。二人とも落ち着いた感じだ。体つきもベンチに戻った二人よりがっちりしている。

 場馴れしてる。上手そうだ、と麻美が思ったとき、静が横に来て囁いた。

「交代した人よりも上手そうな感じね」

「うん。ここまで温存しておくなんて、余裕だよね。こっちはいっぱいいっぱいなのに」

「そうね。でも、その余裕が命取りだったって教えてあげましょう」

 静が不敵な笑みを浮かべる。どこかサディスティックな雰囲気を漂わせている。

交代して入ってきた二人は星見台のフットサル部の一年生で、時々一軍の試合に出る、いわば、一・五軍の選手だった。二人の実力は麗華よりは劣るが、今までこの試合に出ていた選手よりも、そして麻美よりも上だった。

 交代した二人はピヴォとフィクソのポジションに入り、麗華が静と同じサイドのアラのポジションに移動した。

 なるほどね、と麻美は星見台のポジションチェンジの意図を理解した。

 麻美達の中で一番実力がある静には麗華を当てて、静の次に攻撃で危険な翡翠と、守りの要である麻美には、交代して入ってきた実力のある選手を当てる、ということだ。

 この期に及んでピンチ到来だが、フットサルを楽しむと決めた麻美は、強い相手と対戦できることを楽しもうと意識を切り替える。

 審判が笛を吹き、麗華がセンタースポットに置かれたボールをキックオフした。変わって入ったばかりのピヴォの選手がボールをとり、後方のフィクソの選手にバックパスする。そこに翡翠が気迫のこもったダッシュで詰め寄る。しかし、フィクソの選手は翡翠との間合いが詰まる前に、ダイレクトで麗華にパスする。

 麗華には静がマークについている。麗華は静とは勝負せず、フィクソの選手からのパスをダイレクトパスでピヴォの選手に渡す。

 麻美を背負い、自陣ゴールを向いた状態で星見台のピヴォの選手はボールをトラップした。ピヴォの選手の左右に麗華と、逆サイドのアラの選手が走り込んでくる。

 ポストプレー、と思った麻美は、麗華やもう一人のアラの選手へのパスに対応する為、一歩下がった。しかし、ピヴォの選手は麻美の動きを見て、反転してドリブルしてきた。

 しまった! パスじゃなかった。

 慌てて麻美は、ピヴォの選手のドリブルを止めようと前へ出る。その麻美の動きをあざ笑うかのように、ピヴォの選手は右サイドのスペースにパスを出した。そこにアラの選手が走り込む。麻美はピヴォの選手に完全に裏をかかれた。

 麗華の天敵となった麻美だが、麗華以外の相手とは純粋に実力勝負であり、自分より上の選手には勝てなかった。

 ボールに向かって走り込むアラの選手を珠子が追いかける、が、追いつけない。アラの選手がダイレクトでシュート打つ体制に入る。ゴールの左右上下どこでも狙える。絶好の得点チャンスだ。逆に言えば、麻美達の絶体絶命のピンチだった。

 自分の実力不足でピンチを招いた麻美は懸命にボールを追いかける。しかし、シュートブロックには間に合わない。それでも麻美は思いっきり右足を伸ばす。シュートブロックできなくても、せめてシュートコースを限定しようとしたのだ。

 

                      ※


 星見台のアラの選手が振り上げた右足を振り降ろす。ゴール前にいる碧の全身が冷たくなる。相手はどのコースでも打てる状態。距離も近い。こんなの止められるわけがない。

 でも止めたい…… どうすれば……

 碧の視界に麻美の足が映った。ボールには届かない。でも、麻美の足がゴール左下方向のシュートコースを遮っている。

 右に賭ける。碧はそう決めた。左上に打たれたらどうしようもない。だが、麻美の足があるのだから左には打ちにくいはずだ。

 アラの選手がシュートを打った。同時に碧もゴール右側に動く。

 体のどこかに当たって!

 碧は両腕を広げて、体全身を使ってゴール前に壁を作る。

「ひゃあう!?」

 顔面に衝撃を受けた。シュートが顔に当たったのだ。顔が痛い。だが、我慢できる。碧は反射的に閉じていた目を開ける。視界がぼやけている。

 まずい! コンタクトがずれてる。

 碧は極度の近視なので、メガネやコンタクトが無いとほとんど物が見えない。

「皆さんボールを抑えて! 目が見えません」

 碧は叫んだ。


                      ※


 碧の顔面に当たったボールは麻美達の頭上に上がっていた。ボールを見上げていた麻美の耳に、ボールを抑えて、という碧の声が聞こえた。

 うん、絶対に抑える。

 麻美はボールの落下地点に体を入れ、落ちてきたボールを足の裏でトラップした。

よし! 逆襲だ、と思ったとき、斜め後ろに気配を感じた。体が触れそうな程すぐ側に麗華がいた。麗華がボールに足を伸ばしてくる。

 だめー! 取らないで!

 麻美の心からの叫びは敗者の悲鳴でしかなかった。

 麗華が麻美からボールを奪う。視力が回復していない碧は棒立ち状態だ。無人に近いゴールの右下めがけて麗華がシュート放つ。 

麗華のシュートが桜川ゴールのネットに突き刺さった。そうなるはずだった、横から飛び込んできた静が麗華のシュートをブロックしなければ。静は右足のインサイドでシュートをブロックするとともに、ボールの勢いを殺してトラップした。


                   ※


 静にシュートをブロックされたのを見て麗華は走り出した。静からボールを奪ってもう一度シュートするつもりだった。

 静のシュートブロックは賞賛に値する。よく戻っていたものだ。しかし、トラップは判断ミスだ。敵味方がゴール前に密集している状況なのだから、クリアーしてまず、陣地を挽回すべきなのだ、と麗華は静の判断をせせら笑う。

 麗華が迫ってくるのを見て、静がボールを跨ぐフェイントを入れる。

 フェイントに相手が引っかかったら股を抜くんでしょ。

 麗華の頭の中では静の動きが見えていた。静の動きが中学時代と同じだったからだ。

 麗華は静のフェイントに引っかかる振りをして足を出した。麗華の左右の足が開き、股間にスペースができる。そのスペースを狙って静がボールを動かす。

 来た!

 肉食獣の咢の如く、麗華は左右の足を閉じボールを奪う、はずだった。静が麗華の股のスペースに向けて動かしていたボールを右側に九十度方向転換させなければ。


                    ※


 最初は得意の股抜きで麗華を抜くつもりだった。だが、麗華は股抜きに対応して足を閉じた。抜けない、取られる、と思った。その時、無意識の内に体が動いた。股抜きではなく、麗華の右側のスペースにボールを動かせた。

 麗華の動きに合わせて咄嗟にでたプレーだ。こんな動きができるなんて静も信じられなかった。少なくても、中学時代の自分ならば不可能だった。

 少しのブランクはあったが静も高校で練習を続け、成長してきた。特に冬の大会に向けて、麻美と一対一を特訓してきた。今までプレッシャーに押し潰され、練習の成果を試合では出せなかったが、プレッシャーから解放された今、中学生のときよりも成長した百パーセントの実力を発揮できたのだ。

 静は麗華を抜いた。

 星見台は点を取ろうとして前線に人が集まり、守備は手薄だ。カウンターのチャンスだ。

 静が麗華のシュートをクリアーせずトラップしたのは、マイボールにしてカウンターのチャンスを得る為だった。自陣ゴール前でボールを奪われ失点するリスクも高かったが、麗華を抜くことで静はカウンターのチャンスをつかみ取った、かに見えた。

前線に走る翡翠にパスを出そうとした静の足元に、麗華の足が伸びてくる。

「抜かせない!」

 麗華は抜かれた後すぐさま反転して足を伸ばしていたのだ。静が蹴った翡翠へのパスは、麗華の爪先に当たって桜川高校のペナルティエリアの少し前に転がった。

 誰にとっても予想外の所にこぼれたボールをキープしたのは、偶然、近くにいた麻美だった。しかし、ボールを持った麻美に、星見台のピヴォとアラと麗華が津波の如く押し寄せる。三方向を囲まれ麻美はパスもドリブルもできず立ち往生する。


                     ※


 麻美さん、こっちです。こっちにパスをください。

 麻美が囲まれ立ち往生するのを見て、珠子は走り出した。元々珠子がいた位置では星見台のアラの選手にパスコースを切られている。だから、麻美がパスできる場所に動くのだ。

 フットサルはずぶの素人の珠子だが、数か月の練習で分かってきたことがある。それは、パスを貰うにはパスを貰える場所に動くこと。それともう一つ、パスを出す相手に気づいてもらうこと。

 星見台のピヴォとアラの選手の間に隙間がある。そこなら麻美がパスを出すコースがある。そのパスコースに珠子は移動した。しかし、麻美は珠子に気づかない。三方向から押し寄せられ、周りを見る余裕を失っているのだ。

 珠子は大きく息を吸いこむ。

「麻美さん!」

 珠子は大声で叫んだ。珠子と麻美の視線が合う。麻美が珠子の存在に気づいたのだ。

 パスを出す相手に気づいてもらうには声を出すことが最も簡単で、しかし、最も重要だ。

 内気で引っ込み思案で恥ずかしがり屋の珠子は喋ることも、大きな声を出すことも苦手だ。明るい性格の人には分からないだろうが、大声を出すなんて顔から炎が出るほど恥ずかしい。でも、麻美達と声出しの練習をして、出せるようになったのだ。

「珠子さん」

 麻美がパスを出した。ピヴォとアラの選手が足を伸ばすが、麻美のパスは二人の足に引っかかることなく珠子の元に届いた。

 珠子は慎重にトラップして前を向く。前線にいる翡翠が右側に移動して、星見台のフィクソのマークを外す。

「翡翠さん」

 珠子が翡翠にパスを出す。翡翠がボールをトラップする。しかし、背後には星見台のフィクソの選手が迫っている。加えて、桜川高校のゴール前にいたアラとピヴォの選手も翡翠目指して全力で戻っている。あと数秒で囲まれる。

「翡翠! 中!」

 左サイドから星見台ゴール前に静が走り込んでくる。

「静!」

 翡翠が取り囲まれる前に静にパスを出す。静がダイレクトでシュートを打つ態勢に入る。

「決めろ、静!」

「決めてください、静さん」

 翡翠、珠子の声が体育館に響く。

「しずちゃん!」

 麻美の声も響いた。


                     ※


 シュートを打とうとしていた静の視界の片隅に影が映った。影は真横にいた。麗華だ。

 星見台の他の選手はボールにつられて翡翠を追いかけた。しかし、麗華だけはゴールを決めるのは静だと予測して、静を追って来たのだ。

 打たせない! 私がこんなところで負けるはずがない、と麗華の必死の形相が彼女の心の声を雄弁に語っていた。

 シュートコースに麗華が足を伸ばす。静のシュートが麗華の足に当たるかどうか、タイミング的にはどちらもあり得た。実力というよりは運の勝負だ。

 だから、静は空振った。

「なっ!?」

 麗華の驚愕はコートにいた全員の気持ちを代弁していた。ただ二人、静と麻美を除いて。


                    ※


 静が星見台ゴールに向かって駆け上がった時、静をフォローするため麻美も左サイドを駆け上がっていた。さっき静の名を叫んだのも、フォローにいるよ、と伝える為だ。

 麻美の意図は静に伝わっていた。静は自分がシュートを打つよりも麻美にスル―した方がゴールの確率が高いと判断してわざと空振り、ボールを流した。

 静がスルーしたボールに向かって麻美は全力で走り込む。シュートはあまり得意ではない。しかし、そんなこと言っていられない。キャプテンとして、ここは絶対に決めなければいけない場面だ。

 麻美は迷うこと無く、自分が最も打ちやすいゴール右下に思いっきり蹴り込むと決めた。

「麻美、お願い!」

 静の声が聞こえた。

 絶対に決めるよ、しずちゃん。

 麻美は振りかぶって、チームメイトの希望をのせたシュート打つ。



 世界が回転した。

胸や腰に衝撃を感じた。

 何が起きたか麻美は分からなかった。しかし、目の前にボールが転がっているのと、自分が転んでいることに気づいた。慌てて麻美は立ち上がろうとする。

「痛っ!」

 激しい痛みが左足首にはしり麻美は再び倒れ込む。

 甲高い審判の笛が鳴り響く。

「麻美!?」

 静達が駆け寄って来る足音が聞こえた。そして、自分の横に倒れている麗華が見えた。

 嘘だ…… こんなの嘘だ……

 麻美は自分に何が起きたか悟った。

 シュートを打つ瞬間、横から麗華がスライディングしてきて、麻美の軸足である左足を蹴ったのだ。足を蹴るというのは危険で悪質なファールだ。それを百も承知で麗華はやったのだ。麻美達の得点を防ぐ為に。

 軸足を蹴られた麻美はバランスを崩して転倒した。その拍子に左足首を捻った。

 麗華が立ち上がり、麻美に、ごめんなさい、と言って立ち去った。主審が来て麻美に立てるか質問した。麻美は立てる、と言ったが、左足が痛くて立ち上がれなかった。

 静と翡翠の肩を借りて麻美はコートの外に出た。顧問の柊が救急ボックスを持って走ってくる。晴れ上がった左足首にコールドスプレーをかける。麻美は茫然と、自分の足とは思えないくらい晴れ上がった足首を見つめていた。

「絶対決めるから、見てて」

 床に座っている麻美と視線を合わせる為、しゃがみ込んだ静が言った。麗華の反則で得た直接フリーキックを決める、と言っているのだ。

「しずちゃん…… 私出るよ。ちょっと待ってて、テーピング張るから」

「駄目です。こんなに腫れているのに試合に出るなんてありえません」

 いつものんびりしている柊が人が変わったかのように厳しい口調で言った。

「でも……」

「でもじゃ、ありません。ここで無理して取り返しがつかないことになったらどうするの」

「先生の言う通りだよ、麻美。そんなに腫れてるんだから、無理だよ」

 でも…… でも……

 足は試合に出られる状態では無い。それは麻美自身が一番分かっている。でも、自分がいなくなったら試合にならない。

「佐々木さん。主審に伝えて。美浦さんは退場するって」

 柊が静に指示を出す。静は頷いてコートの中にいる主審の所に走って行った。


 静は約束通り、フリーキックを直接ゴールに決めた。十一対十と桜川高校が勝ち越した。

 麻美への危険なプレーでレッドカードを受け、麗華は退場した。フットサルでは、退場処分を受けても二分後、あるいは人数が少ない方が失点した時点で選手を補充できる。しかし、桜川高校には予備のメンバーがいない為、試合は四対四で行われることになった。

 全員が経験者で構成されている星見台は麗華が抜けてもチームとして成り立っていた。一方、経験者が静だけの桜川はチームとして成り立たなかった。翡翠も珠子も頑張ったが四人になった時の動き方が分からず右往左往することしかできなかった。静も孤軍奮闘したが、麻美の抜けた穴は大きく、埋められなかった。

 静がフリーキックを決めた一分後、星見台に一点を決められ同点にされた。さらにその一分後の試合終了直前にもう一点を決められ、十二対十一で桜川高校は敗退した。


                   ※


 試合終了後、麻美達は更衣室でシャワーを浴び、着替え、帰り支度をした。麻美は母親が車で迎えに来て、そのまま近くの病院に行くことになった。

 大接戦ではあったが、負けは負け。フットサル部存続の条件は達成できなかった。落ち込む麻美達は帰り支度をしている最中、誰も一言も喋らなかった。

「皆、聞いて」

 全員が制服に着替えるのを見て、麻美が重苦しい沈黙を破った。

「今日の試合はすごく良かったと思う。練習の成果もしっかり出せたし、なにより試合中、皆が一つのチームになったって感じたよ。結果は残念だったけど、皆ありがとう」

 麻美は努めて明るい声を出し、明るい表情を作る。

「あの反則が無ければ私達が勝ってたのに……」

 翡翠が鬱憤を吐き捨てるように呟いた。それは全員が思っていることだった。

「うん。勝てたよね。でも、仕方ないんだよ。ファールも含めてフットサルなんだよ」

「どうにかできないのでしょうか。人数も揃い、全員で真面目にやっているのですから」

「あ、碧さんの言う通りです。先生に掛け合ってみてはどうでしょう」

 珠子が珍しく意見を主張する。

「掛け合うのは良いと思うけど、正直難しいと思う。女子バレーと男子バスケの練習時間を増やす為に田辺先生と駒田先生がフットサル部を廃部にしようとするだろうから」

 静が冷静に分析する。

 全員、しん、と静まり返る。静の分析が的を射ていることを全員が分かっているのだ。

「皆で先生達に掛け合ってみよう。皆のやる気を見せれば考え直してくれるよ、きっと」

 暗くなりがちな雰囲気を少しでも明るくしようと麻美は頑張る。

「明日は部活はオフだから、皆しっかり疲れをとってください。それで、火曜日からは今まで通りの日程で続けられる限り部活をやります」

 廃部になるその日まで、麻美は部活を続けるつもりだった。少しでも長く、皆とフットサルをやりたかった。


 ミーティングを終え、静達は体育を後にした。麻美は母親の迎えがまだだったので、一人更衣室に残った。

 麻美は更衣室のベンチに座り怪我した左足首を見つめていた。アイシングの為、氷嚢がテーピングで固定されている。意外にも柊が慣れた手つきで応急処置をしてくれたのだ。

 その柊は、試合後、人が変わったかのような凄い剣幕で星見台の顧問に文句を言いに行った。無論、麻美への危険なプレーについてだ。星見台の顧問も後ろめたさがあったのか麗華と共に麻美に謝罪しに来た。その後、柊は、やることがあるからと言って先に帰って行った。

「謝られたって、負けは変わらないじゃん」

 麻美の瞳から涙が流れる。キャプテンだから、皆の前で泣くなんてよくないと思って我慢していた。でも、一人になったのだから我慢する必要は無い。

「みんな、頑張ったのに…… 部活だって廃部にならないですんだはずなのに……」

 後半のあの瞬間、確かに麻美達は勝利の二文字に手をかけていた。手中にあった勝利を失った悔しさと、悲しさと、やりきれなさと、苦しさが、麻美を締めつける。

 カチャ、と更衣室の扉が開く音がした。麻美は顔を上げた。入り口に静がいた。麻美は慌てて涙をふく。

「どうしたのしずちゃん、忘れ物」

 静が麻美に歩み寄る。

「皆帰ったから、もう我慢する必要は無いよ。試合に負けて一番悲しいのは麻美なんだから、泣きたいときには泣きなよ」

 静は、座っている麻美の頭を優しく抱きしめる。

「しずちゃん……」

「フットサル部を一人で始めて、皆を集めて、九条さんのいる星見台と互角に戦えるまでにしたんだから、麻美は凄いよ。キャプテンとしてちゃんとやったよ」

「うぅ…… 計ったかのように帰ってきて…… しずちゃんの馬鹿……」

「馬鹿は無いでしょ。そりゃ、計算して帰ってきたけどさ」

「そんな優しくされたら、私…… 泣いちゃうよ……」

麻美は静かに抱き着き、大声をあげて泣いた。

「ずるい。あんなのずるいよ。ファールが無ければ絶対に決めてたよ。私達が勝てたのに」

 静は麻美が落ち着くまで抱きしめ、麻美の涙を受け止めてくれた。

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