九章 地固まる

 日曜日の昼過ぎ。麻美は静に会いに彼女の自宅の前に来ていた。静の家の住所は美和に教えてもらったのだ。

 昨日、美和から話を聞き、静がプレッシャーに弱いと分かった時、麻美は大きなショックを受けた。四校対抗戦の前や試合後、麻美は静にプレッシャーを与えまくっていた。麻美に悪気は無かったが、静には苦痛だったに違いない。その苦痛に耐えきれなくなったから、フットサル部を辞めると言い出したのだ、と麻美は気づいた。

 静に謝らなくてはならない、と思い、麻美は静の家に来た。

「大きな家だな」

 静の家は、閑静な住宅街にある二階建の一軒家だった。麻美の家よりもかなり大きい。家の周りには高めの壁があり、入り口の重厚な門も背が高い。門の横の壁には、佐々木、と書かれたこれまた立派な表札とインターホンがある。

「しずちゃん、セレブのお嬢様だったんだな」

 麻美は門の横のインターホンを押す。しばらく待っていると門が開き、静が出てきた。

「あ、しずちゃん、こんにちは」

 静はフリルが着いた黒色の長そでのワンピースを着ている。靴もお洒落なミュールを履いている。まるでこのままどこかに出かけそうな格好だな、と麻美は思った。

「どうしたの、突然」

静は怪訝な表情をしている。

「話したいことがあるんだけど、入れてくれない?」

 静は少し躊躇したが、麻美を門の中に入れてくれた。門の中には、広い庭がありその先に家の玄関の扉が見えた。

「話って何」

 静の声が少し硬いように麻美は感じた。警戒、というよりは恐れているような感じだ。過度なプレッシャーを与えた麻美を恐れている、ということかもしれない。

「うん。色々だよ。色々なんだよ。長話ができるようにお菓子も用意してあるから」

 麻美は布の手提げ袋の口を広げて中を見せる。中にはスナック菓子が沢山入っている。

「本当に沢山だね」

 静は何ともいえない表情をした。

 静に案内され、麻美は二階にある静の部屋に入った。静の部屋は麻美と啓太の部屋を合わせたくらい大きかった。

「ちょっと待ってて、お茶淹れてくるから」

 静が部屋を出て行った。麻美は部屋の中央にある背の低いテーブルの近くに置かれたクッションに座った。

 数分して、ティーカップやティーポットを乗せたトレイを持って静が部屋に戻ってきた。静が麻美と自分の分の紅茶を用意する。トレイをテーブルの端に置き、静はテーブルを挟んで、麻美の向かいに座る。

 静が、じっと麻美を見てくる。無言だったが、何を話しに来た? と視線が語っていた。麻美が言うべきことは決まっている。昨日の夜からずっと考えてきたのだ。

足を崩して座っていた麻美は正座する。座ったまま少し後ろに下がる。

「しずちゃん。ごめんなさい」

 麻美は深く頭を下げた。静は麻美を冷ややかな面持ちで見ている。

「いきなり謝られても意味が分からないよ」

 麻美は頭を上げる。

「あのね、聖心館の高木さんに会ってきた」

「美和に?!」

 静が驚く。麻美の行動力がそこまでとは思っていなかったのだろう。

「それでね、しずちゃん達の中学時代のこと、聞かせてもらったんだよ」

 静の表情に動揺がはしった。動揺を隠すためか、静はティーカップを取り紅茶を飲む。

「そう…… じゃあ、私が大事な時にチームの役に立たない人間だって分かったでしょ」

 ティーカップを机に置いた静が自虐的に笑う。

「そんなことないよ! 中学二年から、しずちゃんが不調だった話は聞いたよ。でもそれってプレッシャーのせいだと思うんだよ。だからしずちゃんがチームの役に立たない人間だなんてこと無いよ」

「プレッシャーに負けて満足にプレーできないんだから、役に立たないんだよ」

「そうじゃないよ!」

 どこまでも静が後ろ向きなので、つい麻美は大きな声を出してしまった。静の自分を否定する気持ちを、逆に否定したかったのだ。

「プレッシャーに弱いのなんて普通だよ。私も試合の前はいつもドキドキしてるよ。四校対抗戦のときだって、ここで一勝できなかったらフットサル部が廃部になっちゃうって不安だったよ。どうしよう、どうしよう、って試合の何日も前から悩んでたよ」

「でも、麻美は普通のプレーができるじゃない。私とは全然違うよ」

「それは、しずちゃんのおかげだよ」

「え?」

「四校対抗戦の前に、しずちゃんにエースとして頑張って、て、言ったよね。あれは、四校対抗戦で絶対に一勝はしなくちゃいけないって、私もプレッシャーを感じてて、それを一人で抱え込むのは辛かったから、しずちゃんにも分担して欲しかったんだよ。私はしずちゃんとにお願いできて肩の荷が下りて、おかげで試合でも普通にプレーできた。しずちゃんはね、私のプレッシャーを取り去ってくれた。だから、チームの役に立ってるよ」

 そこで、麻美は居住まいを正して、再び頭を深く下げる。

「でもね、私は自分が楽になろうとして静ちゃんに負担をかけていたのに気付かなかった。今日は、そのことを謝りに来たんだよ。ごめんなさい」

 麻美は頭を下げたまま静の言葉を待つ。

「…… 今更そんなこと言われたって……」

 静の声は震えていた。

「私にどうしろっていうの。麻美のプレッシャーを和らげたから満足しろっていうの。それでこれからもフットサルを続けろっていうの。そんなの嫌だよ。私だって普通のプレーがしたい。チームの勝利の為に頑張りたい。その為に練習して上手くなるんでしょ。でも私は……、私は、頑張っても大事な時に力を出せないんだよ! だからフットサル部を辞めるの! 麻美には、私の気持ちなんて分からないんだから、もう、放っておいてよ!」

 途中で何回かしゃくりあげながら、静が叫ぶ。静の目は赤く充血し、潤んでいる。

「分からないよ! しずちゃんの気持ちなんて!」

麻美は立ち上がる。

「私はしずちゃんじゃないんだから、言ってくれないと分からないよ!」

 麻美はテーブルを回り込んで座っている静かに近づくと、両手で静の頭を抱きしめる。

「辛かったら言って。私の言葉がプレッシャーになるんだったら、そう言ってよ。私は鈍感だから、言ってくれないと分からないんだよ。プレッシャーを感じて困るって言ってくれたら、しずちゃんがプレッシャーを感じないで済む方法を考えるよ」

「麻美……」

「一人で背負いこむのが辛いなら皆で分担しよう」

 麻美は抱きかかえていた静の頭を少し離す。目を充血させた静が麻美を見上げる。麻美は静を元気づけようと、ひまわりのような笑顔になる。

「そんなの…… そんな綺麗ごと言われても……」

 静は人差し指で瞳にたまった涙をぬぐう。

 麻美は静を離し、元いた場所に戻り、クッションに座る。

「あのね、私も皆に言われたんだ。一人で抱え込みすぎだって。言ってくれれば、皆も協力できたのに、って怒られたよ」

「でも、皆が協力してくれても、どうすればプレッシャーを克服できるか、分からない」

「それは色々試してみようよ。とりあえず、私なりに考えてみたんだけど」

 麻美はグーにした右手から人差し指を立てる。

「まず第一。私がキャプテンをやります」

 麻美は自信を持って堂々と宣言した。しかし、静は戸惑いの表情を見せている。

「……えっと、今までも麻美がキャプテンじゃなかったっけ」

 麻美は首を左右にぶんぶん振る。

「私、キャプテンやるなんて一言も言ってないよ」

「でも、実質キャプテンだったじゃない」

「だから~ キャプテンとしての責任を背負いたくなかったから、私はキャプテンやるなんて一言も言ってません」

「無責任」

 静がバッサリと、麻美を一刀両断する。

「ちょっとー そんな言い方は無いでしょ。私だってね繊細な心を持ってるんだから」

「何が繊細よ。人を部活に誘うならもっと責任を持ってよ。そうでなきゃ誘われた人はどうすればいいか迷うじゃない」

「そうだよ。その通りだよ。だから、私がキャプテンやるって決心したんだよ。ほら、これでしずちゃんも迷わなくてすむでしょ。ということで、フットサル部に復帰できるね」

 言いながら麻美は猫の姿をした静が迷子になっている様を思い浮かべていた。

「そして、第二」

 麻美は人差し指に続いて右手の中指を立てて、Vサインを作る。

「しずちゃんの個人技に頼った戦術は禁止する。メンバー全員が攻撃も守備も責任を持つつチームを作る」

「コンセプトはいいと思うけど、具体的にはどうするの」

 間髪入れず静が質問してくる。

「え? ええと? ええとですね……」

 具体的なことはまだ考えがまとまっていない麻美だった。麻美の無策を見抜いたのか、静がわざとらしく大きなため息をつく。

「考えが浅い。キャプテンならチームのことをもっと考えないと駄目でしょ」

 相変わらず静の指摘は厳しい。やっぱりこの人どSだよ、と麻美は思った。

「絶対、キャプテンなら、て言われると思ったからキャプテンやりたくなかったんだよな」

 麻美はぶつぶつと呟く。

「じゃあ、どうすればチームの皆が責任を持てるようになるか考えよう」

 照れ隠しか、静は最大限のさりげなさを装って言った。

「えっ!?」

 麻美は瞳を瞬かせる。聞き間違えじゃないよね、と三回自問した。

「考えよう、てことは、フットサル部を辞めないでくれるってことだよね」

「そのつもりで家まで来たんでしょ」

 静がはにかむ。

「もう、そういうことは分かりやすく言ってよ。でも、しずちゃん、ありがとう」

 今日、静の家に来た一番の目的を果たせて、麻美はほっとした。自然と笑顔がこぼれる。

「私の方こそ、ありがとう」

 静は紅茶を飲む。麻美もティーカップを取る。静と話すことに夢中になり、まだ一口も飲んでいなかった。

「美味しい! なにこれ、凄く美味しいじゃん。高級ぽい味がする」

 紅茶を飲んだ麻美は感動で目を大きく広げる。

「そうそう、お菓子も食べよう。折角持ってきたんだから」

 麻美は持ってきたお菓子を袋から出しテーブルに広げる。手始めにポッキーを開ける。

「しずちゃんがフットサル部を辞めないでくれて本当によかったよ」

「うん…… なんか自分でも不思議な感じ。真剣にフットサを辞めるつもりだったのに、簡単に意見を変えちゃった。何でだろう」

「それはね。私の真心のこもった最高の説得のおかげだね」

「ああ、なるほど」

 ポッキーを食べながら静が素直に頷く。静も本当はフットサル部を辞めたくは無くて、辞めないでいいきっかけを探していたのだろう、と麻美は思った。

「ねえねえ、しずちゃんと高木さんは中学卒業してから全然連絡とっていないんでしょ」

「……うん。部活で色々あって…… それで疎遠になって……」

 静の表情が曇る。中学時代のことは心に深い傷となり残っているのだろう。

「あのさ、高木さんもしずちゃんのこと心配していると思うんだ」

「美和が?」

「うん。だって、私に色々話してくれたのは、静ちゃんを心配してるからに決まってるよ。しずちゃんから高木さんに連絡してみたら」

 余計なお世話と思ったが麻美は言わずにはいられなかった。言葉にこそしなかったが、美和の態度が、静を心配していると雄弁に語っていたのだ。

「……考えてみる」

「うん」

 その後、静の両親が留守だったこともあり、麻美と静は遅くまで、おしゃべりしていた。


 日曜日が終わり、新しい一週間が始まった。麻美は制服に着替え、スクールバッグを持って家を出た。晴天の空の下、上機嫌で学校に向かう。今日は久しぶりに部活に全員が集まるのだから、機嫌も良くなるというものだ。

 早く放課後にならないかな、と思いながら授業を受けた。放課後になった途端、麻美は教室を出て部室に直行する。

 部室にはまだ誰もいなかった。麻美はユニホームに着替え、おろしていた髪をポニーテールにする。準備をしている間に、珠子、静が順に部室に表れた。珠子は静を見ておどおどしていたが、よかったです、と小さく呟いた。

碧と翡翠も部室に表れる。

「おっ、静、来たな。まったく心配と手間をかけさせるんだから」

 翡翠が静の背中を叩く。

「神宮さんは人のこと言えませんよ。でも、これで万事解決ですね」

 碧は嬉しそうに微笑した。

「皆集まったところで、話があります。準備しながらでいいから聞いて」

 麻美が靴を脱いで椅子の上に立つ。皆の注目を集めよう、というのだ。

「えー 今日から私がフットサル部のキャプテンをやります。いいですか?」

 昨日、静に言ったように麻美はキャプテンをやるつもりでいた。しかし、もし誰かに反対されたらどうしよう、と不安な気持ちも抱えていた。しかし、麻美の心配をよそに、静、碧、翡翠、珠子は着替えながらぺちゃくちゃお喋りしている。

「ちょっと、皆聞いてる。真面目な話をしてるんだから、真面目に聞きなさい」

 麻美は怒った猿の顔芸をする。

「何をいまさら言ってるんだよ。ずっと麻美がキャプテンだったじゃない」

 ツインテールにした髪のゴムを結び直しながら翡翠が言う。

「そうですね。美浦さんがキャプテンを辞めるというなら問題ですが、キャプテンをやると言うのは今まで通りですから、何も問題ないと思います」

 碧はコンタクトレンズを入れながら発言する。

「わ、私も、そう思います」

 珠子は着替えの手を止めて麻美方を見て言った。ただ、非常に小さな声だったが……

「あ、そう。皆がそう言うなら、キャプテンをやらせてもらいますよ」

 皆の反応があまりにも拍子抜けだったので、麻美は少しいじける。

「えっと、では次のお話。冬の大会で一勝しないとフットサル部は廃部になります。冬の大会はシードなので決勝トーナメントからの参加になり、相手は強敵が予想されます。それに、大会まであと一ヶ月と時間もありません。でも、しっかり練習してチーム一丸になって臨めば勝つチャンスはあると思います。そのチャンスにかけて、これから練習していきましょう」

「わかってるって。それで、強敵ってどこなの」

 準備を終えた翡翠が訪ねてくる。

「まだ決まってないけど、だいたいのレベルとしては三光高校を考えればいいと思う」

 四校対抗戦で対戦した三光高校は冬の大会の決勝トーナメントの常連なのだ。

「なんだ。三光高校レベルなら、意外といけるんじゃない」

 翡翠が楽観的なことを言う。

「甘いよ。激甘だよひーちゃん。四校対抗戦で私達は大敗してるじゃない」

「なーに、私がもう少し上手くなって、静が普通のプレーをすれば、いい勝負になるって」

 翡翠が静かにプレッシャーをかけるようなことを言うので、麻美はドキ、とした。静がプレッシャーを重荷に感じていることは翡翠たちには話していない。静が自分から話すならまだしも勝手に話すべきではないと思ったのだ。

 事情を知らない翡翠に悪気はないのだろう。だが、麻美からすると翡翠の言葉に静が傷つかないだろうか、と焦るのだった。しかし、静は表情一つ変えず毅然と言い返した。

「そうやってプレッシャーかけないでくれる。迷惑だから」

 困ったこととか嫌なことは一人で抱え込まず、ちゃんと言う、と昨日、麻美と静はお菓子を食べながら話していた。早速、静はそれを実行していた。静が、昔の自分から変わろうと努力しているんだと、麻美は気づいた。

「あ、そういんじゃないんだよ。でも、そっか、そうも取れるか。ごめん、ごめん」

 翡翠が謝る。考える前に口にするタイプの翡翠だが、その分、非を認めるのも早い。

「じゃあ、私がもっともっと上手くなる。それでチームを勝利に導いてみせる。静は安心して私についてこい」

 ひーちゃん、男前だな、と麻美は感心する。大風呂敷を広げている感はあるが、翡翠のプレッシャーを気にしない性格は、紛れも無く彼女の強みだ。

「ひーちゃん、よく言った。そんなひーちゃんにはスペシャルな個人課題があります」

「個人課題?」

「そう。冬の大会までにあれもこれも練習している時間は無いので、皆にこれを集中的に練習して欲しいという課題を、しずちゃんと一緒に考えたのです」

 昨日、チームの皆で責任を持つようにするにはどうすればいいか、麻美は静と考えた。二人で出した結論は、皆に役割を持たせる、というものだった。

 漫然と試合に出るのではなく、役割を意識して試合に臨めば一人ひとりがその役割に対する責任を持つことになる、と考えたのだ。

「ひーちゃんにはポストプレーを覚えてもらい、攻撃の起点になってもらいます」

「攻撃の起点か、いいね。守備よりも私向きだよ。それでポストプレーって何?」

 麻美は翡翠にポストプレーについて説明する。

 ポストプレーとは、最前線で攻撃の起点を作るプレーだ。主に敵ゴールに背中を向け、相手ディフェンダーを背負った状態で仲間からのパスや、時にはクリアーのボールをキープして仲間が前線に上がる時間を作る。仲間が上がってきたらパスを出し、攻撃を展開する。時には自分でドリブルで切り込みシュートする。

ポストプレーをする選手が活躍すれば攻撃のチャンスが広がる。そればかりか、敵陣でキープする時間が長ければ長い程、守備の時間が減り、失点のリスクが減る。

「あおちゃんには、キャッチングを練習してもらいます」

 麻美は碧に視線を向ける。

「シュートを弾いても、ゴール前に詰めてきている相手の前にこぼれたら再度シュート撃たれてしまいゴールを決められる恐れがある。しかし、キャッチしてしまえば、相手の攻撃を終わらせられるので確実にゴールを守れる。そういうことですね」

 碧は麻美が言わんとすることを正確に理解していた。

「そういうこと。あおちゃんはシュートを恐れずボールに向かっていくでしょ。初心者でそれができるのはとても凄いことなんだよ。キャッチングさえ身に付ければ、百雹 朧もかくやというゴレイロになれるよ」

「百雹様にはとても及びませんが、少しでも近づけるのであれば頑張りましょう」

 百雹に近づくというのが碧には大きなモチベーションになっているようだ。

「珠子さんには体力と基礎技術を身に付けてもらいたいですが、何よりも、声を出してもらいます」

「ひゃ……、ひゃい……」

 自分の名前を呼ばれたからか、珠子がびくりと驚く。返事もどもっている。

 麻美と静が一番悩んだのが珠子の役割だった。珠子は、お世辞にも運動神経が高いとは言えず、ボール扱いも下手で、足も遅いし、体も小さいし、声も出ていない。つまり、欠点だらけでどこを強化すべきか判断がつかなかったのだ。

 そんな中、麻美が最も気になったのは声が出ていないと言うことだった。フットサルでは声を出すことで自分の存在を相手に示す必要がある。声を出さないということは試合に出ていても存在が消えている状態であり、チームの一人、として数えられないのだ。そこで、麻美と静は、珠子に声を出せるようになってもらおう、と決めた。

「練習はいつも通りに行うけど、所々で個人練習の時間を入れてます。質問はあるかな」

 麻美は皆を見る。誰からも質問は出なかった。皆納得したのだろう。

「質問がないようなら、今日の練習を始めるよ」

 麻美達は部室から出て練習を開始した。

 体育館が使えるようになる十七時三十分までは校舎の周りや校庭の隅で練習し、それから体育館に移って練習する。

 所々で個人練習の時間を入れる。翡翠には静がポストプレーを教え、碧と珠子には麻美がついて、碧にはキャッチング練習を、珠子には基礎技術と声出しの練習をさせる。

 練習が終わった後、静と麻美は下校時間になるまでの十五分を使って、一対一の練習をする。麻美が守備の練習で静は攻撃の練習だ。一対一の守備と攻撃の技術が、二人が冬の大会までに伸ばすべきこと、と決めたのだ。


 十一月下旬の水曜日、冬の大会の決勝トーナメントの抽選会が行われた。予選を勝ち抜いた各チームの顧問とキャプテンが大会の会場となる体育館に集まり、くじを引く。

 桜川高校はシードなのでくじを引く必要は無い。そこで、抽選会場には顧問の柊だけに行ってもらい麻美は行かなかった。その時間、練習したかったのだ。

 部活を終えた麻美は急いで家に帰り、リビングのテレビをつけた。今夜はスポーツの情報番組の特集で九条麗華が取り上げられるのだ。麗華の大ファンの麻美としては、絶対に見逃すわけにはいかない。後で繰り返し見られるように録画予約もしている。

 番組は既に始まっていて麗華の試合の様子が映されていた。冒頭部分を見逃したことを悔やむ麻美だが、それは後で録画を見ればよいので、そのままテレビを見る。

麻美の家は食卓からテレビが見られるので、麻美は夕食を食べながらテレビを見ていた。

 特集の内容は麗華がいる星見台フットサル部の一年生チームが大会に参加し、接戦の末、予選リーグを勝ち上がっていく、というものだった。

 星見台は前半、麗華をベンチに温存している。そのため前半は負けているのだが、後半に麗華を投入して逆転勝利する。そんな逆転劇を何試合も続けていた。テレビの編集の効果も相まって、麗華の逆転劇はドラマティックで感動的だった。

 さすが麗華さん、凄いなぁ、と麻美は素直に感心していた。

 それにしても、これは何の大会なんだろう、と麻美は不思議に思った。番組の冒頭を見逃したので何の大会か分からないのだ。一年生だけのチームと言うのも不思議だ。新人戦のように、学年の縛りがある大会なのだろうか。

「あれー??」

 麻美は素っ頓狂な声を上げた。一緒に夕食を食べていた母親や啓太が何事か、と麻美見る。麻美が驚いたのは、星見台の対戦相手に聖心館がいたからだ。

 聖心館は冬の大会に出てるんじゃなかったっけ……

 麻美は疑問を抱きながらテレビを見続ける。聖心館相手に星見台は前半負けていたが、後半、麗華を投入して逆転した。試合が終了すると同時に、星見台高校は苦戦しながらも冬の全国高校フットサル大会の決勝トーナメントに駒を進めた、とナレーションが入った。

「冬の全国高校フットサル大会!?」

 麻美はまたまた、素っ頓狂な声を出した。

 冬の全国高校フットサル大会は、全国と銘打っているが、東京キー局一社で主催していて、会場が都内に限られる。この為、参加校は都内近郊の高校がほとんどで、地方の高校は、強豪校でも参加していない。静岡の強豪、星見台も昨年まで参加していなかった。

 テレビに抽選をしているところが映った。麗華が木の箱に手を入れ、くじを引く。運営の人が壁に貼られたトーナメント表に星見台の札をかける。

「ええー!」

 麻美は今までで一番大きな声を上げた。星見台の札がかけられた横には、桜川と書かれた札があったのだ。


 翌日の放課後。部室に集まった麻美達の話題は当然、冬の大会の対戦相手である星見台のことだった。麻美と静を除いた三人はテレビを見ていなかったので、練習の準備をしながら、麻美がテレビの内容をかいつまんで説明した。

 星見台が対戦相手であることは、抽選会場に行った柊に昼休みに確認を取った。

昨年まで参加していなかった星見台が冬の大会に参加したのは、試合に出る機会が少ない一年生に試合経験を積ませるため、ということだった。だから一年生チームで出場していたのだ。録画予約で番組を見直した時、見逃していた冒頭で顧問の教師が説明していた。

「星見台が強豪ってのは分かるけど、一年生チームなら戦いやすい相手なんじゃない。予選でも聖心館とも接戦だったわけでしょ。てことは、三光高校よりも弱いってわけじゃん」

 ユニホームに着替えながら、翡翠が楽観的な発言をする。

「ひーちゃんの言うことも一理あるんだけど、麗華さんが出る後半は半端ない強さを見せて逆転してるわけよ。後半の強さは三光高校よりも上だよ」

「何故、九条さんは前半は出ないのでしょう」

 碧がコンタクトを入れた目を瞬かせながら、全員が疑問に思っていることを口にした。

「普段試合に出ていない一年生に経験を積ませることが目的だってテレビでは説明してたから、一軍で試合に出てる九条さんは後半だけ、て決まってるんじゃない」

 静が推測を交えて碧に答える。しかし、普段試合に出ていない選手に経験を積ませることが理由だとしたら、一年生とは言え、一軍の試合に出ている麗華は、そもそも出場させる必要が無いのでは、と麻美は思った。

「なあ、九条さんが前半出ないなら、前半に沢山点を取ればいいわけだよね」

「そう。ひーちゃんの言う通り。麗華さんが出て来ない前半に点を取りまくって、麗華さんが出てきても逆転されないくらいリードする。私達が勝つにはこれしかないよ」

「逆転されないくらいって、何点」

「五点以上」

 翡翠の質問に麻美は即答した。五という点数の大きさに翡翠、碧、珠子は口をあけてぽかんとする。開いた口が塞がらない、というやつだ。しかし、麻美は大真面目だった。

「そうね。それが最低ラインね。できれば七点以上欲しいかな」

「おいおい、本気でいってるの、静」

 翡翠があからさまに呆れる。

「本気よ。九条さんのレベルは私達と次元が違うと考えないと駄目。後半の初めに五点差があって五人束になってかかって、それで勝ち目が三割くらいあるんじゃないかな」

「五点で三割ですか…… 球蹴りのプリンスにもそう言う強敵が出てきますが、現実を描写していたんですね。リアリティの高さに感服です」

 碧は少しずれたことに納得していた。

「あ、あの。それで、前半に五点以上、取れるんでしょうか……」

 着替えを終えた珠子が、部室に来て初めて喋った。

「聖心館が星見台との試合で撮ったビデオをコピーしてもらえるように知り合いに頼んであります。明日持ってくので、ビデオを見れば星見台のレベルが分かると思います」

 髪をお団子にして練習の準備を整えた静が珠子に答える。

「お、さすが、しずちゃん。仕事が速いね」

 静の聖心館の知り合いと言えば美和だろう。静は、断絶状態だった美和と何らかのコミュニケーションと取ったのだろう。そのことが麻美は嬉しかった。

 全員の準備ができたので麻美達は話を止め、練習を開始した。


 金曜日の放課後。麻美達は練習を始める前に視聴覚室を借りて静が持ってきた聖心館対星見台の試合を取ったビデオを見ることにした。

 前半は聖心館が三対〇で折り返した。しかし、後半から出場した麗華がすぐに三点を取り同点にした。その後も麗華はゴールを量産し、試合終了時には四点差をつけて逆転した。

 麗華の大ファンの麻美は麗華の超絶華麗なプレーにうっとりする。麻美の隣では、静が不機嫌そうに、中学校のときよりもうまくなってるじゃない、と渋々褒めていた。

 初めて麗華のプレーを見た翡翠、碧、珠子は、麗華の他者を寄せ付けない圧倒的なプレーに度肝を抜かれたのか、まだ対戦もしていないのに意気消沈している。

「……こんな人と試合するのか……」

 頬をひきつらせながら翡翠が独白した。

「レベルが違いすぎますね」

 冷静な口調の碧だが、表情はかたい。

 珠子はもともと小さな体をより小さくして震えている。

「まだまだ麗華さんは本気なんて出してないよ。麗華さんの本気はもっとすごいんだから」

 まるで自分のことのように麻美は自慢する。

「ちょっと、麻美。皆を脅してどうするの」

 静が空気を読めていない麻美を注意する。あ、ごめん、と麻美は頭を掻く。

「九条さんはけた違いに上手いけど、今回の場合、彼女に勝つ必要はない。九条さんが出場しない前半にどれだけ多く点を取れるか。そこが勝負の分かれ道よ」

 話しながら静はビデオを試合開始まで戻して再生する。

「星見台の前半のチームは決して強くない。現に前半のほとんどの時間、聖心館がボールをキープして攻撃している。でも、聖心館は三点しか取れなかった」

「攻撃は駄目だけど、。守備は頑張ってるんだよね」

 麻美はビデオを見てすぐに、星見台の前半チームの守備の良さに気付いた。個々の能力はそこまで高くない。だが、一人が抜かれてもすぐに周りの人がカバーに入り穴を埋める。そんな皆でカバーし合いながら守るという見事な守備組織を実現していた。

「そう。守備は頑張ってる。だから、聖心館も攻めあぐねた」

「てことは、私達も攻めあぐねる、てわけ?」

「何も対策をしなければね」

 翡翠の質問を聞いた静が意味ありげに微笑する。

「組織的にカバーするといってもカバーに入った人も抜かれたらさすがに守れない。つまり、ドリブルならば、相手がカバーしてくることを前提に、二人を抜くようにすればいい。パスで攻めるときは星見台の組織的な動きよりも早くボールを回せばいい。そのためには止まってパスを受けるんじゃなくて、動きながらパスを受けること。それと、トラップしないでダイレクトでパスすること。これで、星見台の守備からも点が取れる」

「ドリブルよりパスの方がうちのチームには向いてると思うな。今日からパス回しとダイレクトパスの練習もやろう」

 ドリブルを主体に攻撃するとしたら、一番上手い静に頼るしかない。それは静にプレッシャーをかけることになるので、麻美はパスによる攻めを選んだ。

「前半の攻めはいいとして、後半の九条さんの攻めはどうやって止めましょうか」

 ゴレイロらしく、碧が守備の心配をする。

「後半は皆で死力を尽くして麗華さんを止めるんだよ。その先に私達の明日があるのだ」

「つまり、対策は無い、ということですね」

 碧が痛いところを突いてくる。

「うぅ…… そんなこと言ったって、麗華さんを止める策なんて無いよ。だから、前半できる限り点を取って、後半は皆で頑張るしかないよ。根性論だよ」

 麻美が泣き言を言う。

「根性論は嫌いだけど、対策が思いつかないな」

 静も残念そうに、小さく溜息をつく。

「しょうがないよ、相手はあの麗華さんだもん。だから、麗華さんがいない前半に勝負をかけるんだよ。そのために、パス回しを皆で身に着けよう。さあ、練習するよ」

 麻美達は視聴覚室を片づけて練習を開始した。


 二週間が経ち、大会まであと一週間となった。その間に麻美達は聖心館と練習試合をした。一回を十分で区切り、四回試合をした。三回は負けたが四校対抗戦の時のように大差を付けられることは無かった。そして、四回目は静の逆転ゴールで勝利した。麻美達の四校対抗戦からの急激な成長に聖心館の選手も、顧問の先生も驚いていた。


 ある日。部活が終わった後、麻美と静は学校の近くのハンバーガーショップに入った。麻美も静も家で夕食を食べるのでジュースだけを買って店内の空いている席に座った。

「ひーちゃんも、あおちゃんも、珠子さんも、ここのところ凄いうまくなってるよね」

「そうね」

 そう言いながらも静の表情は冴えない。

「でも、星見台に勝てる可能性は高くないと思う」

「……そうだね」

 今の麻美達なら麗華のいない星見台の一年生チームとなら、いい勝負ができるだろう。だが、麗華が加わったら、おそらく手も足も出ない。

「やっぱり九条さんが出ない前半にどれだけ点が取れるか。それで勝負は決まると思う」

 静はジュースの容器に刺したストローの先端をじっと見つめている。思い詰めているようだ。そんな静の様子を見て麻美は、また一人で抱え込んでるな、と感じた。

「ねえ、しずちゃん。私が頑張って点取らなきゃと考えてるでしょ」

「え?」

 静が狼狽する。図星だったんだ、と麻美は思った。

「もう、一人で抱え込まないって約束したじゃん。私も、皆もいるんだからね。しずちゃんにも点を取ってもらわなくちゃいけないけど、しずちゃんだけが責任を背負ってるわけじゃないよ。皆で点を取るんだし、点が取れなかったら皆の責任だよ」

「うん。麻美の言う通りだね。私ってば、自分で自分追い込んでるんだから駄目だね」

 静が苦笑する。

「いやいや、分かってくれればいいのだよ。でも、経験者のしずちゃんと私が頑張らなきゃいけないよね。頑張ろうね、あっ、別にプレッシャーかけてるわけじゃないんだよ」

 頑張ろう、という言葉が静にプレッシャーを与えるのではと気づき、麻美は慌てて取り繕う。だが、麻美の心配をよそに静は小さく微笑んだ。

「分かってる。でも、そんな腫物を扱うみたいにされると心外だな。そんなに私って頼りないかな」

 静はテーブルに肘をつき手の平に顎を乗せて横を見る。少しむくれている感じだ。

「そんなことないって、静ちゃんのこと頼りにしてるよ。神様、仏様、静様って感じだよ」

 麻美は両手を合わせて静を拝む。麻美の冗談に反応して静はこっちを見て笑った。


 麻美達がハンバーガーショップで話していた頃、碧と翡翠は学校からの帰宅途中だった。

「最近さ、私上手くなった気がするんだけど、どうかな」

「神宮さんは上手くなっていますよ。練習は裏切らない、と百雹様も言っています」

 自転車を走らせながらなので、翡翠も碧も少し大きな声で話していた。

「なんかさ、この調子なら、星見台戦も余裕で勝てそうじゃない」

「それはどうでしょう」

 意気揚々としている翡翠に碧は冷静に水を差す。

「神宮さんはが成長しているのは事実です。しかし、数週間の練習で勝てるほどフットサルとは甘くないでしょう」

「うむ~ そりゃそうだけどさ、でも、どうにかできないかな。麻美と静におんぶにだっこ、てわけにはいかないだろ」

「私達はフットサルを始めて三カ月ちょっとの素人に毛が生えた状態です。経験者の美浦さんと佐々木さんに頼るのは悪いことでは無いと思います」

 そこまで話して、碧はニヤリと、策略家が好んでやりそうな皮肉めいた笑みを浮かべる。

「ですが、そんな私達が活躍したら面白いですね」

「だろ。そう思うだろ。で、なんか手は無いかな。球球のプリンスに必殺殺法とかないか」

「球蹴り! のプリンスです。金輪際タイトルは間違えないでください。それに、必殺殺法なる言葉はニュアンスは分かりますが、意味不明です」

 碧は顔を真っ赤にして翡翠のミスを訂正する。ファンとしては絶対に譲れない一線があり、タイトルはまさにそれなのだろう。

「さて、話を戻すと、百雹様がワールドユース戦で使った技が有用かもしれませんね」

「どんな技? どんな技?」

 興味津々の態で、翡翠が自転車を碧の方に寄せる。

「あれは、忘れもしないワールドユース対スペイン戦。三対二で我らが全日本ユースが負けていて試合終了三分前でした。スペインの若きエース、クリスチアーノの必殺カノンシュートを百雹様が!」

 感極まり過ぎたのか、碧いが言葉に詰まりゴホゴホと咳をする。

「失礼。つい熱と力が入り過ぎました。百雹様は残り時間わずかな状態で同点ゴールを決める為に……」

 碧の話を聞いた翡翠は、それ面白そう、やってみようよ、と絶賛した。


 帰宅中の珠子は家の最寄りの駅の改札を出た所で夜空を見上げた。空には無数の星があるはずだが、都内のここからでは周りが明るすぎてあまり見えない。

 あるはずなのに見えない星は私みたいだな、と珠子は思った。

 小さい頃から人見知りで、高校二年になった今でも満足に人と話せない。幸いイジメにはあわなかったが、引っ込み思案な自分の性格が珠子は好きでは無かった。かと言って変えられるわけも無く、日々を淡々と、悪く言えば惰性で過ごしてきた。

 だが、フットサル部と茶道部に入ってから少し変わってきた。麻美達は驚くだろうが、フットサル部に入ってから珠子は今までの十倍話すようになったのだ。練習でやっている声出しの成果も出てきて、以前よりも大きな声が出せるようになってきている。

 このままいけば一年後には饒舌な人間になっているかもしれない。

 最初は、親に言われて入ったフットサル部と茶道部だが、今は親と快く受け入れてくれた麻美達に感謝している。そのフットサル部の存続の危機なのだから力になりたいと思う。しかし、運動能力の低い珠子にできることは少ない。

 やれることをやるしかないよね、と珠子は自分に言い聞かせる。

 二ヶ月以上練習してきたおかげで珠子も前に比べれば走れるようになったし、ボール扱いだって上手になった。声も出るようになってきている。星見台相手に通用するレベルでないが、今は、できることを全力でやるしかない。

 普段は見えない星でも構わない。でも、星見台戦では一瞬でいいから見える星になって皆の力になりたい。心からそう思うのだった。


 星見台戦まで一週間を切り、麻美達の練習もハードになる。体力づくり、組織的な素早いパス回し、個人の課題と、やることは多かったが麻美達は精力的にこなした。

大会三日前となる水曜日に三光高校と練習試合をした。さすがに三光高校は強く勝てなかったが、接戦を演じた。四校対抗戦の時に比べて、麻美達は確実に成長していた。


 大会前日の金曜日の部活は、翌日に疲れを残さない為、軽く体を動かして戦術を確認して終わった。


 家に帰った静は一人で夕食を食べてお風呂に入った。両親とも仕事で帰りが遅いので、家では静が一人でいることが多い。

 静はリビングのソファに座り、ドライヤで髪を乾かしながら麗華の出ている試合のビデオを見ていた。麗華を攻略するヒントがないか、二週間前に麻美からビデオを借りて、繰り返し見ている。しかし、見れば見るほど麗華のプレーの凄さを再認識するばかりだった。

 テレビに映っている麗華が華麗なフェイントで次々相手ディフェンダーを抜いていく。

「あれ……?」

 静はビデオをき戻して麗華が相手を抜くところを見る。さらに巻き戻して何回も見る。

「これって、もしかして……」

 麗華は相手を抜くときに一度、必ず抜く方とは逆に体を小さく振っていた。ほんの些細な動きだが、癖、だと静は思った。急いで他の試合のビデオも見る。どの試合でも麗華は右側に抜くときには左に、左側に抜くときには右に、一度小さく体を振っている。

「やっぱり…… 癖があるんだ! これは使える」

 相手がどちら側に抜きにくるかが分かれば守備側が非常に有利になる。この癖に付け込めば麗華を止められる。麗華を止められれば桜川高校が勝つ確率はグンと上がる。

 チームの皆の役に立てるという気持ちで胸が熱くなる。これで、チームの役に立たなかった中学時代の自分から変われる、と静は嬉しくなる。


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