四章 そして三人目

四章 そして三人目


 九月中旬から桜川高校では球技大会が始まる。約一ヶ月かけて、サッカー、野球、バスケ、バレー、水泳、陸上、テニス、卓球、バトミントンを縦割りのクラス対抗で行う。野球は男子だけの競技であり、サッカーは男子は十一人制、女子はフットサルを行う。所属している部活と同じ競技には出られないルールになっている。

 今日は体育館で女子のフットサルが行われる。

 球技大会のどの種目に参加するかは各クラスで調整しながら基本的には個人の好みで選ぶ。だから、球技大会のフットサルに出ている人はフットサルに興味があるはずだ。そういう人ならフットサル部に入部する可能性も高いと考え、麻美達は球技大会のフットサルに出ている人で、まだ部活に入っていない人を勧誘するつもりだった。

 麻美、静、碧は体育館の中央の壁際に立ち、体育館の入り口側と奥側で行われているフットサルの試合を目を皿のようにして見ていた。

 麻美はフットサルに参加している一年生を中心にチェックしていく。学年によって体操着に入ってるラインの色が違うので一目で見分けられる。

 麻美は上級生が入部しても全然かまわないと考えている。しかし、麻美達一年生が主体になって作った部に上級生は入りにくいだろうとも思っていた。どちらかと言えば、一年生を勧誘した方がいい、と静や碧とも話し合い決めていた。

「ねえ、あの人部活に入っているか知ってる。ボールの扱いに慣れてる感じだけど」

 体育館の奥側のコートで試合をしているA組のチームの一年生を麻美は指さす。

「彼女はバスケ部の一年生エースです。転部の可能性は限りなく零に近いでしょう」

 碧が断言する。

「じゃあ、D組のあの人は」

 A組の対戦相手であるD組にいる一年生の子を静が指さす。

「あ、さっちんは陸上一筋だから無理だよ」

 あだ名がさっちんというその子は麻美と同じ中学出身の子だ。

 体育館の奥側でやっているA組とD組の試合にはもう二人一年生が出ていた。しかし、二人とも既に部活に入っている子だった。

 麻美達は入り口側でやっているC組とG組の試合に視線を移す。試合に出ている一年生はG組にいる、長い髪をツインテールにした背の高い子一人だけだった。

「あの人は?」

 麻美と静が同時に碧いに聞いた。碧もG組なので知っていると思ったのだ。

「神宮翡翠さんですね。彼女はどの部活にも入っていません」

 碧の答を聞きながら麻美と静は翡翠と言う名前のツインテールの子のプレーを見る。

「あの人、才能あるかも」

「うん。いいもの持ってる」

 麻美と静は翡翠のプレーに感心する。

 翡翠はボールを扱う技術はお世辞にも上手とは言えない。ボールを蹴るのもドリブルも素人丸出しだ。ポジションを無視してひたすらボールを追う動きも素人のものだ。しかし、コートの中で一番俊敏だ。一対一の勝負ではその素早さで相手を翻弄している。

「技術面は話にならないけど、それを運動神経で完全に補ってる」

 静の評価に麻美も同感だった。

「部活に入っていないってことなら、勧誘してフットサル部に入ってもらおうよ」

「では、試合が終わったら神宮さんを呼んできましょう」

 翡翠と同じクラスの碧が申し出る。

「うん、頼むよ、あおちゃん」

 麻美は碧のことをあおちゃんと呼ぶようになっていた。碧は未だ麻美や静のことを苗字で呼ぶが、打ち解けていないわけでは無く、それが癖のようだ。

 球技大会のフットサルの試合は翡翠の活躍でG組が圧勝した。翡翠の周りにはクラスメイトの男女が集まりワイワイ盛り上がっている。

「では、行ってきます」

 碧が麻美達から離れる。翡翠の周りにいるクラスメイトの間を通り抜け、碧は翡翠に話しかけた。一言二言話し、碧は翡翠をクラスメイトの輪の中から連れ出し、戻ってくる。

「何か用?」

 翡翠が麻美と静を見る。

「うん。ちょっとお話ししたいことがあってね」

 麻美は話しながら翡翠をつま先から頭の天辺まで観察する。目を引くのは背の高さだ。百七十センチ以上あるだろう。麻美は百六十センチなので、結構見上げる形になる。静も麻美より高いが、翡翠はさらにその上をいっている。

 手足も長い。これくらいの体格差があると麻美が届かないと判断したボールにも足が届く、というふうに感覚が変わってくるので敵にすると厄介だ。

 艶やかな黒髪は長く、ツインテールをほどけば腰まであるだろう。均整の取れた体格で実に運動向きに思える。体の割に顔は小さく、人懐っこい大きな目をしている。愛嬌のある猫という印象を麻美は受けた。

「あおちゃんに聞いたんだけど、神宮さん、部活に入っていないんだよね」

「部活は入っていないけど、あおちゃんて誰?」

 翡翠が首を傾げる。

「えっと、碧ちゃん」

 麻美は翡翠の背後にいる碧を指差す。翡翠が振り返って碧を見る。数秒、碧を見て翡翠が口を開いた。

「……… 平本さんのこと?」

 碧は黙って頷く。

「そっか、平本さんて名は碧なんだね。ごめんごめん、知らなかったよ」

 悪びれずに翡翠があははは、と笑う。名前を知らないと言うことは、碧と翡翠はクラスであまり接点がないのかな、と麻美は思った。

「いえ、別に気にしていませんから。美浦さん、話を進めてください」

 碧は冷めた口調で淡々と話す。

「あ、うん。あのね神宮さん、部活に入っていないならフットサル部に入らないかな」

「フットサル部…… フットサル部って確か有名な人がいたよね。この間の都大会でも活躍したらしいじゃん。なんで今更勧誘なんてしてるの」

「有名な人って、九条麗華さんのことだよね」

「あ、そうそう、そんな名前の髪が亜麻色の人」

 翡翠は麗華の存在を知っていても転校したことまでは知らないようだ。

「麗華さんは転校したんだ」

 麻美はフットサル部に起きたことの顛末をかいつまんで翡翠に話した。

「そんなことがあったんだ。一人残され、そこから復活させようなんて、あなたやるじゃん」

 翡翠は感心したように麻美を見る。

「それで神宮さん、フットサル部に入らない。神宮さんならすぐに上手くなると思うよ」

「そうだな……」

 翡翠は口元に人差し指を当てて思案する。翡翠が麻美、静、碧、を順に見ていく。

「ちょうどいいか」

 翡翠が小声で呟く。表情には企みを持つ者特有の含み笑いが浮かんでいる。

「フットサル部に入ってもいいけど、一つ条件がある」

「条件?」

 ポジションに関することか、特定の曜日は休むといったことだろうか、と麻美は思う。

「私がフットサル部に入る代わりに、あなた達三人は茶道部に入部する。これが条件」

「茶道部?」

 麻美と静の声が重なる。予想外の条件だった。

「あなた達がフットサル部を作ろうとしているように、私は茶道部を作らないといけなくてね、部員を探しているんだ。だから交換条件」

「ええと…… でも、活動日とかどうするの」

「フットサル部は週何回活動するの」

「今は週四回。火、水、木、金だよ。でも、人数が揃って試合ができるようになったら、土曜日か日曜日には練習試合を入れるつもりだよ」

「じゃあ、月曜日が空いてるな。月曜は茶道部の活動日ってのはどう」

「えっと…… 私は大丈夫だけど……」

 麻美は静と碧を見て、視線で、どうしよう? と訴える。麻美は月曜日空いているので茶道部があってもいいのだが、静や碧には塾や習い事があるかもしれない。

「一応、大丈夫だけど、夜、塾があるから早く帰るかも」

 大丈夫といいながらも静はやや不満そうだ。茶道に興味がわかないのだろう。

「私も大丈夫です」

 碧は特に問題ない、という感じで答えた。

「それじゃあ、茶道部に入るってことでいい?」

 麻美は静と碧に問いかける。麻美は、翡翠がフットサル部に入部してくれるなら茶道部と兼部しても構わないと思っていた。

先に碧が頷いた。静は不承不承と言った感じで頷いた。

「確認なんだけど、もう二学期なのに今更茶道部を作ろうとする理由を教えてくれる」

 静が翡翠に尋ねる。どSの性格が出たのか、口調が詰問ぽくなっている。

「茶道が好きだから、じゃ駄目?」

 静の詰問口調が気に障ったのか、翡翠はおどけた調子になる。明らかに本当の理由を隠していると分かる態度だ。

「好きなら一学期の内に友達を誘って茶道部を作っていてもおかしくない。それなのに、二学期の今になっても作っていないなんて、何か理由があるんでしょ」

「あるけど、あなたに一から十まで説明する必要はないでしょ」

 静と翡翠の視線がぶつかり合う。

「ちょ、ちょっと。二人とも何でそんな睨み合うの」

 慌てて麻美は静と翡翠の仲裁に入る。

「私は普通に質問しただけだよ。変に反応してるのは神宮さんの方じゃない」

 静は肩にかかった髪を掻きあげる。言葉に棘があるよ、と麻美は心の中で悲鳴を上げた。

「なんかさ、言い方がむかつくんだけど」

 翡翠は胸の前で腕を組み、仁王立ちで静を睥睨する。

「だから、何でそうなるの。落ち着いて話そうよ。まず、しずちゃんは何が聞きたいの」

 麻美は静を指差す。

「別に大したことじゃないよ。茶道部に入るのはいいけど、真面目に活動しない適当な部だったら嫌だなと思っただけ。一学期に部活を作る機会があったのに、しなかったてことはいい加減な感じがするな、と思ったから」

「つまり、真面目に活動したい、てことでしょ」

 麻美は必死に静の台詞を意訳する。

「で、神宮さん、どうなの。茶道部は真面目に活動するんだよね」

「あたりまえでしょ。神宮流の茶の湯を叩きこんであげるよ」

 神宮流というのがどれほど有名なのか茶道に疎い麻美は知らない、しかし、翡翠の自信ありげな態度からすると有名なのだろう。

「じゃあ、なんで一学期は茶道部を作らなかったの?」

「私の家は神宮流の宗家なんだよ。私も幼少の頃からお手前を仕込まれてて、一学期の時は家で稽古してたわけ。でも、この間お師匠に、あ、うちの父さんね、自分の稽古だけじゃなくて人に教えるように言われたんだ。人に教えられて一人前だってことでね。それで、茶道部を作ろうとしていたんだよ。そんな矢先、あなた達が来たってわけ」

「そう言うことなら納得だよ。ねえ、静ちゃん」

「そうね、納得した。でも最初からそう言えばいいのに」

「なんか、あなた、やっぱり言い方に棘があるよね」

「あのね、しずちゃんに悪気はないんだよ。どSなだけ。とりあえず攻めておかないと気がすまないんだよ」

「こら麻美。変なこと言わないで。誤解するでしょ」

 即座に静が口を挟んでくる。しかし、翡翠は納得したのか大きく頷いている。

「あ、そゆうこと。分かったよ、了解」

「ちょっと、何がわかったのよ。今のは麻美のでまかせなんだからね」

「では万事丸く収まりましたね」

 静の反論を無視して碧が結論付けた。

「じゃあ、練習の日時や用意するものとか説明するね」

 静と翡翠に自由に喋らせると面倒くさくなるので、麻美は碧の作った流れに乗って手際よく翡翠に説明した。

 なんだかんだ言って着実に部員が増えていく現実に麻美は満足していた。

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