第24話 隠し剣・足の爪

「こんなところにいつまでもいられるかッ! 我は一人でも生き延びてみせるぞッ!」


 既に日は落ち、黄昏時を迎えつつある脚長町あしながまち市庁舎。

 美脚戦争の余波で建物は崩れ、照明灯も殆どが消えてしまっている。

 その暗き只中を、悪態つきつつ歩む美脚は、明かりの少なさで若干見えづらくはあるが、どうやらグレーのレギンスに包まれていた。

 その装い、実にガーリー!

 この者、名を、『雑魚場ざこばレギン』と言う!


 物語の開始早々に敗れた雑魚であるが故、賢明な諸氏も既に、彼女の名前をお忘れであろう。

 なので二回目の紹介をさせていただいた。雑魚のくせに特例である。


「最後の一刺しだなどと、大役に浮かれている場合ではなかったのだッ! まったく忌々しい……ッ!」


 レギンは思い返していた。

 自分がレギンスを履いていなかった、ほんの数十分前のことを。


 実はこの雑魚場レギン、丁阡号ていせんごうの号令によってハイヒール網タイツ巨女に襲いかかっていた、量産型美脚千名の中に、紛れ込んでいた。

 複製されたシャドウ編みブラックシアータイツ・天叢雲剣あめのむらくものつるぎを履き、目元隠したワケあり女子たちのリーダー格として、共に戦いの中にいたのである。

 不死身のハイヒール網タイツ巨女に襲いかかっていた量産型は、三隊に分かれての三百三十三名。つまり乗算すれば九百九十九名。

 様子見をしながらその辺を走り回って、なんとなく戦っているふりをしていた、残り一名の雑魚こそが、レギンであった。

 体育の授業の団体球技で、特にボールに触れることも無くそれらしい位置取りだけして、一切ゲームに参加していないものが時折いるだろう。まさしくそれ。レギンはそうして、戦いの中での致命傷を避けたのだ。

 だが、しかして。なんとこれは町長からの指示でもあった。

 敗北者のふりをして、倒れた量産女子の山に埋もれ、いずれここに敵が現れた時には、フットネイルのペディキュアで串刺しにするハラだったのである。

 目標は月脚礼賛つきあし らいさん、もしくは飛車ひしゃしろみであったという。どんでん返しの一脚逆転を狙うための、秘蔵の伏兵だったのだが。


「そこで倒れてるあなた、意識があるでしょ? わたしは警察です。ねえ、聞きたいことがあるんだけど」

「ケーケケケケ! バレたら仕方がない! 警察共も全員吹き飛んで、誰も味方の存在しない、我ら二人きりのタイミングで話しかけたのが、貴様の運の尽きよッ!」

「あなた、セリフが妙に説明的ですね?」

「黙れッ! 『脚光』!!」

「こちらも、『脚光』!!」

「バカなーッ!??」


 『K.O.』! 勝負は決した!

 身を伏せて様子をうかがっているうちに、雑魚場レギンは溶岩幸子ようがん さちこに敗れていた。せっかくの大役を果たす機会、完全にパーである。


「クソッ!! 切れ味が良いだかなんだか知らないが、こんなあざといものを履いているから、我が実力が発揮できなかったのだッ!! いつものレギンスであれば、貴様ごときに負けることなどッ! とっとと履き替えてやるッ!」

「いいから、これからするわたしの質問に答えなさい! あなた、町長に雇われた『刺脚しきゃく』の一人、雑魚場レギンね? 先輩の資料を見て知っているわ」

「ふん、先輩だと? さっきの戦いでふっとばされた警察のカスどもの誰かか?」

「そう、それです! ねえ、くたびれた黒いスーツの痩せた人……いかにも胃下垂っぽい人がどこに飛ばされたか、見なかった? それと、この市庁舎の作りがどうなっているのか、特別な施設があったらわたしに教えなさい!!」

「そんなもの教えろと言ってそう簡単に教えるバカがいるかッ!」

「『脚光』!!」

「バカなーッ!??」


 こうして溶岩幸子は、延山刑事と合流するより前に、雑魚場レギンからこの市庁舎内部の情報を得たのであった。

 場面は前話のラストシーン、市庁舎地下最下層、黒スト生産工場の溶鉱炉へと舞い戻る。

 神代の頃から伝わる唯一無二のシャドウ編みストッキング、天叢雲剣の複製には、多大な火力が必要であった。どろどろに溶かされた特殊合金混紡が、溶岩地獄のごとくグツグツと煮えたぎっている。


「雑魚場レギンからこの溶鉱炉の話を聞いて、あなたを倒すにはここしかないと思ったわ。丁阡号!」

「鉄ヲモ溶ケサセル溶鉱炉ナラ、ワタシヲ殺セルト、短絡思考シタカ? ダガオ前ハ、ワタシヲ溶鉱炉ニ落トセル程ノ、剣脚デハナイダロウ。クククククク……!」

「それは、わかってる……。だから、あらゆる手足は尽くします!」


 煮えたタイツも程近い、一本橋の作業場の上にて、ベージュストッキングと全身タイツは相対している。

 話の途中、溶岩幸子がごろりと横転した先で掴んだのは、この場所にあることを既に察知していた、あのアイテムだ。

 上階の黒スト量産工場より、穴を通じて落ちてきた、黒スト履きのレッグトルソーである。

 賢明な諸氏には既に周知のことであろう。レッグトルソーとは、靴下屋の店頭などで見かける、脚部のみのマネキンにタイツ類を履かせて展示するためのものだ。この市庁舎でも侵入者対策用のブービートラップとして設置され、警官隊数名を串刺しにしている。

 溶岩幸子はこのレッグトルソーを右手に一本、左手に一本、高々と掲げた状態で橋の欄干に登る。


「わたしの力はまだまだ微力……。でも、両手の黒ストレッグトルソーと、倍のジャンプと回転を加えれば! 脚力は何倍にもなって、あなたにも届くはず!!」


 更に攻撃力の上乗せとなるのは、三本足の一斉攻撃、『三脚』。

 両手のレッグトルソーと合わせれば、合計『五脚』。これが跳躍とひねりを加え、まとめて全身タイツサイボーグに襲いかかったのだ。

 五本の美脚とゼンタイガールが激しく衝突し、膨大な破壊力を連想させる轟音が、地下に響き渡った。


「マッ、『マグマ』ぁ!!」


 叫びを上げたのは、溶鉱炉のある地下層に這いずって現れた、延山篤郎のべやま あつろうである。

 熱気で揺らぐこの室内、上階から溢れる工場用水が蒸気となって、視界が悪いために熱戦の様子もようとして知れないところがあった。

 やがて濃霧が薄まり、橋の上にて浮かび上がった剣脚の影二つ。延山刑事がそこに、目撃したのは!


「こっ、これでも……!! 届かないの……??」

「オ前ゴトキガ、ワタシニ脚ヲ使ワセタダケデモ……充分ナ結果ジャナイカ? ククカカカカカカケキキキキキキ!!」


 『マグマ』こと溶岩幸子の渾身の五本脚を、右脚一本で丁阡号は、受け止めていた。

 攻撃の勢いを完全にそがれ、既に幸子の脚は『三脚』でもなんでもない、ただのベージュストッキング脚だ。

 だがそんな無力な女の、目と鼻の先には、銀のタイツに包んだ体の全てが刀!

 四十八手、四十八脚、四十八刀!

 魔性の化け物が愉しそうに身を捩らせて笑っているのだ。

 狂気を感じた『マグマ』がそこから逃れることは出来なかった。即座に彼女の脚は、丁阡号の両手によって掴み取られたから。

 急場の修行でついた幾つもの痣が、パンスト越しの肌色に見て取れる。そんな努力の幸子の脚に、丁阡号の指で新たな傷が加えられていくのだ。


「逃ガサンゾ、ククク……」

「その腕、もらった!」

「……何ダト」


 溶岩幸子。この女は弱かったが、逃げるつもりも負けるつもりも毛頭ない。

 丁阡号が伸ばした腕を逆にひっつかんでの、腕ひしぎ十字固め。そこにベージュストキングの脚刀あしがたなも駄目押し、丁阡号の腕の自由を奪っていく。

 立ったままの状態で、片腕に女一人を張り付かせた格好の、丁阡号。

 邪魔そうに腕を払ってどけようとするが、『マグマ』こと溶岩幸子は、鋭い手刀に裂ける我が身も厭わずに食らいつく。

 ベージュの脚はやがて、丁阡号の腕から首も支配し始め、この全身タイツサイボーグですら、幸子の気迫と脚力によろけ始めているではないか。


「グ、グガアアアア……!」

「あまり警察を舐めないことね、脚を使う以外の護身術も学んでいます。国家権力、なめんなよ!!」

「おい待て『マグマ』、お前ぇ……!」


 驚愕の目で見つめる延山篤郎、動きたいが体がまともに動かない。

 彼が転がり落ちてきた階段から、剣脚二人が戦う溶鉱炉の上までは、まだ数十メートルは距離がある。非常に近い。だが、立つこともままならぬ男には、遠い。

 彼はそこから、見ていることしか出来なかった。

 自分の後輩が、丁阡号に向けて体重を載せ、溶鉱炉の下へと道連れにしようとしている様子を。

 溶岩幸子の脳内には、彼女の祖父の厳しくも優しい姿が、思い起こされていた。


「さっちゃんや。弱いものが勝つには、地の利を活かさねばならん。利用できるものは全て利用せねばならん。時には自らの命すら、省みてはならんのじゃ。しかしこれは、死中に活を見よという教えであってじゃな……。生き残るためには、死ぬ気でやるんじゃ。だが、決して死ぬでないぞ! どんな過酷な戦いであろうとも、可愛い孫に玉砕戦術など、儂はやらせたくないんじゃ」


 修業漬けの二ヶ月間が、幸子の脳内を駆け巡っていく。

 「おじいちゃん、ごめんね」と、ぽつりと声が漏れた。


「これで終わりです!! 必殺!! 『マグマ落とし』!!」

「グアッ……!!」


 相手の腕を掴んだまま、決死の覚悟で溶鉱炉へと身を投げる、溶岩幸子。

 道連れに全身タイツの人造美獣モンスターを巻き込んで――。

 ところがどうして、さにあらずであった。

 幸子にのしかかられた上半身が、溶鉱炉の熱気の寸前にまで接していた、丁阡号。

 銀のボディを流体金属よろしく、にゅるりと柔軟に起き上がらせて、すんでのところで立ち止まるのだ。


「クックックック……。落チルト思ッタカ? 共ニ死ヌ覚悟ダッタカ? 思イ上ガルナ!! 命ヲ賭ケレバ勝テルト考エテイル辺リ、オ前タチハ脳天気ダナ。笑エル」

「そ、そ、そんな……?? 落ちる寸前……だったじゃない……!?」

「クカキヒャヒャヒャヒャケカカカカカカカカ」


 改造手術の悪影響か、全身タイツの羞恥の負荷か。

 淀んだ悪どい笑みを響かせ、丁阡号は歓びに打ち震えていた。

 その蠕動する肢体は、一枚のピタリとした生地に覆われていて艶めかしくもあり、人智を超えた恐怖でもある。

 轟く嬌声は銃声によって遮られた。血がにじみ震える手で、延山刑事が援護射撃をしたからである。

 しかしこの不意打ちの銃弾すらも、丁阡号は意に介する事無く、全身で切り落としていた。


「くそっ……。くそっくそっくそっ……! もう弾がねぇ……っ! 『マグマ』、ダメだ。そいつから逃げるんだ……」

「先輩……! で、でも、こんな、わたし、こんな……! わたし……! え、どうしたら……? わたし……?」

「パニック!! 愉快ナ感情ダ、モット見セロ女! ワタシニハモウ、味ワウコトノ出来ナイ感情!! 実ニ愉シイ……! シィイーーーーーーーーシシシキキキケー」

「いいんだな」

「……くどい」


 丁阡号、溶岩幸子、延山篤郎。

 溶鉱炉のあるこの最下層で戦う三者とは違う、聞き慣れない声が二つ混じったかと思った、次の瞬間。

 腕に溶岩幸子を固定したまま笑っていた、丁阡号の土手っ腹に、一本の槍が突き刺さった。

 この槍を投げつけたのは誰あろう、筋肉漢・水町みずまちゲロルシュタインである。

 いつの間にやら地下に降り、熱気と水蒸気がもうもうと煙る中、延山の背後にて、この男は片目で照準を合わせていたのだ。

 水町の全力で放り投げた一本の槍は、これ以上ないのではというほどの、長い永い最上級の長物であった。

 網タイツに包まれたその一本脚は、全身タイツサイボーグの腹を突き破り、背中側に真っ赤なハイヒールを覗かせている。

 爪先から太ももまで、この長い脚を目で追えば、そこから更に伸びるボディコンシャスなワンピースと、おなじみの強くも優しい鉄人の顔が、我々の目に飛び込んでくる。

 片脚のハイヒール網タイツ巨女、真壁蹴人まかべ けるんど。その身を持って丁阡号を串刺しであった。


「オ前ハ……!!? ドウシテ……?? 死ンダハズダ……!!」

高位治癒ハイヒールで……。蘇生しないと……。誰が……言った……!!」


 次回、剣脚商売。

 ベージュストッキング新米刑事VS全身タイツサイボーグ、ハイヒール網タイツ巨女の乱入を経て、堂々決着。

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