多種多脚最終決戦編
第23話 幸子の幸はここにある
時を遡ること、二ヶ月少々。
ヘル・レッグケルズのタイツ狩りに巻き込まれた女刑事・
復讐の相手は、ヘル・レッグケルズの背後にいる強大な権力。狂った『脚本』を推し進めている、脚長町町長だ。
延山篤郎、ニックネーム『胃下垂』。その名に違わぬ痩せた腹と、その身に見合わぬ肝の太さを持った、一警察官である。
彼は復讐のためにあらゆる手段を講じ、出世街道を駆け抜けて、警視庁刑事部第二特殊犯捜査第四係・係長にまでなった。
相手取るべき標的である町長の方も、今や市庁舎を乗っ取って市政にまでガースト秘書の脚を伸ばそうと言うのだから、互いに相当なスピード出世対決である。
こうして延山は、決戦の日に向けて必死に地位を上げて仲間を集め、武器を揃えるなり剣脚を雇うなり、着々と準備を整えていたのだった。
当然、後輩を見舞いに病院へ通う時間も減ってゆく。町長の首根っこを掴んで快気祝いに持ち帰る日を夢見て、溶岩幸子のことを放置していた、その最中に事態は進行していたのだ。
意識を取り戻した彼女は病院を抜けだし、密かな修業の日々に脚を踏み入れていたのである。
翁と女、いつのまにやら神社の裏手で、
「おお、さっちゃん。後遺症が治まって良かったわい。病院に寄ったついでに、しろみさんが診てくれてのう。儂の孫じゃから特別に、治療費はいらんそうじゃ。後は完治するまで静養しておればいいわい」
「お、おじいちゃん……! わ、わたしっ……!」
「なんじゃ、さっちゃん」
「わたしも先輩の役に、立ちたい! だから……その……」
孫の溶岩幸子に懇願されるは、
折しもそれは、これよりの決戦に備えて修行を始めた
すぐ横で「うおおおおおおお」と叫びながら美脚コス写真を見まくっている。
「ここで話しておると、横のボウズがうるさいのう……。して、何の話じゃったかな、さっちゃん」
「あ、あのね……? わたしも、剣脚に……なれないかなって。それで、先輩の役に立てたらなって……! む、無理、かな……?」
「ほっほっほ、剣脚にのう。……なれんこともないわい、付け焼き刃じゃがな」
「じゃっ、じゃあおじいちゃん! わたしに教えて! 剣脚のイロハを!! 月脚さんが目覚めたら、きっと先輩は突入を開始するもの。それまでの短期間に力をつけて、わたしも、戦力になりたい……っ!」
熱い思いと自身の身体能力を天秤にかけ、それでも職務の全うを優先し、恥を忍んで商売女への道を歩もうとする、溶岩幸子。
渋い顔をして孫を見つめる溶岩米寿は、玄米茶を一口グビリと飲み干した末に、こう応えた。
「かわいい孫にこういうことは、あまり教えたくないんじゃがなあ……。言っておくが、さっちゃん。付け焼き刃で戦えるほど、これから戦う相手は甘くはない。じゃから儂は、イロハは教えられんぞ」
「えっ、だって。なら……どうしたら……?」
「時間がないからのう、これからイロハを身に着けているヒマはないんじゃ。一気にイロハをすっ飛ばして、『あさきゆめみし』辺りからなら、教えてやらんでもないわい。ボウズの修行の合間にの」
「本当……? おじいちゃん、大好き!! ありがとう!!」
「ほっほっほっほっほっほっほっほ」
「おい、じいさん! オレが必死こいて修行してる間に、若いねーちゃん連れ込んで鼻の下のばしてんじゃねーぞ! あっ、あれ? 警察のねーちゃんじゃないか??」
「その節は助かりました、兄弟子さん! ちーす!」
「ち、ちーす……?」
かくして。
達人たる祖父のもとで教えを受け、パンツスーツの装い新たに、ベージュストッキングに包まれた脚を晒すミニスカポリスの出で立ちで戦場に現れた、溶岩幸子である。
ミニスカとは言ったものの、あくまで幸子にとってのミニスカだ。パンストに包んだ膝から下を人目に晒しているだけなのだが、既にこの女、頬が紅潮して頭が若干マグマである。
戦いの場は、警官たちが激戦の末に倒された、市庁舎内の戦場跡。
先ほどの戦いの爪あとは、天井を破って二階から三階を吹き抜けに変え、床のタイルも踏み割って、二階と一階もつなげてしまっている。
見晴らしが良くなった瓦礫の山には、一網打刃の嵐に巻き込まれて気を失った量産型美脚や、同じくダメージで身動きの取れない武装警官隊も含まれていた。
その中に、彼もいたのだ。怪我の痛みに這いつくばる、細身のスーツのあの男、延山篤郎も。
そしてこの戦場での勝者となった、全身タイツのバケモノも。
「助太刀……ダト……?」
「おっ、おい! 助太刀も何もお前ぇ……わかってんのか『マグマ』? お前、その様子だと剣脚なりたてだろ……? ありゃあ一朝一夕の腕前で倒せるような相手じゃねえんだ。あの不死身のハイヒール巨女を、殺した相手だぞ……!」
「そ、そうですけど……。だったら他に、誰があのサイボーグの相手をするっていうんですか!」
心配そうに声をかける先輩・延山をよそに、幸子は闇雲に跳びかかった。
目前の、銀色全身タイツに向かって。
「クックック……。カカカカカカカカカ……!」
仮面で目元を隠したゼンタイ女、その
全身タイツサイボーグ
振り回されるベージュストッキングの脚を手指で軽くいなし、あっさりこれを撥ね退ける。
「オ前ゴトキガ、ワタシノ相手ニ……? 指先ヒトツデ戦エルゾ? ロクナ履物モ履キコナセヌ、コノ素人ハダシメ」
「うるさい、黙りなさい! 履物に特色はないし、わたし自身も未熟だけど……。それでも色々覚えてきてるんだから! 『
肌色の脚をぴかりと光らせ、目を眩ませた隙に丁阡号に一撃を加えようとする、溶岩幸子。
ところがこの一撃すらも、全身タイツに包まれた銀色の指の腹で、いとも簡単に丁阡号は止めるのである。
「コノ仮面ハ『脚光』対策ノ遮光ゴーグルダ」
「えっ……? た、対策済みなの?」
「例エ対策シテイナクテモ、ソノ程度ノ光デハ、ワタシニ効クワケモナイガナ。オ前ノ脚ハ、脚光ヲ浴ビル程デハナイ」
「でも今の光は、本当は囮……! こっちが本命よ、『三脚』!!」
マグマこと溶岩幸子が祖父から教わった技は、何も『脚光』だけではなかった。
同じく白タイツババア飛車しろみの技のひとつである、三本足で襲いかかる『三脚』すらも、この短期間に学んで来たのである。
地肌に等しき様相ながらも、薄手の繊維の引き締めによって脚のラインを刀に近づける、ベージュストッキングの補強を受けての三本脚。これが全て丁阡号に斬りかかった!
「ソレガドウシタ」
「きっ、効かない……っ!?」
全身タイツサイボーグ丁阡号、今度は指先すら動かずに、幸子の脚を三本まとめて銀の体で受け止めた。
タイツに覆われた全てが刀剣である、この女ならではの異常事態だ。首を打とうが腹を打とうが腰を打とうが、全て火花とともに「キン」と受け止めてしまうのだ。
「『脚光』ヲ、囮ニシタカラ、何ダトイウノダ。ソノ程度ノ
「む、無理だ、『マグマ』……! そんな奴にお前が勝てるわけがないぞ! 逃げろぉ……!!」
部下を哀れんで撤退を指示する、延山篤郎。
その言葉を受けた溶岩幸子の目にはしかし、大いなる闘志の炎が燃えていた。
「はい!! 逃げましょう!!」
「あっ、えぇ?」
溶岩幸子は延山刑事を抱きかかえ、その場を一気に走って逃げた。
瓦礫の山を蹴っ飛ばし、市庁舎地下に向かう階段を探し当て、そそくさと去っていく。
仮面の下に隠れた視線で、その様子をしばし眺めていた、丁阡号だったが。
「イイダロウ。残党ドモハ潰シテキオキタイ。余興ニ付キ合ッテヤルトシヨウ。ククク……。狩リノ……時間ダ……」
ゆうるりと全身タイツのシルエットを見せびらかしながら、丁阡号もおっとり刀で後を追う。
これは誤用であるが、全身が刃物と化した女がのんびりと歩む様を、おっとり刀と言わずしてなんと言おうか?
更に言うなれば、先に出た『素人はだし』という言葉だっておかしいわけだが、そんなことにいちいちツッコミを入れ続ける賢明な諸氏も今更いないであろう。なのでこの件はこれで終わりである。
また一方その頃、場面変わって、ここは市庁舎出入り口。
色白眼鏡の少年は、心地よい揺りかごの中で静かに目を覚ましていた。
彼こそは丁阡号との戦いに敗れた少年、
「あ……れ……?」
小木少年は、
静かに揺れる、暖かな背。傷ついた少年の痛みを緩和する、頼りがいのある身体であった。
ずれる眼鏡も気にせずに、密着した背中に頬をすり寄せ、小木養蜂は安堵の声を漏らす。
「鉄人……あったかいや……」
ほっと心を和ませて、再び眠りについた小木養蜂。
これを力強い腕で抱えて、ゆっくりと地上に下ろす、巨体のシルエット。
その姿はまさしく、そびえ立つ壁が如き様相では、あったのだが。
「戦いが終わるまで、眠れ、小木養蜂。すまんな……お前の愛しい剣脚と間違わせてしまって。だが、これでいいんだ。これでもう、終わりにしろ。お前は若い。目覚めたらもう、昔の女のことは忘れると良い……」
小木養蜂を戦場から隔離し、再び市庁舎に舞い戻る、巨躯のロン毛。
そう、小木を背負って決戦場から逃がしたのは、
「さて、俺も命あるかぎりは、サポートをせんとな……」
先の激戦の影響であろうか。この男、既に片目を失っていた。
背中には、病院で癒やしたばかりの刀傷。満身創痍ではあるものの、男の魂が彼を前へと進ませる!
さてでは視点は再び、溶岩幸子の元へと戻る。彼女も先輩男性抱えて、前へ前へと進んでいる真っ最中であった。
強敵から一目散に逃げてはいるが、足取りと表情は前向きである。
市庁舎の階段を次々に下って下って、市のワナの地下迷宮へと繰り出していく。
「こら、『マグマ』! 俺は怪我人なんだからなぁ、自力じゃ歩くのもつれぇんだ、あんまり強引に連れだすんじゃあねぇ……っ!」
「すみません先輩! ……あ、痛っ……!」
走るスピードが幾らか緩む、『マグマ』こと溶岩幸子。
その様子を見て延山も、軽口を飛ばしていたのが一変、狼狽へと趣が変わる。
「おい、どうした? さっきの丁阡号との戦いで、どっかやられたのか、『マグマ』?」
「い、いえ、先輩……。踵の高い靴が履きなれないので、あの、靴ずれしちゃって……。いてててて……」
「怪我じゃなくて靴ずれかよ!! あのなぁ、剣脚の真似事するならお前、その程度の靴は履きこなせよ! そんなにヒールも無いじゃねえか、それ!」
「先輩は男性だからわからないんです、こういうの履いたことないでしょ! いつも職場で履いてるぺたんこ靴とは違うんですから!!」
「あーあ、心配して損したぜぇ……」
「あ、でも安心してくださいね? わたし陸上やってたんで、走るのは結構得意ですし。それにわたし、これ話したことありましたっけ? 元々テレビでモデルさんを見て憧れて都会に出てきたんで、独学でモデル歩きぐらいは出来るんですよ?」
「ところで『マグマ』。お前、そもそも……それ。……美脚か?」
「思ってても今言います!? やめてくださいよ先輩! 超恥ずかしい思いして脚を出したんですからね!!」
先輩後輩・刑事二人の物言いに、気づけばBGMとして、ごうんごうんと何かの機械音が混じり始める。
音の出処やその正体を聞き分けているヒマはなかった。何故なら、畏怖すべき最凶の機械が、突如としてその場に割って入ったからだ。
一挙手一投足ブレること無く手足を振って、恐るべき速さにてデデンデンデデンと走りこんでくる、丁阡号。
跳びかかってのボディアタックは、見るものの視線を釘付けにするタイツ肢体の見せびらかし様だが、見とれていては死ぬぞ、『マグマ』と『胃下垂』!
「カカカカカカカカカ……!」
「きゃっ!!」
「のおわっ!?」
フライング・シルバー・ボディ・プレスは、丁阡号にしてみれば余興も余興。
相手を侮り、自らの力を誇示したいだけのそれは、容易にかわされて床に穴を開けた。
そのまま地下八階の床は崩れ、地下九階へと刑事二人は落下する。
床や天井が壊されまくって、やたらと上下がくっついてしまっているこの市庁舎。穴あけ工事の張本人でもある丁阡号は、勢い余って更なる階下の地下十階以下へと、落ちていったようだ。
「やっぱりあの化け物、やべぇな……! どうする『マグマ』、より下にあいつが落ちたなら、俺らはまた上に戻って――」
新たな逃げ道を提案しようとした延山は、二つの事実に気づいた。
彼を抱きかかえて連れ出していた溶岩幸子が、側にいない。
そしてこの地下九階フロアには、ごうんごうんと鳴っていた機械音の正体がある。
オートメーションのロボットアームが次々にストッキングを編み、梱包し、送り出す。自動操業で蠢くそんな機械群が、ずらりと部屋中に並んでいるではないか。
「これは……! 量産型美脚一千名が履いていた、あのシアータイツか……! ここで作ってやがったんだな町長さんよぉ? あ、いや、それより『マグマ』は」
「先輩」
溶岩幸子の声が、延山篤郎を呼ぶ。
気づけばこの新米女刑事は、動き続ける工場機械の只中に一人、立っていた。
「おぉ、無事だったのかよ。なら良かったぜ」
「あのー、先輩。実はわたし、あの、ひとつ先輩に言いたいことが……あって」
「なんだよ、こんな時に。話は後で良いだろ」
「いいえ! 今じゃないと言えないんです」
息を呑んで呼吸を整え、目を閉じ心を落ち着けて。
幸子は叫んだ。
「わたし、先輩のこと、好きでした!!」
二人の間に、つかの間の静寂が訪れる。
聞こえる音は、機械の駆動音と、胸打つ心拍のみ――。
「あ、えっと……。変なところで切っちゃった。あの、わたし、『先輩のこと好きでした』とか、そういうことは、全然ないんですけど!!」
「なーーいーーのーーかよーー!! お前なぁ、緊張感なさすぎるぞぉ!? 死ぬ気でやれよ、相手は特別ヤバイ相手なんだからな!!」
「あ、いや、あの、続きがあるんです、聞いてください」
「何だよ、早く済まさないと時間ないぞ。逃げるんだろ」
「わたし、『先輩のこと好きでした』とかは、全然ないんですけど」
「繰り返すなよ、俺だって少しは凹むぞ」
「でも、先輩のこと、嫌いじゃなかったです!!」
言いたいことを吐き出した女は、額に汗して、ニコリと笑った。
「……まぁ、なんだ。俺もそうだよ……。お前のことは嫌いじゃねえぞ、『マグマ』」
「ありがとうございます、先輩」
「よし、話は終わったな? 逃げるぞ」
「逃げません」
「は?」
「先輩、わたし逃げてなかったんです。おじいちゃんに、言われたんです。実力差を覆すなら、地の利を活かせって。だからわたし、行きますね」
言うが早いか、溶岩幸子は穴の中に飛び込んだ。
丁阡号がその身で空けた、更なる地下へと向かう穴にである。
「お、おい『マグマ』!! お前……! あれだけ実力差見せつけられといて、この期に及んで戦うつもりなのかよぉ……??」
こうした地下での様子を、市長室のモニターにてつぶさに見ていたのは、ヒゲの中年であった。
町長・
傍らのガーターストッキング秘書は、ノンフレームの眼鏡のレンズにモニター上の出来事を映し出しつつ、こう尋ねた。
「
「暴走気味の丁阡号も、気になるところではある。やはりサイバーパーツは素体の脳に悪影響があるのかもしれんな……。まあいい、今は最優先事項を進めるとしよう」
「
「これが済めば、『脚本』も盤石になるというものだ。それにいざとなれば、既に放ってある第二第三の矢も動く。隙を縫っての、最後の一刺し、か……! ぐうーぬはははははあぁ!」
笑う町長の声は市長室を満たしたが、最上階にての笑い声が、遥か地下の延山たちに届くはずもなく。
機械音しか響かぬ地下を、胃下垂刑事は、唯一人。
先輩を放置して戦いに赴き、穴の中に消えた後輩を追って、階段を這いずり降りていた。
抱えられたおかげでここまで来れていたし、減らず口も叩いてはいたが、体はとっくに限界。足の骨も折れているようで、立つことすらもままならない。
それでも彼は煙草をくわえて、転げ落ちるようにして、溶岩幸子を追っていた。
「てめぇ、『マグマ』よぉ……! バカだと思ってたが本気でバカだぜ、あの女……!! 今生の別れみたいなセリフ残して行くんじゃねえぇ……!!」
延山刑事がくわえる煙草には、火が付けられていなかった。
これは男の意地である。何が何でも延山は、自分の手でこの煙草に火を付けたくはなかった。火付けの仕事を押し付ける相手は、彼の中で決まっているのだ。
やがて延山の耳に、剣脚同士が脚を打ち付ける、カキンカキンという剣戟の音が届き始める。
擦りむいて血がにじむ腕を、地に伏せての匍匐前進。刀傷や打撲を押して強引に階段を降りきり、彼が目にした光景は。
熱気漂い赤みを帯びた部屋で戦い続ける、ベージュストッキングの新米刑事と、銀の表皮の全身タイツサイボーグ。
「こっ、ここは……。溶鉱炉!!」
次回、剣脚商売。
ベージュストッキング新米刑事VS全身タイツサイボーグ、戦闘続行。
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