第22話 灰 暗 死 腔

「原理は似てるんだ……その居合抜刀術は……。老師に教わったわたしの投げと……飛ばせて落とすお前の待ち戦術……。戦い方は違えども、根っこは同じ……。皮肉なものだな……!」

「何を言ってるんだい、この子は? 辞世の句にしちゃあ、まとまりがなさすぎだねえ」

「そちらが居合なら、こちらは居無いないだって……ことだ!」


 慎重な防衛戦から一転、特攻を続ける黒ストッキングの女、月脚礼賛つきあし らいさん

 相手の脚のネタが知れるや、果轟丸はて ごうまるの身を案じ、早々に勝負を決めようと何度も何度も階段を駆け上がり、ヤクザ女の懐へ飛び込み続けた。

 度重なる対空処理で受けた毒は、礼賛の身体能力を著しく下げはしたが、たった一度の博打のために、最後の脚力は温存してある。

 これがラストアタックとばかり、三段飛ばしに階段を駆け抜け、蛇毒の弾幕をかいくぐっての大ジャンプ!

 天まで届けと言いたいところであるが、ここは市庁舎の六階から七階をつなぐ階段の途中でしかない。天に届く前に天井に届いてしまう。適度な鋭さの放物線を描き、礼賛は跳びかかっていくのであった。

 そんな礼賛を呆れ顔で見下す極妻は、鬼龍院唐紅きりゅういん からくれない

 スリット状に切れ込みの入った着物から、タトゥータイツの脚を魅せつけて、毒の波動で礼賛を苦しめ続ける。


「何が居無いないさ、何度も同じことばっかり繰り返して。バカの一つ覚えであたいがれるわけないだろう? せめて死ぬ前に少しは学習しな、バーカ! バカは死んだって治らないんだからねえ!」


 片手にピストル、タイツにくちなわ、唇に誹謗中傷、背中に緋牡丹を。

 当初のおとなしくも風格のある、和装の大人の女の姿はどこへやら。

 今やこの着物女、形振なりふりかまわず牙を振るう一匹の獣である。


「着物女、お前……。脚が見えてから以降、口が汚くなっていないか? 馬脚を現したと……いうことか?」

「うるさいねえ、あたいの脚は馬じゃなくて蛇さ! あンたが思いの外バカだから、こっちも苛ついてるってだけだよ! まったく何遍同じことを繰り替えしゃあ気が済むんだい? あンたの太刀筋はもう見切ってるんだ」

「だろうな。見切ってくれて有り難い」


 今まで、礼賛が天井に届かんばかりに大きく跳んだ時には、唐紅はこれを空中にいる間に、飛び道具で落としてきた。

 今回も同じである。牙剥く蛇のタトゥータイツから放たれた毒は宙を舞い、月脚礼賛に新たな負の遺産を植え付けるところであった。

 だが、しかして。

 ドロップキックの姿勢のままで空中にて腰を捻り、すんでのところで礼賛は、この毒をかわしてのけた。

 たゆまぬ体型維持の賜たる、くびれた腰が産んだ成果ではあるが、何よりもこの場面で重要であったのは。

 この毒を“本当は最初からかわせていた”にもかかわらず、礼賛が何度も食らい続けていたという事実に他ならない。

 先ほどまでであれば当たるはずの軌道や弾速で、着物女の唐紅は、飛び道具を放ったのだ。でも、当たらない。今回ばかりは。

 いや、ここまで布石を打っての、“今回だからこそ”、当たらないのだ。

 礼賛の足腰をかすめた毒の弾丸は、踊り場の天井に設営された蛍光灯に命中し、これをぶち割った。戦い慣れした試合巧者の月脚礼賛のこと、この射撃ルートすらも、計算ずく。

 一瞬、その場の光が消え、暗転――。


 かつて、である。

 月脚礼賛は、ニーソサークルクラッシャーとの夜の空き地での戦いにおいて、消えかけの街灯が光る瞬間に一閃を放ち、最も脚がスポットライトを浴びる瞬間を、攻撃に利用してみせた。

 また、神社内での老師との修行では、揺らめく蝋燭のかそけき光の中にあって、新必殺技に開眼。自らの師匠を最初の犠牲者とするところであった。

 乱入した翁によってあの時は解き放つこと叶わなかったが、今こそ、この技、世に出る時。

 自らの脚に多大な負担をかけてしまうがゆえに、乱発がためらわれる『半月殺法』に代わり、月脚礼賛が編み出した、新必殺技とは!


「さんざんに見慣れたものが突然目の前から消えると、驚くだろう?」

「何っ……? どこだい!?」

居無いない、居無いない、ばあだ」


 唐突に灯りが消えた室内で目前の標的を見失い、鬼龍院唐紅は、迎撃処理の判断が遅れてしまう。

 その寸時が命取り。次に相手を目視した時には、近すぎて逆に姿が認識出来ないほどの位置取りとなっていた。

 月脚礼賛、毒をかわして着物女の眼前に、大開脚でご登場だ。老師譲りの投げ技の間合いに、潜り込むことに成功である。

 その時、鬼龍院の視界は全て、薄黒ストのナイロンに埋め尽くされていた。

 圧迫してくる脚と股ぐらが、彼女の世界を暗い灰色に染め上げる——。


「秘技、『灰暗死腔ハイドアンドシーク』!」


 礼賛の薄黒ストの太腿は、鬼龍院唐紅の諸肌もろはだ晒した首元を正面から挟み、締め付けによって口腔や鼻腔を塞ぎにかかった。

 その状態を保ったまま、バック宙の要領で翻り、首根っこを掴まれた犠牲者を階段下に叩き落とす。

 礼賛自身や轟丸少年の受けた傷、着物女に吐かれた悪態、これらに対する怒りやストレスがゲージいっぱい溜まっての、渾身の投げ!

 幾度も愚直に飛び込み続け、見せつけていた美脚が忽然と消え失せてしまえば、対戦相手の脳内に混乱と恐慌を生じせしめることは、想像に難くない。

 その隙に密着状態に持ち込んで、呼吸を封じつつ強引に首投げに持ち込む。破壊力は抜群だが発動条件付きの新必殺技。

 これこそが『灰暗死腔ハイドアンドシーク』の全貌である。


「ンああああああーっ!!?」


 脚に背に、目に麗しき緋牡丹飾り、金襴緞子きんらんどんすのべべ着たままで投げ飛ばされる女の姿は、悲鳴とは逆に一種の可憐さすら感じさせた。

 ――からくれないに、首、くくるとは。

 とっておきの技を食らって鬼龍院唐紅、肌蹴はだけた帯とともに階下へ激突。ついにその道を、礼賛に譲ったのであった。

 『脱衣K.O.』! 勝負は決した!


「確かに……だ、着物女。お前とわたしは、戦いの相性が悪い……。わざわざわたしのためにお前のような『刺脚しきゃく』を呼んだ町長は、底意地が悪いようだ……。だがな、わたしが履いているのはヤマタノオロチから得た天叢雲剣あめのむらくものつるぎだということを……! 忘、れ、るな……! 蛇ごときに……負け……はしない……」

「おっと、いけねえや。ぼっちゃんも嬢ちゃんも、無理をし過ぎでやすよ」


 ようやく門番を引きずり下ろし、七階にたどり着いた月脚礼賛であったが。

 着流し男の注射を首元にプスリと受けて、力なく地に伏せた。

 隣に果轟丸の小さな身体を並べ、二人仲良く、床に横たえられる。


「この勝負……あっしらの勝ちでやすね。月脚礼賛……」

「お前……!? わたしに今、何を注射した……!!」

「……解毒剤でやす。ぼっちゃんにも同じものを射ちました。命だけは助かりまさあ……」


 着流し男は胸の内からスッとガラケーを取り出すと、そこに映った画質の荒い動画を見せつけてくる。


「見せていただきやしたぜ、新必殺技……。隠してチラ見せの姐さんとは逆の、魅せつけてから隠す……『灰暗死腔ハイドアンドシーク』……ですかい? 恐ろしい技だ。これを動画に収めて町長さんに送るのが、あっしらの仕事でね」

「お前……! それで最後の一撃の時にも、何もせず黙って見ていたのか……!!」

「姐さんが負けるところを、手も出さずに見ているしか出来ないってのは……辛かったでやすね。しかしこれで、勝ちはあっしらのものだ。時間稼ぎも終わりでやす」

「その動画を……どうするつもりだ……?」

「さあてね、あっしらには町長さんのお考えは、わかりませんや。これで敵対勢力は無力化、自分の手元には強力無比な剣脚が二人もいる。この状況でまだ相手のデータが欲しいってのは、どういうことなんだか……」


 マサが思い起こしているのは、彼の組を一夜で壊滅した町長秘書のガーターストッキングと、ここに来る前に垣間見た全身タイツである。

 かたや暴力団を潰したガースト女であり、かたや警察戦力を潰したゼンタイ女だ。いずれもその実力、絶後のものといえるであろう。

 それに比べて礼賛はこの有様。味方もほぼ全滅。戦えるものは、ほとんどいない。

 たった一名を除いては。


「おい、着流し男……。無力化と……言ったのか……? わたしが本当にもう、動けないと……思っているの……か……」

「無理に起き上がろうとするのは、やめておくんなせえ。姐さんを倒すために、全ての力を出し切ったはずだ。立つことだってもう、出来ないでしょうよ」

「……ふん、身動きの出来ないわたしとゴーマルを、ここぞとばかりに、ドスで手にかけるか……?」

「そんなことはしやせん。あっしらは、仕事を終えて……ようやく……」


 階下に一歩二歩と降りゆく着流し男、若狭わかさマサ。

 戦い終えた愛しき侠脚きょうきゃくのもとに歩み寄り、これを両腕で抱きかかえる。


「帰ろう、から……。牛すじ、煮込みで食おうぜ」

「あンた……っ!」


 かくして最強の『刺脚しきゃく』は、仕合せそうに男に抱かれ、市庁舎を去る。

 無理が通れば道理が引っ込む、義理が通れば無理すら引っ込む。

 鬼龍院唐紅と若狭マサは、無理を押し切り町長への義理を通し切った。カタギに死人を出すこともなく、目論見通りの勝利をもぎ取ったのだ。


「敵の目を惹きつけようと、慣れない罵倒をする姐さんも……かわいかったですぜ」

「何言ってんだい……バカ……。もうよしとくれよ、その姐さんってのを……さ」


 さて、一方その頃。

 市庁舎のホールにて拡大を続け、ロビーまで侵食した、透けもテカリもない真っ暗な黒タイツの闇があったことを、思い出して欲しい。

 あの大暗黒は今や大胆なリフォームでもしたかのように大掃除され、大ホールのステージ上にポツリと小さく縮こまっていた。

 かつての脅威をここまで縮小したのは、白タイツ巫女ロリババアである、飛車ひしゃしろみのたゆまぬ祈りの賜である。

 とは言えその祈りの姿は、白タイツの指の合間に大幣おおぬさを挟み、右へ左へ振りながら闇を蹴っ飛ばすという、見栄えは児戯にも等しきもの。

 飛車しろみのロリっぷりも相まって、ふざけているようにしか見えなかった。しかし本人、身命を削っての大真面目である。


「これで……最後だお! 一本背負い!!」

「おお、見事じゃあ、しろみさんや!」


 足で振っていた大幣おおぬさを手に持ち替え、白タイツの指先で闇の玉をつまみ上げ、投げて飛ばすは一本背負い。月脚礼賛に投げ技を伝授した『老師』の面目躍如とも言える、結構なお点前である。

 しろみのお供である修験者姿の翁も、大喜びでカメラのシャッターを切っていた。

 ところがである。投げを受けた暗黒球体が落下し、パカリと割れたその時に、老師と翁は目を見張って驚愕する。


「――いない!?」


 割れて消えゆく闇の穢れのその中に、誰もいない。

 そもそもこの暗黒は、規格外の八百万やおよろずデニールの黒タイツを履いた、眼鏡凛々しき女子高生剣脚を中心に据えて、拡大したものであったはずだ。

 彼女を助ける手伝いとばかりに、白タイツで黒タイツを抑えていた飛車しろみであったが、あまりの禍々しさを前に戦いを余儀なくされ、闇に抗していたわけだが。

 倒してみると、中身は空である。


「これは……? 一体……どういうことだお……??」

「参ったのう。これでは骨折り損じゃな、しろみさんや」


 三脚を錫杖の形状へ戻し、これをステージの床に打ち据えて、どっかと腰を下ろすは、修験者姿の翁だ。

 飛車しろみの傍らで写真撮影を続けていたこの翁も、遊んでいたわけではなく、もちろん真面目そのものだった。

 被写体であるロリババアの白タイツを、最良の角度と露出で撮ってサポートするべく、額に汗して働いていたのだ。


「……どうするお、ジジイ。中身が無い理由はわからないけど、これでやることもなくなったし。今からでも町長討伐に参戦するお?」

「いやあ、やめておいたほうが良いじゃろ。お互い、年寄りの冷や水はこの辺にしておこう」

「しろみまで一緒に年寄り扱いするなお」


 一瞬凍えるほどの殺気がぞっと過ぎていったが、それはそれ。

 飛車しろみは翁に対し、真剣な素振りでもう一度、同じ質問を行った。


「本当に、参戦はしなくてもいいのかお。せっかく育てたジジイの弟子、無事では済まないかもしれないお?」

「なあに……せっかく育てた弟子が戦っているからこそ、儂は若いもんに道を譲りたいんじゃよ。それにあいつら、そう簡単には負けんじゃろ?」

「……それもそうだお。礼賛が選んだだけあって、轟丸はなかなかの逸材だったお」

「ましてやもう一人の弟子は、儂の孫娘じゃからなあ。いやはや、この歳になってこうも可愛い弟子が二人も出来るとはのう」


 賢明な諸氏は既に周知のことであろう。

 礼賛が治療中の二ヶ月間に、轟丸少年に修行を施した、飛車しろみの相棒たるカメコ好々爺。未だもってその名前が、明らかにされていない。

 そしてこれは、賢明な諸氏ですら周知でないことだ。

 ではこの翁、一体何という名前なのか。


 レギンス女、雑魚場ざこばレギン。

 主人公の月脚礼賛つきあし らいさん、パートナーの少年である果轟丸はて ごうまる

 黒タイツ眼鏡女子高生の負門常勝おいかど じょうしょう、ロン毛筋肉漢の水町みずまちゲロルシュタイン。

 ニーソサークルクラッシャー夢藤狭軌むとう きょうき、ナマ脚黒ギャル光田こうだイクミ。

 ハイヒール網タイツ巨女の真壁蹴人まかべ けるんど、色白眼鏡ショタ小木養蜂おぎ ようほう

 胃下垂刑事の延山篤郎のべやま あつろう、新米部下の溶岩幸子ようがん さちこ

 タトゥータイツ着物姐さん鬼龍院唐紅きりゅういん からくれない、着流しの若狭わかさマサ。

 全身タイツサイボーグ、丁阡号ていせんごう

 脚長町町長・歯牙直哉我しが なおやが、ガーターストッキング秘書の歯牙終しが つい

 白タイツロリババア飛車ひしゃしろみ、その隣で笑う名も知れぬ謎の翁――。

 この者、名を、『溶岩米寿ようがん べいじゅ』と言う!




「残党狩リヲ、シテオクカ」


 不死身のハイヒール網タイツ巨女が巻き起こした嵐の後、天井も床も抜けて無残な瓦礫の山と化した、市庁舎内の一角。

 銀色全身タイツに身を包んだ仮面の女、非情なるこのサイボーグは、生き残っていた刑事にとどめを刺そうと歩み寄った。

 為す術もなく地に伏せる、スーツ姿の痩せ男。

 そんな男の目前に、ザッと割り込む一本の脚は、全身タイツの銀色ではなかった。

 肌色の、見慣れているようで見慣れぬ脚。

 パンツスーツに包まれた姿しか、その男は――延山刑事は、今まで見たことがなかったのだから。


「なっ……!? お前、入院してた……ハズ……だろ……?」

「先輩っ! す、助太刀……ですっ!!」


 次回、剣脚商売。

 対戦者、ベージュストッキング新米刑事。

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