第21話 女殺蛇地獄(おんなごろしくちなわのじごく)
語り尽くせぬ過去の話は、何も女の専売特許というわけではない。男にだって何かとあるのだ。
クシナダヒメや卑弥呼だけでは、いささか男女不平等というもの。
というわけで、かつて関東
話はさして昔のことでもない。場所は
「ぬははは……! 君はよく働いてくれる、若狭君」
「マサ、で構いませんや。町長さん」
「
「……その代わりと言っちゃあ、なんでやすが……。例の件、頼みやすぜ」
「勿論だ、君の組抜けについては全力で協力をしようじゃあないか。にしてもだ、マサ君……おかしな話だ? 君が組を抜けるのは、惚れた女のためにカタギになりたいとかいう理由らしいが……?」
「……お恥ずかしい、こってす……」
「その惚れた女とやらは、カタギにならなくていいのかね? 君だけが組を抜けても、二人は結ばれはせんだろう? んん?」
「あっしには……何のことやらわかりやせんぜ、町長さん」
眉間にしわ寄せ、流し目を伏し目がちにする若狭マサ。
その視線の先にこの
「死んだ組長の
「……あっしには、関わりのねえ……こってす」
「まあいい、これ以上の詮索は止すとしよう。君は君の仕事をしてくれたまえ、マサ君。こちらはこちらで、『脚本』通りに事を進めるよ」
「へい」
後日、若狭マサは戦慄する。
官憲にまでその力を及ぼしていた一大勢力、関東
並み居る武装勢力をことごとくなぎ倒したのは、誰あろう歯牙町長その人と、彼の秘書であるガーターストッキングの剣脚だったのだ。
燃え盛る組事務所の前で、呆然と立ち尽くすマサ。その背後から語りかける、血塗れ美脚の秘書を連れた、歯牙町長!
「ぐうーぬはははははぁ……!! どうだねマサ君、これで君は何の後腐れもなく、カタギの道を歩めるというものだよ!!」
「なっ、なんで……っ!! どうして、ここまで……??」
「なあに、
「あんたらだけで……あんたら二人だけで、兄貴も、オジキたちも、全員……やっちまったってんですかい……!?」
「安心したまえ、マサ君。組長を継いだ例の極妻だけは、ちゃあんと生き残らせているよ。彼女の力は利用価値が高い。いつかまた脚を貸してもらう日が来るかもしれないなァ? それまで二人で、カタギの生活を満喫したまえ」
「町長、あんたって人は……! なんて……なんてぇ人だ……っ! いや……血肉の通った“人”なんですかい……っ? こんな人並み外れたことを……っっ!」
「ぬふははははは……! この歯牙直哉我、人である前に町長であれ! 君たち町民がカタギとして平穏無事に過ごせるよう、町の平和は町長自らが、実力で守りぬいてみせるよ。気兼ねなく脚長町で暮らすがいい! ぐうーぬはははははぁ!!」
この凄惨な事件で生き残った未亡人こそ、
只今現在、市庁舎内の六階から七階をつなぐ階段にて仁王立ち、最強最後の『
着込んだ和服の裾は破られ、腰まで届くスリットとなって、腿の付け根から爪先まで、彼女の右脚を露わにしている。履いているのはタトゥータイツだ。
賢明な諸氏には既に周知のことであろうが、タトゥータイツとは、無地のタイツに画像を転写し、彩りを添えた小粋な履物である。彫師が心を込めて織り込んだその文様は、絵柄に応じた各種の力を発揮しうる。
鬼龍院唐紅のタトゥータイツの柄は、今まさに噛みつかんと口を開き、牙を剥き毒を放った大蛇であった。ところどころに散りばめられた緋牡丹が、犠牲者の血を想起させるほどに毒々しくも麗しい。
「三千世界の女を殺した、あたいの脚の毒気はどうだい? さあさあ、そこで朝寝をしていなよ!」
着崩した和装から片脚晒し、啖呵を切る鬼龍院唐紅。都々逸から引用した独特のフレーズに、俠気と狂気が見て取れる。
そんな元極妻が立つ十三階段の直下には、黒のシアータイツで覆った脚をぴくりぴくりと痙攣させる、ショートパンツの女がいた。
お馴染みのモノトーンのコーディネートに身を包むは、
我々が着流し男の過去を振り返っている間に、既にその身に幾度も毒の牙を受け、へろっへろのクッタクタのだっるだるになっていた。
先ほど
では何故、礼賛がこれほどまでに毒気にやられてしまったのか。それを説明する事態が今から起きるので、これをつぶさに見てみよう。
「ゴーマルの解毒を急がなきゃいけないんでな……。元女組長、一発でケリを付けさせてもらうぞ。老師のもとで学んだ、必殺技で!」
「懲りないねえ、あンた。そんなもん、億兆京垓繰り返したって、あたしゃ喰らいやしないンだよ!」
薄黒ストの脚をひらめかし、階段を走って登る月脚礼賛。これに対して飛び道具持ちの鬼龍院は、一歩も動かず階段上から、階下に向けて脚を振るう。
タトゥータイツに描かれた蛇の口からは、衝撃波を伴って毒の波動がほとばしり、月脚礼賛はジャンプで避けた。そのまま飛び蹴りにて着物女の胴に一撃、帯ごと腹を刺し貫いてやろうという算段だ。
ところがである。礼賛の脚が届く頃にはこの鬼龍院唐紅、毒を放った右脚を仕舞い、未だ着物の裾に包まれた左の脚を振るうのだ。
切り裂かれてスリットが入ったのは、着物の右側だけである。ネタバレをしたとはいえ、チラリズム居合抜刀術の威力をまだ、左脚は幾分保っている。
こちらに彫られたタトゥーは、右の大蛇のデザインから連なる尻尾であった。
こうした意匠を施した左脚は、殺傷力こそ右脚に劣るが、迎撃の安定感は抜群であった。
飛び道具を越えて意気揚々とやってくる月脚礼賛に対し、初夏の季語である牡丹をあしらった左の脚にて塩対応。翻っての夏塩蹴!
飛ばせて落とされ、月脚礼賛は階段の下に転げていく。かわしたはずの毒の波動まで落下中についでに食らって、空中コンボ待ったなしであった。
「はっ……はっは……! 短時間でだいぶ毒を……食らったものだな、わたしも……」
「あたいの毒には、即効致死のものはないとは言ってもねぇ。麻痺毒、神経毒、腐食毒、血液毒……これだけフルコースで食らっておきながら、それでもしつこく飛んでくるのは、あンたぐらいのもんだよ、礼賛」
「それは褒められているのか……な? まあ、しかし……これぐらい食らってみれば……ゴーマルの辛さも身にしみてわかったと言うものだ……!」
「そうかい、だったら二人仲良くあの世で
鬼龍院唐紅は着物の片肌脱ぎ捨てて、肩と背中を晒しての、本番開始に突入した。
地肌に彫られた緋牡丹の刺青は、タトゥータイツのように転写されたものではない。一生涯忘れられない、女の覚悟を刻んだものである。
実写と複写のふたつのタトゥー、これを魅せつけ鬼龍院が矢継ぎ早に放った毒は、蛇の如きいやらしさで月脚礼賛を追い詰めていく。
跳んでかわせば踏みつけて、転がって逃げれば浴びせかかる。とはいえ動かなければ狙い撃ちだ。
「やれやれ……。姐さんを怒らせちまったのが、運の尽きだぜ。よしんば姐さんをくぐり抜けたとして、たった二人でうちの組を壊滅させた町長が、この後待ってんだ。全身タイツのバケモノだっている……。よしゃあいいのによ、礼賛の嬢ちゃん……」
毒の乱射に一方的にやられる礼賛を見ていられないという風の、若狭マサ。
しかしパートナーの戦いぶりを見ていない訳にはいかない。この着流し男は着物女の背後にて、戦況を流し目に見つめていた。
「……よう、オッサン……よ」
そんな着流し男に話しかけたのは、先ほど見せ場を作ってそのまま気絶し、マサのそばに横たえられていた、果轟丸であった。
二人の女の戦いを間近で見つめ続ける、男と男。
「……なんでぇ、目を覚ましたのか。買った女が心配かい?」
「ああ……お互い様だよな、オッサン……」
「毒で辛いでやしょう……ぼっちゃん。安心してくだせぇ、あの嬢ちゃんはじきに身動きが取れなくなる。そうしたらぼっちゃんと二人、ちゃあんと解毒してやりまさぁ。戦いに復帰できない程度に、毒を残してねぇ……」
「んなことは、どうでも良いからよ……。こっからじゃあよく見えねぇ……。礼賛が勝つところ……オレに見せてくれ……!」
「……ぼっちゃん? 何を……言ってるんでさぁ……?」
若狭マサ、ぞっと悪寒が走った。
「礼賛が勝つところオレに見せてくれ」。毒にやられて気を失っていた少年のたわごとと、普段のマサであれば、さらりと受け流したであろう。
しかしこの轟丸少年の、か細く力弱くも、信頼にあふれた声はどうだ。
歯牙町長が
「毒に毒を重ねての、バッドステータスだらけのこの体……。だが知ってるか、着物女。こういうのを……布石というのさ」
「ハッタリかい? 負け惜しみかい? それとも毒が脳にまで回ったかい? そのまま善がり狂い召しませ!」
狂気の混じった
着崩した衣服を振り乱し、
ならば勝負を仕掛ける博徒は、月脚礼賛その人である。震える膝で立ちまわるこの剣脚が、放った布石とは一体何だ?
次回、剣脚商売。
対戦者、タトゥータイツ緋牡丹姐さん。堂々決着。
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