第18話 黒スト、大地に立つ
「……? ここは……??」
北の大地にて開催された美脚の祭典、『
その主役たるモデルガール、略してモガの
横たわる彼女の前で、幼い手足を仁王立ちに見せつけているのは、礼賛を野山に引っ張りこんだ張本人の白タイツ道着ロリババア、
「目が覚めたかお」
「わたしは……一体……??」
「教えてやるお。『三種の神器』の
「そういえば……? 逃走中にこのガキがしつこく押し付けてきた黒ストを、履けだの履きたくないだので揉めて、なんだかんだで二人で殴り合いにまで発展したような……?」
「そうだお。『急にそんなもの渡されて
「我ながら正論だな……」
「なだめるのも面倒くさかったから、しろみが一旦脚で絞め落として、アンタをおとなしくしてから山の中に連れてきたというわけだお」
「なっ……? そういう身体上に悪影響がありそうなことは、事務所の許可を取ってからやってくれ! こちとら体が資本の商売女だ」
そこまで反論したところで、月脚礼賛は我が身の変化にようやく気づいた。
ショートパンツから伸びる自らの脚に、着用を拒んでいた黒ストが、いつのまにやら履かされている。
シワひとつなく毛玉もない、その筋のプロの仕事と思える見事な着せ心地である。
「寝ている間に履かせてやったお。それこそが神代の頃より伝わりし、しろみの神社で大切に守ってきた『三種の神器』、天叢雲剣だお」
「こっ……これは……!! あざ……とい……!!」
辱めとともに脚を隠した思春期を経て、自活のための心変わりから――心機一転、脚を大いに晒して暮らし。
老若男女の視線のもとで、酸いも甘いも踏み分けてきたはずの脚を持つ、月脚礼賛ではあったが。
見慣れたはずの自らの脚をして、このシャドウ編みストッキング・天叢雲剣が描く陰影は、腿から脛にかけての着圧の違いや伸縮による絶妙な透け肌、シャープなラインを際だたせるための繊維の斜めの折り込みなど、美脚に履いてみたら驚嘆するほどあざとい。
これを履いて女子の集団に入れば、あざとすぎて一瞬で孤立すること、うけ合いである。男は寄ってくる。
「さあ、そのあざとさで戦うが良いお」
「『あざとさで戦う』の意味がわからない……! 何度も言うが、おかしなことがガッとまとめて起こりすぎて、わからないことだらけなんだぞ? ひとつずつ説明をしてくれ」
「説明したって余計にワケがわからなくなるだけってゆーのは、既に証明済みのはずだお。習うより慣れろ! いいからその脚でしろみに斬りかかってくるが良いお」
「斬りかかる……? 蹴りかかる、ではなく?」
「天叢雲剣を履いたその脚は、触れるものを切り裂く神剣と化しているお。それ即ち、剣脚ということだお。さあ来い」
棒のような白タイツ脚をこまねいて、月脚礼賛を挑発する飛車しろみ。
「ええいままよ」とばかり、半ばやけくその八つ当たりで、このロリタイツに襲いかかった月脚礼賛だったが。
一歩も進めずつんのめり、落ち葉混じりの土面へと、「へぶは!」と腹打ちにてぶっ倒れてしまう。
「やーい、かかったおー」
「なんだこれは……! 歩けやしない! 立つことすらもままならないじゃあないか!」
「想像してみると良いお。急に両脚が刀剣と化した人間が、そうやすやすと動き回れるはずもないお? お? お? お?」
「煽りがひどい! だったらどうしてそれを先に言わないんだこのクソガキ!」
「クソガキじゃねーお。どっちかっていうとクソババアのたぐいだお」
「知るか、この際どっちでも良いそんなことは……!」
「改めて思い出すお、月脚礼賛! アンタは月脚流剣術道場の末裔。この日のための歩法を、脚の付け根からつま先まで、脚部の隅々に叩きこまれているはずだお!」
「この日のための……歩法だって……?」
半信半疑で試しに礼賛は、幼少期に習った月脚流の歩法を意識して立ち上がる。
すると立つどころか、歩くことも途端にスムーズになるではないか。
この歩法を活かして自身が編み出した、商売用のモデルウォークを続けて行ってみると、それはそれはスイスイスイスイスイ、あざとい脚を見せつけながら土と言わず岩と言わず木と言わず狸と言わず、山中の障害物をいとも簡単に跳んで登って降りて踏んづけて撫でて、縦横無尽である。
立てば黒スト、座れば美脚、歩く姿はマジ美脚なのだ。これはとある紳士の名句の引用である――。
「なんだなんだ、急に歩けるようになった……? いやこれはむしろ、今までのどんなレッグウェアよりも快適だ! 外出用の着圧ソックスより遥かに楽だぞ」
「それこそが、アンタがいずれ天叢雲剣を履く日のために教えられていた、秘伝の技なのだお」
「なんだって……! なるほど……おかしいとは思っていたんだ……。うちは剣術道場なのに竹刀もなく、刀の振るい方よりも歩法を第一にしていたから……」
「ついでに試し切りもしてみると良いお。自らの
「これを……か……?」
目の前に立つ一本の枯木を前に、月脚礼賛は戸惑った。こんなものをシアータイツの脚で蹴ったら、少なく見積もっても青アザ待ったなしである。
ストッキングから透けて見えるアザは、モデルにとっては致命傷。ファンデーションか何かで隠しておかなかればいけないので面倒だ。
ところが礼賛の迷いは、一瞬で消え失せた。思い出したのである、
ゆうらり美脚を振り上げて半月を描き、その頂上から振り下ろすこの技、そうか脚を刀とするためにあったのか!
「やってやろう! 『半月殺法』!!」
「なっ……? それはダメだお礼賛!!」
ロリ道着が止める声も虚しく、白タイツ脚を差し伸ばしたがそちらも短めなので、届かず、虚しい。こうして月脚礼賛の必殺技は、かくも世に放たれた。
ナイロンに包まれた脚による、ご褒美の如き踵落としにしか見えないこの技であったが、いいやその正体こそは、天叢雲剣を振るうために編み出された月脚流剣術の最終奥義と言ったところだ。
生まれて初めて振り下ろした麗しき剣の切断力は、枯木を割って地を走り、山中に大いなる斬撃を発生せしめた。
素人女の何気ないこの一撃で、伐採業者さながらの山林切り株スポットが、ズンバラリンと誕生してしまったのである。
「これが……わたしの脚の、そしてこの天叢雲剣とやらの、切れ味……!?」
「感心している場合じゃないお、礼賛……!! アンタは今、重大なミスを犯したんだお」
飛車しろみが言うが早いか、月脚礼賛の膝はガクガクと笑い始め、またも再び、立つことすらままならなくなった。
今ここに稀代の剣脚は誕生したが、まるで産まれたての子鹿のように、両脚が不安定に震えている。
「いいかお、『三種の神器』が持つ力の真骨頂は、そうやすやすと使ってはならないのだお。体に著しいダメージが振りかかるのだお」
「そうだったのか……!! これは、地方回り5ステージを一日でこなした時よりも、疲労感が大きいぞ……!」
「それだけじゃないお。日々の素振りや足元ケアーで、そうした戦闘疲労はいずれ慣れるし、脚力回復もしやすくなるお。問題は……天叢雲剣それ自体に、多大な負担がかかってしまうことだお」
「つまり……今履いているこの、あざといシアータイツに負担が……?」
「そうだお。次に今の技――『半月殺法』を使ったとしたら、この『三種の神器』といえども、伝線の危険性はかなり高いお。その辺のスーパーやドラッグストアで買い換えられる品じゃないんだから気をつけるお!」
幼い体に見合わぬ恫喝で、月脚礼賛を叱責する飛車しろみ。
高い声や舌っ足らずなしゃべりであるにもかかわらず、謎の貫禄が漂っているのは、年季のなせる技なのか。
「……まあ、アンタがちゃんとそういう技を受け継いでいて、とっさに使えるってことがわかったのは、いいことだお」
「わたしも……記憶の彼方に消えていた。“これ”を履いたことで、思い出せたんだ……」
「疲れの件は、コラーゲンとかヒアルロン酸とかが豊富なものを食っていればいずれ回復するお。天叢雲剣の摩耗についても、手入れを怠らなければこれ以上進行はしない。だが、しかして。もうひとつ厄介な問題があるのだお……!」
「まだあるのか、老師?」
「急に老師とか呼ぶなお」
「フェス会場が襲撃にあった時に、野太い声でおっさんがそう呼んでいたからな。わたしより随分年上だって、自分で言っただろう?」
おかしな環境にいくらか慣れてきたのか、『三種の神器』を身につけて剣脚としての自覚が芽生えたのか。ふざけ混じりに「老師」と呼びかけられるほどの余裕が、礼賛には生まれ始めている。
だがだが、しかして。ロリ老師の言葉はいつも唐突。次に放たれた言葉で、またもや困惑と混迷が礼賛を襲うのだった。
そろそろ昔の話も終わりだ。次で過去とは決別しよう!
次回、剣脚商売。
対戦者、昔の女。
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