第19話 昔の女が出ています

「これから約一時間だお。基礎鍛錬だけで戦いのイロハも知らぬ初心うぶなアンタに、一時間だけ、実践的な刀の使い方を教えてやるお」

「な、なんだその、急に降って湧いた時間制限は……? 老師……?」


 霧の山中にて相見える、二人の女。

 一人は月脚礼賛つきあし らいさん。つい先ほどよりその脚を、美しくあざとい刀として振るうこととなった、殻を破った雛鳥が如き剣脚である。本業はモデルだ。

 ショートパンツの下に履くのは薄手の黒ストッキング。この国に伝わる『三種の神器』のひとつである、神剣・天叢雲剣あめのむらくものつるぎとはこの黒ストのことだ。

 対峙するもう一人は、月脚礼賛を指南する導き手。白タイツ道着ロリババア、飛車ひしゃしろみ。

 これより礼賛に稽古をつける者であり、『三種の神器』を受け継いできた神社の宮司であり、時としてナースであり、刀匠であり、警備員であり、下校児童であり、とにかくもう何でもありだ。

 これも彼女が受け継ぐ『三種の神器』のひとつ、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまのコスプレ能力の賜物であった。

 そんな白タイツロリババアコスプレイヤー老師、神妙な面持ちにて曰く。


「いいか、これはとても大事なことだからよく聞くお。しろみやアンタが持つ『三種の神器』は、神器同士で互いに惹かれ合い干渉しあう性質を持つお。特に、それぞれが持つ力を大きく解き放った場合には、『三種の神器』の所持者にだけは、それがわかるんだお」

「……? それが……どうしたっていうんだ?」

「アンタが今うっかり必殺技を使ったことで、八咫鏡やたのかがみを盗んだ賊にもそのことがバレたはずだお。同じような威力の技を続けて繰り出すことは疲労のため出来ない。ぐずぐずしていたら、きっと奴は……この機会を狙ってくるお」

「そ、それじゃあ……たった一時間の修練などせず、早く逃げたほうが良いんじゃないのか?」

「いいや、無力な女を無力なままで連れて逃げるよりは、少しでも戦える剣脚に育て上げるほうが有益だお。アンタも女一人で生き残ってきた身なら、わかるはずだお。攻めの女になるために、自分磨きをするべきお!!」


 賢明な諸氏には既に周知のことであろう。女の生きざまというのは、自分磨きに始まり自分磨きに終わる。

 生涯において化粧に取られる時間の長さが故、女は鏡を見つめて自らをより深く知り、より磨き、より欺く術に長けているのだ。

 そうしてごしごし磨いた末に、今の自分を輝かせるなり、昔の自分を取り戻すなり、男が喜ぶなり落胆するなりの、人間模様もあるというもの!

 かくしてここに一時間のみの濃密な師弟の教えが、一振りの刀を輝かせるための緊急メンテが、繰り広げられることとなったわけだ。

 半月殺法を放った余波でフラフラとしながらも、山林に差し込む月明かりに照らされ映えるは、月脚礼賛の黒き脚。

 そのおぼつかない脚さばきを、受けて流して活を入れる、飛車しろみの白き脚。


「この教えを終え次第、しろみはすぐさまここを離れるお。その後どこかで大変身をかまして八尺瓊勾玉の力を解放し、八咫鏡を盗んだ奴の目を、今度はしろみに引き付けるお。なんなら迎え撃つ覚悟! その隙に礼賛は身を隠しつつ、この地を離れるが良いお」

「『三種の神器』の所持者同士、二手に分かれて撹乱するわけか……。しかしここを離れて、一体わたしはどこに行けばいい?」

「しろみの神社がある町にまで来ると良いお。今はうちのジジイに神社を任せてあるけど、心配だからしろみもすぐに戻るお。帰り道の途中で、八咫鏡を盗んだ賊の正体だけでも、わかればいいんだがお……」

「誰なのか、わからないのか?」

「急な襲撃だったから、男と女の二人組だったということしかわからないお。その後も暴力団を率いてこんな北の大地まで追ってきたということは、おそらく権力者……? いや、推察は今はやめるお。どうせあの町に戻れば、いずれは奴も現れるはずだお」

「そうだ、老師。肝心なその町の名前をまだわたしは聞いていない」

脚長町あしながまちだお!」


 視点変わって寒風吹きすさび、脚に繊維をまとわぬ女性は、脱落しかねない荒野。

 その只中に存在する一つの町。

 ここは孤立無援にして自給自足の美脚の場、その名も『脚長町』。

 大騒動の大捕り物に転じた、『ライジングサンレッグフェスティバル』からは、既に幾許いくばくかの月日が経過していた。

 町長室には、床に倒れ伏す旧町長がおり、彼を足蹴にする女秘書もいる。

 机に靴を投げ出しつつ、ドカッと着座するヒゲの中年男性。実に楽しげに笑っているではないか。


「ぐうーぬはははははあぁ! いただいたぞォ、町長の椅子!! これで俺が、脚長町町長だ!!」


 配下の暴力団による、表沙汰や裏舞台の両面合わせての活動暗躍で、ついに町長の座を手にしたこの男、歯牙直哉我しが なおやが

 自身の秘書である歯牙終しが ついのガーターストッキングの美脚へと、熱い視線を送りながら、彼は語る。


「お前のその脚の働きも、実に役に立った。まずは第一歩は成功といったところだな」

「お役に立てて光栄です」

「フェスティバル会場にいた読モや客は、脚長町の兵力として既に吸収済み。あの時取った天叢雲剣のコピーによる軍備拡大も、順調だろう?」

「はい。スケジュール通り、小木博士の最新鋭の衣装工学と八咫鏡を掛けあわせた、タイツ量産体制は整いつつあり、美脚兵士計画は滞りありません」

「私兵の育成や資金調達は、今までどおり関東小芥子こけし組に任せるとして……問題は『三種の神器』ということになるな。いずれこの町に再集結するであろうことは想像に難くないが、どうやって全てを、我がものとするか」

「――私が動きますか」

「いや、お前は秘書として側近として、俺の傍らにいてくれなくては困る。それよりも『刺脚しきゃく』を育成しよう。金で雇って何名か町に放っておけば、剣脚同士はいずれぶつかる。戦いで必殺技を使わせて、弱ったところを叩けばいいだけの話よ」

「見事な『脚本』です、町長」

「楽しみだ……。この脚長町を拠点として、始まるのだ……! 金で買われた美脚が相まみえる、剣脚商売がなァ……!!」


 『刺脚』育成のために脚長町にて急遽集められた剣脚のうち、仲良し二人組のニーソとナマ脚に町長は特に力を入れ、天叢雲剣を確実に奪うためのタイツ狩りの技、『黒スト・ボンバー』を身につけさせた。

 同じ頃、『刺脚』募集の張り紙を見て、パート代わりに申し込もうとする網タイツ巨女の姿も、公営団地にはあった。

 御家復興の道を模索する女子高生と、治安が悪化する商店街に頭を悩ませるカフェマスターが、共同して決起の計画を練り始めたのも、この頃であったという。

 町が戦いの渦中に放り込まれていく中、飛車しろみは自らの神社に戻って旅の疲れを癒しつつ、北の大地に放り出してきた弟子の到着を、待ちわびていた。

 さてでは一体、天叢雲剣に対してこうも迎撃体制が整う中、月脚礼賛はどうしていたのか?


 歯牙町長の黒いコネとして存在する関東小芥子こけし組は、官憲にまで影響力を持っていた。

 今や裏社会のお尋ね者として、「この脚見たら小芥子こけし組」とまで呼ばれるようになった月脚礼賛は、身を隠して脚長町へと流浪流浪の一人旅。

 かつてのモデルの威光はどこへやら、その体で儲けた金も銀行から下ろすに下ろせず、ボロ布纏った素寒貧すかんぴんとして、脚長町にたどり着いたのである。

 とはいえこの旅の行程こそが! 脚を使っての渡り歩きが、彼女を今の剣脚に仕立てあげるだけの、武者修業となったのだ!

 時にはストリートレッグでファイトマネーを稼いでの美脚行脚は、否が応でも鍛錬にならざるをえない。

 またも月脚礼賛は、イチから脚で稼いでここまでのし上がってきたのである。

 以上、薄い繊維のタイツ越しに垣間見たかのような、うすぼんやりとした儚き思い出たちを踏み越えて、今――。


「といった遍歴でこの町に来てな、カフェでお前に会ったというわけよ。ゴーマル」

「こ、濃いなあ……お前の経緯と過去の話」

「女には甘くて苦い過去があるものさ」


 言葉を交わしながら市庁舎内の階段を駆け上がっていたのは、現在の月脚礼賛。

 戦いの中で一回りも二回りも成長し、歯牙町長との決戦を間近にした、ショートパンツに薄黒ストの立派な剣脚の姿であった。

 話す相棒は、この無頼の商売女を買った少年、果轟丸はて ごうまる

 礼賛とともに決戦場を目指して階段を昇りゆく姿は、今まさに男としての急坂を登り始めたばかりであるといえよう。

 心も体も成長期の轟丸少年。この市庁舎に飛び込む前に、彼が修行で培った動体視力は、戦いなれした礼賛すらも上回るものとなりつつあった。

 彼が自らの剣脚よりも早く、上階できらめく凶光を発見し、考える前にまず体を動かしたのは、当然の出来事であったのかもしれない。


「……危ない、礼賛!!」

「なっ……?」


 階段踊り場にて礼賛を突き飛ばす果轟丸。

 信頼する少年からのまさかの押し倒しに、戸惑いつつも尻餅をつく月脚礼賛。

 同時に響くは銃声!


「ぐあっ……!!」

「……!! ゴーマル、撃たれたのか!?」


 耳元抑えてうずくまる轟丸少年の小さき手から、ポタポタポタリと零れて落ちるは、血の数滴。

 心配し狼狽し歩み寄る月脚礼賛との間に、再びの銃声と共に放たれる、一発。床にびしっと撃ちつけられ、僅かに穴が空いた。

 一瞬にして戦場と化した踊り場から、階段上方をちらりと見やると、そこにいたのは。


「とっさに女をかばうとは、大したぼっちゃんだ。……ですがね、それで流れ弾を食らって、足手まといになっちまったら、世話はねぇや……」


 着流し男がドスを片手につぶやく姿と、その後方に一人の女。

 衿を抜いてうなじを見せた艶やかな着物姿に、構えたピストル。照準は月脚礼賛の土手っ腹!

 すぐさま跳躍バック転にて、見晴らしのいい踊り場を離れ階段手すりを遮蔽にし、薄黒ストの剣脚は身を隠した。

 だが、しかして。彼女を救った轟丸少年を、共に物陰へ連れ込むことは出来なかった。踊り場に轟丸は残されたままである。


「おいおいおい……。高低差のある戦場で上を取られ、尚且つ相手は飛び道具持ち。しかもゴーマルが負傷だと……? ボス直前だってのに、ハンデ戦も甚だしいな……?」


 様子をうかがおうと階段上を確認することすら許されず、顔でも脚でも少しでも出そうものなら、またもバキュゥンと鳴り響く、ピストルオペラシンフォニー。

 危機迫る月脚礼賛を、着流し男と晴れ着女は、上階から高みの見物である。

 脚長町での平和な暮らしを送っていたところを、町長の連絡ひとつで呼び戻された、この男と女。月脚礼賛にあてがうために招集された最後の『刺脚』は、実に厄介な相手であった!

 なにせその脚、着物に隠れて見えないのである。

 着物の内には下着をつけぬがいいとは言うが、さてでは、履いているのかいないのか。履いているとして、何を履いている?


「姐さん。奴らに一丁、言ってやってくだせえ」

「……あンたら、覚悟しいや!」


 次回、剣脚商売。

 対戦者、着物姐さん。

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