第17話 美脚で倭国を平定したのだ

 これより、過去編を始める!!

 時を遡ること紀元前六百六十年以前、神代の頃に存在していた『三種の神器』のひとつ、天叢雲剣あめのむらくものつるぎ

 この天叢雲剣は、スサノオがヤマタノオロチを倒した際に、かの化け物の尾から得た最上の刀剣であり、あまりの切れ味とあふれる霊気が故に、一旦はアマテラスに献上された。

 だが、しかして!

 スサノオによってヤマタノオロチから救われた娘である、クシナダヒメ。彼女の父と母の名を、賢明な諸氏はご存知であろうか?

 そう。テナヅチとアシナヅチである。

 スサノオの働きによってもたらされた、恐るべき刀剣にして装身具、レッグライン際立たせる薄手のシャドウ編みストッキング・天叢雲剣を垣間見たテナヅチとアシナヅチは、それ以降、神としての在り方を大いに変えることとなった!


 テナヅチはその手に武器を取り、天叢雲剣に匹敵するような力を得ようとした。

 アシナヅチはその脚を武器とし、天叢雲剣に匹敵するような力を得ようとした。

 こうした父母の武力転換の元、スサノオに相応しき女としてイチから鍛え直されたのが、新生クシナダヒメなのだ。

 以後、クシナダヒメは天叢雲剣を履き、スサノオの妻として、強力無比な武器として、二足のわらじで八面六膝はちめんろくしつの活躍をしたという。これ即ち、剣脚の誕生である。

 また、後にこの神剣を脚にして、倭国わこくの頂点に立った女は、卑弥呼として歴史に名を残しているが、よもや卑弥呼が美脚だったとはそれほど知られていない。

 こうした大昔の美脚についての詳細は、『剣脚商売 ~古代美脚ストッキング黎明譚~』にて語ることとしよう。

 さてでは神代の頃を過ぎ、倭国わこくの頃も過ぎ去って、話は今現在より十数年ほど前、直近の過去へと移行する!


「えいっ! えいっ! えいっ! えいっ!」


 道場にて右へ左へ、教えに倣って型の通りに、ぎこちのない歩みを行う道着の少女がいる。

 この少女こそ、月脚礼賛つきあし らいさん。あのたくましき剣脚の、まだ年端もいかぬ頃の姿である。

 月脚流の道場にて、家族から学ぶ基本の型。特段に厳しい稽古などではなく、鬼気迫る様子もない。対戦相手もいるわけではない。

 生まれた時から道場があり、教えるものがいるからというだけの理由で、健康促進の一環として体を動かす癖がついていた。ただそれだけのことであった。

 やがてそれから数年が経ち、月脚礼賛は思春期を迎える。


「やだ、怖い! こんなもの……もう履かない!」


 礼賛の手で部屋の隅に放り投げられたのは、ミニスカートであった。

 少女のほんの背伸びのつもりで、生まれて初めて履かれたそれは、街の空気にうら若き乙女の柔肌を晒し、結果として彼女の価値観を一変させた。

 幼少期から培われたしなやかな筋肉や、姿勢の良い立ち姿といった、身体能力を支える屋台骨。そこに、今まさに『女性』にならんとする、成長途上の少女が持った隠せぬ魅力。初々しさも追い風である。

 これらの無自覚な要素がひとつに重なり、生まれせしめた麗しき脚は、見知らぬ人々や礼賛の親族、果ては、つい昨日まで性の壁など感じずに笑い合っていた同級生男子の視線すら集めるに足る、ある種の宝石であった。

 往来に放り出されたダイヤは、原石と言うにはあまりにも輝きすぎていた。人々が見過ごすはずもないのは自明の理。

 いやはやとは言え、単なる大人の真似事として、何の気なしに履くミニスカで、こうも世界の目つきが変わるとは!


「なんで、みんなあんな目で見るの……?」


 自らの下半身に向いた幾つもの瞳を思い返し、礼賛は恐れ、嫌悪した。特に男を拒絶した。性に怯えた。自らの身体の有り様にすら、気色悪さを感じるほどに。

 脚や胸や顔に対する品定めの視線を自覚し、少女はついに知ってしまったのだ。女にとってこの世がかくも、いびつ極まる魔物の住処だったということを。

 この日を境に、少女はジャージを愛用した。極力芋臭いやつである。

 第一歩を踏み出したばかりのその美脚は、誕生と同時にこの世から封じられることとなったのであった――。


「素敵……。こんなふうにわたしも、綺麗な脚でみんなを惹きつけられる人に、なれたらいいな」


 ――更にそれから数年後。街頭テレビが映し出すファッションショーに、目を奪われる女子が一名、そこにはいた。

 画面見つめてつぶやく女子が何者だったのかは、実はこの際、全くどうでもいいことである。この子は後に田舎を離れ、都会に出てファッショナブルな女を目指したという。

 重要なのは画面の中、つまりは大舞台で威風堂々ウォーキングを行う、美脚モデルの方である。

 このモデルこそ苦難の思春期を乗り越え踏破し、華々しきショービジネス界を闊歩するに至った、月脚礼賛その人であった!


「いやね、大したことではないんだ。わたしがこの業界に足を踏み入れた理由というのは。親元離れて裸一貫の、無芸の女に出来ることが、さしあたり“これ”しかなかったというだけでね。使える武器は使うべきだと、社会に出たら自覚したのさ」

「なるほどなるほどー! ところで月脚さんは、幼い頃からその脚を磨く鍛錬をされていたと聞いていますが、それは本当なんでしょうかー?」

「脚を磨く鍛錬ではないさ。しかしあの時についた基礎体力や脚の筋肉は貴重な財産だし、道場で習った歩法は、今ではウォーキングに活かしているよ」


 椅子に座って脚を組み替え、インタビューに応える、月脚礼賛。その脚は既にジャージを脱ぎ去っていた。

 場所は北の大地に設営されたステージの上。負門フードインダストリーの協賛ロゴが入った屋台村や、複数のテント、コスメやアクセの物販スペースも周囲に備えている。

 集まるオーディエンスは皆、レッグウェアに脚を包んだオシャレ猛者の女子ばかり。ステージ上の女に向かって、「礼賛! 礼賛!」と熱っぽく呼びかけている。

 会場に掲げられた横断幕に大書される文字は、『ライジングサンレッグフェスティバル』。

 人目を恐れた少女の時代より心機一転、その脚を晒すことで被写体となりカリスマとなり、監修レッグウェアの売上を伸ばし続け、身一つでここまで成り上がった商売女。

 我らがよく知るショートパンツにブラックシアータイツのあの女、月脚礼賛の姿がここにあった。

 とは言え彼女はまだ剣脚ではない。剣脚になるのは今、ここからだ!


「説明は後だお。これを履くお」

「は? ……何だ、この子は??」


 礼賛が驚くのも無理はない。

 インタビュー中のステージに「んしょ、んしょ」とよじ登ってきたのは、白タイツを履いたロリっ子警備員であった。

 手に持つ薄手の黒ストッキングを目前のトップモデルに差し出し、突然「これを履け」というのである。

 続いて会場に響き渡ったのは、男の野太い笑い声だ。


「ぐうーぬはははははあぁ! そうはいかんぞ、ロリババア老師! 我が理想のために、“それ”は貰い受ける! 『三種の神器』を寄越すのだ!!」


 拡声器で広まった声は、『ライジングサンレッグフェスティバル』の会場全体に、「なんかヤバイやつ来た」という危機感をもたらした。

 声は黒塗りの一台の車より放たれている。更には次々に現れた同様の高級車から、どやどやと姿を現す、カタギに思えぬ男たちの群れ。

 モデルを囲んでの盛大なるオシャレの祭典は、一瞬にして阿鼻叫喚に包まれた。


「なんだ、これは……?」

「説明は後だと言ったお。これを履くお、月脚礼賛」

「はあ……!? 意味が、わからない……?? どういうことだ……?」

「では教えてやるお。飛車ひしゃしろみが宮司をする神社に何者かが侵入して、『三種の神器』を奪おうとしたお。あ、飛車しろみっていうのはアタシのことだお。八咫鏡やたのかがみが奪われたことに気づいたしろみは、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまで対抗したけど、勝負は互角。このまま神器が全て奪われる事態だけは絶対に避けなければならないと、考えたお。そこでこのシャドウ編み黒ストッキング天叢雲剣あめのむらくものつるぎを継ぐべき、月脚流剣術の末裔であるアンタのところにやってきたんだお。さあ、履くお」

「……!???」

「ほら、説明してもよくわかんないお。いいから履くお」


 車から飛び出してきたコワモテの男どもは、ステージ上の月脚礼賛と飛車しろみ目掛けて、銃撃を開始した。

 礼賛のインタビュアーや、同じ舞台に上がるはずだった読モたちは、既にあちらこちらへ、脚の子を散らすようにして逃げ惑っている。

 こうした状況を見て取った白タイツロリ警備員は、持参の黒ストをこの場で礼賛に履かせるのを早々に諦めた。極道目掛けて振り向いて、幼い白脚を魅せつける。

 白き脚が注目集めて光を放つ、『脚光きゃっこう』による目眩ましの体制が整った。

 ところがである。その場で光り輝いたのは飛車しろみの脚だけではなかった。

 『脚光きゃっこう』に先んじて、妖しげな光がレッグフェスティバル会場を包み込み、辺り一帯には奇妙なもやが立ち込めたのである。


「しまった……! でもこれ以上ここにいて、巻き添えを増やすわけにも行かないお。逃げるお! 『脚光きゃっこう』!!」

「なんだっ……! この光は……!?」


 飛車しろみが放つ真白い光に、月脚礼賛は包まれた。

 それと同時に、この白タイツロリ警備員はネックレスを掲げ、輝きの中で服装を変化させていく。

 一瞬の間の後、気づけば礼賛は白タイツロリ下校児童に腕を引かれて、『ライジングサンレッグフェスティバル』の会場から遠ざかっていた。


「連中が驚いているうちに、とっとと逃げるお。しろみが手を引いてやるお」

「へえっ? さっきまでと服装が違う、このガキ……!?」

「ガキとか言うなお。しろみはアンタよりだいぶ年上お。神器を守る立場上、ちょいと年のとり方がフツーの人と違うだけお」

「そういえば、さっきもロリババア老師とか呼ばれていたような……?? ダメだ、驚く要素が多すぎて処理が追いつかない」


 わけのわからぬ事態に振り回されすぎて、月脚礼賛は半開きの口で怪訝な顔をするばかり。

 そんな礼賛に対し飛車しろみは、背負ったランドセルに鍵っ子キーチェーンのようにぶら下げられた、ネックレスを指し示す。

 警備員から下校児童にお着替えをした際に掲げた、あのネックレスである。


「これがしろみが扱う、八尺瓊勾玉お。どんなコスチュームにも瞬時で変身し、その力を自在に扱える神器だお」

「コスチュームに合わせた力……?? じゃ、じゃあ、その姿は何が出来るんだ……?」

「縦笛がふけるお」


 軽口を叩きつつアマリリスを吹き、群集かき分けその場を去る、白タイツロリババア。強引に連れだされた、剣脚候補の美脚モデル。

 その姿を車の中でゆうゆう眺めて笑うヒゲの中年男性は、ノンフレーム眼鏡の女秘書を一人、はべらせていた。

 ヒゲの男は笑って曰く。


「相変わらず食えない女だなァ、あの老師とやらは。だが――鏡に映すことは、成功したか?」

「はい。スケジュールに問題は御座いません」


 車内の後部座席に座るヒゲの男は、後の脚長町あしながまち町長、歯牙直哉我しが なおやが

 運転席で応えた秘書は、歯牙終しが ついである。

 そして助手席にいたのは、人間サイズではあるが人ではない。

 一枚の姿見である。

 これぞ『三種の神器』の最後のひとつ、歯牙直哉我が飛車しろみから奪いとった、八咫鏡だ。

 妖しげな光を放つその鏡面に映し出された薄黒のストッキングは、すうっと浮き上がって実体化。

 歯牙町長候補の力強い手に、しっかりと握られたではないか。


「天叢雲剣の複製に成功した……! 『脚本』通りに事を進めるとしよう!! ぐうーぬはははははあぁ……!」


 ストッキング。ネックレス。スタンドミラー。

 『三種の神器』が織りなす物語はこれより後、脚長町に集約していき、いよいよもって剣脚商売が開始されることとなるのである!

 次回、剣脚商売。

 黒スト、大地に立つ。

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