第15話 千脚万来の拍足喝采に送られながら

「延山さん……。あんたも、大変なのとぶち当たっちまったね」

「お前は……? 情報屋の!」


 激戦続く市庁舎内。

 わずかに残った警察戦力を率いつつ、自らも銃を片手に対決現場に踏み込もうかと、突撃ルートを探っていた延山篤郎のべやま あつろう

 そんな彼を呼び止めたのは、脚長町あしながまち総合公園にて銘菓ひよこ越しにタレコミを行った、あの革ジャンチンピラの情報屋だった。

 今や彼の服装は合皮の革ジャンではなく、着流しに変わっている。


「お前、まさか……。こんなところにいるってことは、昔の仕事に戻ったのか?」

「町長の計らいで、あんたとやりあうのだけは避けさせてもらいましたよ。だからって……延山さん。あんたがあのバケモノ全身タイツとやりあって、無事で済むとも思えませんがねぇ……」

「ふざけるなよなぁ……!? お前が町長の側につくなら、俺の敵になろうが、ならなかろうが、同じことだ! ここで排除する!」

「姐さん」

「はいよ、あンた」


 着流し男がひと声かけて、女がそれに応えると。

 どこからか暗がりで一閃の煌めきが放たれ、延山刑事の持つ銃が、銃声と硝煙を残して遥か遠くに跳ね飛ばされてしまった。

 痩せたスーツの刑事は、手首を押さえてうずくまるハメになる。


「痛っっ……てぇ!」

「銃を飛ばされて、その程度の痛みですよ。実際に体に食らっちゃあ、身が持ちませんや。……ねぇ、延山さん。負け戦はこの辺で、終わりにしやせんか」

「てめぇ……。どこに行く気だ!」

「あんたたちの戦いを終わらせるために……こことは別の戦場にでさぁ」


 目前の延山刑事の、武器エモノを弾いて無力化し。

 着流し男は番傘広げ、銃弾の雨あられの中、一人の女と相合傘で去っていく。


「行きやしょう、姐さん」

「ええ。一仕事終わらせて、そうしたら、また――」

「パート先でチーフの小言を聞く生活に、戻りやしょう……」

「ッ……! あンた……ッ!」


 とまあ、男と女の人生劇場については、この辺で脇に置くとして。

 主戦場での網タイ巨女と全身タイツサイボーグ、更には量産美脚一千名による、激戦の行方はどうなった?


 二人の剣脚と警官隊、援軍美脚一千人の到着により、この主戦場は、美脚ハザードムービー・イン・市庁舎といった様相を呈していた。

 網タイツハイヒール巨女・真壁蹴人まかべ けるんどは、かつての団地内での戦いと同じように、片脚をズアッと持ち上げ、標的めがけての振り下ろし体勢に入っている。

 長身美脚は天井に突き刺さるも、スローモーションでズルリとコンクリ切り裂いて、ゆうらり標的めがけて迫り来る。

 緩慢な動きであるが故に、真壁を買った少年である小木養蜂おぎ ようほうの視線は、脚を一切見放すことも無い。少年のかけた眼鏡に、網模様はクッキリと映し出されていた。

 真壁の伸びやかで限界を知らぬような脚は、この牛歩剣術、一撃必殺の蹴りを放つために、タイツ網の内に脚力を満たしていく。


「今ダ、ヤレ」


 銀色の全身タイツにその身を包んだサイボーグ女、丁阡号ていせんごうの号令に従い、網タイ真壁に無数の剣脚が襲いかかる。

 思い思いのコーディネートに身を包み、しかしその脚にはデニール低めのブラックシアータイツを全員着こなす、仮面の剣脚たち。足元オシャレトレンド右に習えの、量産型女子である。

 網タイツ巨女に襲いかかったその数は、ざっと三百三十三名。

 鋭き刀剣と同じ切れ味を持ったこの美脚によって、三百三十三度切り刻まれる、網タイツ巨女・真壁蹴人。

 一刀足りとも避けることはなく、全てをその身で受け止めたのは、回避や打ち合いに割く力すらも一切合切を美脚に注ぎ込み、振り上げたこの大太刀の破壊力をっちちに高めているからだ。


「大丈夫……? 鉄人?」

「……我慢するのは、慣れている」


 さすがの多勢に無勢に対し、小木少年がかけた心配の声も、どこ吹く風の巨女剣脚。

 そもそもである。特殊合金編み込みの真壁の網タイツは、生半可な攻撃であれば跳ね返してダメージを通すこともない、ガールズファッション鎖帷子くさりかたびらなのだ。

 更には彼女の長身を更に際立たせる、真っ赤なハイヒール。通常の剣脚では足首をグキッと言わせてしまいそうなこのヒールによって、真壁は驚異的な高位治癒ハイヒールを得ている。

 三百三十三度斬られた程度の傷など物ともせずに、スーパーアーマーで攻撃を続行する様子は、まさしく迫り来る壁。鉄人てつじん蹴人けるんどここに有りであった。

 しかしである。非情なる全身タイツサイボーグ・丁阡号の言葉により、この壁への信頼感は、もろくも崩れ去るのだ。


「第二隊、ヤレ」


 二度目の号令で飛びかかる、新たな三百三十三名の量産型黒スト女子。

 同じくこの攻撃を総身で受けきる、真壁蹴人。

 第二隊が斬りつける間に、戦場後方にてアキレス腱運動をして次なる刃として控えるは、第三隊の三百三十三名である。

 一方、既に攻撃を行った第一隊の三百三十三名は、市庁舎内の待合椅子に腰を掛け、先ほどの攻撃でタイツに寄ったシワを伸ばしフィット感を取り戻すなど、次斬じざんの準備に余念がない。


「第三隊、ヤレ」


 新たに振りかかる三百三十三名の美脚たち。

 その隙に第二隊は休足時間に入り、第一隊は次なる攻撃準備にとりかかる。

 そう、相手は千人という数の力を利用して、脚を伸ばす、脚を振るう、脚を休めるの一連の行動を、交代制により絶え間なく続けているのだ。

 賢明な諸氏は既に周知のことであろう。これはかつて、長篠の戦いで織田軍が行った鉄砲三段撃ちと同じ兵法ではないか!

 これでは真壁にも、深手を癒やし切るだけの回復の余裕が無い。


「こっちも数で押せぇ! 人の桁は足りてないが、俺らにやれることもあんだろぉ!」


 劣勢の網タイ剣脚を見て、延山刑事の指示が飛ぶ。

 あらゆるツテでかき集めた刑事仲間の生き残りが、わずかながらの銃弾撃ち込み、援護射撃を行うが。

 丁阡号が全身タイツの体で射線を遮るだけで、弾丸はたやすく割れ落ちてしまうのであった。


「くそっ……! 剣脚どもの戦いじゃあ、俺らには見守るぐらいしか出来ないってのかよ……?」

「ん? 延山胃下垂。お前、どこに行っていた」

「少し、旧知の友人とな……おしゃべりタイムだ。今日は茶菓子は出なかったけどよ」

「この非常時に、余裕があったもんだな」


 眉をひそめるハーフの男、水町みずまちゲロルシュタインは、剣脚同士の戦いで破壊されたゴミ箱の、ペットボトルを集めている。

 延山刑事は「こいつはこいつで余裕が有るな」と思ったが、それを話題に出すことはなかった。

 水町から先に、気になる情報がもたらされたからである。


「胃下垂刑事、お前に伝えたいことがあったのだ。これを見てくれ」

「なんだこりゃぁ……。発注書?」

「俺が商店会長の立場を利用して、脚長町商店街から集めていた情報だ。見ろ、調剤薬局のアシナガ・ドラッグ、ブーツ電機、ひかがみ金物商店。これらの店に歯牙直哉我しが なおやが町長から、大量の発注が来ている。しかもだ、これは金物屋に注文された品の、設計図だが……」

「そんな情報まで押さえてんのか。商店会長のネットワーク、すげえなぁ」

「どうだ、このデザイン? あの量産型がつけている仮面のデザインに似ていると思わんか」


 先程から黒スト三段斬りを真壁に浴びせ続けている、千人の美脚女子は、それぞれが目元を仮面で覆っている。

 彼女らのその装身具と、水町が見せた設計図は、相当に似通っていた。

 仮面から伸びた細く短い棒には、「此レニテ操縦電波ノ受信ヲ行フ」と図面に注釈が書かれている。


「確かに、同じデザインのようだな……。丁阡号のものとも似ているし、この一文も気になる。『操縦電波ノ受信ヲ行フ』だって……?」

「更にだ。常勝ちゃんの分析によれば、アシナガ・ドラッグから購入された薬品は、ある種の洗脳に用いられるものでもあるらしい」


 そこまで話を聞いて延山刑事には、ふと思い当たることがあった。

 先ほど出くわした元・革ジャンチンピラの情報屋から、ネタを買った、あの時――。


「そうか……そういえば、この決戦に赴く前、脚長町総合公園に立ち寄った時、町の美脚はほとんど姿をくらませていた……」

「やはりな。あの千名の量産型、恐らくは薬と機械で操られている、町の一般美脚たちなのだろう。よく見ればうちのカフェの常連として、見覚えのある女もいる」

「一般人を兵隊にするのかよ……! あんたの『脚本』はどこまで腐ってやがるんだ、歯牙町長めぇ……!」

「憤慨するのもわかるぞ、胃下垂。一般人相手では、官憲は手が出しにくいだろうからな……。よし、口に含め」


 そう言うなり水町が延山に手渡したのは、天然水入りのペットボトルである。

 既に水町はウォーターサーバー用の20リッターボトルをゴクリ、高みに向かって口中より噴出していた。


「濃霧による電波障害だ! これで洗脳を緩和する! やれ!!」

「お、おう」


 水吹き巨漢の隣のスーツの痩せ刑事、同じく水を含んで、ぷーと吹く。

 効果の程は保証しかねる。


「ソロソロ仕上ゲダ」


 不沈艦を四方八方切りつけ続けて、そろそろ息も上がってきた、量産型黒スト千名。

 彼女らの疲れを見て、「今が決め時」と脳内演算器が答えを出したか? 丁阡号はとどめの攻撃を加えようと、銀の肢体で自らも歩みを始めた。

 この全身タイツサイボーグが剣脚千名とともに攻撃に加わらなかったのは、何も手加減や脚加減をしていたからというわけではない。

 体のあらゆる部分で触れるものを無差別に斬りつけてしまう彼女が参戦すれば、ともに戦う量産型も、無傷ではすまないためだ。

 だが今こそ、決着をつけるに相応しき時。

 攻撃を全て受けてなおも片脚上げて立つ、弁慶の立ち往生が如き真壁蹴人は、傷まみれの血まみれのボロボロの死に体であったからだ。


「うぇええぇ……! もう、やだよぉ、鉄人ん……っ! 僕、見てられないよぉっ!!」


 泣き濡れて地に膝小僧をつくのは、小木養蜂である。

 自らが買った剣脚がこうも一方的になぶられるのを見るのは、この少年にとっても相当な苦痛であっただろう。


「……養……蜂」

「……っ! 鉄人、生きてるんだね? 生きてるんだ!!」

「……偽物に何度斬られても……。わたしは死なない」


 泣きっ面に笑みを取り戻す小木少年に対し、真壁蹴人は自身の健在ぶりを伝えてみせた。偽物などは、取るに足らぬと。

 この台詞にぴくりとタイツを震わせ反応したのは、丁阡号である。


「偽物ダト。量産型ヲ偽物ト言ッタノカ」

「……本物のあの脚に、以前わたしは寸断された……。だから、わかる……」

「カツテ月脚礼賛つきあし らいさんト、オ前ガ戦イ、敗北シタコトハ知ッテイル。量産型ノタイツハ、アノ月脚礼賛ト同ジ切レ味ニ、調整サレテイル」

「……月脚礼賛は……。そんなカミソリ程度の切れ味ではなかった……。まがい物のコピーに……何度斬られても……わたしは死なない……!」

「オ前ハ、一千人美脚ニヨル『千脚万来』ヲ、受ケ続ケテイルノダゾ。死ナナイナドト、強ガリハヨセ」


 無機質な声で告げる丁阡号の言葉には、感情こそ載っていなかったが、説得力はあった。

 何故ならこの網タイ巨女、着込んでいるボディコンワンピは既に斬撃で千切れて穴だらけ、穴から覗くのは無数の傷跡と漏れだす血。

 我らが主人公・月脚礼賛と戦った時よりも、傷つき方が一千倍は違うのだ。

 まさしく『千脚万来』、出血DIEダイサービスまっしぐらと言える。


「ねえ鉄人、生きてるならそれで充分だよ! 僕らは雇われただけなんだから、ここでやめちゃったっていいんだ……! 降参しよう? 今ならまだ」

「下がって……いろ……養蜂……。わたしは……金で買われた……商売女だ……!」


 色白眼鏡少年をキッと睨みつける、血塗れの網タイツ巨女。

 決死の迫力に小木養蜂がたじろいだ瞬間、「総員斬リツケロ」の号令に従って、千名のタイツ剣脚と、丁阡号自身が、一斉に真壁に襲いかかる。

 幾千もの切り傷の回復がハイヒールでも間に合わず、出血多量でふらつく真壁。

 だが、しかして! その振り上げ続けた、左脚!

 苦境の中にあって見つめに見つめられ、溜めに溜め込んだ、長くも長き、巨女の無抵抗が産んだ偉大なる左蹴りマハトマ・レフティー

 脚力は気迫とともに網タイツの鋼糸を一本二本とブチ破り、三百六十度回転蹴りにて、内包から解放に向かう。

 片足立ちにてぐうるりと回って放たれた蹴りは、衝撃で全てを蹴飛ばすビッグ・バン。

 更に続く大回転にて嵐が巻き起こり、轟々と市庁舎備品が巻き上げられていく。

 筆記具も事務用品も、住民票も床も柱も天井も、勿論この鉄人に戦いを挑んだ、一千一名の剣脚たちも。

 かくして、真壁は吠える。


「『一 網 打 刃』……!!」


 網タイツにより網目状に分散された脚力は、周囲の存在全てに逃げ場を与えず、包み込んで斬りかかる蜘蛛糸の剣。

 無双の太刀を前にして、量産型女子はなすすべなく切りつけられ、吹き飛んでいく。天井も崩れて吹き抜け構造となり三階につながったので、尚更に高々と舞い上がった。

 たった一度の反撃により、かくも黒スト伝線、伝線、伝線の雨アラレ。

 台風速報。史上最大級の大型台風・真壁蹴人の発生により、市庁舎内には局地的に、敗北した美脚が降り注ぐでしょう。

 目を見張るこの威力を前には、小木養蜂も無事ではすまない。攻撃に巻き込まれないように下がっていろとは言われたものの、脚の冷めない距離にはいるのだから、多少なりとも巻き添えは食うことになる。

 とはいえ彼は、剣脚を間近で見届けるべき購入者だ。買った女の戦いを見守る男だ。彼を決戦中に失う訳にはいかない。

 それを知っている男たちが、身を挺して小木少年をかばいにかかった。


「お、お兄ちゃんたち……?」

「みなまで言うな、少年! お前は自分の剣脚を見つめていろ! 俺には今、振るうべき剣脚はいない。お前を守るぐらいのことしか出来んのだ!」

「細っこい俺やデカいおっさんよりも、ちっこいガキのお前が見てたほうが強いんだとよ、あの姉ちゃんはなぁ……! 一秒でもいい、大事な脚を見つめてろぉ!」


 年長男性の強さを少年に魅せつける水町と延山は、鋼糸の斬撃を肉の盾として受け止めて、小木を救ったのだ。

 とはいえ耐えられたのは、せいぜい一撃ずつのみ。あまりの真壁の剣圧を前にして、結局は一人ずつ嵐に飲まれ飛ばされてしまった。

 唯一残された小木少年、男らの意思を継ぐかのように庁舎の床に必死で這いつくばり、戦いの行方を最後まで見届けようとする。

 そして、見た。少年は眼鏡越しに!


「台風ノ目ガ、アルナ」


 丁阡号は吹き飛ばされた量産剣脚を足掛かりに、嵐の中で体勢を整えた。足蹴にされた女子が空中で切り裂かれ、悲鳴が風にこだまする。

 銀色の全身タイツに包まれた身を縮こまらせて、狙い定めた一箇所向けて、落下攻撃が開始された。

 全身タイツに包まれた肢体の、どこをとっても凶器となる丁阡号による体当たり。想像するだに恐ろしい威力であろうことは必至。

 しかもこのサイボーグ、常識であれば体当たりにおいて身を丸めるべきところを、エビ反って自らの手で足を掴み、反り返りによる輪を形作ったのだ。

 脚も、腰も、股も、胸も、腕も、首も、腹も。銀のタイツに包まれた体を余すこと無く魅せつけるという、尋常な精神では到底実行不可能なポーズにて、宙を舞う。

 この姿勢で目指す落下地点は当然、強大な勢力で巻き上がる真壁台風の、網の目。長身美脚の回転蹴りの死角となる、その中心点だ。


「……来い……!」


 一方真壁は、一対多の戦いにおいて天下無双の攻撃であるこの『一網打刃』に、目となる部分の欠点が生じることなど、先刻承知。

 フィギュアスケーターの如き片足上げの回転は一層に鬼気迫り、まるで今度は、ハンマー投げの選手が遠心力で最大ポテンシャルを引き出そうとしているかのようだ。

 重傷を負ってすら千人の剣脚を跳ね飛ばした左の蹴りを、今度はたった一人の剣脚目掛けて、死力を尽くしてぶち当てるつもりでいる。

 落下する銀輪、カウンターを被せにかかる鋼の網、勝者は果たしてどちらなのか?

 ところが、どうして、さにあらずであった!


ッタ」


 舞い飛ぶ量産型の脚に再び当たることで、丁阡号が描く落下軌道は、またもや変更された。この衝突は事故ではない、故意である。最初からこの全身タイツサイボーグが狙う先は、真壁ではなかったのだ。

 台風の目とは違った位置を目掛け、人間チャクラムは落っこちていく。

 雌雄を決すると信じ込んでいた真壁蹴人、この想定外の動きに、反応が一瞬遅れた。

 丁阡号が狙っていたのは剣脚ではないのだ。その力を支える、女を買った男の方。

 無力な小木少年の方であったのだ。


「えっ。僕」

「……養蜂!!」


 とっさに姿勢を変えて真壁は、攻撃に使うはずであった自らの脚をぐいと真横に引き伸ばした。

 大股に地を駆けて、自慢の長身美脚を最大限まで延長せよと、跳び出し差し出し飛躍する。

 かくして宙から斬りつける銀輪の丁阡号と、巨女の鋼の網タイツは、ぎゃりんぎゃりんと大音量にてぶつかり合った。

 これは戦いとしてのぶつかり合いではない。攻め手による、庇い手への、一方的な蹂躙である。

 脚がぶつかる火花の向こうでかろうじて守られた小木少年も、無事では済まない。直撃は免れたとはいえ、真壁の脚越しに受けた丁阡号の衝撃で、柱にしたたか頭をぶつけて倒れ伏した。

 眼鏡が割れ、視界が歪む。

 それでも小木養蜂は、自らを守ってくれた真壁の脚を間近で見つめ、安堵の声をぽつりと漏らすのだった。


「あ……ありがとう、鉄……人……」

「……養蜂……大丈夫か……?」


 小さな頭をコクリと振って、健在ぶりをアピールする小木少年。

 自慢の壁がもたらした、慈愛に満ちたこの脚の、破れた網目すらも愛おしそうに。小木養蜂は頬を擦りつけた。自らの額から流れた血が、真壁の血と混じり合う。

 傷だらけの剣脚の脚。だが、彼が求めていたあたたかみが、この商売女の脚にはあるのだ。


「養蜂の、傷が浅いなら……一安心だ」

「ね……え……。鉄……人……?」

「……何だ。……養蜂」

「僕……キミのこの脚……。好……き……だよ……」

「……そうか」


 ――小さき身には収まりきらぬようなおおきな愛で、小木養蜂は真壁蹴人のながき脚を包み込み、気を失った。

 満足そうに網タイツ脚を抱きしめ眠る、小木少年。

 彼は、気づかなかった。気づかなくて、良かったのだ。

 自分が抱いている脚が、真壁蹴人から既に引きちぎれた、左脚であるということを。

 今の激突で、無残にも根本から切り取られた、真壁の左脚であるということを。


 片足立ちにてそれでもまだ、戦いの意志をその瞳から消すこと無く、真壁蹴人は全身タイツサイボーグの前に対峙する。丁阡号と小木養蜂の間に割って入り、壁は未だに、力強く立ちふさがっている。

 足元には、脱げて砕けた赤いハイヒールが転がっていた。


「養蜂に……手を出すな。……ルール違反だ……」

「刀デ傷ツケテシマエバ、ルール違反ダ。ダガ、オ前ハ必ズ、守リニ来ルダロウト踏ンデイタ。刀デ傷ツイタノデナケレバ、ルール違反デハナイ」

「……丁阡号。お前は……わたしが、倒す……。倒さなくては、ならない……!」

「終ワリダ」


 丁阡号の足刀が、真壁蹴人の胸元を貫いた。

 無敵の壁はついに、残った右脚で立つことすらかなわず、仰向けにズシリと倒れて動かなくなってしまう。

 その体に見合った大きな血だまりに沈む、一本脚の女――。

 『死亡』。勝負は決した。

 警察側の総力戦は、丁阡号の勝利によって幕を閉じたのである。

 全身タイツの人造美獣モンスターに、彼らの刃は、届かなかった。

 次回、剣脚商売。

 対戦者、無し。

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