第14話 全身タイツは非情のライセンス
銃弾が狙う先は、たった一人の武装勢力。
全身を銀色のタイツで覆い、目元を仮面で隠した女である。
身体のラインを余すこと無く見せつける、全身タイツのこの女。
布地一枚ピタリと覆った脚は刀になるというのに、ではこれほどまでに頭の
命中した銃弾は全身タイツに当たる端から、たちどころに割れ、切れ、裂け、バラバラと散り落ちるは、自明の理であった。
まさしく全身凶器と言える、不気味に輝く
この者、名を、『
「ワタシノ名ハ、丁阡号。反抗勢力ニ告グ。無駄ナ抵抗ヲ止メ、直チニ投降セヨ。繰リ返ス。無駄ナ抵抗ヲ止メ、直チニ投降セヨ」
投降を呼びかけるこの全身タイツ、口から漏れるはボカロが如き、合成音声丸出しボイスであった。彼女が人の身ではないということを現す、証左でもある。
賢明な諸氏には周知の思考実験であろう。『纏った際に最も強い装いとは何なのか?』。この議論で真っ先に槍玉に上がるのは、全身タイツである。
事実、今ここで警官隊の前に立ちふさがる丁阡号、銃弾も警棒も手足をすっとかざすだけで、触れると同時に切り落としてしまう。銀に輝く全身タイツのどこに当たっても、結果は同じだ。
ゆらりと進む足取りすら庁舎のタイルに割れ目を生じさせ、銀色の脚も、腰も、胸も、手も、取り付く島無く無差別に攻撃をする。
丁阡号の名に恥じぬ、千人力の剣脚であると言えよう。
「投降ノ意思ナクバ、ヤハリ殲滅ダ」
相変わらず抵抗を続ける警官隊に対して、業を煮やした丁阡号は、ザスザスと地に足を刺しながら駆け始めた。
脚を伸ばし、腰を捻り、胸を見せつけ、手で掴み、目につくターゲットを全て破壊にかかる。
銃器が吹き飛び盾が寸断し、警官隊の血肉も弾け、市庁舎受付や観葉植物や缶ビンペットのゴミ箱までも、悲鳴の中で混ぜこぜに戦場に舞う。
どこをとっても切れ味鋭き人造人間・丁阡号。これほど美しきシュレッダーが、かつてあっただろうか?
斯様な破壊力を持つ全身タイツだ。脚を彩る装備の中で最強候補に上がるのも、うなずけるというもの。
では何故、剣脚たちは誰もこの強力無比な全身タイツを着ることがないのかといえば、それは身体をあまねく覆う吸着・圧迫感の中で戦うことに、人体が耐えられないからだと言われている。
肌の露出を一切無くしたにもかかわらず、一糸まとわぬ丸裸を晒すが如き、ボディラインの露出。常人が行えば精神崩壊に陥ることは想像に難くない。
心のなき全身タイツサイボーグ・丁阡号にのみ許された、背水のファッションなのである。
「ハァ、剣脚と戦争をおっぱじめるつもりで突入したはいいけどよ。あんな怪物は……想定外だぜ」
柱の裏に隠れて全身タイツの様子を見つつ、ぼやいているのは、刑事の
ニックネームにて胃下垂と呼ばれるこの男、痩せた胃中を痛めながら考案した作戦は、ざっくり説明するならこういうものだった。
脚長町を足掛かりに勢力を伸ばし続ける、
突入のタイミングについては、特に注意を払った。町長夫妻にその切っ先が届き得る実力を持つ、ショーパン薄黒ストの剣脚が眠りから醒め、動き始めるのを待ったのだ。
前話までにご紹介した通り、
町長お抱えの並み居る『
まさか自分の対戦相手に、こんな隠し玉が充てられるとは思いもしなかったわけだが。
「まさかあんな、ギンギラのサイボーグ姉ちゃんが出てくるとは思わんよなあぁ……」
「確かにな。町内会の物流や経済をつぶさに見たところ、町長が戦争の準備を始めているところまではわかりはしたが……。よもやサイボーグのお出ましなどとは」
「空から降ってきたお前みたいなのと手を組むことになったのも、かなり想定外だけどな……」
細身の延山刑事の隣にすっくと立つ、胸板厚いロン毛の大男。
この者が何者かといえば、そう、
パートナーの黒タイツ眼鏡女子高生の暴走により、ホールから場外ホームランを受けて戦線離脱したかに思えたこの男、実は警察勢力との合流こそが真の目的であった。
黒タイツブラックホールを利用したワープで、庁舎内を移動。吹き飛ばされたショックは、落下時のペットボトルクッションで強引にねじ伏せて着地。全身打撲を受けながらも、ショートカットを成功させたのだ。
そして、脚長町の商店会長という立場を利用して得た情報を、延山刑事にリークすることで、一応の信頼を得て今に至っている。
「まあ水町、なんにせよ……だ。脚どころか体中が武器になった、あんなバケモノ相手じゃ、少しでも戦力は欲しいからな。敵の敵は味方ってわけだ。よろしく頼むぜ」
「ああ、胃下垂。微力ながら手助けしよう。今こちらも、武装を整えているところだ」
「……なんだそれ? ロケットランチャーみたいな形だな?」
「ペットボトルロケットだ!」
自信満々に水町が撃ち出したリッターボトルは、仁王立ちする丁阡号の腹部、へその凹みに触れただけで、シャボン玉のようにはじけ飛んだ。
銃が効かないんだから当たり前である。
「何ッ!? ペットボトルロケットが微塵も効かないだとッ!?」
「バカかお前! ハァ……成り行きとはいえ、おかしな仲間ばっかり増えちまったもんだぜ」
頭を抱える延山刑事、恵まれない仲間に落胆中かと思えたが。
丁阡号の背後に現る影を認めた途端、顔を上げて水町とハイタッチである。
水町のくだらぬ攻撃と水しぶき、これは丁阡号の気を逸らすための、囮の一発であった。
その隙に全身タイツサイボーグの後ろに回りこんでいた、延山刑事のもう一人のおかしな仲間が、標的を射程内に捉えたのである。即席のチームプレイが、見事成功したわけだ。
丁阡号の首に巻き付いてくるのは、長い長い長い脚。通常の剣脚では考えられないほどのリーチを誇る脚の長さだ。
真っ赤なハイヒールは、これから起こる鮮血の一戦を予感させる。
ボディコンシャスなワンピースから、にょっきり生えたその永き脚、覆う布地は特殊強化合金編み・網タイツ。
延山刑事は、脚長町総合病院にて部下の見舞いに行くうちに、この剣脚と知り合い、戦力として雇い入れることに成功したのであった。
「そうだ、やれ! 鉄人!」
いつのまにやら戦場に姿を表していた、短パン眼鏡の色白少年、
指示を飛ばしている対象は、もちろん小木少年の買った剣脚。網タイツハイヒール巨女、
真壁は丁阡号の首元に後ろから襲いかかり、その網タイの脚で絡めとって引き倒し、巨女力を載せた重みで、床にしたたか叩きつけた。
巨女力。真壁以外にはあまり持つものがいない特殊なファクターである。詳細はよくわかっていない。
さておき、剣脚にとって自らの脚は刀ではあるが、それ以外は生身の人間と変わらない。如何なる歴戦の
首も肩も腕すらも、全て斬り落とさんばかりの
動作は緩慢、しかしこの巨女、圧倒的な巨女力がある!
「やったか? ねえ、鉄人! やった?」
「……いや。まだだ、養蜂。終わっていない……」
美脚絞首刑とも言える斬首の不意打ちを受けてなお、丁阡号は傷を負っていなかった。
それもそのはず、この全身タイツサイボーグが首元への攻撃を全く警戒していなかった理由は、ズバリ言うならば。
彼女が全身タイツサイボーグだからである。
全身タイツサイボーグ。覆い尽くされた身は全てが刀。
銀色タイツに覆われた首筋やデコルテのラインすら、艶めかしい切れ味を誇り、女性特有の冷え性も首筋の温めによって緩和している。
すなわち、これほどの攻撃を受けてすら、首が切り落とされることもない!
それどころか、ギリギリと締め付ける網タイツの両脚に対し、
真壁蹴人の腿をこのまま、強引に引き裂こうと言うのである。
「鉄人、危ないよ、離れて! 脚が血まみれだよ!」
「……気にするな、養蜂。傷は……治る」
網タイツハイヒール巨女の真壁蹴人、トレードマークの真っ赤なヒールが生み出す
とはいえ相手は全身凶器だ、武装は手や腕や指だけではない。丁阡号は首元を締められたまま、本来の武器であるところの脚を使って真壁を蹴り上げ、その拘束を強引に外しにかかる。
銀色のタイツに覆われた丁阡号のにゅるんとした動作は、さながら流体金属か。
この柔軟な蹴りにより、土手っ腹に一撃をもらった真壁。血潮とともに吹き飛んで、「市政だより」の掲げられた掲示板にぶち当たった。
カレンダーの平日が全て、祝祭日の朱に染まる。
「鉄人、お腹に……穴が!! 血まみれだよ!! さっきよりも!!」
「……気にするな、養蜂。傷は……治る」
先刻と同じようなやり取りをしているが、今度の傷は致命傷のように見えた。網タイ巨女の腹の穴は、下手をすると向こう側が見えそうなほどの、風穴だったからだ。
だが、しかして。真壁蹴人はその長い脚の踵を、傷ついた自らの腹に、ぶすりと突き刺したではないか。
片足立ちによるフラミンゴのような状態での、剣脚自害にも見える、この様相。
「
全身に行き渡っていたヒール(踵)による治癒力を、一点特化に集中することにより傷の回復を更に早める、このピンスポットヒール。
欠損していた血肉すら塞がる脅威の再生ぶりに、医療専門家はざわめきたったという。
「すごいや鉄人! 新開発のハイヒールがこんなに役に立つなんて! その調子で、サイボーグのお姉ちゃんもやっつけちゃえ!」
「……わかった」
「ねえねえ、サイボーグのお姉ちゃん? 降参するなら今のうちだよ? 僕の鉄人は、パパとママの力を得て、更に強力になったんだからね!」
小木養蜂、自らの剣脚の健脚ぶりを見て、先ほどの心配そうな顔はどこへやらの、鼻高々である。少年らしくて、いささかかわいい。熱気で眼鏡も曇っている。
それもそのはず、毎晩帰りも遅く団地住まいの小木少年を寂しくさせていた小木両親は、実は研究開発者だったのだ。
父や母が開発した特殊合金や試作装備を組み合わせ、小木少年の知性をつめ込み完成したのが、真壁蹴人のハイヒールであり網タイツなのだ。
親子の絆と商売女の総力の結晶こそが、真壁蹴人なのである。
「オ前ノ両親……。小木研究員ダナ?」
「えっ? ぼ、僕のパパやママを知ってるの? 銀色のお姉ちゃん……?」
「知ッテイルモ何モ、ソノタイツノ研究成果、ソノハイヒールノ研究成果、ソレラ様々ナ研究成果ニヨリ、生マレタノガ……ワタシダ」
「パッ、パパとママが!? キミを産んだの!??」
淡々と機械的に告げる、丁阡号。
既に身も心も機械の彼女である、言っていることは嘘ではないであろう。
そう、小木パパと小木ママの二人の研究員の成果を寄せ集め、歯牙町長が町会資金を投入した産物こそが、この丁阡号なのだ。
期せずしての異母兄弟、姉妹品とは驚きであった。
「ワタシハ、小木研究員ニヨル完成形ノ、ヒトツダ。ソシテ他ニモ……研究成果デ生ミ出サレタ物ガアル」
市庁舎内のエレベーターが、警官隊や剣脚たちの決戦場である二階で止まり、チーンと音を立てて開いた。
ぞろりぞろりと現れたのはショートパンツに薄黒スト、ミニスカに薄黒スト、学校制服に薄黒スト、タイトスカートに薄黒スト、チャイナドレスに薄黒スト、その他あらゆるシーンに対応可能なファッション名鑑・ウィズ・ブラックシアータイツ。
まるで我らが主人公・月脚礼賛の在庫一掃バーゲンセールかという程の、一大美脚女子軍団。全てが丁阡号と同じく、目元に仮面をつけている。
その数合わせて、一千名。
「月脚礼賛ノ、量産型ダ」
「……そうか。丁阡号+剣脚千人……。合わせて二千人力を……まとめて相手にすることになるな……」
「むっ……無理だよ鉄人……! こんなの勝てるわけないよ、逃げて!」
「……いや、養蜂。こいつは……わたしが倒す」
「コノ戦力差デ勝ツ気ダト? イイダロウ、真壁蹴人。オ前ヲマズ殲滅スル」
丁阡号の合図とともに戦闘準備にとりかかる、左右合わせて二千本の薄黒スト脚。
対する真壁蹴人は、高々と左脚を上げ、巨女の大太刀に力を蓄え始めた。
次回、剣脚商売。
対戦者、月脚礼賛量産型・一千人。
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