第13話 「二人三脚の要領ですわ」(後脚)
「ひいっ……? やだ、離してぇ!」
今まで無数のサークルを破壊してきた、ニーソサークルクラッシャー
普段男に向けている、媚び媚びのキャピキャピボイス、どこ吹く風である。
デニールの闇から引き抜いた夢藤の右脚には、既に縞ニーソの姿はない。代わりに蠢く影によって覆い尽くされていた。
さながら蟲に食われるかのように、もぞりもぞりと黒き繊維が絶対領域までをも蝕む。
「やっ、やばっ、やばいよぉこいつ! ねぇ光田、タイツ狩りぃ!」
「え? お前のほうから誘ってくるルールじゃないっしょ、それ?」
「そんなこと言ってる場合じゃないぃ! やだ怖いよぉ~!」
「マジで? まあ夢藤が言うならいっかあ……。礼賛も動けないし、今のうちに決着つけちゃうっしょ!」
ヌルヌルの脚で床をツーっと滑り、ナマ脚黒ギャル
ついでにエスニックな壺の画像を「アロマはじめたし(*゜∀゜)」のつぶやきと共にSNSにアップ、イイネを稼いでプラスの女子ネットパワーも充填する。
片や夢藤狭軌は、付着した黒タイツの闇を払いのけつつ、急ぎライブチャットで追加のマイナス女子力を高めている。
現状の黒ずんだ脚の画像をサークル内に送信するだけで、「どうした?」「大丈夫?」「夢藤さんは悪くないよ」「俺だけは味方だから」の定形サポートは、24時間対応にて即時返ってくるシステムなのだ。
「お、おい! 礼賛! あいつらまた必殺技の構えだぞ? 忍者の姉ちゃんもおかしなままだし、早くどうにかしないと!」
「それは……わかっているんだが!」
抜けだそうと右足を出せばそれがまた床に刺さり、左足を抜いて一歩進めばまた刺さる。まるで底なし沼に囚われたかのように、ろくすっぽ身動きが出来ないのだ。
鼻高々に礼賛へ向けてダブルピースをかます光田イクミは、自らの仕掛けた罠にご満悦であった。
「アタシのオイルが滲みたその薄黒スト、エロさが、ぱねぇ! アンタの脚、エロさageすぎーの、見つめられすぎーの、切れ味高まりすぎーので、歩く端から床に刺さっちゃって、立ってられないんじゃん?」
「くっ……! まさかゴーマルの眼力アップがこんな形で仇になるとは。お前の存外なマニアックさはわかっていたつもりだったが、こうも脚を見る目が変わるか……!」
「マッ、マニアックとかじゃねえってば! オレはふつーに注目してるだけであってだな、礼賛?」
「そのコだけじゃないし! アタシがついでにアンタのエロ脚をライブ中継してるから、そっちの注目もあるっしょ? 礼賛、アンタのテカテカ黒ストにも、女子ネットパワー集まってんじゃない?」
「なるほど……。バカっぽく見えて結構抜け目ないな、光田イクミ。ギャルの汁にこんな付随効果があるとは想定外だったぞ」
「汁って言うなし! それはアタシの特製オイル!」
「話はいいから光田ぁ、こっちの真っ黒いのヤバイってぇ!」
「あ、忘れてたし」
冥府魔道に引きずり込もうかという黒い渦の中心に、黒タイツ眼鏡女子高生、
災厄を撒き散らすパンドラの匣のように、化繊の暗黒を辺り構わず撒き散らし、光を貪欲に飲み込む。
膨大な力と引き換えに、既に常勝は我を失っているようにも見えた。兵糧として懐に忍ばせていたオイカド印の自社食品を、欲に任せて片っ端から貪っている。
「カツ! カツ! カツ! カツカツカツカツカツゥウ!!」
食しているのはビッグカツ系統のニセカツ駄菓子ばかりであり、勝利の縁起をかつぐ程度の理性が、彼女に残っている可能性はあった。
このニセカツこそが、黒きパンドラの匣の中の僅かな希望であると言えるかもしれない。
「マジぱねぇんだけどこのコ。でも、アタシと夢藤のクロスト・ボンバーなら行けるっしょ」
「黒スト・ボンバー?」
光田イクミの言葉を聞き、ふとした疑問を果轟丸は口にした。
客席で戦いを見つめる少年に対し、本日三度目のダブルピースを見せつけ、イクミは語る。
ついでにサンダル足を持ち上げての
「そうっしょ。聞き間違いされてくうちにそっちが定着したけど、ホントはロスト・ボンバーって、黒スト・ボンバーだし。月脚礼賛の“それ”を狩るために作った技だし? だから黒タイツのJKにも、マジ通じるはずだし」
「礼賛のストッキングを……狩るため? なんでそんなに狙われるんだ、“これ”が……?」
少年が疑問を全て解消している時間はなかった。既にヘル・レッグケルズの正負の女子力は高まりをピークとし、必殺技を行使する段階に入っていたのだから。
またその時、月脚礼賛は自らの薄黒ストに伝わる、微細な違和感について思いを馳せていた。
オイルに濡れた脚では進めぬ。しかしこの脚に受ける感触は、ぬめりの不快さだけではない。
エステで低周波マッサージを受けていた時を思い出す、美脚に伝わる小さな振動……。もしやこれは?
礼賛は推論に基づき、ひとつの賭けに出た。
腕を用いて両脚を床から抜き取って逆立ちとなり、ヘル・レッグケルズが放つものとは違うもう一つの引力に、自らの身体を委ねたのである。
「わたしの脚は、この履物は、何度も女子ネットパワーに引きつけられている。つまりは戦いのうちに、“この脚にも磁力が宿っている”ということだ。そしてわたしにプラスの女子力があるとするならば、プラスとマイナスは惹かれ合う。この場における最大の負の力……それは、お前のはずだろう!」
礼賛が脚を向けた方向は、黒き塊と化した黒タイツ眼鏡女子高生、負門常勝の方向であった。
さながらブラックホールに飲まれる流星の如く、月脚礼賛はテカったスト脚で宙を舞い、闇の中へ吸い込まれていく。
「負門常勝! わたしの声が聞こえるか! いいか、まだ勝負は終わっていないぞ!」
「……ヨシ……ナニ……?」
「一瞬でいい、正気に戻って、脚を振るってみろ!」
そのやり取りを耳にして驚いたのは、光田イクミだ。
「え? ここまで来てそうは行かないっしょ? とっととタイツ狩りするし! 行くぞ夢藤! 女子ネットパワー、プラス!!」
「オッケー光田ぁ~。二人が一箇所にまとまってくれるなら、いっぺんに倒しちゃえるもんねぇ? 女子ネットパワー、マイナス!!」
「くらえ! クロスト・ボンバーッッ!!」
ナマ脚とニーソの女子二名によるダブルレッグラリアートで挟み込み、犠牲者の履物を跳ね飛ばして奪い取る、脅威の必殺技黒スト・ボンバーが、今まさに放たれる。
黒タイツの闇に飲まれた負門常勝一人が標的のはずだったが、ここに月脚礼賛も飛び込んできたのをチャンスと見て、二人同時にタイツ狩りをしてしまおうと言う算段だ。
光田イクミのオイルナマ脚は光りに包まれ、夢藤狭軌の縞ニーソは錯覚で空間を歪ませた。絶後のクロスト・ボンバーが、ここに誕生しようとしていた。
だが……しかして。
左右からニーソとナマ脚が飛びかかったその時、常勝が産んだ闇の中では、磁力を付与された礼賛のストッキングが奇跡を起こしていた。
薄き黒ストと濃き黒スト、このふたつがガッチリぶつかり合い、ぴたりとくっついたのである。
一方が動けばもう一方も共に動く、一蓮托生の二本の
さながらその姿、二人三脚の要領である!
「いいか、常勝。わたしに合わせて脚を振るえ」
「ヨシナァニイィイイイ……!?」
「一太刀でいい、合わせろ。わかるか? そう、お前が――勝ちたければ、だ!」
「……! よしなに!」
光を飲み込む闇の中においてなお、轟丸少年の鍛え上げた視力は、四人の剣脚の戦いの顛末を見た。
襲いかかるヘル・レッグケルズの最大必殺技、ロスト・ボンバーことクロスト・ボンバー。
この技が迫り来るコンマ数秒の世界の中で、我らが月脚礼賛は。
望外の切れ味の鋭さが故に、立つことすらままならなかったが、負門常勝と脚をつなぐことによって、再び立脚を可能とし。
意識朦朧の女子高生に背中合わせに負われ、指示を飛ばし、くっつきあった脚を共に振るう。
硬度、鋭度、美度、艶度、全てにおいて相乗効果を持ち合わせた、濃淡二色の合わせ技。
月脚流剣術の秘奥義が、今ここに誕生した。
二人の剣脚が創り出した剣技、その名も『
重なった四者四様の脚。苛烈に過ぎる剣戟は、夜闇に垣間見える月の如く、打ち合い妖しく輝いた。
光と音と女子力と、何より美脚がぶつかり合って、彼女たちは共に弾かれ四散したのである。
「きゃあっ!」
「うおっ!」
「ぐうっ……? 技の勢いが強すぎて、常勝から吹き飛ばされたか……。しかし今の必殺技対決、間違いなく手応えはあった。いや、脚応えも脛応えもあったぞ……!」
立ち上がって周囲を見渡す月脚礼賛。
そう、彼女は無事に立ち上がり、ショーパンから伸びる脚を、再び衆目にさらしている。脚に絡みついていたオイルは既に、タイツ自身の撥水加工の力もあって、跳ね除けられていた。
それどころか磁力も感じない。プラスの女子力もマイナスの女子力も、『
ステージに倒れ伏す傷だらけのナマ脚黒ギャルも、入念なシャワーでも浴びたかのようにさっぱりオイルが消え失せ、テッカテカさは微塵もなかった。
黒ギャルの隣に横たわるニーソサークルクラッシャーに至っては、脚を打ち合った衝撃でニーソが消し飛び、跡形も無い。ただのサークラである。
『K.O.』! 勝負は決した!
月脚礼賛は負門常勝と共闘し、ヘル・レッグケルズに完全勝利したのである。
「――どうした?」
「大丈夫?」
「夢藤さんは悪くないよ」
「俺だけは味方だから」
ああ、勝負は決した。にもかかわらず。
男たちの声の円環は、止むことはなかった。
妄執にも似たサークル仲間の後押しを受け、注目による回復を得て傷を癒やし始め、新たなニーソを履く女、夢藤狭軌。
回復とともに行う画像アップ速度はかつて無いほどのものであり、連投制限に引っかかるほどであった。それで集まるマイナスの女子力も、今までの倍以上と言える。
「いくら傷を、負わせてもぉ……。わたしたちにネットパワーがある限り、いくらでも復活して再戦はできるんですよねぇ~……」
「やめとけって。あ、月脚礼賛? アタシらマジ降参だし。もう戦わないんで」
「え?」
やる気満々で第三ラウンドに突入しようとした夢藤を止めたのは、隣でぶっ倒れている光田であった。
『ギブアップ』! 勝負は決した!
「な、なんでなんで光田? なんで勝手にギブアップしたの? まだイケるってぇ!」
「だってあんな必殺技とぶつかったら、アタシら勝てないっしょ。ヤベーし」
「わかんないでしょぉ? ううん、今度こそ負けるわけ無いよ! クロスト・ボンバーはわたしたちのとっておきの必殺技だよ? もともと黒スト狩りの技だよ? もう一回やったら絶対勝てるってばぁ!」
「んー。こんなボロボロのアタシらじゃ、勝てなくね……?」
「なに弱気になってんのよぉ!? らしくないよ光田ぁ! そんな傷なんかネットパワーでいくらでも回復できるじゃない!」
「そりゃ、万全だったらイケるけど。これ見たら無理っしょ」
黒ギャル光田が示したのは、夢藤が先ほどアップした、傷ついた自身の脚画像だ。
怪我の具合と脚のラインについて、心配と賞賛のコメントが既にいくつも付けられている。
「これ、ちょっと画像ブレてんじゃん? 夢藤の手、震えてるし」
「えっ……。わ、わたし、震えてるぅ……?」
指摘されて初めて気づいた様子の夢藤狭軌はガタガタと震え、なんとも言えない感情のもとに、顎にシワを寄せた。
普段は人前では見せないようにしている、自撮り修正でも真っ先に消しにかかるシワである。
「夢藤、自分でも気づいてなかったんだ? 震えてっとかさ、そんな心が折れたままじゃ女子力ニブるっしょ」
「え~……。もぅ~……! なにもう光田ぁ~……!」
「ぜってーやめといたほうがいいって。このまま再戦したって、アタシも夢藤が気になって全力ブチ込めないし? 夢藤にケガさせたらヤベーじゃん」
「……うぅう~……! バカじゃん! 戦ってるんだからケガなんかですまないの! 切られたら死んじゃうんだよ?」
「ハァ? 夢藤が死ぬわけねーし! アタシが死ぬ気で守るっつーの」
「何も履いてないくせにどうやって守るのぉ! さっきのぶつかり合いの時も、わたしが絶対領域で守ってあげなかったら大変なことになってたんだよ? バカ! 光田バカ! バカギャル!」
単純な罵倒の言葉で相棒を口汚く罵りつつ、ニーソ女は泣いた。へたり込んでわんわんと泣いた。
それを見て何かホッとしたのか、ギャルも泣いた。
何故だろう。涙と鼻水と血にまみれた二人の女子は、汚らしくは見えなかった。
「んもぉ~……。わたしも気づかないような震えをさぁ、なんで光田がわかるわけぇ……?」
「当たり前っしょ。アタシがどんだけアンタのこと見てっと思ってんの?」
「やだもう、やだぁ……なんかもう、何……?」
「何? ウケる」
「もう~……ウケるとかじゃなしにぃ……。どっと疲れたんですけどぉ~……」
「アタシも疲れたし。休んだら……いいっしょ」
「光田さぁ。血まみれだよぉ……。こういうのさぁ……綺麗だよねぇ……」
「頭やっべーし、夢藤コイツ……だいたい自分も、傷だらけっしょ……?」
笑い、泣き、手を取り合って女子二人は、共に目を閉じ横たわった。
強者ヘル・レッグケルズ。激戦の末——ここに眠る。
そんな彼女らの上に、ステージの幕をふわりとかけてやったのは、月脚礼賛と、果轟丸少年だ。
「なるほど、な……。ネットの注目に頼った、矛と盾の二人組かと思ったが。ヘル・レッグケルズの強さの秘密は、互いが互いのことを誰よりも見ていたことに、あったわけか……」
「オレ、見たぜ。『
「オイルでエロいだの、ミニスカパンツが見えそうだの、脚で勝負せず小手先の技ばかりに頼るから説教してやろうかと思っていたんだがな。……この二人の戦いに、わたしが入り込む余地はなさそうだ」
「まあとにかくさ、なんとか激戦はくぐり抜けたな、礼賛!」
「ああ。こいつらとの戦いは、これにて幕引きというわけだ。しかし、残る問題は……」
剣脚四人の脚力を載せた必殺技のぶつかり合いは、正負の女子力や磁力をあらかた吹き飛ばすには、充分であった。
戦いには勝った。勝ったのだが。
勝利の美酒を飲み干したことで、渇望がいや増してしまった存在がいる。
負門常勝。この眼鏡女子高生はとうとう、
「お前がいなければ勝てなかっただろう。お前のおかげで勝てたんだ。となれば常勝、このままお前を放って置くわけにも……いかないな」
「ヲ……ヲシ……ナ……ニ……」
黒タイツが凝縮と拡散を繰り返した末に生まれた地獄の門。負の結晶がごとき、この
妖刀に命飲まれた剣脚を、果たしてどう救いだしたものであろうか。
夜の帳にも似た黒タイツ女子高生の脚は、ホール全体を真っ暗闇に包み込み、礼賛の脚にまでべったりとまとわりついた。
一方その頃、銃声が響き、硝煙が漂う中、無数の兵が立ち働く戦場では!
「なんだぁ、ありゃあ……? こんなの、俺らでなんとかなんのかよ……?」
真っ赤なヒールを横目にしつつ、ひとりごちるスーツの男。痩せた腹をかきむしり、タバコに火をつけようとしているが、その手元もおぼつかない。
何故ならば。彼ら警官隊の前に立ちふさがる、恐るべき化け物を見て、まったくもって気が気でないからである。
決戦場に現れた異形のモンスターは、デニールの闇に堕ちた負門常勝だけではなかったのだ。
さて、別種の怪物と警官隊が戦う、ここは一体どこか?
ここは、ヘル・レッグケルズとの戦いに決着をつけた月脚礼賛らがいるのと同じ、市庁舎内の一角である。広き庁舎内の別戦場だ。
警官隊らが戦う怪物とは、一体何者か?
それは、脚も腰も手指の先も全てをぴたりと銀の布で覆い尽くした、仮面の女だ。並み居る全てを全身全霊で切り捨てつつ、機械的な物言いで彼女は言い放つ。
「ターゲット、確認。殲滅ヲ開始スル」
次回、剣脚商売。
対戦者、全身タイツサイボーグ。
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