第8話 足の甲より年の功

「しろみさんや。まずはここから離れよう。怪我人もおるしの」


 歯牙しが町長の後方から杖を伸ばして割り込む老人は、言うや否や杖を分解・展開し、病院前のコンクリ階段にざくりと突き刺した。

 流れるような動きで杖の上部にカメラを設置したことで、その杖が実は三脚であったことが、白日のもとに晒される。

 いや、“白日のもとに晒される”とは、これより起きた別の出来事の方を、指すべき言葉なのかもしれなかった。


「どーやら最近はレギンスなんて、ちゅーとはんぱな物を履いて、ちゅーとはんぱな技を魅せてる子がいるって、聞いてるお?」

「真剣の輝きを知らぬ世代なのかのう」


 乱入者達のそうした会話が終わるかどうかの、その刹那。

 ロリナースの棒きれが如き脚にまとわれた白タイツに、老人が向けたカメラのストロボが、激しく焚き付けられる。

 写った白脚は自らも光を発し、ダブル重ねの相乗効果にて、目も眩む目映い結界をその場に一瞬で――いや、瞬きの隙すら与えず――現出させたのだ。

 賢明な諸氏には既に周知のことであろう。

 注目が起こす大いなる光、それはかつてレギンスの剣脚である雑魚場ざこばレギンが使ったのと、同じ技であった!


「これぞ『脚光きゃっこう』!!」

「ぐうぬはっ……!??」


 光にやられて叫ぶ町長、慌てて脚を振りかぶるガーターストッキング秘書。更には、血だまりに倒れる月脚礼賛つきあし らいさんや、立ちすくむ果轟丸はて ごうまる

 白タイツが巻き起こした白く無垢なる『脚光きゃっこう』は、こうした動くものも動かざるものも、その場にいるもの全てを包むドーム状の光球と化し、視界を見る見る奪い尽くしていく。

 全てが等しく白に染まるさまは、まるで雪山のようであった――。


「空、きれい」


 輝く空を見つめながら、ひよこ饅頭を頭から丸呑みするは、病床の女一人。


「……おい、人の見舞い品をヘビみたいな食い方すんじゃねえ」


 その傍らで銘菓の食べ方に口出しするは、スーツの痩せ男であった。

 そう、視点移ってここはまたもや病室内。

 病室にいたのは警察組織の二人組、通称・マグマの溶岩幸子ようがん さちこと、通称・胃下垂の延山篤郎のべやま あつろうである。

 ヘル・レッグケルズとの戦いに巻き込まれた溶岩幸子は、網タイ剣脚やロン毛カフェマスターが運ばれたのと同じ、この脚長町あしながまち総合病院に入院していたのだ。


「空、きれい」

「きれいとかそう言うレベルのあれじゃなかっただろ、今のは……。何だよ、この世の終わりか?」


 『脚光きゃっこう』によってもたらされ、一瞬世界を包み込むかと思われた光球は、それこそ“瞬く間”に、鳴りをひそめた。

 病室の窓から訝しげに玄関口を見つめる、胃下垂こと延山刑事。

 見当たる範囲に怪しい者はなし。

 ロリナースと老人も、町長とガースト秘書も、瀕死の黒ストと少年もいない。眼下にいるのは、通院者や病院関係者のみである。


「はぁ~……。職業柄、放置もできないわな。どうせ剣脚同士がやらかした、頭のおかしい何かなんだろうけどよ」

「空、きれい」

「うっせぇ! お前なあ……マグマ! 次会う時までに後遺症治しとけよ? あと、ひよこは丸呑みすんな! ニックネームをヘビに変えちまうからな!」


 溶岩幸子が飲み込もうとするひよこ饅頭を横取りし、それを尻からガブリとかじって、延山刑事は病室を去った。

 悲しきかな、剣脚でもないその身にヘル・レッグケルズの必殺技を受けた溶岩幸子は、あの一撃で著しく体内のホルモンバランスを崩し、後遺症を負ってしまっていたのである。

 そんな部下を見遣り、痩せた腹中に復讐の決意と饅頭を飲み込んで、延山は駆けた。

 先輩の細く勇ましい背中を見つめる新米刑事・溶岩幸子。その心中、いかばかりか。


「空……きれい……」


 一方、その頃。

 目も眩み何も見えず、すわ失明かと言うほどに視界を失って、右も左もわからなくなっていた果轟丸少年は、いつのまにやら宙を舞っていた。

 前後不覚でよくわからぬが、腰元を掴まれて連れ去られているのだろうということは、肌の感触や走る弾みで、なんとなしに理解していた。

 ハイヒール網タイツ巨女にさらわれた時もこんな感じだったので二度目だ。慣れてる。


「なっ……なんだ、おい? オレは誰に抱えられてんだ?」

「騒ぐでないぞ、ボウズ。ただでさえ傍目には少年誘拐に見えるんじゃからな」

「じいさん? オレを捕まえてんの、さっきのじいさんか? じいさんの癖に体力すごくね?」

「騒ぐなというに、すぐに済むんじゃから」

「もがっ」


 轟丸少年の口がしわがれた手で塞がれ、事情を知らぬものが傍から見た際のキッドナップ事案ぶりが、より鮮明なものとなってしまった。

 とはいえさほど案ずることでもなかった。先ほどの『脚光きゃっこう』で周囲の目を眩ました隙に路地裏に入り込んでしまえば、その怪しげな姿を目撃されることも少ない。

 何より、老人の弁に沿うように、その運搬はすぐに済んだのだ。

 つまりは目的地への到着である。


「なんだあ、ここ……? つーかあんたら、何者なんだよオイ? オレたちを助けてくれたのか? 礼賛はどうなったんだ……? くそっ、よく見えねえ」

「そろそろ視力が戻るじゃろう。自分の目で見たらいいわい」


 目をシパシパさせて轟丸少年が周囲を見渡すと、ここは板敷きの屋内のようだった。

 傍らには、彼を抱えて来たと思われる謎の老人が、玄米茶で一服している。

 部屋の中心には布団が用意され、薄黒ストの剣脚こと、月脚礼賛が横たえられていた。

 礼賛の腹や脚には、ロリナースが甲斐甲斐しく、血塗れの包帯をぐるぐる巻きに巻いている。


「んしょ、んしょ」

「おお、ええのう。かわいらしいもんじゃあ」


 瀕死の事態の月脚礼賛のことなどお構いなしに、老人はカメラを構え、いたいけな少女の看病っぷりをファインダーに収めた。

 さて、改めて。

 突如現れガースト秘書の脚を受け止め、真なる『脚光きゃっこう』を放ち、短い手足で治療を施している、年端もいかぬように見える白タイツロリナース。

 この者、名を、『飛車ひしゃしろみ』と言う!


「当座の治療はこれでしゅーりょーだおー」

「お、おい、助かるのか礼賛は? 出会い頭にぶった切られたんだぞ?」

「治るかどうかはこれからわかることだお。あんまり急かしてもしょーがないおー」

「そうじゃそうじゃ、ボウズ。しろみさんにそう突っかかるもんでもないわい。まだまだやることがあるというのに」


 飛車しろみに駆けて詰め寄り、心配そうに月脚礼賛に顔を向ける轟丸少年だったが、またも老人にひょいと小脇に抱えられてしまう。

 抵抗むなしく再び強引に連れだされ、愛しき剣脚が横たわる場所から遠ざけられる、果轟丸。


「お、おい! 何すんだ離せよ!!」

「まあまあ。せっかく助けてやったんじゃ、老人の付き合いぐらいしてくれてもよかろう。どうせ今は怪我人を前に、儂らは何も出来ることはありゃせんよ」


 部屋から引っ張りだされてわかったことがあった。先ほどまでいた板敷きの場所の、外観である。

 何を祀っているところなのかはわからない。しかしここは、恐らく何かしらの神社なのであろうということが、一目して察せられた。

 何故、神社にロリナースが。撮影好きの老人が? 月脚礼賛との関係は?

 などと考えをまとめる暇も、質問する余裕もなく。そのまま外れの作業場に放り込まれると、今度はそこには炉があり、炭があり、槌があった。


「次の作業に入るお」


 老人に抱えられた轟丸少年に続いて作業場に姿を表したのは、先ほどのロリナースこと飛車しろみ――ではなかった。

 人物こそ同一ではあったが、白布一枚で髪をまとめて、和装の下には白タイツ。いつの間にやら、装いを一変していたのである。白タイツ以外。

 更には、その手に握られし薄手の布地は、月脚礼賛が身につけていた、薄黒ストッキングではないか。

 燃える炉の熱気の中、金床に敷かれたこの薄黒のストッキングめがけ、飛車しろみの小さな白脚が打ち付けられ、あふれんばかりの火花がこぼれる。

 そう、ここは鍛冶場だ!


「なっ……なんだこりゃあ!?」

「ボウズの剣脚の履物が、伝線してしまいおったからのう。ああして打ち直してやっているわけじゃ」

「そいやさー!」


 響き渡るは、幼き掛け声。

 白タイツ越しの爪先にて薄手のストッキングを掴み、もう一方の足で伝線部分を執拗に蹴り飛ばしている、飛車しろみ。

 それを意気揚々と連続撮影している、カメラ片手のご老人。

 祖父と孫との悪ふざけにしか見えない光景ではあったが、汗だくの彼らは、いやいやどうして真剣である。

 そして打ち付けられているデニール低めの履物もまた、剣脚の大事な脚を包む、真剣の一部!

 真っ赤に燃えて命の輝きを、その化繊の身に取り戻そうとしているではないか?


「すげえ。なんかもう……すげえ」

「ほっほっほ。そうじゃろ、ボウズ。しろみさんはすごいじゃろ」

「あ、あー……うん。なんだろ、どっから驚いていいのかオレもうよくわかんない。オレよりガキなのに治療も鍛冶も出来てすげえとか、そういうところに最初に驚くべき?」

「しろみさんは儂より年上じゃぞ」

「あ、ういええ!? じいさんより年上?? この上まだ驚く要素あんの?」

「まあ、あれじゃな。俗に言うロリバ」

「ジジイ、よけーなこと言わなくていいお」


 蒸しに蒸された火事場の空気が、一瞬凍えるほどの殺気がぞっと過ぎていったが、それはそれ。

 老人は飛車しろみの撮影をふいに終え、轟丸少年にこう告げる。


「しろみさんのコスプレ撮影会はこの辺にしてじゃな」

「コッ、コスプレ撮影会だったのかこれ!??」

「ボウズ、そろそろ驚き疲れたじゃろう。儂らはちょと男同士で、別の場所で仲良くするとしようか」

「なっ……なんだそれ。嫌だぞオレは、じいさんと仲良くなんてする気はねーし」

「まあそう言うな。儂がお前さんに稽古をつけてやろうと言うのじゃからな」

「……は?」


 果轟丸少年は、血も滲む修業の日々へとその身を投じる事となった。

 回復、修復、修行の三つが共に過ぎる、神社での濃密な時間。

 戦いから離れたこの時間の中で、来るべき決戦・再戦のために力をつけるのは、何も彼らだけではなかった。

 脚長町の一角、封印の赤札に囚われし、巨大な蔵!

 いやさそれは封印の赤札にあらず。蔵に無数に貼られたこれぞ、幾千枚の差し押さえシールなり!

 暗澹あんたんとする蔵の最奥部にて、一分の光も差さぬ中、影すら生まれぬ隅に蠢く、女の黒い両脚は何者か。


「あのような失態はもう許されませんわ。我が負門おいかどの家に伝わる秘蔵の黒衣にて、確実な勝利を掴むの……です」

「やめろッ常勝ちゃん! それは駄目だ、暗黒面に飲み込まれるぞッ!!」

「漆黒の八百万やおよろずデニール黒タイツ……。透けもテカリも排除したこの黒色にて、月脚さん。今度こそデニールの違いを見せつけて差し上げますわ……!」


 未曾有の暗黒に飲み込まれゆく、くらき蔵。

 黒タイツ眼鏡女子高生剣脚・負門常勝の運命や如何に!


 かくして脚長町の各地にて、あるものは休み、あるものは力をつけ、あるものはついに目を覚ますのである。

 本殿に敷かれた布団の上で目を覚ました、ショートパンツに薄黒ストの剣脚、月脚礼賛。

 自身の置かれた状況や、傷の治りやその履物に、思いを巡らす……その前に。

 彼女は目にした。

 寝起きの自らに迫り来る、白衣の天使の容赦の無い脚のうねりを。

 次の瞬間、月脚礼賛は白タイツの脚に絡め取られて放り投げられ、起き抜けざまに布団もろとも宙を舞っていたではないか。


「こっ……これは……? この技は……」

「おはようお」


 気の抜けた幼女の声に、冴える技。この看護師、看護するつもり毛頭なし。

 だが、しかして! 強烈極まりないモーニングコールを受けた月脚礼賛は、戸惑いつつも爪先を天井に突き刺して踏ん張り、落下の危機を咄嗟に逃れる。

 直下に待ち構えていたロリナースは、「目覚めたならば手加減無用」と、省力版の『脚光きゃっこう』を放ち、光に一瞬包まれた。

 光が消えるとそこにいたのは、変身ヒロインさながらの早着替えを即時に終えた、ブランニュースタイル飛車しろみである。

 今やナースにあらず、臨戦態勢の白き格闘着。

 驚き吠える、礼賛曰く。


「ろっ……老師!! 老師じゃないか!!」


 次回、剣脚商売。

 対戦者、白タイツ道着ロリババア。

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