第7話 ナースコール

 緊急を要する患者が運ばれる出入口より、複数名のナースが押すストレッチャーを用いて運ばれるは、網タイツ巨女の剣脚であった。

 その身体サイズ相応の医療器具が、果たしてこの病院内に存在するものであろうか?

 にわかに心配にはなるが、ストレッチャーをはみ出す巨体は、彼女のオーラが見せる幻影にすぎない。

 言ってもせいぜい実サイズは欧米長身モデル程度なので、普通になんとかなるであろう。真っ赤なハイヒールがカヌー・ボートのようなサイズに見えるのも、所詮は目の錯覚である。

 もちろん網タイ巨女の傍らには、眼鏡の少年も付き従い、「鉄人、ねえ鉄人……!」と泣いて脚にすがっている。

 「脚はやめてください危険です」とナースに羽交い締めにされつつ、少年は巨女とともに足早に、ICUへと歩み去っていったのであった。


「……見送りはそんなものでいいだろう」


 待合室の椅子に腰掛けて相棒に語りかけるは、薄黒ストの美脚の女、月脚礼賛つきあし らいさんだ。

 語りかけられた果轟丸はて ごうまる少年の方も、礼賛に振り返って、こくりと頷き口を開く。


「……ダチの女を斬っちまったからよ。見届けたくて、な」

「わかるぞ。だがな、ゴーマル」

「ああ。情けをかけるような真似をしちゃあ、剣脚の戦いに泥を塗るってもんだよな」

「お前とダチの、男同士の間柄にも、な」

「わかってるぜ、礼賛。負かした相手を心配するのは……これっきりにしとくぜ」


 病院待合室のハイビジョンテレビは、東京ガールズコレクションの美脚たちを大写しにしている。

 その画面を横切って、轟丸少年は自販機にてパックの乳清飲料を購入し、月脚礼賛に投げ飛ばした。

 薄黒ストの美脚の峰で器用にそれを受け取って、礼賛はジュースにぷすりとストローを刺し、ちゅうちゅうと吸う。


「なあ礼賛、せっかくだから飲みながら聞かせてくれよ」

「なんだ、ゴーマル」

「あのデカいねーちゃん、お前を狙って襲うように金で買われた、『刺脚しきゃく』だって言ってたよな」

「ああ」

「お前さ、なんで狙われてるんだ? 誰がお前を狙ってるんだよ?」

「なんで狙われているのか、か。……くっくっくっく、はっはっは」


 少年からの至極当然のその疑問に対し、月脚礼賛は肩を揺らして静かに笑った。


「何笑ってんだよ」

「いやいや、理由を話すと些か恥ずかしいのでな。つまりはゴーマル、手っ取り早く話すとこうだ。モテる女は実に辛いと、そういうわけよ」

「なんだそりゃ……? モテるとなんで襲われるんだ?」

「お前も注目のわたしの脚に、連中は用があるのさ。こちとら剣脚の中でも、かなりの人気品薄商品だからな」


 言いながら月脚礼賛は、自らが履くデニールの低いシアータイツを魅せつける。

 まさしくそこには、品薄もかくやの肌一枚、薄い布地がぴたりとまとわれているではないか。


「この町の何者かが、わたしの“これ”に用がある。その用を済ましたいがために、わたしに『刺脚しきゃく』を送って、戦わせているというわけだ。恐らくは、必殺技を使わせるためだろうな……」

「必殺技って、さっき使ったあの、半月殺法ってやつか」

「そうだ。こういう目に合わないように、ボロを纏って町に来たってのに、目ざとい奴はすぐさま脚に感づくものだな。ゴーマル、カフェにいた時のお前のように」

「うっせえ!」


 ニヤリと笑って脚を組み替える月脚礼賛に、轟丸少年はチラ見を繰り返す。ショーパンなのでチラリズムにはご安心、とは行かないのが剣脚購入者の性であろう。釘付けにされるはその脚なのだから。

 赤くなった頬を悟られまいと、轟丸少年は顔を背けた。そのまま更なる質問を浴びせて、話題と心をそらすのであった。


「ってことは礼賛。お前は自分の脚が狙われてるのをわかった上で、この『脚長町あしながまち』に来たってことか」

「そんな危険な真似を、何故したのか。不思議そうだなゴーマル? それはな、わたしにもこの町に来る、理由があったからだよ」

「理由って?」

「最終回にでも話すとしようか? ヒキがあったほうがこの先まだまだ楽しく戦えるだろうからな」

「なんだそりゃ!」

「いい女には秘密があるものなのさ」

「腹ぺこでおでんのつゆ欲しがってた女が、いまさらいい女気取るんじゃねえよ!」


 呆れつつもツッコミを入れる轟丸少年の言葉には、説得力が満ち満ちている。

 その説得力を裏付けるかのように、月脚礼賛は手にした清涼飲料パックの水分を、いつまでもみみっちく、ちゅうちゅうと吸い込み続けているではないか。

 いい女はあんまりそういうことはしない。


「にしてもお前……どこの誰とも知らない奴に次々に『刺脚しきゃく』なんて送られて狙われてんのに、戦いを楽しんでられるなんて、余裕だな?」

「どうせなら楽しいに越したことはないさ。それに、相手がどこの誰とも知らないわけでもない。当たりは既に付いている」

「え? 誰がお前を狙って、『刺脚しきゃく』を送ってるのか、わかってるのか?」

「大体の予測はな。わたしの脚を狙う権力者だろう? わたしがこの町に来た理由ともつながりのある、ヤツだ。恐らくヤツで間違いないだろう」

「誰だ、それ……? レギンスのねーちゃんと、黒タイツのねーちゃんと、ヘル・レッグケルズの二人、それに網タイツのでっかいねーちゃんの、五人もの『刺脚しきゃく』を雇って送り込んでくるようなヤツってことだよな……?」


 轟丸少年がそうやって指折り数えつつ、今まで戦った数名の剣脚を思い起こしていると、ふと疑問が浮かび上がった。

 記憶している言葉と、思い起こす脚の数が、合わないのである。


「あれ待てよ? 網タイツのでっかいねーちゃんさ、自分のことを四人目の『刺脚しきゃく』って、言ってなかったっけ?」

「そういえば……言っていたかもしれんな」

「数があってねーじゃん。おかしくね?」

「ただの言い間違いじゃあないのか? さして気にすることでもないだろう」

「普通に考えりゃ、そうなんだけどさ。でも、もしかすると……。もしかすると、礼賛。今まで戦った誰かに、『刺脚しきゃく』じゃなかったのが混ざってるってことも、ありえるんじゃ……ないか?」

「……ほう。さすがだゴーマル、目の付け所が良い。面白いことを言うじゃないか」


 さて、一方その頃。

 暗く静かな小部屋の中で、向い合って睨み合う、二人の男がいた。

 一名はスーツに身を包みたる、ヒゲの中年男性だ。静かなる威容は暗闇の中にあっても、ぴりりとした緊張感を漂わせる。

 もう一名は半裸に包帯の、筋骨隆々ロンゲ男である。手に持つペットボトルの水をぐいと飲み干し、目前の中年に、一歩も引かず対峙する。

 口を開いたのはヒゲの中年男性。つまりは、歯牙直哉我しが なおやが町長の方からであった。


「この町を拠点として栄えていた負門おいかどフードインダストリーもかつての経済力を既に失い、他にこれといった産業もなく、剣脚の戦場と化した商店街は閑古鳥。一念発起の秘策が、アレだったのだろう?」

「……アレなどと言わず、はっきり言ったらどうですか、町長」

「月脚礼賛の横取りだよ、水町君!」


 傷ついたロンゲの男、即ち、水町みずまちゲロルシュタインの髪をむんずと掴み、歯牙町長は若きカフェマスターを腕ずくで地に這わせた。

 傍らに転がる飲み干されたペットボトルが、一切触れてもいないというのに、男の圧でベコリと凹む。


「『刺脚しきゃく』となる道も選ばず、独断専行で月脚礼賛に襲いかかり、無様に敗北を喫してしまうとは。いやはや全く、君がアレを簒奪しようと動くかね! それとも独自に手柄を立てて、町おこしのきっかけにでもしようとしたか!」

「俺は……! 脚長町商店街の商店会長だッ……! あなたも同じ町の長として、心境はわかるだろう。下に居並ぶ人間のため、手段は選んでいられないのだ!」

「ならば雇われて『刺脚しきゃく』となれば良かろう! 無様な敗北を喫してしまうよりも、我が下で働くほうが億倍マシだぞ!」

「そこまでですわ」


 男の上下関係に、差し込まれるは女の御御足。

 闇の中から伸びた美脚は光沢を持たず、肌の透けない漆黒の布を纏っていた。

 これぞ、黒タイツ眼鏡女子高生の剣脚、負門常勝おいかど じょうしょうの切れ味鋭き美脚に、間違いなし!


「聞き捨てなりませんわ、歯牙町長。無様な敗北を喫したなどと。わたくし、月脚さんに負けてはおりませんので」

「君も強情だなァ……。まあ良い、その負けん気が折れないうちに、我が傘下に加わることをお勧めしよう。忍者であれば、主君を持ちたいだろうからな!」

「それが町長とは限りませんわ。わたくし、負門フードインダストリーの跡取り娘ですので」

「そのバックグラウンドも既に負債の山ではないか! 御家再興などは捨て置いて、一人の剣脚となればよいものを!」

「……歯牙……町長……ッ!」


 地べたに這いずり睨みを利かせる水町ゲロルシュタインは、町長の名前を呼びつつ、負門常勝の学校指定のパンプスをがっしと握った。

 それと同時に、眼鏡の奥で抜刀戦闘開始の決意を固める黒タイツ女子高生・負門常勝。

 水町の類まれなる腕力パワーに振るわれ、これより彼女は黒き忍者刀と化すのだろうか?


「そこまでにしていただきましょう」


 先刻と似たやりとりに既視感を感じる、その場の面々。

 黒タイツ女子高生という刀を握った水町と、その眼前にて余裕綽々とばかりに胸を反らせるヒゲの中年町長の、合間に差し込まれるのは、またしても別の妖しげな御御足である。

 デニール低きナイロンの薄黒ストが醸しだす、幻惑の切れ味は、我らが剣脚・月脚礼賛のそれと見まごうばかりである。

 だが、しかして!

 にょっきり伸びた長き脚の後から姿を現す太腿は、薄き生地に包まれてはいない。外気や日光恐るるに足らずと言わんばかりに、地肌を露わにさらけ出しているではないか。

 しかもこの薄手の履物を、一本の紐で吊り上げることで、腿の肉感もナイロンのシワも流れ流れる脚線美も、あらゆる要素にマシマシの魅力をここぞとばかり胸焼けするほどに上乗せしてこようというのであるから恐るべしはガーターベルトと言わざるを得まい。


「あっ……。あ、あっ……! あざとい!」


 負門常勝と水町ゲロルシュタインが、共に思わずそう口にしてしまったのも、詮無きこと。

 ガーターストッキングにタイトスカートにノンフレームの眼鏡を装着した秘書は、大人の風格を漂わせつつ、こう口にする。


「スケジュールに従うのであれば、町長。お時間です」

「うむ! 時間とあれば仕方のないこと。では水町君、従う意志が君にあれば快癒次第に市役所に来給え。さすれば月脚礼賛と再戦する準備は整えてやろう! 今日はそれを伝えに来たまでよ。君と君の刀には、市政の次に期待を寄せているのだからな! ぐうーぬはははははあぁ!」

「お待ちください町長。そのような恫喝まがいの方法で傘下に加われとおっしゃられても、わたくし達は」


 食い寄ろうとする負門常勝に、ガーター秘書が一言ブスリと釘を刺す。


「お時間です」


 これは一体……年季の差か?

 言葉にかかる重みと気迫は尋常のものではなく、あらゆる者の抗う意志をぐいぐいと踏みつける。

 秘書の口元の艶ぼくろが、まるで全ての言葉を終わらせる終止符のように見えた。

 それ以上の抗弁を、行うためのあと一歩が、踏み出せないのである。


「……っ!」

「いい、ここは引き下がろう、常勝ちゃん。この件については町会費の帳簿片手に、後ほど俺たちで話をつけることにしよう……」


 かくして暗き小部屋を去りゆく歯牙町長と、ガースト秘書。

 次なるスケジュール遂行のために彼らが移動することで、部屋の全容がようやく知れたが、ここは病院の一室であった。

 面会済ませて病院の外に出る町長たちに出くわしたのは、待合室から出てきたばかりの月脚礼賛と果轟丸だ。

 次の瞬間。刀が何かを切り捨てる音とともに病院前の階段を盛大に転がったのは、ショートパンツに薄黒ストの剣脚、月脚礼賛。

 血に染まったガーストの脚で彼女を見下ろしているのは、歯牙町長の秘書のガースト女史である。


「……え? ら、ら? 礼賛?」

「ぬはっは? ぐうーぬはははははあぁ? こんな所で出会い頭に相まみえるとはな、月脚礼賛!! 我らとしては幸いだったぞ!!」


 突然起きた出来事についていけず、呆然とする轟丸少年。対照的に歯牙町長は、ヒゲを揺らしてかんらかんらと大笑である。

 切られて転げた礼賛はといえば、なんと、驚くことに。

 その切れ味の象徴たる薄黒ストに、伝線が生じているのだ。

 賢明な諸氏は既に周知のことであろう。そう、伝線である。剣脚にとって伝線は絶対に起きてはならぬ事態だ!!! 薄黒ストが破れちゃった!!!!

 『K.O.』! 勝負は決した!

 月脚礼賛の決定的な敗北、『脱衣K.O.』である!


「こんなところでラスボスにエンカウントするとはな……! わたしも大概、運のない女のようだ……!」

「必殺技も使い、次が繰り出せぬこの好機。草の根分けても探しだしてやろうと思っていた所で巡り会えるとは!! この偶然の無防備を生み出すためだけでも、『刺脚しきゃく』を送っていた甲斐があったというものだ! ぬふははははは、ぐうーぬはははははぁ!!」

「やはりお前か、町長……。『刺脚しきゃく』を送っていたの……は……」


 その言葉を最後に、月脚礼賛は自らの流す血の溜に横たわって動かなくなった。

 穴あきのストッキングに血が滲んでいく。


「スケジュールを変更してよろしいでしょうか、町長」

「勿論だ!!」

「ではここで回収するわ、月脚礼賛。『三種の神器』を」


 礼賛の頭を目掛けてガーターストッキングの美脚を切り下ろす秘書は、その表情を少しも変える様子はない。

 歴戦の達人の足捌きを、淡々と、日常の何気ない仕事をひとつ終えるかのように、動きの取れぬ剣脚に向けて見舞うのである。

 この者、名を、『歯牙終しが つい』と言う!


「らっ!? 礼賛ーーっっ!??」


 叫ぶは果轟丸だ。

 少年の悲痛な叫びは、倒れた剣脚の力を振り絞るかと思われたが、そのような奇跡めいたことは起きなかった。ぴくりと動くは布に覆われた足の親指程度。

 連戦に次ぐ連戦の末に必殺技まで、披露し疲労し疲弊し摩耗し、そこにガード不能の不意打ちとあっては、即死すら免れない状況だ。月脚礼賛、もう動けない。

 だが、しかして。ここは病院である。


「やめなお! 剣を収めるお!」


 ガースト秘書と黒スト女の間に割り込み手足を大の字に広げたのは、白タイツのナースであった。

 その姿、実に小柄! 看護の勤務が務まる年齢には、とても見えようもない。

 ところがこの幼き未発達の、棒のような白タイツ脚にて、ガースト秘書のとどめの一撃を、白衣の天使は見事「ガギン」と防いで魅せたのである!


「ほっほっほ。お主もそこまでじゃ」


 また、歯牙町長の背後にも、杖をぐいと差し伸ばしてその視線を遮断する、好々爺がいつの間にやら忍び寄っているではないか。

 敗北した月脚礼賛、狼狽える果轟丸、歯牙町長とその秘書、謎の老人、そして。

 次回、剣脚商売。

 対戦者、白タイツナースロリババア。

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