第4話 生半可でない黒ギャルナマ脚

「いつも通りに夢藤むとうと二人で罠張ってたら、マジびっくりしたし。礼賛が釣れるとか、ぱねえっす!」


 闇に紛れて本性現し、ケタケタ笑う金髪黒ギャルは、「どぉ? できたし(*゜∀゜)」の字幕キャプション付きの手作りマカロン画像をネットにアップし、閲覧数を加速度的に上げていく。

 画像に映り込む彼女のナマ脚も、アクセス数稼ぎには大いに一脚ひとあし買っていた。

 菓子と女子、双方の力を持ってプラスの女子ネットパワーを、晒した美脚に溜め込んでいるのだ!

 この者、名を、『光田こうだイクミ』と言う!


「アタシ、光田イクミ。こう見えて女子力高めっす。アゲていくし!」

夢藤狭軌むとう きょうきですぅ~。イクミちゃんに比べてわたしは全然女子力とかないんでぇ~……。全然可愛くないんですけどぉ~。あっでもこのニーソ可愛くないですかぁ?」


 光田イクミと夢藤狭軌、二人の女子の賛美と卑下。

 プラスとマイナスの女子ネットパワーが双方ともに高まりだし、ナマ脚とニーソが驚異的な磁力で一箇所に引き寄せられていく。

 その狭間にあるは、月脚礼賛つきあし らいさんの薄黒シアータイツの、煌めく美脚。

 またたく間もなくナマ脚とニーソは前後からぶつかり合い、必殺のダブルレッグラリアートにて犠牲者の履物を奪うのだった!


「ロスト・ボンバーッ!!」

「きゃああっっ!?」


 夜の空き地の途切れかけの明かりに照らされ、宙に浮かぶは一切れのストッキング。

 ひらりゆらりと舞い落ちるそれを、菓子作り用のトングでカチリとつかみとって確認する、ナマ脚黒ギャルこと光田イクミ。


「あれ? これ、ナチュストだし!」

「危ない……ところ、でしたね……!」


 驚くイクミにあかんべえをして、満足そうに気を失ったのは、誰あろう。『マグマ』こと、新米刑事の溶岩幸子ようがん さちこであった。

 ヘル・レッグケルズのロスト・ボンバーに襲われた月脚礼賛を守るため、幸子は自らの脚を犠牲にし、これに割り込み倒れ伏したというわけだ。


「役に立ったな、警察女。仇はわたしが討ってやる。安心して寝ていろ」

「あ、あなたは……何者なんです……か……?」

「ここにいる果轟丸はて ごうまるに、買われた女さ」

「商売女……ね」


 気を失った溶岩幸子は、しかしあれほどの斬撃の挟みこみを受けて、傷ひとつ負ってはいなかった。

 パンツスーツの下のナチュラルストッキングを、奪い取られただけのようである。


「なあ礼賛。この姉ちゃん、大丈夫なのか?」

「大方、プラスとマイナスの女子力をその体に打ち込まれて、ホルモンバランスが狂ったんだろう。女はこういうのは慣れている、寝かせておけ」

「お、おう」


 首を傾げながら溶岩幸子を放置する、轟丸少年であった。


「さあて、拾った命は大事にしないとな。夢藤狭軌に……光田イクミと言ったか? お前らわたしに何の用だ。誰が釣れて、“ぱねえ”んだって?」

「やだ~、怖いですよぉ。次の女子ネットパワーをすぐに溜めないといけないですよねぇ~」


 媚び媚び服にニーソの夢藤狭軌は、またもやスマホで哀れなサークル男子を巻き込み、マイナスの女子力を高めんとする。

 だがしかしここにきて! 人の文明の限界、いともどかし。

 Wi-Fiの接続がいまいちなのである。


「夢藤、ここはアタシに任せるし! 闇討ち狙いで横になってたアタシはパワー溜まってっから、まだいけるっしょ。夢藤は早く、ネットパワー充填しなおしな?」

「うん、お願い光田~」


 スマホをぶんぶん振りながら適切な回線を求めさすらう深夜のニーソ女、夢藤狭軌。

 ちなみに戦いの傷で、その腕は血まみれである。不審者待ったなしであった。

 では残った黒ギャルを前にして。月脚礼賛、鼻を鳴らして曰く。


「被害者のふりをして獲物を釣っていた姑息なギャルが、一人でわたしを相手取るのか」

「ねえ月脚礼賛、強いんっすよね? ヤバイ! ぱねえし! でもアタシもアゲてくし? 一人でも行けるっしょ?」

「履物も履かぬ素人ハダシに、剣脚けんきゃくの相手が務まるとでもいうのか」

「それがイケるんだって! ギャルなめんな!!」


 ミニスカから伸びる日焼けした両脚を揃え、「ぶおん」と打ち付ける光田イクミ。片足を上げ脛でそれを受け止めようとした礼賛だったが、剣圧がそれを許さなかった。

 切れ味を察した礼賛はとっさに飛び退き、イクミの一撃をかわしてみせる。身代わりとばかりに空き地の土管は、切れ味と破壊力で粉微塵に破砕された。


「……ギャル、お前……。そのナマ脚で、本気で斬り合う気か?」

「あったりめーだし! アタシも美脚鍛えてるし? マジキレるっしょ」

「とはいえそれは諸刃の剣だぞ。自殺行為だ」

「ギャルは覚悟決めてんの。ナマ脚出すのが怖くちゃギャルやってられないっすわ!」


 賢明な諸氏は既に周知の事であろう。美しくなることにより刀剣の如き切れ味を持つ美脚は、そのまま振るっては自らの身すら傷つける。

 持ち手のない刃物を振り回すことがいかに危険な沙汰であるか。パンチンググローブを身につけるからこそボクサーは、自らの拳が割れるのを恐れること無く、渾身の一撃を放つことが出来るのだ。

 女子の美脚もこれに同じ。その美脚の艶かしさを存分に振るうには、ぴたりと覆う一枚の生地がどうしても必要なはずだ。

 では一体このナマ脚黒ギャル光田イクミは、なぜ危険な武装たる美脚を余すところなくさらけ出して、尚且つこうも振るうことが可能なのか?


「マジ痛いけどそんぐらいガマンするし。アタシらギャルは生半可な気持ちで脚出してんじゃないんで!」

「諸刃の剣を根性論で押し込めるとは、恐れいったものだ」


 苦笑いの月脚礼賛に、自らの脚を顧みないイクミの剣が、再び襲い掛かる。

 「根性ぉ!」の声とともに襲いかかる剛剣キックが、空振りのたびに空き地の遊具を破壊していく。

 右へ左へカモシカのような足取りでそれをかわす月脚礼賛。受け止めることは不可能なほどの強烈な斬撃だが、大振りなためにかわすこと自体はさほど難しくはない。

 とはいえ、一度当たれば致命傷であるというプレッシャーは凄まじく、礼賛にも汗がにじむ。危険に汗ばむ礼賛の姿を真っ先にとらえたのは、そのパートナーの轟丸少年だった。

 彼もこの戦いに巻き込まれる事のないように距離を取りつつ、それでいて戦う月脚礼賛のナイロンストッキングから、目を離してはいなかった。いや、目を離すことなど出来なかった。

 注目は美脚を更に美しく浮かび上がらせ、戦いの中の伸びやかな脚は、より生き生きと濃淡を描き出す。

 美しさにより人智を超えた動きを得た月脚礼賛、ついには光田イクミの攻撃の隙を縫って、美脚の一刀を届かせることに成功する!


「もらったぞギャル!」

「ざ~んね~んで~した~ぁ」


 ナマ脚黒ギャル・光田イクミが眉ひとつ動かさずに月脚礼賛の薄黒ストをその身に受けたのは、仲間への信頼が故だった。

 戦場に返り咲いて割り込むは、負の色を纏う破滅の華。

 女子ネットパワー・マイナスを再び溜め込んだ夢藤狭軌が、ニヤニヤ笑いとともに現れ、ニーソの絶対領域にて斬撃を跳ね返したのである。


「夢藤、助かったし」

「あ~、光田また無茶してナマ脚傷だらけにしてるぅ~」

「こんなん日サロで焼けば消えるし」

「消えないですよぉ~、もう~……。こういうのぉ~……綺麗なんだからぁ~……」


 イクミのナマ脚の傷から血を拭い、手指で弄びうっとりの、夢藤狭軌。

 さすがは轟丸少年をして初見で「頭のおかしそうな姉ちゃん」と言われただけはある。これはおかしい。


「防御を無視した諸刃の剣と、絶対領域の盾……。矛盾コンビか。強敵だぞこいつは」

「お、おい、礼賛! 大丈夫かよ、負けんな!」

「負ける気はない。だがこのままで、果たしてわたしも勝てるものか……」


 弱気な発言でうずくまる月脚礼賛を見て、高らかに笑うニーソ女、夢藤狭軌。

 自らの力を誇示しようと彼女がスマホから流すBGMは、荘厳な鐘の音と共に男女混声合唱団が織りなす歌。

 絶対領域黙示録の始まりである。


「おい、礼賛! 腹を押さえてどうしたんだよ、ぶった切られたか?」

「いやな、ゴーマル。やはりおでんのつゆだけでもすすっておくべきだったとな」

「また空腹か!?」

「思えば先の戦いで黒タイツ忍者が勧めたポテチ、食べておくんだったな……」

「何の後悔か知らないっすけど、月脚礼賛! アタシたちの女子ネットパワー、溜まってきたんで? そろそろ? 行っちゃおうかなって?」

「BGMの絶対領域黙示録も盛り上がってきてるしぃ~。今がやりどきですねぇ~」

「ようし、行くぞ夢藤! 女子ネットパワープラス!!」


 吠える黒ギャルのナマ脚に、磁力に反応した砂鉄とトングがじりじりと吸い寄せられていく。

 かたやニーソ女の、太ももまでがピタリと覆われた美脚にも、マイナスの磁場が高まっていく。


「やられる前にやるしかないか……。こうなったら、この月脚礼賛の渾身の一撃、そこのコンビと、それからゴーマル! とくと見よ!」


 ヘル・レッグケルズの必殺のツープラトンを食らうより早く、月脚礼賛は飛び込んだ。

 しなる右脚の蹴りは明滅する街灯のもとで美しく映え、空を切り裂いて光田イクミの脚部に襲いかかる。

 当然のようにスライディングで横から割り込み、スカートとニーソの間の絶対領域を魅せつける夢藤狭軌。

 BGMの鐘の音とも似た、「ごおん」という響きで礼賛の膝を受け止め、その殺傷力を完全に打ち消すに至った。


 だが、しかして。

 「とくと見よ」と言い放った月脚礼賛の渾身の一撃、この文句こそがブラフであった!

 受け止められた膝から先、たたまれた脛を伸ばしてつま先をピンと差し出し、二撃目を強引にねじ込む月脚礼賛。

 この二撃目こそ、本命。

 絶対領域に遮られた礼賛の美脚は、目前の敵にあと一歩届かなかったが、飛び道具となると話が違った。

 振るった勢いで飛び出したパンプスが、夢藤狭軌のマイナスの女子力に吸い寄せられ、このサークルクラッシャーの弁慶の泣き所を襲ったのである。


「い、いっってええええええ!!!!?」

「絶対領域に守られ続けたその身、痛みには不慣れか? ニーソ女、これはお前が壊した人間関係の痛みと知れ!」


 夢藤狭軌が上げる声に驚いたのは、傍らにいた光田イクミのみにあらず。

 繋ぎっぱなしにしていた無料通話アプリを通じてサークルの男連中にもその声は響き、「どうした?」「大丈夫?」「夢藤さんは悪くないよ」「俺だけは味方だから」のメッセージが次々に届く。

 それが夢藤の負の女子力をより高め、礼賛のパンプスはニーソに覆われた脛に、更にグイグイとめり込んでいく。


「いったあああああいいいい!!!!!」

「ちょっ、ぱねえ! 夢藤マジ痛そうだし!?」

「盾がなければお前もだ!」


 全霊の蹴りを受け止められた状態での強引な二撃目、その上で返す刀の三撃目。

 あまりに無茶な空中アクロバットを現実のものとして見せた月脚礼賛。その力の源は、何を隠そう轟丸少年であった。

 決死の一撃と思い込み、その美脚のシルエットを余すこと無く見届けようとした轟丸少年の目前での、脱げたパンプス。

 薄黒シアータイツの爪先の露出である。

 想定外の賜り物に轟丸少年の心拍数、いかばかりか。

 彼はこの時、一切目を離していないにもかかわらず二度見をするという、離れ業をやってのけた。戦いの中での成長である。

 敵を騙すにはまず味方からとでも言うのか! この騙し討ち、存外の方向にて力を発揮したのだった!

 かくなる事情はともかくとして、礼賛の三撃目はとにかく成功した。もう一方のパンプスが脱げ、光田イクミのアゴをとらえたのだ。


「こ、根性ーぅ……! うぅう……ぱねえっすぅ」


 ギャルの無理にも限界があった。

 光田イクミは倒れ、夢藤狭軌も戦意を失い、脛を抑えてのたうち回る。

 強敵二人を倒した月脚礼賛はどうかといえば、これも腹を押さえてへたり込んでいた。

 『ダブルK.O.』!

 いや、『トリプルK.O.』! 勝負は決した!


「お、おま……よく勝ったな礼賛!」

「靴を……拾ってくれ、ゴーマル……。それと、おでんの……からしだけで、いい……」

「わかった、もう喋るな! 買ってやるから! な?」


 あまりのみすぼらしい要求にその口を塞ぐ、果轟丸。

 パンプスを拾い集めて月脚礼賛に履かせてやるも、靴越しの美脚を前に、まだまだ手元がおぼつかない様子であった。

 そこに響くはサイレンの音。駆けつけるは警察一同。

 ずらりと並ぶ官憲に、あっという間に囲まれた、礼賛と轟丸。


「……おい、そこを動くんじゃねえ! えっと……ガキか?」

「な、なんだよオッサン!」

「警視庁刑事部第二特殊犯捜査第四係、『胃下垂』だ」

「いかすい?」

「じゃねえ、もとい! 延山篤郎のべやま あつろうだ。うちの『マグマ』と……それと、女が何人も倒れてるな。剣脚けんきゃくか? ヘル・レッグケルズだって『マグマ』は言ってたが……」

「??? お前の言葉、警察用語が多くてわかんねーよ! マグマってなんだよ?」

「『マグマ』は警察用語じゃねえ! いいから動くなガキ!」


 延山刑事が述べる言葉には飲み込めぬ部分も多かったが、事情は轟丸少年にも幾分飲み込めた。

 この戦いに巻き込まれた女刑事が呼んだ警察が、轟丸少年や月脚礼賛を含むこの一同を、まとめてひっ捕らえようとしているのだ。

 事情を話してわかってもらえるものかどうか。女刑事をかばって戦った身とはいえ、昼にはカフェでレギンスと黒タイツとの連戦をし、警察から逃げ出した経緯もある。

 戸惑う轟丸少年だが、彼には横たわる月脚礼賛の脚をじっと見る以外に、出来ようこともなかった。


「なあオッサン、見逃してくれるってわけにゃいかないのかよ」

「ハア? んなこと出来るわけないだろ」

「オレたちはそこの、まともそうなねーちゃんを助けただけなんだぜ?」

「そういう話は取調室で聞くさ」

「——今だよ、鉄人」


 轟丸少年と胃下垂刑事の会話に割って入った、小さな声。

 その号令に呼応してにゅっと闇夜に姿を表したのは、長い長い実に長い、赤いハイヒールに網タイツの美脚だった。

 網タイ女は轟丸少年と月脚礼賛をむんずと掴み、小脇に抱えてその場を去ろうとする。


「な、なんだあ、お前!??」


 驚きと疑問の言葉を発したのは、轟丸少年と胃下垂刑事、その双方だった。

 しかし網タイ女はその問いかけに一切答えず、ずんずんと歩み去る。

 一歩一歩の歩幅がとてつもなく長いので走ってないのに妙に早い。


「と、止まれ! 止まらないと撃つぞ、おい?」

「……」


 警察の呼びかけにも答えず無言で歩み去る網タイ女。

 剣脚けんきゃくに対する発砲の許可はたやすく降りるのが、この『脚長町あしながまち』。警告にとどまらず実際に打ち込まれる銃弾だったが、それすら網タイ女は意に介さず撃たれて去った。

 次回、剣脚商売。

 対戦者、網タイツハイヒール巨女。

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