第3話 磁力のニーソ・脅威の女子ネットパワー

「行くぞ夢藤むとう、タイツ狩りだ! 女子ネットパワー、プラス!!」


 可愛らしい自撮りの写メや手作りの料理画像を、ただし自分の顔は決して晒すことなくネット上に次々とアップし、その女子力にて驚異的な引力を、脚に宿らせる女。


「女子ネットパワー、マイナス!!」


 片や、いかがわしいニーソ破廉恥写メや血まみれの不穏な画像を、ネット上に次々とアップすることで男たちの注目を集め、逆ベクトルの女子力にて驚異的な引力を、脚に宿らせる女。


「ロスト・ボンバーッ!!」


 プラスとマイナスの二人の女が犠牲者に跳びかかり、レッグラリアートの体勢で前後から挟み込む。

 打ち付け合う美脚の只中にあるのは、犠牲者の首にあらず。そうこれは、タイツ狩りなのだ!

 狙うはくびれた腰元なり!


「バカなーッッ!??」


 哀れ、彼女らの必殺の技に挟み込まれた女は、剣脚けんきゃくの武器たる履物を弾き飛ばされ、奪われる羽目となる。

 この恐るべき襲撃者たちこそ、そう。

 タイツ狩りのヘル・レッグケルズなのである。


「……ちっ、タイツじゃなくてレギンスだし」

「次の獲物を探すのぉ~。今夜が勝負だわ~……」


 ――暮れゆく日差し、散りゆく銀杏。

 『脚長町あしながまち』は夜の帳に、煌めく剣を一脚一脚、収めていく。

 そこには豪剣も凶剣も区別はない。ただ美しき脚が刀剣と化し、切れ味を増すのみである。


 さて、ヘル・レッグケルズの狩場はさておいて。

 戦い終えて残骸散らばる古戦場と化した、例のオープンカフェ。

 事情聴取や現状確保にひた走る警官たちの中で、ヘル・レッグケルズの犯行を疑いにかかる、黒服の刑事が一人いる。

 くたびれた黒のスーツを身にまとった、ヤセ型の中年。

 この者、名を、『延山篤郎のべやま あつろう』と言う!


「どうなんかなぁ。ヘル・レッグケルズは、噂程度にしかまだ俺も知らんし……。この戦いが連中の仕業なのかどうか」

「ヘル・レッグケルズって何ですか、先輩?」


 タバコを咥える延山刑事の口元に、ライターの火を向けて喫煙を補助する若い女。

 パンツスーツの新米刑事。

 この者、名を、『溶岩幸子ようがん さちこ』と言う!


「ネットの注目で脚力を上げて、剣脚けんきゃくのタイツを狩って回ってる二人組のことだ。被害報告が何件か出てるんだが……」


 若手女刑事の脚を見やる、延山刑事。


「お前は大丈夫そうだな、『マグマ』」

「なっ……! 人の脚見て変な判断下さないでくださいよ、先輩! あと『マグマ』って呼ぶのやめてください!」

「いいじゃねえか。ニックネームで呼ばれる、昔ながらのアットホームな部署ってのが、うちの刑事部の方針なんだから」

「だからって女の子に『マグマ』はないです!」

「かっこよくていいだろ、俺なんか『胃下垂』だぞ」


 痩せた腹に手を当てて、不満そうに延山刑事は述べる。


「それはだって、先輩は体質が胃下垂なんだからいいじゃないですか!」

「よくないよ! それを言うならお前は名前が溶岩なんだから、『マグマ』でいいだろうが!」

「だってぇ……『胃下垂』の部下が『マグマ』って、なんかこう……刑事として正しい姿なんですかぁ?」

「ああもう、んなこたぁいいんだよ、今は!」


 延山刑事は鼻から紫煙を吐き出し、忌々しそうに物申す。


「これが無許可の剣脚けんきゃくのものなのかどうか、俺達はそれを調べなきゃいかん。銃砲刀剣類所持等取締法違反の可能性有りだからな」

「……ですね、先輩!」


 延山刑事とマグマ後輩の調査は、こうして夜遅くまで続けられた。

 一方、夕闇に紛れて現場を立ち去った、あの剣脚けんきゃくたちはどうしただろうか。

 オープンカフェにて、レギンスから黒タイツまでの二連戦を行った、薄黒ストの女はどこに。

 薄黒ストの女こと月脚礼賛つきあし らいさんは、暗い路地裏にて、少年と二人、身を潜めていた。

 傍らの少年は勿論、月脚を買い求めた、果轟丸はて ごうまるである。


「なあゴーマル」

「なんだよ、礼賛」

「コンビニで、おでんの特売をやっているそうだ。買ってこい、そしておでんのつゆだけでもすすらせろ」

「みみっちいなお前!? ガキにたかるどころか、つゆだけもらうって相当だぞ! 金持ってないのか?」

「ああ、持ち合わせはない。だがゴーマル、お前なら持っているだろう。マキアートを飲んでいたお前ならな」

「持ってるけどよお……。礼賛、お前さ、初めて会った時にオレにマキアートおごろうとしてたし、酒も飲もうとしてなかったか? 無銭飲食する気だったのか?」


 ニヤリと笑って返答を寄越す月脚礼賛。笑い事ではない。


「無頼者は何かと生活が逼迫するものだ。その分、わたしを買ったお前に頼ることにしよう」

「面倒な買い物しちまったなあ、オレ……」

「腹が減っては戦は出来ぬ。切れ味鋭き脚は、日々のたゆまぬ食欲の賜物よ」

「ドヤ顔してるけど、お前が欲しがってたの、おでんのつゆだからな!」

「しらたきもくれるかどうかはお前の裁量に任せる」


 暗い路地裏、ネオンに照らされ、脚をむにむにとリンパマッサージし続けている、月脚礼賛。

 剣脚けんきゃくたるもの、常に獲物の手入れは怠らないという気概が見て取れる光景であった。

 その状態で「しらたきもくれるかどうかはお前の裁量に任せる」とドヤ顔で凄まれる少年の心中、如何なるものか。


「……今は手入れ中だ、あまり見ないでいい。これ以上脚が研ぎ澄まされては、わたしの手が切れる」

「みっ……見てないぞ」

「今更間の抜けた事を言うな。そのやりとりは先刻決着をつけただろう」

「でっ、でもな、お前! オレにだってそりゃ、素直に認めるかどうかってのはな! プライドってのが……あんだよ」

「はっはっは。いいぞ、ゴーマル。わたしはお前の“そういうところを買っている”んだ」


 斯様な場所で深夜に女と少年が、買うの買わないのの談義を繰り返していた、その時。

 絹を裂くよな女の悲鳴が、夜の町に響き渡るではないか。


「なんだろ、今の声」

「さあな。絹は裂けれどタイツは裂かぬ、わたしの心には届かない悲鳴だ。大方、剣脚けんきゃくの野試合か夜討ちだろう」

「オレ、見に行ってみようかな」

「何だゴーマル、早速浮気か?」

「浮気じゃねえ!」

「おっと、これはアツい本命告白だな」

「『浮気しない宣言』でもねえよ、ああ言えばこう言うだなお前!? しらたきやらないからな!」

「それは残念至極」


 悲鳴の大本を探りに駆けていく、轟丸少年。

 その後を「やれやれ仕方なし」とばかりに、月脚礼賛の薄黒ストの脚も着いて行く。

 果たしてこの男女が路地裏を出て、歓楽街を抜けて、暗く静かな空き地に辿り着いた時。

 そこには消えかけの街灯に照らされた、三人の女がいたのである。


 一人、気を失い地を這う黒ギャル!

 二人、拳銃を構えるパンツスーツの女刑事!

 三人、フリフリ媚び媚びの衣服に黒ニーソ、今まさに銃を向けられし女!


「あっ、あっ、あなた……っ? 先輩が言ってた、ヘル・レッグケルズの人でしょう……? てっ、抵抗はやめて、剣をしまって! 被害者にそれを返しなさい!」


 おたつきながらも銃を持ち、その照準をニーソの美脚に定めている、女刑事・溶岩幸子。

 だがニーソ女は、手にした布地を弄び、ゆるふわスマイルでマグマ刑事にこう返すのである。


「え~、だってぇ~。奪われたタイツを今更返せって言われても、困るんじゃないですかぁ~。もうこれ、血まみれなんですよぉ~」

「血っ……? 被害者に傷を負わせてるんですね? やっぱり危険です、すぐに剣をしまいなさいっ!」

「被害者の血じゃないですよぉ~。これ、わたしの血をぉ~。拭くのに使ってるだけでぇ~。やっぱり黒いタイツがいいんですよぉ? 黒地に赤は絵的に映えますもんねぇ~」


 闇夜に浮かぶ笑顔も奇妙なニーソの女。

 この者、名を、『夢藤狭軌むとう きょうき』と言う!


「せ、先輩、こちら『マグマ』! ヘル・レッグケルズらしき女を見つけました、応援お願いします!」

「やだぁ~。もしかするとわたしが悪いのかもしれないですけど、警察の人が急にわたしに変な言いがかりつけてきて、困ってるんですぅ~……」


 夢藤は血にまみれた自分の腕の画像とともに、こうした断片的な救援情報を、所属サークルの男たちに向けて発信。

 瞬く間に集まる、「どうした?」「大丈夫?」「夢藤さんは悪くないよ」「俺だけは味方だから」の書き込み。

 なお、電話もかかってきたが電話は面倒くさいので着信拒否をしたし、この男たちは自分だけに向けて夢藤からの救援メッセージが送られていると思い込んでいる。だが実のところこれは、対非リア地帯向け全方位絨毯爆撃なのだ。

 その、やるせなき男どもの想いの強さと迅速さ。夢藤の脚にマイナスの磁力場を発生させるに足る、エネルギー源に相違なし!


「じゅっ……銃が……吸い寄せられる!?」

「わたし、思うんですけどぉ~。警察の人だけ銃とか持ってて怖いんでぇ~。わたしが剣を持ってたってしょうがなくないですかぁ?」


 次々に集まる「うん」「そうだよね」「夢藤さんは悪くないよ」「俺だけは味方だから」の書き込み。

 男どもの賛同の言葉を受けつつ、ゆるふわスマイルマックスの夢藤狭軌!

 あわやマグマ刑事は黒ニーソのサビと化し、この空き地で殉職してしまうのだろうか。

 しかしてそこに割って入ったのは、轟丸少年と、月脚礼賛であった。


「まともそうな姉ちゃんに、頭のおかしそうな姉ちゃんが絡んでる! オイやめろ、こら!」

「え~、何この男の子。それってどっちがどっちなのかなぁ~。頭のおかしそうな姉ちゃんって、わたしのことじゃないですよねぇ」


 笑顔のままで躊躇なく轟丸に向け、ニーソに包まれし刀を振り下ろす、夢藤狭軌。

 それを受け止めたのはもちろん、礼賛の黒のシアータイツ。

 夜のしじまを打ち破り、ガキンと打ち合う互いの美脚。


「頭がおかしいという自覚があるから、指摘されて即時にゴーマルを切り捨てようとしたんだろう。やめろ、頭のおかしいニーソ女」

「え~。もっと頭のおかしそうな人に言われても、わたし困るんですけどぉ~。なんですか、わたしとやる気なんですか~?」

「仕方あるまい、これも商売だ。ゴーマルを守ってやらないと、しらたきが食えないものでな」

「しらたき以外でも欲しいのあったら買ってやるから、勝てよ礼賛!」

「毎度あり!」


 打ち付け合っては闇の中に火花を散らす、薄黒ストとニーソの脚。

 袈裟懸けに蹴る礼賛の脚の切れ味は、常人の脚であれば装身具ごとに切り伏せられる程の凄みであった。

 いや、そのはずだった。

 月脚礼賛の美脚は、ニーソ女のひらひら媚び媚びの衣服に切り傷を与えはしても、刀剣としてはさしたる殺傷力を発揮していない。

 何故かと言えば、それはこの場の照明の暗さが故。

 暗き世界で斬り合う剣脚けんきゃくたちのその脚を、消えかけの街灯では、余すところなく魅せつけることは、不可能だったのだ。


「ゴーマル、どうした。注視が足りんぞ」

「わ、悪ぃ。暗くてよく見えないんだ」

「え~、それってもったいなくないですかぁ? こんなあざといもの履いて、バカみたいに脚をさらけ出してるってのに、子供にすら見てもらえないんですかぁ~?」

「言動から何からあざとさ全開のお前に、そんな指摘をされるとはな、ニーソ女」

「わたしはそんなぁ~……。わたしらしい格好をしてるだけでぇ~……。ねえみんなぁ、わたしらしさって何かなぁ? わたし、わかんなくなってきちゃった。君だけはわかってくれる? 本当のわたしのことぉ」


 夢藤狭軌はこうした会話のうち、自分にとって都合のいい部分のみはボイスチャットを利用して、各所に配信している。

 「夢藤さんは自分らしくていいと思う」「いいよね」「わかる」「俺だけは味方だから」などの言葉をサークルの男たちから搾り取るようにしてかき集め、さらなるマイナスの女子ネットパワーを高めるためである。


「脚にいっぱいクラッシュパワーが高まってきましたぁ~」

「人間関係も壊しそうな破壊力だな。ニーソ女、力を高めるのもいいが、それで力の源の男どもを失ったら、お前はどうするんだ」

「そうしたらまた別のサークルの力を借りれば良くないですかぁ? わたしたち女同士だしそういう気持ちもわかりますよね」

「わからんな」


 同意を切り捨てる言葉とともに、一刀両断相手を切り捨てようと、回し蹴りにてその脚を振るう、月脚礼賛。

 礼賛は何も、ニーソ女こと夢藤狭軌を煽るために、会話を続けていたのではない。

 チカチカと明滅を繰り返す、切れかけの街灯に、光と闇の周期性を見出した礼賛は、次なるライトアップの瞬間を見計らっていたのである。

 それが、今!

 伸びやかかつ致死性の美脚を、回転とともに空中に浮かび上がらせる、このローリングソバット。

 途絶えかけの人工的な光源が、星々にも負けぬ明るさを一時放ち、美脚の刃紋すらも現出させる。

 逃さず見つめる轟丸少年の目。蠱惑のナイロンは、誘蛾の力さえ漂わせた。

 見よ、これぞあざとい薄黒ストの切れ味なり!


「え~、怖いぃ~」


 だが、しかして。

 夢藤狭軌のスカートは翻り、月脚礼賛の渾身の斬撃を、まるでバリアーでも張ったかのように弾き飛ばしたのである。

 かいま見えたのは、明かりのもとに映える白い柔肌。

 そう、即ち、ニーソとスカートの間に見え隠れする、絶対領域!!

 懸命な諸氏は既に周知の事であろう。おいそれと触れることすらまかりならぬニーソの無敵防御地帯、それこそがこの最終防御壁、絶対領域である。


「ニーソの絶対領域ってぇ、男の子たちの気持ちがこもってるせいか、すごい防御力なんで~。そんなギロチン程度の回し蹴りなら、弾き返してもおかしくないですよねぇ~。みんなの注目のおかげで、わたし助かっちゃいましたぁ~」

「ニーソの守り……恐るべしか。極度の空腹のもとでこれを打ち破るのは、骨が折れる」

「極度の空腹って、そんなに腹減ってるのかよ礼賛?」

「数日腹に何も入れていない」

「なっ、なんだよそりゃ、ダイエット中か?」

「必要だと思うか?」

「い、いや……。今のうちに……おでん買ってきてやろうか?」

「いい。お前は見ていたほうが役に立つ。だが、そこの女!」


 轟丸との会話から突如話を振られたのは、女刑事・溶岩幸子である。

 月脚礼賛、腹を鳴らして曰く。


「この斬り合いでは、その銃もろくに役に立たないだろう。せっかくだ、わたしを手伝え。お前、何か食べるものを持っていないか」

「えっ、あれ? お、おい待てよ礼賛。この姉ちゃん、何か様子がおかしいぞ?」


 皮肉なことだった。轟丸に「まともそうな姉ちゃん」と評された溶岩幸子が、ここに来て「様子がおかしい」などと評価を覆されるとは。

 闇に姿を紛れさせた、マグマ刑事。

 響き渡るは、あの声だ。


「その剣脚けんきゃくは……月脚礼賛! まさかアンタが釣りに引っかかるとはね。なら今だ、行くぞ夢藤! タイツ狩りだ!」


 相方に呼びかけられたニーソ女の夢藤狭軌、目を輝かせてそれに「応!」と返した。

 驚きとともにマグマ刑事のいた暗闇を二度見する、礼賛・轟丸ペア。

 そこには……地を這う女と、仁王立ちする女が、一人ずつ。


「おい、礼賛! いつの間にか地面に倒れてるのが、さっきのギャルの姉ちゃんじゃ、なくなってる!」

「ああ。いつのまにやら女刑事が地に伏して……代わりに現れたるは」

「女子ネットパワー、プラス!!」


 叫びとともにナマ脚にプラスの磁力をまとわせる、黒ギャルのその威容。夜の街の支配者が如し。

 かくしてプラスとマイナスの女子ネットパワーに挟みこまれた、月脚礼賛。その運命や如何に。

 次回、剣脚商売。

 対戦者、ナマ脚黒ギャル。

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