第6話 ジャック・ジャンパー

フロアには、シノブとルナが残っている。レイランドは携帯電話を持ってまたどこかに行ってしまったため、ユーナはやや居心地が悪そうだった。もらった契約書を持って隅に椅子を引き寄せる。

「ユーナくん」

シノブが椅子をもってにじり寄ってくる。そのため細かい契約書の文字列を追っていたユーナの視線がちらちら、そちらに飛んだ。

「どう、やってけそう? と、言うより、ちょっとは興味持ってもらえました?」

「まあね」

読んでたのに。その言葉を飲み込んで、ユーナは受け答える。

「でも、ずっと腑に落ちない。どうしてこんなに厚遇してまで、彼はぼくを呼びたいんだろう?」

「ユーナくんは一人が好き?」

シノブの質問は唐突だった。内心の戸惑いを表したあと、

「そう言うわけじゃないけど」

「わたしは本当は、一人が好きだったんだよねー。でも縁があって、レイランドにここに呼ばれたんだ。わたしたち倭人は、人の出会いを大切にする風習があるから。わたしはそれを信じることにしたけど、君も好きにしたらいいと思うな」

「この条件で雇ってくれるなら、ぼくは、何も不満じゃないよ。でも、話はそんなに簡単じゃないと思うんだ」

「ルナはどう思う?」

「え…わたし?」

ルナはレイランドの戻りを待っているのか、座りもせずに、フロアを行ったり来たりしている。

「わたしは、レイのすることだから、間違いはないと思うよ。新しい人が増えるのも、もちろん嬉しいし。MCAIになったらほとんどの時間、みんなと一緒に過ごすわけだし。ユーナくんって、初めて、わたしと同い年だよね? わたしの周りの人で同じ年の人っていないから、うれしいな」

「本当に? 君は無理してると、ぼくは思うけど」

ルナの表情が一瞬、強張る。

「どうして?」

「だって」

つっけんどんに、ユーナは返した。口調がきつくなった。

即座に、それはつき返すような言い方だった。

「ぼくがもし君の立場だったら、たぶん、そうは言わないと思うよ。ぼくはシグルドで、君の同胞をさんざん殺してきた。言わなかったけど、さっき空港でも一人死んだんだ。君は、アルトナ人だろ?」

「え…」

ルナの表情が凍りついた。

「見れば分かるよ。君がいるからみんなも、空港のことは詳しく触れないようにしてた。レイランドはアルトナ人の君がいることを知りつつも、その件にはあえて触れずに、ぼくを入れようとしている。MCAIにぼくを入れて、君は本当に大丈夫なの?」

沈黙が誰にも庇いようのない空気を連れて、二人の間に立ちふさがった。ユーナは彼女と、揺るぎようのない視線を交わして、対峙していた。折りよく、電話を済ませたレイランドが帰ってきて、気まずさを打ち破る。

「待たせてすまなかった。今日は、僕たちと行動しよう。だめになったクッキーの代わりに、遅いランチをご馳走するよ。…二人とも、どうかしたかい?」

ルナとユーナは、弾かれたように視線を外す。

シノブが不自然さをごまかすように突然立ち上がって、

「お腹減りました。車、わたしが回してきます。ユーナくん、荷物を運ぶのを手伝ってください。荷物、荷物運ばなくちゃ」

荷物って何のための?

そう思ったが察して、あえて聞き返さずにユーナは立ち上がった。


レイランドが手配したハマーが、市街地を走りぬける。高架道路の下で、射すように照りつけてくる午後の陽射しが一瞬翳った。強すぎたエアコンを、レイランドは加減する。

「混んできたな。まだ時間が掛かりそうだが、我慢してくれ」

三十分間無言の車内の第一声が、運転手のレイランドの内容のない一言だった。

ルナは助手席に、ユーナはその真後ろの後部座席で同じ方向を眺めている。

車に乗った直後、シノブがユーナの肘を突っついてきた。

(分かってるよ)

言わなくてもいいことを、自分から言ってしまったことぐらい。

(さっきああ言ったのは、別に彼女のためなんかじゃない)

自分の罪悪感から口走ってしまったのだ。

それは彼にとっても初めての経験だった。

アルトナのテロリストが、負け惜しみに刻みこんだ、ただの捨て台詞にどうしてこんなに動揺する? そうだ。そう言えば、空港であの男に呪詛の言葉を投げつけられてから、何かが、自分の中で息衝いているのだ。

「同胞が見れば分かる」

(・・・・うるさい)

「お前は、人殺しの目だ」

(そんなこと、とっくに分かってる)

「多くの同胞を殺しやがって」

(黙れ)

「お前が殺したんだ」

「ユーナくん」

気がつくと、全身に汗を掻いていた。

「ユーナくん!」

「聞こえてるよ。…分かってる、さっきは悪かったと思ってるよ」

「だからそう言うことじゃなくて」

シノブが心配そうに覗きこんでくる。たった今ユーナはその視線に気づいてはっとした。

「大丈夫? 車に乗ってからかなり変だよ」

「別に平気だよ」

気分が悪いのは事実だった。微熱が醒めたあとに似ていた。

「さっきはありがとう。シノブが間に入ってくれて感謝してる。お陰でもう、頭は冷えたよ」

「うーん」

なんて説明したらいいか、次ぐ言葉が見つからずにシノブは頭を掻いた。

さっきの喧嘩が、ユーナにとっても悪気のないことは事実ではあるのだろう。無意識に口を突いて出た言葉で、彼自身もすぐに我に返ったのが、シノブにも分かった。シノブがとりなして、あとで彼は謝った。ルナもルナで、すぐに笑顔を見せて仲直りしたのだ。それで一件落着のはずだ。もちろんそのあとで何か、すっきりしないものが残る気まずい車内ではあったが、どうもその空気感の正体がシノブにも上手く表現できない。

「だからつまりね、ユーナくん…えっと…」

「変な夢を見ただけだよ。飛行機でちょっと疲れたんだ。お願いだから、しばらくほっといて」

ユーナは言うとシートにもたれて目を閉じた。実際、時差ぼけに疲れも出ているのだろう。身体が重く、思考も覚束ないようだ。

(しょうがないなぁ…)

シノブも困り顔で、ため息をつくと再び無言になる。

ユーナの頭の中には、さっき笑顔を取り戻したルナが、手を差し伸べてくれたときに言った言葉が、ずっと反響していた。

気にしないでいいよ。

「わたし、大丈夫だから」

(大丈夫なもんか)

アルトナの男の赤い目。アルトナは特異な深みのある赤い瞳を、秘術によって普段は封じ込めている。アルトナは他の人々に自分の存在を秘することが、彼らを象徴する自分たちの美徳として護り続けてきた。激昂したり、感情に大きなぶれがあると、その封印が解けるらしい。特に、怒りの赤い目を見せるとき、アルトナの憎悪は、相手を神の仇敵として永遠に赦すことはないと言う。

ルナの瞳の色はまだ、穏やかなブラウンのままだった。

(気にすることなんかない。ぼくはこの国のために、この国の国民になるためにしたことなんだ)

弱いものは消えていく。自然淘汰の民族観に生きるヴァルキュリアでは、弱いものはそれだけで悪だ。正々堂々として強ければ、世の中に存在価値を認められて残っていく。自分たちだけの秘密を護ってこそこそとしなくても生きていけるのだ。

そうだ。

悪いのは全部、秘密主義で思わせぶりなアルトナの生き方なのだ。

(ぼくは何も間違ったことを言ったわけじゃない)

「これから行く場所は、僕たちも行きつけにしてる場所なんだが、実は人と待ち合わせをしててね」

さっきの後部座席のやりとりを聞いているのか、そうでないのか、目を閉じたユーナに、レイランドは構わず語りかけてくる。

「ランチをただでご馳走してもらう代わりにひとつ、話を聞いて欲しいらしいんだ。これが僕たちとの君の初仕事になると思うが」

「あっ、そうだ。レイ、あのね。あのことだけど…」

ルナが話の腰を折る。レイランドに何か耳打ちをしているようだ。二人で何か内緒話をして肯きあっている。一体、話の途中になにを割り込ませたのだろう。ユーナは薄目を開けて、しばらくその様子を眺めていた。


「しかしそれにしてもよ…大丈夫かな、あいつらは」

その頃アーニーとエルクは、キリウの運転で現場になったホテルスプレンディッドの五階オープンテラスに到着していた。

本格的なシーフードから、お洒落なカフェまで楽しめるビジネス街の人気スポットは、ホルスターに武器を携帯した制服姿の男たちに占拠されている。狙撃犯の足取りが掴めず、目下も市内を逃走中とのことなので、三人も着衣の下につけられるターミナル・ベロシティを装着している。

「大丈夫って、新入り君のこと? 彼、大人しそうだし、問題は起こさないっしょ」

「お前のときみたいな、か?」

そのエルクをアーニーはじろりと睨んで言う。

「…馬鹿、問題は別のことだよ。空港のこともあってすっかり忘れてたけど、うちにはルナがいたんだよな」

「そう言えば、ね。わたしたちもルナのこと、普段そう言う風にみて付き合ってないからね」

「だな」

でも、とキリウは、こともなげに答えた。

「彼女、強い子だから平気よ。大体二人とも、あんたたちが心配してるほど、子供じゃないんだしさ」

「じゃあ、大人? まさかおれのこと飛び越して、もう大人の関係に・・・・?」

エルクの頭をアーニーは平手で叩いた。

「なに考えてんだ、お前は。そんな馬鹿なことばっかり言ってるから、お前一番下っ端なんだっつの」

「え…だって、新入りが入った時点で、おれって昇格じゃないの?・・・・つか、ユーナのがおれより二つも年下だし」

「あんたの方がずうっと、ずっと下っ端よ。彼は着任そうそう空港で、アルトナのテロリスト制圧したんだから。あんたはケースも担当できないし、犯人一人でもまだ捕まえたことないでしょ? そもそも能力だけでMCAIに入ったんだから、あんたには勉強すること山ほどあるんだからね」

「ひでえ。じゃあ、おれいいとこ無しじゃないっすか」

「いいとこねえとは言ってねえだろ。ただ、お前には足りない部分が多すぎるってことだ。そこよく、わきまえとけっつの」

「あんた、たまにへこましとかないとすぐ付け上がるからね」

「ちぇっ…そんなぼろくそ言わなくたって分かってますよ。おれがアーニーに拾われなかったら、ただのちんぴらだったってことくらい」

二人にぼろくそに言われ、エルクは泣きそうな顔で開き直った。

「どうせおれは小学校も出てないし、このJJの能力だけでMCAIに入りましたよ」

「分かってるじゃねえか…だったらまず、その能力で活躍しないとな。今回のケースはお前みたいな能力が一番、活躍できるかも知れねえぞ。ちゃんと見せ場作ってくれよ」

「へいへい」

「それと言っとくけどあんたら、わたしたちお客さんなんだから失礼のないようにね」

「へいへい」

三人は現場入りすると、まず事件の責任者に面会することにした。

「MCAIの馬鹿どもか、何の用事だ」

ディメオラ市警の刑事課を束ねるのは、ダド・フレンジー部長だ。彼は、花崗岩の岸壁でブルドックを彫り上げたような顔をした叩き上げのベテランで、ディメオラでも最古のキャリアを誇る評判の堅物警官だった。

「こいつは狙撃事件だぞ。中央捜査局が顔を出すにしても、テロ対策課が来るのが筋じゃねえのか」

「ミハイル・グーデは越境指名手配犯です。彼の犯行の可能性がある以上は、わたしたちが早期に介入して情報提供しあった方が、次の事件を未然に防ぐ意味でも、有利なはずですわ」

「ハナタレ連れてきても、なんの役にも立たねえと思うがな。いいかアーニー、お前、まぐれで偉くなった癖におれに上司面するんじゃねえぞ。おれが見逃してやらなかったら、お前なんか今頃、豚箱行ったり来たりしてるチンピラだったんだからな」

と、ダドは岩のような拳でアーニーの胸を突いた。

「分かってるっておやっさん、あんたにゃ恩に着てるよ。おれだって安月給だしさ。に、しても本当あんた、相変わらずだな」

「こんな腰抜けに何が出来るんだよ、教えてくれ。ガキのお守りしてる暇はねえんだ。せめて、連れてきたガキはお前で面倒見てくれよ」

と、傍らで小さくなっているエルクにあごをしゃくる。ど迫力の鬼刑事の登場に、エルクは早くも縮こまり気味だ。

「エルク・サマラっす。よろしくお願いしまっす…」

目をそらしながら自己紹介するエルクを、ダドはふん、と鼻であしらう。アーニーとキリウは、初手からまずったというように苦い顔を見合わせた。ダドは大きな腹を揺すって、腕を組むと、

「ともかくミハイルだか、ラファエルだか知らんが、もともとはこのディメオラの犯罪者なんだ。出戻り野郎に引導渡してやるのは、お前らじゃねえ、おれの役目だ。・・・・・なにしろ奴はおれが新米の頃から、裏の世界じゃ名の知れた存在だったんだからな」

「ダド部長には色々と話をうかがえと、レイランドからも言われています」

「そうかい、まあ、そいつをわきまえてくれりゃいいんだ」

三重に近いあごを揺すると、

「だが、昔話なら、あとにしてくれよ。現在に目を向けるんだ。今からCSI(鑑識課)が、狙撃場所を割り出してくれる」

ダドは、天に目を向けた。足元に倒れた椅子を起こすと、肥った身体をそれに預けた。

「そう言えば、遺体はどうしたんだ?」

「お前らが来ないから、とっくに片付けたよ。解剖に立ち会ってもいいが、詳しい結果は、報告書を見てくれ。今、おれで概要を教えてやる。被害者のカミラ・モーガンはちょうどつむじに弾丸を受けて即死したんだ」

と、ダドは自分の頭で死体が撃たれた辺りを指差した。彼の頭ではかなり薄くなっているし、つむじは個人によって違うので、想像しにくいのだが、やはり弾丸は、ほぼ脳天から突入して、被害者を殺害したのだということは三人に分かった。

「こうしてて、ちょっと顔を上げたときに突然、ボン、だとよ」

しかも弾丸は、その身体を衝撃で吹き飛ばす間もなく、まっすぐ、椅子から床まで貫通したのだと言う。

「銃声に気づいたものはいなかったのか?」

「もちろん、誰もいない。女はここにあった44番のテラス席で待ち合わせしていたそうだ。注文を運んできた店員が、椅子の上で仰向けになって死んでいる彼女に気づいたのがきっかけだ。正午になったばかりで、テラスはひどく混み合っていた。カミラは確かに派手な服を着ていたが、目立つほどじゃなく、遠くから標的を見つけるのはかなりの困難だっただろうよ。ここらはビル風も強いしな」

「新入りのユーナなら、なんて言ったかな」

風向きを知ろうと唾で濡らした指を立てると、アーニーは言った。キリウがさっき聞いたばかりのユーナの醒めた口調を真似する。

「ひねくれものだけど、その変態的なこだわりを実行するだけの実力と経験を持ってる凄腕…だっけ?」

「弾丸は顔の正面から入ったんだったな」

アーニーは言うと、目の前のビル群を見た。狙えるビルは、ざっと見たところ三棟ほどあったが、どれも後ろを向いている。

「もう向こうは調べたぜ。どのビルもセキュリティが万全で、誰にも気づかれずに屋上にのぼるのは不可能だぞ。それにその三軒のビルも、狙撃するとしたら、弾丸の入射角がこんな垂直に近い形には絶対にならない」

と、ダドは、証拠の袋に詰められた一発のライフル用の弾丸を見せてくれた。軍隊経験があるアーニーが見るに、貫通力が固まるように、特殊な加工をしてある。

「綺麗なもんだ。こいつが、弾丸か?」

「ああ、大して形も変わりもせず、床にころりと落ちてたんだ。頭蓋骨を貫通してから、口腔、食道を通って出てきたんだとよ。まさか飛行機から狙撃したってこうはならねえぜ」

「飛行機が空を飛べる場所じゃないわね」

上を見上げてキリウが言った。なにしろ、ビルの谷間だ。ヘリから狙撃するにしても、遠くから、かなり高度も下げねばならない。

「不審な航空機は今のところ発見されてねえ。最寄の空港も全部手配して、押さえてはあるがな」

やがて青いジャケットを着た鑑識課員が、遺体に見立てたマネキン人形とそれに突き刺すレーザーペンライトを持ってくる。弾丸が入り込んだ角度と遺体の座り位置から、正確な狙撃地点を割り出そうと言う試みだ。

すぐにおかしなことが起きた。

「おい、こりゃあ変だぞ」

レーザーは建物にぶつからず空に消えていく。しかもそこは、航空機が接近したのでもない、ビルの真上でもない、奇妙な場所だった。

「まさか、空が飛べる人間が撃ったとかじゃないわよね?」

「そんな奴いたら、飛行機よりもっと目立つっての」

アーニーたちも怪訝そうな顔を、ペンライトが指し示す上空に向ける。晴れた空に広がる雲は、建物の天辺辺りにかかっている。それはさっきアーニーが目星をつけた、三つのビルのうちの、真正面にあるひとつだった。

椅子に座らされたマネキンを一瞥すると、アーニーは言った。

「なあ、被害者は心持ちあごを持ち上げて、斜め上を見ていたんだよな。と、言うことは弾丸が飛んできた方向を、彼女は見ていたことになるな」

「それが見えるかどうかは別としてな」

苦虫を噛み潰した顔でダドが答える。

「それなら、いちかばちかでやってみるか」

エルク、とアーニーは傍らでほとんど部外者になっていた新米MCAIを引き寄せて話し込む。

「どうだ? この人形の目線の角度で飛べそうか?」

「出来なくはないですけど、本気で? 向こう、なにもなかったらおれまっ逆さますよ」

「大丈夫だ、とにかく行ってこいよ。最初に着いたところで停まって電話しろ」

「なんだ、今からなにをするんだ?」

「おれらのやり方で狙撃地点を突き止めて見せるぜ。な、エルク」

「ええ、まあ」

「このガキが? どうやってだ?」

居たのかとと言う顔でエルクを一瞥すると、ダドは訊ねた。

「こいつには人に真似できないぶっ飛んだ能力があるんだ。そいつを使えば、レーザーポイントより早く、狙撃場所を突き止められるのさ」

「ぶっ飛んだ能力だ?」

「ま、文字通りぶっ飛ぶんですけどね」

深呼吸するとエルクは身体を慣らし始める。

「説明して、JJ。自己紹介がまだよ」

「おれがするんすか?」

「お前の能力だろうが」

いきなりふられてエルクは、睨みつけるダドの前で少し躊躇してから、

「えっと…いわゆる、人の目線から目線へジャンプできる、それがおれの能力です。視界を乗っ取るからジャック・ジャンパー…つまり、JJって言われてるんですけど、おれ、JJってあんまり気に入ってないんだよな」

「おれのネーミングに何か不満でもあるのか?」

アーニーの脅しを、エルクは聞かなかったことにして流して、

「で、どこかに向かって開いている目があれば、次の目にぶつかるまで、一瞬でテレポート出来るんです」

「マネキンの目でもか?」

「目だと認識してるものなら、なんでもです。だからこの目でも」

エルクが言ったその瞬間だった。ふっ、とフィルムから切り取ったように、彼の痩せた身体が丸ごと消えた。

「おい、なんだ、どうなってるんだ?」

ダドは垂れた目を見開いて、辺りを探したがエルクの姿は見当たらない。キリウが説明を引き取って、

「テレポートしたんです。だから、この近くにはいません。このマネキンの目線の先へ飛んだんです。次の目にぶつかるまで、彼は瞬間移動し続けます」

「どこまでもって、向こうは空だぞ。あいつ、大丈夫なのか?」

「ええ、今まではちゃんと戻ってきましたから。ね、アーニー」

ああ、と肯きはしたが、やらせた張本人のアーニーは、若干心配気味だ。

「やっぱ大丈夫かな、あいつ」

その瞬間、アーニーの胸の携帯電話がバイブした。

「エルク、ちゃんと飛んだか?」

受話器の向こうからは、エルクの声が響いてくる。

『生きてますよ。残念ながらね』

ほっ、とアーニーは息をつく。

「ああ、残念だな。で、今、どこにいる」

『見つけましたよ。絶対にここが、狙撃地点です』

「本当だろうな?」

『賭けます』

その声は弾んでいるためか、少し割れていた。初手柄に浮かれているのが、アーニーにもはっきりと分かった。

目頭でキリウとダドに合図すると、アーニーは言った。

「鑑識課連れてすぐ行くよ。そこがどこだか、道案内してくれ」

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