第3話 悪魔に全てを捧げた男の街

「えらいことになったわね。二人とも、無事だった?」

MCAIの責任者であるキリウ特別捜査官は、現状を聞いてわざわざディメオラ市街からあわてて戻ってきたようだ。

「悪いわね、ユーナ。のっけからハードな任務に参加させて」

きつく縛った後ろ髪を束ね、ダークスーツをぴったりと着込んだキリウは、隙のない女上司と言った雰囲気の大人の女性だった。

「慣れてる。外地で、嫌と言うほどやらされてきたことだし」

「あなたが居て本当に助かったわ。アルトナ人テロ組織のやり口は年々残虐化してるからね。今回みたいな自爆テロも珍しくなくなってきたし。MCAIは対応しなきゃならない範囲が広いから、頑張ってくれないと」

やりとりに置いてけぼりにされたまま、ずっと浮かない顔をしているのはアーニーだ。

「はいよキリウ…で、おれに言い忘れたことはないのかな?」

「彼がシグルドだったって言うのは、話はもうしたと思うけど」

「そう言う問題じゃねえだろうよ」

アーニーは爆発後の回収作業に追われている現場を一瞥すると、ため息をついて言った。

「魔法陣爆弾なんて話聞いてねえぞ。しかも自爆テロだ? ふざけろよ。たまたま元シグルドのこいつがいて、おれが準備をしてたのが良かったものを。殉職したらどうする気だったんだ?」

「いいじゃない、実際、死ななかったんだから。それに、本望なんでしょ? 本業で死ぬんなら」

「うぐ…」

あまりにあっさり言われ、アーニーは続けざま二の句が次げない。やっと言えたのは、やけくそ気味の負け惜しみだった。

「ああ、本望だよ。嬉しいなあ、仕事でくたばれて」

「えらい。頼りにしてるわ。その調子でセクションの拡大に努めてよね」

「覚えとけよ、おれが死んだら絶対、お前を呪ってやる」

「楽しみにしてるわ。て言うか、死んでもいいから、今溜まってる仕事全部片付けてよね。本当に人手は何人いても、足りない状況なんだから」

見ての通りだ、と言うように忌々しげに両手を広げてみせると、アーニーはユーナに向かってむなしい忠告をした。

「ユーナ、辞めるなら今のうちだぞ。絶っ対、仕事給料に見合わないからな」

「ぼくは…」

「あん?」

それが目的じゃないんだ。

そう言おうとしたが、ユーナは口をつぐんで言葉を濁した。今言うようなことでもないように思えたからだ。

「ったく、また扱いにくいのが来たぜ。どうなってんだここは」

「わたしに文句言わないでよ。彼は特別待遇よ。今回スカウトに関わったのは、全面的にレイランドだし。わたしたち正規の職員とは、採用窓口が違うのよ」

(レイランド)

またその名前が出た。ユーナは、反応して顔を上げかけたが、アーニーは自分だけ納得顔で肩をすくめるだけだった。

「レイランドのお墨付きってそう言うことか…ふん、確かに、道理で、ほどよくいかれた野郎だ」

子供相手に本気になる大人気なさを勘案したら、どっちがだ。ユーナはアーニーを睨みつける。

「あら、意外と似合ってるわよ。見たとこ、二人とも雰囲気も噛み合うようだし」

二人は異口同音いくどうおんに言った。

「どこがっ?」


空港の玄関には、キリウが乗りつけたMCAIのロゴの入ったSUVが一台停車している。二人はそれに現場から持ち寄った荷物を積み込み、真っ直ぐ市内にあるMCAIの本部に向かった。

「仕事の内容については実地でアーニーから、指導を受けたと思うけど」

ハンドルを操るキリウは早速話し始めた。実地、と言う単語を発するときだけ、バックミラーで後部座席でふて腐れているアーニーをちらりと盗み見る。

「他に何か質問はない? レイランドに会う前に、不安なことがあれば、私が答えられる範囲で答えるわ」

「セクションの仕事じゃなくて、ぼく個人のことについて聞きたいことがあるんだけど、それでもいい?」

「ええ、それでも構わないよ」

ちょっと躊躇ちゅうちょしてから、ユーナは言った。

「どうしてぼくをこの部署に?」

「そこを聞くか…」

キリウはみるみる顔をくもらせて、端から言いにくそうにした。

「正直なところ、ぼくは魔法を見たのはさっきで生まれて初めてなんだ。・・・・・・たぶん、アーニーが言う、普通見えるはずのないものが見える才能もあるとは思えない。それなのにどうしてぼくをこのチームに?」

「戦地で魔法は見たことはないのか?」

逆に聞き返したのは後部座席にいるアーニーだ。ユーナは顔を曇らし、訝しげに答えた。

「アルトナが魔法を使うのは、嘘っぱちだと思ってた。・・・・・秘密の儀式を習俗にして血や生けにえを捧げる習慣はあるとは聞いてたし、戦地でも噂話は聞いたけど、実際の戦闘で見たことはない」

「まあ、アルトナだけが魔術じゃないからな」

「ただ十年前の北部アルトナをめぐる一連の事件で、アルトナの持つ秘術や血塗られた習慣が注目されたのは事実ね。実際、このチームの創設もその翌年だし」

「魔法なんて知らないし、ぼくには使えない」

「それでもいいのよ。問題はケースに対応できる能力があるかないかだから」

アーニーは上体を起こして、後部座席からラジオのスウィッチをひねると、ユーナの方にあごをしゃくって見せて、

「まあ、元シグルドだけあって、戦場勘は確かみたいだな。あの爆発で犯人以外の人死にを出さなかったのは、正直、こいつがいたからだ」

カーラジオは、さっきの事件の続報を報じている。生き残った犯人からの情報で残りの犯人グループ六人が確保され、人質が無事救出されたようだと言う。

「まあ、うちとしては嫌だって言われても、今一番欲しい人材ね」

アルトナの男の赤い目を思い出したのか、ユーナはしばし沈黙していた。

「そういやまだ、正式なチームの名称を言ってなかったな」

魔法犯罪分析捜査班まほうはんざいぶんせきそうさはんよ。ちょっとちゃちな名前だけど」

「略してMCAI?」

「そうよ。魔法使いを集めようなんて、誰が考えたのか」

魔法使い。どう見てもそうは見えないアーニーを一瞥して、キリウは言った。どうも、キリウは一言多い性格のようだ。ラジオをボリュームを絞って、音量を下げると、

「まだロムリア衆合中央捜査局で独立した部門を持たせてもらっていないのは不本意だけど、過去の未解決事件の洗い直しや、今みたいなアルトナ人による魔法テロ対策なんかで、これからどんどん必要とされてくるチームよ。まあ、先は楽しみにしてて」

「・・・・・だったらもっと、予算とってこいよ」

アーニーの不穏なぼやきを、キリウはあえてスルーして、

「さっきも言ったとおり、あなたは特別待遇なのよ。このチームに限って、二つ、採用窓口があってね、あなたの採用に関する経緯は正規の捜査官のそれと違ってちょっと事情が多いの」

「事情って?」

「うん、それはね・・・・・・」

キリウは説明しかねて言葉を濁した。もどかしげに眉をひそめるユーナに、アーニーが無理やりに言葉を押し被せる。

「一言で話が出来ねえから事情って言ったんだ。まあ、おおよその察しはつく。本部で顔合わせしながら、じっくり話すこった。レイランドは戻ってるんだろ?」

「ええ。まあ。話はそれからね。まずは、大体のところは分かってもらえたかしら」


お前の目は。

と、アルトナの赤い目をした男は言った。その叫び声が、ユーナの耳朶にぶら下がって、まだ離れない。

「多くの同胞を殺した目だ」

男は言った。

「おれだけじゃない、同胞なら見ればすぐに分かる」

男は言った。なんだって?

見れば分かる。お前は人殺しさ。誰が見たって分かる。

「逃げるな」

青い刃を突きつけられた男の目。血で潤んでいる。ユーナの目からこぼれた涙も腕を伝って、熱い血となって刃先へ流れ注いでいた。


「どうかしたのか?」

「なんでもないよ」

ユーナはとっさに言った。

「そろそろ、市街が見えるわよ」

キリウが言った。

「初めてなんだろ、ディメオラは」

「て、言うかユーナ君、この国自体が初めてでしょ?」

やがて大きな入り江を挟んで、眼下に砂漠を切り取った巨大な都市が姿を現した。

「・・・・・・でかいね」

「それだけか、感想は」

アーニーが不満げに言う。

「だって、でかいとしか言いようがないよ。ぼくの住んでる場所には、こんな大きなビルとか港とか無かったし」

「まあ、表現はしにくいわね」

つまりは、驚きを表現する語彙がないのだ。比較対象がないので、目の前の光景をなんとも実感しにくいらしい。アーニーは拍子抜けしたように、

「だけどよ、なんかもっとあってもいいんじゃねえのか、豊富なリアクションが。ガキならではのっつうか…うわあ、とかすげえ、とか言う新鮮な驚きは」

「すごいのは判ったよ。でも、豊富なリアクションって、なきゃだめなの?」

「地元民が思ってるほど、感動はないのよ」

さりげなく、キリウがフォローする。

「ディメオラは西海岸でも、もっとも古い州都の一つよ。ちなみに今、目の前に見えている港湾ゾーンのあるサウスエリアを入れて、東西南北四つのエリアに分けられてるの。わたしたちが所属する衆合中央捜査局しゅうごうちゅうおうそうさきょくがあるのは、各行政機関が集中する東側のビル群、あの目の前に見える大きなビルの向こう、だからずっとあっちね」

「へえ」

キリウは百二十階建てだと言う、三角錐さんかくすいに立方体が載せられたような形のビルを指して言った。

「まあ、この街に来る多くの人間の用事は、西側のエリアの歓楽街だがな。カジノやイヴェント会場つきのホテルも乱立してるし、古代のディメオラを見学するツアーバスなんかもあすこから組まれてる。…知ってるか? つい百年ほど前まで、あの辺りは、たった一人の男のもんだったんだ」

「アルバトロス・フランクリン?」

「よく知ってるな。くそったれのマフィアの親玉さ」

「なにかの本で読んだよ。今のディメオラは流れ者のギャングが、たったの二十年足らずで作り上げた街だって」

「正確には、バーナード・フランクリン。通称『あほう鳥』のフランクリン、本人もその間抜けな仇名を気に入っていたみたいね。もう取り壊されてないけど、かつてはホテル・アルバトロスが、この街では最大の遊び場だったしね」

話をしているうちに、SUVは西側の中央通に入り込み、やしの木が中央分離帯に植え込まれた片側四車線の大通りをありとあらゆる形と色のホテル群を両側に通り抜けていく。

「ほら、見てあそこ」

その広大な敷地は現在、界隈のホテルオーナーたちが運営する協会の建物になっていると言う。無機質の五十階建てミラービルからは往時の面影を忍ぶことは出来なかった。

「あれね。あそこにホテル・アルバトロスと、ファミリー・グループのオフィスがあったって話よ」

「話?」

「今、彼の面影を忍ぶものは書籍・資料も含めて、実はほとんど遺されていないのよ。だから話って言うのは、あくまで推定なの」

「フランクリンが裏切ったって話を信じたファミリーの幹部たちが、駐車違反の手続きで警察署を出てきた奴を、どこかに連れてってばらしたんだそうだ。七人の幹部が全身を二十一個の細切れにして、町中にばらいたんだと。おぞましい話だな。なんでも、フランクリンが街を創るために魂を売り渡した悪魔の祟りを避けるためにらしいが」

「悪魔の祟りね。確かにそう言う説もあるけど、実際はどうかな。フランクリンは自分の資産のほとんどを手付かずでどこかに隠して、その在り処を全身に刺青していたって話があるの。彼の遺産の存在を公に知られたらまずいと考えた幹部たちが、フランクリンを殺害後、隠蔽したって言うのが有力よ」

「じゃあ、伝説はどうなる? ディメオラに着いたとき、フランクリンは子分はおろか、妻と子供も満足に呼び寄せられないほど無一文だったって言うぜ」

「百年前のディメオラは確かに廃坑の町で廃れていたって言うけど、古代史でも最古の遺跡はこの辺りを中心に発掘され始めてきているのよ。フランクリンが一夜にして大金持ちになったって言うのは、クロスロードの悪魔と契約したんじゃなくて、遺跡で宝物を盗掘したって話が、真相のようね」

「まったくお前はロマンのねえ女だな。MCAIにいるんだから普通、悪魔を信じろよ」

「仕事と個人的な見解は別なの。悪魔たってそうなんでも出来るわけじゃないでしょ。大体、財宝だってロマンがあるじゃない」

「そう言うのは断じてロマンじゃねえ。財宝っつったら現金だろうが。きわめて現実的な話だ。なあユーナ、お前ならどっち信じる?」

「悪魔」

「だろ? やっぱりな。そっちのが面白えだろうが」

「面白いことと真実は違うのよ」

「でも、財宝のが実際のところだと思う」

「…やっぱりね」

「だけど財宝を掘り出すには、人手がいる。人手を集めるのには、莫大なお金が掛かる」

ユーナのもっともな意見にキリウも得意にした口をつぐんだ。

「それに見つけるのに何十年も掛かったわけじゃない。ほんの短い間だ。一文無しのマフィアには、どれも耐え難いはずだよ。誰かが財宝を掘り出す手引きをしてくれなきゃ絶対に無理だ」

「誰だ?」

「さあ?」

キリウもそれには答えられずに首を振った。

「じゃあやっぱり悪魔か?」

話し出した張本人のくせに二人は、困惑顔を見合わせた。

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