第14話 ハッピーエンドか!?

 窓の外には白い冬。冷たい冬を心温かく過ごす為、この国の人々は家の中に創意工夫を凝らす。それはただ寒さを防ぐ為だけではない。壁に飾られたパッチワークキルトや短い夏の間に作られたドライフラワーのアレンジメントなどは、冬を色彩豊かに過ごすための創意工夫なのだ。

 ティティナはベッドに横たわり、そっと彼の採ってきてくれた雪の花を口元に寄せる。摘んでからけっこうな時間が経つというのに、雪の花はしおれることもなく、冷たい輝きを放ってティティナの手の中にあった。

「願い事をしてごらん。」

 彼の優しい声が、ティティナには苦しかった。自分が病弱なばっかりに、雪の花をとってくるなどという危険な行為を彼にさせてしまった。自分さえいなければ、冒険者である彼はもっと自由に生きられる。そう思うと、発作が起きるよりも胸が苦しかった。ティティナは雪の花に、彼がいつでも無事に自分のもとに帰ってきて欲しいと願うつもりであった。しかし、それは同時に、自由な彼を自分に束縛することであることに気がついてしまった。別の願い事にしようかとも思った。願い事で、自分の病を治したらどうだろうか。しかし、願い事で自分の病気が治っても、ただの村人である自分には、やっぱり冒険に出かけていく彼を見送ることしかできないのは変りがない。それどころか、病気でなくなったら、もう彼は自分のためにこの村には来てくれないかもしれない。

 願いを口にすることができないティティナを、彼は辛抱強く、じっと見守っていた。そんな彼の左肩のあたりに、澄んだ煌めきが羽音を立てた。かすかな羽音に、ティティナが顔を上げる。ティティナの目には小さな4枚の透明な羽を持った妖精の姿が目に入った。彼の守護妖精“White Fairy”だ。冒険者たちはみな、守護妖精とよばれる存在とともにある。冒険を共にし、時に迷いから冒険者を導く存在であるが、何故冒険者とともにあるのかは知られておらず、謎が多い存在でもある。

 ティティナはしばらく“White Fairy”を見つめていた。そして、ぽつりとつぶやいた。

「何でも、願いは叶うのよね?」

「ああ、そうだよ、何でも願っていいんだよ。」

 彼はもう一度、優しく微笑んだ。

「なら、私を……あなたの守護妖精にしてください。」

「ティ、ティティナ。何を言っているんだい?」

 彼は驚いて声を上げた。まさか、ティティナがそんな願い事をするとは思わなかったからだ。

「だって、私、あなたとずっと一緒にいたいの。だから、あなたと一緒に居られないのは、病気でも、病気じゃなくても一緒だから。私、あなたを待つだけしかできない、無力な時間はもういやなの。私も、一緒に連れて行って。」

 一気に言うと、ティティナは咳き込んだ。体から力が抜けていくのが、ティティナにはわかった。もう、自分は死んでしまうのだと、理解するしかなかった。なら、最後には、いや、最後くらい、最大限に自分のわがままを貫こうとティティナは思った。

「私をあなたの守護妖精にしてください。あなたと一緒にいさせてください。」

 それがティティナの最後の言葉だった。ロウソクが消えるように、ティティナの命の灯火がふっとかき消えた。必死に彼が呼びかけるが、もうティティナは答えなかった。彼の腕の中で、ティティナの体温が急速に失われていく。零れ落ちていく命の雫を止めることは、彼にはできない。どんな魔物とも臆せず戦うことができる彼だったが、襲い掛かる死にはなす術がない。ただ、彼はティティナを抱きしめることしかできなかった。

 彼が絶望に堕ちかけたとき、奇跡は起こった。ティティナが手にした雪の花が淡く白い燐光を放つと、その花びらを一枚ずつ散らした。そして、その花びらがすべて床に落ちたとき、彼の耳に小さな声が届いた。

「今日から、私があなたの守護妖精よ。」

 驚いて彼が顔を上げると、そこには決して物言わぬはずの自らの守護妖精“White Fairy”の姿があった。しかし、その困ったような笑みには見覚えがあった。

「ティ…ティナなのか?」

 おそるおそる、そうであって欲しいという願望を口にする。

「そうよ、ティティナよ。」

「どうして……」

 なぜ、こんな姿になることをティティナが願ったのか、彼には理解しがたかった。

「……あなたの守護妖精なら、ずっとあなたのそばにいられるもの。あなたを守れるもの。私、守られているだけじゃいやなの。あなたと一緒に生きたいの。」

 ティティナはずっと願っていた思いを口にした。

「ずっと一緒にいさせてね。私はこれから、幸せになるの。」

 ティティナはそう言うと、彼の手のひらの上に舞い降りた。その表情は、とても幸せそうだった。

「俺と一緒に来てくれるのか。」

「あなたが進む道が私の道よ。」

孤独な旅をしてきた彼にとって、思いもかけない言葉だった。彼とティティナの物語が、ここから始まろうとしていた。


「やっぱり死んでるじゃないかー!」

 十六日の午前〇時。弘介の絶叫が夜の闇に響き渡った。約束の時間までに恭一はなんとかシナリオを仕上げて、弘介にデータ転送した。プログラムチェックを一時中断して、シナリオを読んでいた弘介の第一声は、予想通り、こうだった。

「え、あ、うん。まぁ、死んでるけどさ。だめ?」

「ティティナは妖精になるのか。妖精かぁ……」

 弘介は頭をかかえて、うーんと唸っていた。

「だ……だめ?」

 お互い、一日以上寝ないで連続稼働中である。頭が半分煮えているのが否めないのは、お互い承知の上だが、弘介は冷静に判断してくれるだろうか。弘介はしばらく畳の上をごろごろと転がると、ガバリと起き上がった。

「いや、アリだな!」

 ニヤっと笑うと、弘介は恭一の肩をバシと叩いた。

「いたっ、何?」

「ティティナが死んじゃう第一稿より、とりあえず軟着陸してもらった第二稿より、断然この方がいいよ。主人公と一緒に生きていきたいって、なんかけなげでいいし。ちゃんとハッピーエンドだし。ご都合主義でもそんなにない。それに、さりげにゲームタイトルにもからめてくれたし!」

「まぁ、ゲームタイトルに意味がなかったことに驚きだけど。」

 思わず、根本的な欠陥を指摘してしまうが、弘介はそんな恭一の言葉をさっくりと無視した。

「気にするなって。よーし、恭一先生の原稿あがったから、ここからは俺の仕事だぁ。」

「……間に合う?」

 不安そうに弘介の目を覗き込むが、弘介は自身たっぷりに頷いた。

「ほぼ、プログラムチェックは終わってる。後はこのティティナのシナリオを組みなおすだけだ。エンディングだけだからな、なんとかなるって。いや、違うな。」

 弘介は含みを持たせて言うと、親指をぐっとたてた。

「なんとかするよ!」

「頼むよ!」

 それだけ言うと、恭一は日に焼けた畳の上にバタっと倒れこんだ。やりとげた達成感から思わず気がゆるむ。そんな隙を逃さず、強烈な睡魔が畳から手を伸ばして恭一を捕まえようとした。慌てて起き上がろうとすると、弘介の声が聞こえた。

「ここからは俺の勝負だから、少し休めよ。」

「いや、でも弘介……」

 言いながら意識が遠のいていく。

「友達を少しは信用しろよ。」

 テンションのおかしな弘介の言葉がぐるぐると頭の中を回り始める。恭一はもう、眠気に対抗することができなかった。

「じいちゃん……弘介を眠らさない……で……」

 その言葉を最後に、恭一は今度こそ眠りに落ちた。たいして間をおかずに、規則的な寝息が聞こえ始めた。志朗は恭一にタオルケットをかけようとして、この暑さだから、いらないだろうとやめた。

「恭一寝ちゃったよ、起さなくていいの?」

 クロが怪訝そうに弘介に聞く。

「恭一はやる事やったから、いいんだよ。やり遂げた男の顔してるだろ?」

「どんな顔?」

 クロは不思議そうに恭一の顔を覗き込んだが、どうみても、ただの疲れきった顔だった。しかし、どこか幸せそうな顔に見えなくもない。

「恭一のわがままのせいで、弘介の苦労が増えたんじゃないか?」

 志朗が少しだけ申し訳なさそうに言うが、弘介は首を振る。

「もともと、シナリオを丸投げしたのは俺だし、スケジュール管理が甘かったのも俺だ。それに、このゲームは俺が作るって言い出したんだ。自分でやると決めたことを、最後までやりきれなくちゃ、男がすたるでしょ。」

「言っていることは格好いいが、男ならもう少し、外向きに情熱を発揮した方がいいんじゃないのか?」

「今時高校生にしてみれば、俺たちは十分外向的だよ。」

 言いながら、弘介は転送されてきたティティナのシナリオをゲームという形に組み始めた。弘介はこの無から有を生み出す作業が好きだった。恭一のような想像力はなかったが、恭一の曖昧で形のない世界を、現実世界に見えるように顕現させることができるのは、自分だけだという自負はある。弘介は恭一の想像する世界が好きだった。だから、この世界を自分以外の人にも共有して欲しいと思う。二人だけで共有して終わるなんてもったいないと思う。だからこそ、ここが踏ん張り時だと思う。傍らのコンビニの袋から、何本目になるかわからない栄養剤を取り出して飲むと、頬を叩いて気合を入れた。

「さぁ、ここからが弘介マジックの始まりだからね。奇跡を見せてやるよ!」

「恭一寝てるけど?」

「んー、まぁ、クロちゃんが見ていてくれればいいや。」

「わかった、じゃあ、奇跡を見せて。」

「まかせて!」

 意味はわかっていないだろうが、可愛い女の子にそんなことを言われてやる気がでないわけがない。

「わしもおるぞ。」

「じいちゃんは、俺が寝そうになったら喝入れてくれるだけでいいから。」

 横槍が入って、少し勢いはそがれたがやる気は出た。今度こそ集中してパソコンに向かうと、キーボードを叩き始めた。時計の音だけが時を急きたてるように、やけに大きく部屋の中に響いていた。

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