第11話 コンビニでの小さな贅沢

 人間、習慣とは怖ろしいもので、ちゃんとポケットに財布とスマホだけはつっこんで出てきていた。弘介にクロを保護したことをメールしてから、クロが泣き止んだことを確認する。さして間をおかずに、弘介からメールが入った。

 よくやった。とだけ書かれたメールに追いかけるように、もう一件メールが入る。弘介からの四十時間を効率よく過ごすための補給物資の支援を要請するメールだった。

「コンビニ寄って帰るよ。」

 恭一の言葉に腕の中でクロが黙って頷く。

「これから四十時間ほど、缶詰だから、準備しないと。」

「缶詰?」

「えーっと、ああ、部屋から出ないで必死にゲーム作るってこと。さすがに3食とも卵かけ御飯は厳しいしね。」

 まだぼーっと腕の中にいるクロの肩を持って、少しだけ距離をとる。安心させるようにぎこちなく笑うと、肩から手を下して、すっと右手を差し出す。クロは怪訝そうな顔をした。

「手。」

 恭一はできるだけ柔らかい表情を作って言った。思いと裏腹に、随分と声はかすれていた。そして、おずおずと出したクロの手をさっとつなぐと恭一は歩きはじめた。ここなら駅前のコンビニの方が近い。住宅街の闇を抜けて、月明かりが人工の灯りにかき消されるようになっても、つないだ手の温もりが消えないのを確かめて、恭一は歩き続けた。クロは俯き気味に何も言わずについてきていた。

 明るすぎるコンビニの照明をまぶしく思いながら、客の来店を告げるチャイムを派手に鳴らして、恭一とクロはコンビニの中へと入った。こんな深夜帯のバイト先に来るのは初めてだ。レジにいた、深夜シフトの松井という大学生にかるく挨拶をして、クロの手を引く。松井は少し驚いた顔をして、恭一に話しかけてきた。

「高橋、高校生がこんな時間にうろうろしちゃまずいだろ?」

「学校の先生みたいなこと言わないでくださいよ。」

 幸い店内に他に客はいなかった。恭一は買い物カゴを手にとると、店内を順番に見て回った。

「クロ?」

「……何?」

「今日はなんでも買ってあげる。」

「え?」

 ぼーっとしたクロの瞳に、やっと色が戻ってきた。

「物で釣るつもりはないけど、お詫びの印。なんでも買ってあげる。」

 幸い、両親が留守の間の生活費を多少はもらっていた。コンビニで買い物をするくらいには、不自由はしない。これでクロの機嫌が少しでも直れば、それはありがたい。

「……じゃあ、ウェットフード。」

「わかった、何味がいい??」

 感情を含まない、単調な声音に気づかないふりをして、猫缶が置いてある棚の前でしゃがみこむと、恭一は一番高い缶を手にとった。商品名の横に、金色の文字でプレミアと書かれている。いつもバイトで品だしをしているが、自分では買ったことがない、高級志向のペットフードだ。

「チーズ入りツナのあらほぐし、それとも舌平目のテリーヌ仕立て海老ソース添え?牛肉の和風角切り煮込みってのもあるね、すごいな、最近の猫缶。普通にレストランとかで出てきそうな名前のメニューなんだけど……ジューシーチキンの粗挽き仕立てってのもあるよ。どれがおいしいかなぁ……」

 珍しく言葉の多い恭一の姿に、クロが何も言えないでいると、恭一は手にとった猫缶をぽいぽいとカゴの中に放り込んだ。

「いいや、全部買っちゃおう。」

「そ、そんなに食べられないよ。」

 びっくりしてクロは恭一の顔を見ると、驚きの声をあげた。ウェットフォードの猫缶なんて、滅多に買ってもらえないのに、しかもこの猫缶はさらに高級そうなパッケージをしている。缶にはすました顔の猫の写真がプリントされていて、クロにはなかなか縁遠い贅沢品なのは、見ればわかる。カゴを持って立ち上がりながら、恭一は慌てた様子のクロを見て、嬉しそうに言った。

「やっと、目を見て話してくれた。」

「え?」

「いつものクロだ。」

 クロは視線を外すと、困ったように俯いた。ただ、手だけはまたおずおずと差し出すので、恭一は笑って手をとった。

「よし、カニカマも買おうな。」

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