第73話 蒼の恐怖 その2
紅蓮の火球。幾数もの軌跡が、濃紺の闇をかき分けて猛進する。着弾の瞬間。エルフィオーネは流れるような足捌きのサイドステップで全て回避した。高速で過ぎ去っていく火球たちを横目で見送る。
さすが、鋭い。クラウディアは舌を巻く。
エルフィオーネがやり過ごしたはずの火球群が、その先で軌道を変えている。Uの字の軌跡を描きながら、再びエルフィオーネに襲い掛かる。
「
着弾するまで追尾を止めない、高位の魔術だ。逃げ続けさせるか、相殺させるか。相手に無理矢理対応を迫らせ、次の攻撃に繋げる。そのための牽制だ。
エルフィオーネは拳を握り、爪先で軽くステップを踏むと、迫りくる火球に、『防護』の障壁を纏った拳を一撃。そして大回し蹴りを放つ。全ての火球が爆散し、火の粉が散る。 拳や脚など、限定的な部位に『防護』の障壁を一点集中させ、極軽微な負担で術の相殺を行う、いわゆる「攻勢防護戦法」だ。「
ここまでは、まずは見事といったところだろう。
「ぬるい火だ。焚き火代わりにもならぬ。―――ん?」
火球群をかき消すアクションの間に、既にクラウディアはエルフィオーネに次弾を迫らせていた。
「おっと!」
回避。だが間一髪だ。先のような流れるような足運びは崩れ、多少なりとも動揺が見て取れる。そして言うまでもなく、やり過ごされた火球群は軌道を反転。再びエルフィオーネの背後を襲う。
「陰湿だな。なんとも」
エルフィオーネはついに動いた。術者本体のクラウディアの真正面に向かい疾走。着弾の前にこちらを叩く気だ。疾い。仮にも『蒼雷』の名を騙るだけはある。
だが。
「そうなるよね。普通」
クラウディアは呟くと、人差し指と中指とを立て、大地に向かって空を斬る。二指がなぞった中空に黄土色の魔術式の光が浮かび上がる。
「させん!!」
エルフィオーネは疾駆しながらの前傾姿勢で、腕を前方に突き出し、雷光弾を放った。術式の展開を妨害しようとしている。
だが、到達の前に、既に展開は完了していた。「遅い」。クラウディアはほくそ笑む。次の瞬間には、地響きとともに地面が隆起。せり出した巨岩の壁が障壁となって、雷光弾を遮り、消滅させた。それは同時に、エルフィオーネの進路を妨害する壁ともなる。足を止めるエルフィオーネ。容赦なく迫りくる炎の追尾弾。
エルフィオーネは後ろに振り向くと、已む無く迎撃の構えを取った。だが、次の瞬間には、何かを思い出したように、上空を見上げる。彼女が察知した通り、上空からは、火山弾のごとき、灼熱の岩飛礫が雨霰と降り注いでくる!!
エルフィオーネはチィと舌打ちすると、身を低くし、側面へとダイブ。砂利と草にまみれて地面を転がりながら、降り注ぐ灼熱の飛礫を辛うじて回避していく。髪に付着した汚れや肌の擦り傷などには目もくれずに立ち上がると、尚も追尾してくる火球と、降り注ぐ岩飛礫の流星群からの逃避行を再開した。
岩の壁を回り込んで、ここに至る心積もりだろうが、そうはさせない。回り込もうとする箇所に新たな巨岩を発生させ、それを阻む。阻む。阻む。阻む……。その堂々巡り。何もなかったはずの大地には、まるで有史以前に建造された遺跡群のような不自然な岩の構造物が次々に構築されていく。
エルフィオーネが宙に跳んだ。ついに痺れを切らしたか。クレアリーゼにも比肩する跳躍力で、自身の数倍もの高さの巨岩の壁を飛び越える。
だが、中空に居る状態は移動が叶わず、さらに、落下地点は手にるようにわかる。つまりは、絶好の的というわけだ。
クラウディアは跳躍の頂点から、引力で落下しつつあるエルフィオーネに指をさす。すると、瞬時にして、ナイフのように鋭く研ぎ澄まされた石英の群れが中空のエルフィオーネの周囲に発生。彼女を包囲する。指をパチンと鳴らすと、その刃が一斉に襲い掛かる!
「はああ―――ッ!!」
む。直後の光景に、クラウディアは思わず唸った。
落下しながらではあるが、その四肢をフルに使い、襲い来る石英のミサイルを、全て撃ち落としている。てっきり「防護」の障壁を全身に張ってやり過ごすかと思っただけに、意外だった。
格闘能力も相当の物。「戦士型」の心得も多分にあると見える。接近されると厄介だ。やはり、「
全ての弾を捌ききったエルフィオーネが地に降りようとしている。確認すると、クラウディアは二指をくい、と曲げる。すると、エルフィオーネが着地する地点が、待ち構えていたかのように隆起していき、巨大な石筍へと姿を変え聳え立つ!
「ふッ!」
しかしこれを、エルフィオーネは身体を反らし、紙一重で回避! 避けきれなかった髪がはらりと散り、宙を舞う。
回避した石筍を蹴り、エルフィオーネが吶喊してくる。疾駆しながら、牽制用の雷光弾が迫りくる。クラウディアはそれを「防護」の障壁で回避。その間にエルフィオーネは距離を詰める。ついには、あと一つの踏み込みで、
その一歩を―――踏む!!
「ああ。踏んじゃった」
それはまさしく、エルフィオーネが「地雷」を踏み抜いた瞬間だった。クラウディアが地中に仕掛けた「
「半々というところかな。生き死には」
今わの際、彼女がどれだけ『防護』を展開できたか。それが生死を分かつ。生きていれば『蘇生』させたあと、宮廷の間諜仕込みの『白日』『忘却』の魔術で全てを吐かせた後全てを忘れてもらう。もっとも、死んでいるなら灰すら残さず荼毘に付すだけだ。あと、証拠隠滅とアリバイの工作も忘れてはならない。まあ、中々面白いものが見れたので、まずは満足だった。
結局、クラウディアは「その場から一歩も動くこともなく」エルフィオーネを紅蓮の炎に沈めたのだ。
これこそが、クラウディアが見出した必勝の戦闘法―――。
「成程。『
先程までさんざん聞いた声が背後から襲いくる。
クラウディアは驚愕し、すぐさま振り返る。
視線の先には―――炎に呑まれたはずのエルフィオーネが、まるで何事もなかったかのように、腕組みをしながら立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます