第64話 きょうだい



 アリシアの双剣が空気を裂きながら、兄であるエーリックへと殺到―――だが彼は腰元の片手剣を逆手で抜くと、フッと微笑みながら、その剣戟を受け止める。ギイィィン……と、鳴り響く金属音。

 驚いたクレアリーゼ達が駆けつける。

「アリシアさん!? 乱心されましたの!?」

 だが両者、聞く耳持たない。嬉々とした表情を崩さず、斬り結んでいる。その様に、呆然と立ち尽くす一同ギャラリー

 沈みゆく夕陽を背に―――金髪と剣戟を舞わせながら踊る姫と、まるでダンスの相方のように、その全てを受け、次の斬撃を導くようにして返す、白銀の鎧の騎士。斬り、躱し、斬り、時には籠手ガントレットで弾く。まるで、楽器の演奏のようなリズムを刻む剣戟音。

「……美しいな」

 一同が言葉を失うなか、まっ先に声を発したのはエルフィオーネだった。

「だろう? 実に、絵になるよ。相変わらず」

 アルフレッドは顎に指を宛がい、頷きながら、その剣舞劇を堪能していた。

 そのさ中。エーリックが、ギャラリーの中に、アルフレッドの姿を認める。

 エーリックは、一瞬だけアルフレッドに視線を遣ると、再び、フッと口元を釣り上げ、微笑む。つられて、アルフレッドも同じように笑う。

「教官!! と、止めなくていいのですか!?」

 血相を変えながらサーノスが聞いてくる。

「いいんだよ。あれは、あの二人の挨拶みたいな物だからな。ほら、見ろよ」

 アルフレッドは、アークライト兄妹らの剣舞に視線を遣るようサーノスに諭す。

「そう。ただの斬り合いじゃない。予め練られた、無駄な動き一つ無い、台本通りの剣の演舞。あの二人だけが振付を知る、オリジナルの剣舞ソード・ダンスだ。―――美しいだろう?」

 呼吸を落ち着かせて、サーノスは二人の動きをつぶさにる。

「……これ、は……」

 暫く視るうちに、その完成された動きに魅入られてしまったようだ。サーノスは再び言葉を失った。

「君も、あのお転婆姫の剣舞に、是非とも、付き合えるようになってほしいな。王子」

「『君も』って、どうして僕が……。というか、教官も、出来るんですか?」

「ん? ああ。何パターンかはな。まあ、会うたんびに付き合わされちゃ身体が持たないって理由で、最近はやってないけどね。ミスはしないと思うけど」

 何気なく言った台詞に、サーノスとクレアリーゼは揃って舌を巻く。

「な、何種類もあるんですの……? あれが……」

「……もう、わけがわからない」

 一際大きい金属音と共に、剣の舞が終焉を迎えた。

 アリシアは双剣を両方同時に叩きこむ構え。そしてエーリックは、その強烈な一撃を片手剣を両手持ちにして受ける構え。両者の一撃がぶつかり合い、拮抗ではなく、静止させている。すべて、練られた振付の通りというわけだ。

 互いに、同じタイミングで、剣を鞘に納める。そして、兄妹はしばらく見つめ合う。

「―――三年。いや、二年ぶり、かな。また少し、大きくなったな。アリシア」

「お兄様!!」

 言うが早いか、アリシアは駆け出す。万感の想いを胸と瞳に込め、甲冑の上―――自身より30サンチ近く高いエーリックの頭に向かって跳び、エーリックはそれを優しく受け止め、抱擁する。

「お兄様の馬鹿!! 帰ってくるなら、来るって言ってよ……!! ばか!!」

「ああ、すまない。急に決まったことだからな……」

 数年ぶりの、兄妹の再会。互いに嬉しそうなその様子に、クラウディアの表情が曇る。

 アルフレッドが、一歩を踏み出す。そして、無言でエーリックに歩み寄る。

 それを認めたエーリックは、アリシアを降ろすと、ゆっくりと近づいてくるアルフレッドと向き合い、そして歩き出す。

 互いに拳を握り、腕を直角に曲げ、振り上げ―――。

「えっ……? まさか……」

 狼狽えるサーノス。

 そのまさかに反する形で、振り上げられた腕は―――ぶつかり合うことはなく、互いに交わり合った。

 力強く。

 互いに微笑を交えながら。

「久しいな、アルフレッド」

「ああ。帰ってくるなんて聞いてねぇ。いい日ってのは、やっぱりあるもんだな」

「―――妹が世話になった」

「……世話? 世話の一言じゃ済まねぇくらい、色んなことがあった。言いたいことの山だぜ、ばかやろう。今日は呑むぞ。とことん、愚痴に付き合ってもらうからな」

「ふふ……それは望むところさ、兄弟。共に、語り合おうじゃないか」

「先にツブれるんじゃねぇぞ」

「お前こそ」

 二人は互いに肩を抱きながら、邸宅へ向かっていく。そこへ「待ってよー二人ともー」と、アリシアは小走りで駆けていく。 




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