第65話 暗雲
邸宅に入り、発光宝珠を発動させ、部屋に灯りをともす。
今はエルフィオーネが居るので使用頻度は上がったが、魔術を使えないアルフレッドは、言うまでもなくこれら術式機構が施された器具を使用できない。なので、こうやって邸内に灯りがともるのは、アリシアらのような来訪者が来たときだけだった。
ちなみに、普段夜の闇は、半ば骨董品めいたランタンやランプに、火をともして凌いでいる。
それにしても、とエーリックが切り出し、後ろについて来るサーノスらの方向に振り向く。
「また、豪華な顔ぶれだな。いつもこんな風に、騎士学校の生徒達を招いているのか?」
「いや、たまたまだ。それに、招いて連れてくるのは、お前の妹な。誤解がないように言っておくが」
アリシアは「えへ」と小さく舌を出す。
「エーリック将軍。お初にお目にかかります。シャーロット=エンテールと申します」
ちょこん、とシャーロットは控えめに頭を下げ礼をする。
「シャーロットに関しては、紹介は要らないよね」
「ああ。お前からの手紙で、粗方のことは知っているつもりだよ。初めまして、シャーロットさん。妹がご迷惑をおかけしているのでは?」
「ふふ。そんなことはありません。彼女が話相手になってくれるおかげで、毎日が楽しいですよ」
「ここでの生活には慣れましたか?」
「ええ、すっかり。特に、ネーオでいただく
「ははは。まこと、そのとおり。気に入っていただけて何よりです」
話が一区切りついたところで「次はわたくしですわ」と、クレアリーゼが前に出る。
「挨拶が遅れ御無礼を。久しいですわね。エーリック将軍」
クレアリーゼはスカートをつまむと、
「ああ、フザンツ侯爵家御令嬢・クレアリーゼ姫。前にお会いしたときより一層、凛々しく、そしてお美しくなられたようですね」
にこりと笑むエーリックに、「あ、あら。相変わらず、お上手ですわね」と、思わずクレアリーゼは頬を赤く染める。
「そしてそのお隣は―――確かミダエアル侯爵家御令嬢の」
「クラウディア。初対面のはず。どうしてお分かりに?」
「それは―――」
言おうとして、エーリックはゴホンと一つ咳払いし、言いとどまった。
「―――いえ。クレアリーゼ姫とは御友人と、妹より聞いたことがありました。なので、もしかしたらと思い」
クラウディアはいったん瞳を閉じる。そして「そう」と、少し柔らげな笑みを浮かべた。
エーリックも、若干そそくさとした具合に、話題を打ち切った。
「そちらの銀髪の彼は? 申し訳ないんだけど、顔と名前が……どこかで見たような気もするんだけど」
うーむ、と瞳を閉じながらエーリックが唸る。
「そりゃあ、わからなくて当然だよ、お兄様。彼、この国の子じゃないもん」
「この国の者ではない……? もしかして、ルテアニア王国の?」
途端に、エーリックの顔が強張る。
「そう。留学生なの。ほら、自己紹介してあげて」
背中をぽん、と叩かれ、サーノスは「おっと」と体勢を崩す。
「あ……。ルテアニア王国第六王子のサーノスと申します、エーリック将軍。貴卿のその武名凄まじく、母国ルテアニアで、すでにその御名は伺っております。あの……以後お見知りおきを」
サーノスの目線からでも20サンチ以上高いエーリックの顔を見上げながら、緊張した面持ちで頭を下げる。
エーリックは、顔を強張らせたまま、暫くの間、無言だった。
「? お兄様? どうしたの?」
そして、不思議そうに首を傾げるアリシアの一声で、我に返ったように、言う。
「いや……何でもない。何でもないよ。そう―――アリシアも、男の子を招待するような年頃になったんだなあって、感慨深く思っただけさ」
「おう。その子は妹の
一連のやり取りで、サーノスが思わず呆気にとられる。
「……えっ?」
「おお……やはりそうなのか。ははは。そうか、そうか」
わざとらしく驚き、その後、からからと笑うエーリック。
「兄離れできるのはいつの日かと心配していたけど、とりこし苦労だったようだね。所属する国は違えど、アリシアが認めた相手なら、何も案ずることは無い。妹を、よろしく頼むよ。サーノス王子殿下」
ぽん、とエーリックはサーノスの肩に手を置く。途端に慌てふためくサーノス。
「ちち、違います!! 貴卿の妹君とは決してそのような……」
「やだもう、お兄様もアルフレッドも。サーノス王子とはぁー、まだそういうカンケイじゃないってぇー。ねー?」
「だったら、何で顔赤くしながらニヤけてるんだよ! 全然説得力無いよ!」
「だって、慌てる王子の顔が可愛いんだもん」
「人の顔で遊ばないでよ!」
「……あらあら。随分仲がよろしいんですこと。シラマの町で一体何をシていたのかは知りませんが」
「だから! 僕と彼女は何も―――!!」
ワーワーと言い合いが繰り広げられる。それを具に見るに、エーリックは苦笑しながらアルフレッドに耳打ちする。
「うーん……。これは彼氏というより、弟って感じだね。もしくは、弄り甲斐のある後輩」
「否定はしねぇ」
「でも、あのアリシアが興味を持つくらいの男の子だ。ただの王族、というわけでもないんだろう。―――例の報告書の通りならね」
一部の者にしか詳細は知らされていない、シラマの魔物騒動の顛末。当然ながら、エーリックの元にも、報は届いているようだ。
「―――ああ。鍛え方を間違えなければ、相当の高みを目指せる。あの、260期生の列に並べたとしても遜色ないってくらいの逸材だ。さる誰かは、あの親父殿と比肩しうる、とも言っていたな」
「ほう……父上に」
エーリックの目つきに鋭さが増す。
「もしそれが暁となったならば、我が国にとって、相当の脅威となるだろうね。あの可愛い顔からは、想像もつかない未来だけど」
「脅威? ……ルテアニアとアルマー王国とは同盟関係だろう」
アルマー王国とルテアニア王国が同盟することによって成立した平和体制。それは、500年来の、古今東西どの世にも無いくらい息の長い、良好な関係だ。
そしてこの二国の同盟から成る実質の超大国が、大陸全土に睨みを利かせているからこそ、大陸は国家同士の大戦争とは、無縁で居られるといえる。
「だが―――既にそれは、過去の話。表向きの情勢に過ぎない」
「表向き?」
アルフレッドが聞き返す。
「約500年前―――エドワード聖武王とルイーゼ王妃の婚姻で纏まり、盤石となったはずの両国の同盟関係だが―――ここ数年で、両国の関係は、悪い方向に向かって激変しつつある。まだ表沙汰にはなっていないけどね」
仲良く
「フッ……。続きは、酒の席での愚痴として言わせてもらうさ」
「やれやれ。相当鬱憤がたまっていると見えるな、お前」
はは、とエーリックは苦そうに笑う。
「そういえば、もう一人居なかったか? 確か、
エーリックは周囲を見回しながら言う。もしかしなくとも、エルフィオーネの事だ。当の本人は、アルフレッドの財布を片手に、商店街へ買い出しに出かけている。こちらの懐事情を熟知する彼女なら、えげつない散財をされることは無いだろうが、戻ってきた財布を見てみない限り、油断はできない。
「そういえば、あの娘とお前は、本当の意味での初対面になるんだったな」
「実家のメイドを借りているとか、そういうのじゃないのか?」
「うーむ……何というか、あの娘に関しては、前後を追って説明しないとだなぁ」
「……長くなるなら、それも酒の席で聞くよ」
「ああ、そうする。期待以上に、有意義な時間になりそうだな」
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