第62話 因縁の赤 その3




「―――だから、何度も言っているようにですね、シャーロットさん。アリシアさんの女房役しんゆうであるあなたが、甘やかさずに、ビシッと淑女の嗜みというものを教育するべきなのです。このまま、この軽ーい町娘のような性格が治らないようでは、いざ中央の社交界にデビューとなった際に、赤っ恥をかくのは目に見えています。それどころか、南部貴族の面々はみんなこんな風なのかと誤解を生みかねませんわ―――って、聞いていらっしゃるの? シャーロットさん」

「ええ、ええ。聞いていますよ。でも、クレアリーゼ様、私は貴族ではありませんし、お歴々のような高貴さも持ち合わせておりません。まだまだ、若輩もいいところですよ」

「謙遜することなどありません。あなたはエルフという人種上、外見こそこうかもしれませんが、淑女としての資質というか、素養が、学ばずしも備わっているのですわ。それこそ、この子に、爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいには」

「むー……むむむ……」

「ふふ、ありがとうございます。でも、私はアリシアの底抜けの明るさや天真爛漫さ、すごく好きですし、魅力的に思えるのです。それに、彼女なら、マズいと思ったところは、いずれ自然に直して、良いところだけが残る。そういう未来になると思いますよ。私が余計な茶々を入れるまでもありませんね」

「ああ! もう! 甘い! 甘々の甘々ですわ!! そんな楽観的でいるから余計この子がつけ上がって―――」

「本人を前に遠慮とかしないのね……あなた達……」

 夕焼けを背景に、アルフレッドら一行は徒歩で、会話に華を咲かせながら、野原を行く。馬車を手配しろとクレアリーゼに文句を付けられたが、そこは懐事情。基礎体力訓練の一環だとこじ付けて、問答無用に押し切った。

 先頭を行くアリシア、クレアリーゼ、シャーロット。その少し後ろを、エルフィオーネとサーノスが、そのさらに後ろを、アルフレッドとクラウディアが、並んで歩いている。

「そういえば、アリシアさん。サーノス王子とご一緒だったでしょう?」

「え? ああ、まあね」

「そのお手並みは、どのような感じでしたの?」

 興味津々げではあるが、それでいて、半ば嫌味を言うように聞いてくる。「何せ、あの面前で、あれほどの大口を叩くくらいですからねぇ。さぞかし凄かったのでしょうねぇ」とも付け加える。これは、元から期待していない顔だ。

「―――凄かったよ」

 アリシアは秘匿しなければいけない事柄を選別しながら、一息つく意味でそれだけ答えた。クレアリーゼは「あら」と尻尾をピンと張らせて反応する。

「ただでさえ扱いの難しい氷結系の魔術を、自在に使いこなし、相方バディとも抜群の連携でもって、魔物を殲滅していったわ。単純な撃破数スコアだけで言えば、私よりも多かった。これで初陣っていうんだから、びっくりだよね。しかも、本人はこの結果に全然満足も納得もしていないっていうハングリーっぷり」

 賛辞を羅列するごとに、クレアリーゼの表情がこわばっていく。

「―――将来、私より強くなっちゃうかも。うかうかしてられないわ」

「あなたより……?」

 この言葉の裏に「と、言うことは、わたくしよりも……?」という意味を込め、クレアリーゼは、後ろを歩くサーノスをにらんだ。

 そんな事などつゆ知らず―――サーノスは目を輝かせながら、彼より少し背の高いエルフィオーネを、崇敬するようにを見つめ、息を切らし、無邪気に見えるほどに生き生きと、夢中で言葉を投げかけている。エルフィオーネは終始微笑を浮かべ、その眩しすぎるくらいに純粋な少年の言葉と向き合っている。

(へえー……)

 楽しそう。それに、嬉しそう。アリシアは後ろを振り返りながら呟く。こんな、いかにも年頃の少年がするような表情、自分と話しているときには見せたことがなかった。複雑な気分だ。あんな可愛い顔を、自分との会話の中でも見せて欲しかったのに。

 一体何が足りないというのか。

 考えるより前に、何よりまず一つ、真っ先に思い当たる物があった。

「……やっぱり、トシゴロの男の子を落とすとなったら、あれくらいの落ち着きと、ついでに体つきとがないと……なのかな」

 呟きを聞かれてしまったようで、クレアリーゼとシャーロットがこちらを不思議そうに見てくる。

 この二人にしても……。

 かたや、(ヒールで矯正されているが)高くもないが、決して低いともいえない背丈に、しっかりと女性らしい起伏をその身体にたたえたクレアリーゼ。

 かたや、身長はアリシアよりも一回り低く、どう見ても子供にしか見えない外見でありながら、大人も顔負けの落ち着きと、そしてはちきれんばかりに隆起した胸部を持つシャーロット―――。

「何故、ご自身の胸を執拗に触っていますの? はしたない」

 




 最後尾を歩く、アルフレッドとクラウディアの、人間四人分くらいの間隙には、奇妙な空気が流れていた。険悪とも言い難い、しかし近寄りがたい、つかず離れずの距離感。

「……俺に興味は無いんじゃ、なかったの?」

「無い。あなたの方が、あるんじゃない? 逆に」

「何を」

「言いたい事。怨嗟とか、恨み言の類。あるなら、代わりに聞く。言いたいだけ、ぶちまければいい」 

 互いに目配せはせず、楽しそうに会話に華を咲かせる、前方の面々だけを見ながら歩く。

「……言いたいことなんて何もない。君とは、今日が初対面だ。ましてや恨みなんて、『う』の字も無い。敢えて言うことがあるとするなら、以後お見知りおきを、くらいだよ」

「あの男、クロードの妹『だった』女だよ?」

 ……だった? 

 アルフレッドは違和感をおぼえながらも、頭を掻きながら首を横に振る。

「でも、君はクロードじゃない。そうだろう?」

「……ふうん。『僧侶ボーズが憎ければ僧服(ケサ)まで』というわけではないと。ナ国の諺でいう」

 大人だね。と鼻で笑う。そして沈黙が訪れる。

 この無関心っぷり、この落差。執念深くいびられた身としては、本当にあの男の妹なのかとすら思いたくなる。実際顔は全然似ておらず、この燃え上がる炎のような赤髪くらいしか、兄妹を思わせる共通項は存在しない。

「それにさ」

 そう切り出し、アルフレッドは続ける。

「俺はアイツのことを憎んだりなんか、してないよ。確かに辛く当たられたし、思い返したくもないこともされたけど……。それだって、今思えば、仕方のないことだったって、わかってるから」

 意外そうな顔で、クラウディアがこちらを向く。

「和解したの?」

「……いや。騎士学校を追い出されて以来会ってないから、正式には」

「和解したいの?」

「……どうなんだろうな。でも、次会ったら―――気の済むまで殴らせてやってもいいかな……とは思ってる。そうすれば、和解とまでは言わないけど、確執はみてーな物は、チャラにできるんじゃないかってね」

 はぁー。呆れが目に見えて解るくらいに深いため息。

「ばかみたい。あなたの方が、よっぽど酷いことをされてるのに。特にその剣の、『火』の魔術式。相当にひどい侮辱。私だったら、何があっても許さない。時間がかかっても、いつか必ず八つ裂きにしてやる。そんなレベル」

 表情を変えようともしない癖に、さらりと物騒な台詞を言い放つ。この、燃え上がる炎のような激情は、確かに兄に似ている。アルフレッドの背筋に衝撃が走りぬける。

「君は、自分の兄貴が嫌いなのか? それとも、憎いのか?」

「どうして、そう思う?」

「さっきの台詞を聞きゃ誰でもそう思うだろって……。それに君はアイツを、兄『だった』と言い捨てた。理由はどうあれ、クロードを、家族とは認めていないってことだ。確かにアイツは―――トゥルカ辺境伯家に、婿入りした身だ。でも、君との血の繋がりや侯爵家との縁は、消えたわけじゃないだろう」

「―――わかってない」

 クラウディアは静かに言う。

「兄上を尊敬している。応援もしている。―――でも、恨んでる」

「……どっちなんだよ。わけわからねぇよ」

「知らないの? ミダエアル侯爵家と、トゥルカ辺境伯家の婚姻の顛末。名家同士が婚姻関係を結ぶ、ただの政略結婚だったと思ってる? まさかとは思うけど」

「……そんなわけは無い。ただの政略結婚だったなら、クロードはああまで執拗に、感情的に、俺を甚振ることはなかった……」

「察しがいい。流石は、一人のじょせいを奪りあった仲」

 アルフレッドはクッと奥歯を噛んだ。当時の記憶が、否応なしに脳内に押し寄せてくる―――。

「私の家は―――ミダエアル家は、既に兄上を勘当している」

「―――何? 勘当、だって?」

「そう。既に、一族としての縁を、切っている。だから、我が一族のなかでは、トゥルカ辺境伯家との婚姻も、無かったことになっている。兄上は、次期当主としての未来を嘱望された身でありながら、女の色香に惑わされ、自らその座を放棄した。そして私は、継ぐ気もなかった侯爵家の家督を押し付けられた。だから私は兄上を許さない。恨んでいる」



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