第61話 因縁の赤 その2



「我が主ではなく、私、と」

「うん」

 幼げな仕草で赤髪の少女は肯定する。

「女性しか好きになれない?」

 ふるふると首を横に振り、「私は普通ノーマル」と言い切る。

筋骨系美青年マッシブけいイケメンはお気に召さないと?」

「魔術が使えないから興味がない。それだけの話」

「ほう」

 小声で「良かったな、見た目とか人間性で嫌われているわけではないようだぞ」と囁かれるも、魔術を使えない人間は基本的に存在しない以上、結局は人として嫌われているわけで。アルフレッドは「ほっとけ」と再三項垂れる。

「まあまあ……気を落とさないでよアルフレッド。この子いつも、誰にでもこうなの。魔術命、魔術が全てって感じで……」

「ああ、いまので良ぉーくわかったよ……」

 ひそひそと耳打ちしあうアルフレッドとアリシア。それを尻目に、エルフィオーネが少女に尋ねた。

「では、ミス。わたくしめが魔術の心得持つ者であると、そう仰られるのですね。すくなくとも、魔術騎士学校の才媛である、貴女様が興味を持つほどの」

 こくり、と首を縦に振る。

 エルフィオーネはゆっくりと、スカートについた芝生を払いながら立ち上がる。

「―――どこからどう見ても、ただのメイドでしかないのに?」

 探りを入れながら、エルフィオーネは胸元に手を宛がい、微笑みを絶やさずに言う。口を割らせようとしていることを見抜いたうえで、少女はにやりと笑う。

「人目がある。ここでは話せない」

「二人きりになりたい、と?」

「うん」

「ふむ。ですが、ミス。まことに残念なことに―――私どもはこれにておいとまさせていただかなくては。でなくば、夕食が遅れてしまいます。その後も、我が主には仕事が待っていますので」

 口から燃え尽きた白煙を吐くように、アルフレッドは引き攣った笑みを浮かべる。

「だから、そこまで一緒についていく」

 と、少女はアリシアの顔を見つめた。

 アルフレッドは察し、「あー……そういうこと。この面子が、今回の『お客さん』ってことね」と、何度か小さく頭を縦に振る。

「そういうことなんだ。珍しい申し出だったから、ついOKしちゃった。でも、別にいいよね?」

 アリシアが小さく舌を出す。

 収穫祭の時のシャーロットしかり、彼女がこうやって級友達をエーリックの邸宅に連れてくるのは、今に始まったことではない。

「もしかして、ミス・フザンツも来られるので?」

「何ですの? わたくしがついて来るのがそんなにも不服?」

「いえ、そういうわけでは……」

「ふん。別にあなたに興味があってついて行くのではなく、行き先でこの子達にいかがわしいことを吹き込ませないよう、しっかり監視するためですわ。勘違いしないで欲しくってよ」

「心配しなくても、アルフレッドはそういう女の子に飢えた、野獣みたいな男とは違うって」

「あなたの、その町娘のような俗っぽさでそんなことを言われても全っ然説得力がありませんわ」

 悔しいことに反論の余地がない。

 アリシアが困り笑顔でやれやれの仕草をする。

「―――これだよ。ごめんね、アルフレッド。リズ、何度言っても信じないもん」

「だから、クレアリーゼ、ですわ!! その名で呼ぶなと、何度言えばわかるのです? 馴れ馴れしい!! あなたと私は宿敵同士!! あなたも教官同様、いつかわたくしの前に跪かせてみせますわ」

 今のやり取りで、この二人の関係も大方把握した。

「サーノス王子も?」

「あ……はい。もし、迷惑でなければ」

 ぺこり、と頭を下げる。例の一件のせいだろうか、人が変わったように口調も態度も謙虚になっている。まあ彼も、アルフレッドにというよりは、エルフィオーネに興味がある組に属すのだろう。彼の畏敬に満ちた目線がそう言っている。

 さて。

 いつもの定期訪問のアリシアに、その親友であり自作品の読者であるシャーロット、エルフィオーネに惹かれるサーノスと……赤髪の少女、風紀を乱させまいと監視にやってくるクレアリーゼ―――。

 様々な思惑を秘めた集団だが、断る理由も特にはない。貴族の方々なら、ドタバタ騒がれることもないし、何より華があり、目の保養にもなる。この大人数でも、部屋と寝具を勘定するに、何とか対応できるだろう。ただ、アリシアがサーノスという、曲がりなりにも(失礼な!)男子を連れてくるのは、これが初めてだ。

 いつになったらそういうのを連れてくるのか、期待と怖いもの見たさ半々とで待ってはいたのだが、その最初の相手おとこは、交際相手というよりは、まるで弟である。何とも可愛らしい話だ。

「あの……何ですか。僕の顔に何かついていますか? 教官」

「おっと」

 代わりに、エルフィオーネがにやりと笑いながら、サーノスをからかう。

「―――見目麗しいお姉さまがたのオンパレードですが、大丈夫ですか、王子。少し、シゲキが強いのでは?」

「なっ……馬鹿にしないでください。子供じゃあるまいし……」

 子供じゃないか、と言おうとして、やめる。赤くなりながらむっと不機嫌になるあたり、特に子供っぽい。

「そういうわけで、大人数になるわけだが、大丈夫?」

 エルフィオーネに問いかける。だが、逆に生き生きした様子で「一向に構わぬ」と鼻息を荒げる。そして、ぽつりと付け加える。

「むしろ、台所の食糧事情と、財布のほうを気にするべきだな。貴族の方々を迎える以上、いちメイドとして、手は抜けぬ」

 腕まくりをする仕草でもって息を巻き、アルフレッドにウィンクを飛ばす。

「へい……」

 シラマでの仕事で得た前金は(後金は、その依頼のダーティーさから、結局有耶無耶にされてしまった)、恐らくこの二日で全て吹っ飛ぶだろう。


 


 

 出立の支度の為に、一時解散と相成った。各々、出立の準備の為に宿舎の個室へと戻っていく。

 陽が、空を橙に染めはじめている。エーリックの邸宅に到着する頃には、イザキの海の水平線に陽が落ちる様が、ちょうどいい具合に拝めるだろう。

「行かなくていいのですか? 呼んでますよ」

 一同が去っていく中、赤髪の少女だけはそこを動かないでいた。クレアリーゼが彼女のものと思しき名を、遠くで叫んでいる。

(クラ……ア?)

 耳をそばだて、辛うじてそれだけ聞き取れた。

「―――クラウディア」

 えっ。とアルフレッドは意表を突かれた。

「クラウディア=ストレーン=ミダエアル」 

「……!! ミダ……エアル!」

 そして衝撃と共に、表情をこわばらせた。それを見て、クラウディアと名乗るその赤髪の少女は、フッとせせら笑うように、笑んだ。

「そう。この姓、あなたは知ってるはず。嫌というほど」

 アルフレッドは拳を握りしめた。

「……ああ。ご存じの通りさ。ってことは、あなたは、アイツの―――」

「そう。妹。この赤髪、そっくりでしょう?」

 不敵な笑みを絶やさずに、続ける。

「あなたを、騎士学校から追い出した男。クロード=クリースタ=ミダエアル。その妹。―――以後、お見知りおきを。アルフレッド教官」

 そして「それとも」と付け加える。

白雪頭スノウヘッド。そう呼んだ方がいい? クロードの妹として」

 


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