第55話 白金の旋脚 その3




 

「ギャラリーが増えてきたな」

 打ち合いの金属音響く中、エルフィオーネは観戦席を見上げた。

 講義や演習を終え、噂を聞きつけてやってきたのだろう。他級生や、懐に魔術書を携えた「純正型」クラスの生徒達が、ぞろぞろと演習場内に入ってくる。

 既に放課となっている時間帯ながら、他学級他コースの演習を観戦に来るあたりに、生徒達の向上心と意識の高さとがあらわれている。

「レディ。あなたは、どちらが勝つと思うかね?」

 アルフレッドとクレアリーゼの激闘を堪能しながらグレイズ教官が唐突に問いかけてくる。

 エルフィオーネは澄ました顔で答えた。

「さあ、わかりかねます。一介のメイドでしかない私には、とても」

「一介のメイド? はっはっは、御冗談を」

 からからと笑うグレイズ教官。エルフィオーネの表情が途端に険しくなる。

「例のシラマでの一件で、アルフレッドに同行していたという魔術師―――。貴女の事なのだろう?」

 流し目で見られ、視線が合う。

「おっと、失礼。あまり言われたくない類のお話でしたかな」

「いえ。そうは言っておりませんし、ご存じの通り、事実です。ただ、『今の私』は彼―――アルフレッドの付き添い兼世話役でしかありません。マネージャー? 最近はそうとも言うらしいですが。とにかく、この騎士学校内においては、そういうことにしておいてくれとの、我が主の要望です」

 そう言ったあと、「そのうえで、素人目には」と付け加え、腕組みをする。

「互角、という風に思えます。ですが、いかんせんルール上の不利が否めないかと」

「ほう、その心は?」

「この施設の仕掛けである、ダメージ表示システムです。みたところ、普通の生身の人間基準で判定が出ているようで」

「うむ、その通りだ」

「しかしながら我が主アルフレッドは、常人離れしたタフガイです。特に、あの剣を握っているという条件下では。本人いわく、生身に銃弾を受けても、被弾箇所の小さな打撲程度で済むとのこと」

 足技と鎌鼬とを捌くアルフレッドを見遣る。体はすでに、黄色と、橙に近い黄色の判定色にまみれている。

「本来なら―――『橙』の判定は『黄』に。『赤』の判定も場合によっては『橙』か『黄』で処理されるべきなのに、システムが彼の特性に対応していない。ゆえに、実戦であればまだ戦闘が続行できる状況下なのに、判定上は戦闘不能扱いで、試合終了ということがおこってしまう。さりとて、彼だけ特別扱いをしていては、公平性に支障をきたすがゆえ、判定を曲げることはできない」

 うん、うんとグレイズ教官は「まったくもってその通り」とでも言いたげに、相槌を打ち続ける。

「これはアルフレッドだけの話ではない。このシステムは『硬化』の魔術の使い手にも対応していないのでは? 『防護』の魔術を突破されても、二の手三の手を備えている使い手は居ます」

 エルフィオーネは、青い着物を纏ったナ国の青年・ウシオマルを頭に浮かべながら、続けた。

「ゆえに『防護』の魔術を突破される、イコール、本体へのダメージ、という設定はもう少し煮詰め、見直されるべきかとは思います。口うるさいようですが、これが、不利だと思った理由です」

「はっはっは。なかなか、痛いところをついてくる。確かに個人の特性や、とくに『硬化』の魔術に非対応なのは、今も問題として提起されていて、改善が待たれている。さすが、魔術師の視点は―――」

「一介のメイドですよ」

「おお、そうだったな。失礼失礼」

 蓄えた金の髭を触りながら、グレイズ教官は語りだす。

「あと、これはただの独り言ですがな。私はどうにも昔気質の古臭い人間で、魔術よりも、剣技や武技と言った、個人の武や技の精妙さを重視する戦い方を好むのですよ」

「まさに、昔ながらの騎士とか戦士ですね」

「はっはっは。恥ずかしながらその通り。千数百年以上も前の、王国黎明期の騎士道物語やら、聖武王の武勇伝やらを読みすぎて、拗らせてしまったんでしょうなあ。アルマー王国の男どもには、ありがちなことではありますが……。だから時折、魔術も魔法も無い、信念と肉体とがぶつかり合う戦場に、想いを馳せたくなる」

 からからと笑いながら、続ける。

「そのせいか、力と技だけで術具使いと渡り合うアルフレッドの戦いは、見ているだけで血沸き肉躍る。まさに、身一つの、男の戦いだ。教える者として、平等でなくてはならないとは分かっているのだがね、昔から、どうしても彼の肩を持ってしまう。こんなこと、ミス・フザンツが知ったら激怒するだろうがね」

 ガイィィ……ィィ……ィ……ン。

 一際強烈な一撃同士がぶつかり合う。打撃の衝撃で、アルフレッドとクレアリーゼは互いに後ろに吹っ飛ぶ。だが、両者怯むことなく前に踏み出し、剣と足技の応酬が再び展開される。

 観戦席ギャラリーは静まり返り、攻撃の応酬を一同、手に汗握り、かたずをのんで見守っている。

「そういえば先の、どちらが勝つかというご質問ですが―――あの麗しい御令嬢には申し訳ないですが、ここは自分の主を応援するのが筋というもの。ゆえに、この勝負は我が主、アルフレッドが勝ちます」

 と、エルフィオーネはかすかに笑う。

「はっはっは、そうかそうか。―――それにしてもだ、こんな美人に応援されるとは、アルフレッドは果報者と言わざるを得んな。やはり、既にそういう仲なのですかな? ん?」

「お戯れを。授業中ですよ、教官(せんせい)」 

 ぴしゃり、とエルフィオーネは会話を打ち切った。





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