第54話 白金の旋脚 その2




 その軌跡は、まさしく空を駆ける稲光のごとき、白金色の閃光。

 魔術式輝くロングブーツで超絶強化された、クレアリーゼの放った大回し蹴りを、アルフレッドは両手剣で受け止める。演習場(ホール)内に響き渡る金属音―――。

「……ッ!!!」

 ギリッと奥歯を噛みしめるアルフレッド。痺れる両手。

「あらあら、大丈夫ですの? この程度で怯んでいては、先が思いやられますわね」

「……。すげえ、重い、ケリ……で、あられます……」

 ねッ! の一息で、剣を振るい、競り合うクレアリーゼを弾き飛ばす。だが彼女はすかさず中空で宙返りをすると、何も無い場所にも関わらず、回し蹴りを放つ。

 そこに生じたのは、再び白金色の閃光。それが歪み、渦巻くようにして、凄まじいスピードで彼女の体を離れ、アルフレッドに襲いかかって来る! 間合いを取って仕切り直し、という思惑だったアルフレッドは完全に虚を突かれる形になった。

「うおっ!」

 紙一重で―――いや、足を掠めてしまった。

 そして、白金の渦が掠めた部分には「黄色」の「判定色」が生じる。


 


 いかに実戦を想定している教練とはいえ、何の保護もなく術具使いや魔術師同士が全力で戦い合えば、重傷もしくは死を招くことは必定である。あくまで、護国のための優れた人材を排出する機関である魔術騎士学校で、そのようなことがあっては本末転倒だし、ましてや、従騎士たる生徒は、貴族の世継ぎや令嬢ばかりなのだ。

 『課外』などの実戦においてならまだしも、演習でそのような事態にならないために、この演習場内には生徒の安全性を考慮したシステムが多数備えられている。

 その一つに、『演習用特殊防護陣』というものがある。どういうものかというと、一言で言ってしまえば、この演習場内限定で強制展開される、強力な「防護」の魔術である。

 「防護」の魔術は、戦闘用魔術の基本中の基本であり、文字通り、攻撃の被弾から身体を護るための障壁を展開する魔術だ。障壁の強度にもよるが、魔術で強化されていない攻撃であれば、その殆どを遮ることができる。これを無意識に、呼吸をするように「常時」展開できるようになることが、国家魔術騎士養成学校アークライト領校の従騎士としての、最初の一歩となる。

 だが、「防護」の魔術で防ぎきれないほど強烈な攻撃を繰り出された場合―――特に、不意をつかれた際への被弾は、非常に危険なものとなる。

 「防御するという」確固たる意識下にあればあるほど、「防護」の障壁は強固になる。だが逆に、攻撃中の隙を突かれるなど、意識においていない状態で脆くなり、容易に破壊できてしまう。実戦において、後者の状況に陥った者に待つのは敗北―――即ち、死である。

 それを未然に防いでくれるのが、この『演習用特殊防護陣』だ。たとえ、「防護」の魔術を突破されても、その下に強制展開されているこの特殊防護陣の障壁が、生徒の身体と命を守ってくれる―――というわけだ。

 そして、この特殊防護陣にはもう一つ仕掛けがあり、「防護陣の障壁が受け止めた攻撃が本来与えるはずだった、人体への損傷具合」を、発色して教えてくれるのである。これを通称「判定色システム」という。

 いまアルフレッドが受けた傷は「黄色」。擦り傷、切り傷、打ち身、打撲がこれに相当する。これが「橙色」となると抉れ傷、深傷、骨折。「赤色」ともなると、それが意味するのは被弾箇所の切断、もしくは破壊である。ただの安全策ではなく、実戦を疑似体験するためのシステムでもあり、且つ、いわゆる「向いていない者」を振り分ける機能も持っている。

 アルフレッドが騎士学校時代に観戦した下級生の試合で、不意をつかれて顔面に大槌の直撃を受けた生徒がいた。彼自身は無傷だったが、へたり込む彼の目の前には、まるで頭部を跡形もなく粉砕されて大量の血が吹き出したがごとく発色する、赤塗りの障壁が展開されていた。それから数日して、彼は剣を置き、騎士学校を去ったという。

 アルフレッドが自身の演習で初めて「赤」の判定を目にしたのは三回生の時だった。

 しかも、これに加え、何と本物の負傷までついてきて、学校じゅうが大騒ぎになった。

 どうやら、「防護」の魔術が使えないせいで、アルフレッドに限っては、この防護陣の効果が、本来想定しているものより相当低くなってしまっているとのことだった。

 この事件で、特殊防護陣の術式強化が検討されたが、多額の予算が発生するとのことで、魔術が使えないアルフレッドだけの特殊な事例ということで、結局は見送りになったらしい。

 そして以降、演習の際の注意に「防護の魔術を疎かにすると、最悪、負傷する恐れあり」が加わった。が、そんな事故は以降も、アルフレッドにしか起きなかった。

 それから四回生に上がるにつれ、「黄」「橙」ばかり見るようになった。時には防護陣を貫通する「赤」も目にするようになり、体には生傷が増えていく。

 そして五回生にもなると―――。

 

 


 忌まわしい記憶を振り払うようにアルフレッドは首を振った。

 彼女、クレアリーゼは「腕の三、四本」と言っていたが―――それはつまり、「防護」の魔術が使えない相手なら、この防護陣の障壁ごと蹴り砕くほどの威力の技を、前提として持っているということなのだろう。確かに、先刻の回し蹴りの威力は、半端なものではなかった。未だに、手がジンジン痺れる。頭に直撃すれば、防護陣の障壁もろとも頭蓋骨を砕くことは想像に難くない。

 だが、こちとらは、ひとたび出立すれば常に死と隣り合わせとなる荒事稼業。それこそ防護陣の加護など屁の河童で、「当たれば死」の覚悟で挑んでいる。何だかんで、いつも通り、というわけだ。

 いつもと少し違うのは、相手が国家魔術騎士級の実力者だということ―――だ。

 この感覚、260期生の四回生、いや、五回生クラスと見て差し支えない。学内、いや、校内序列でいっても、相当の上位だろう。

 一見「戦士型」を思わせるも、おそらく、「風」の魔術を基調とした「折衷型」―――つまり、サーノスやアリシアと同系統の使い手と見るべきだ。そして、先程の白金色の渦は、おそらく鎌鼬の魔術の一種だ。まともに被弾すれば、体中が黄色と橙との判定色に染まることだろう。

「まだまだ、こんなものじゃありませんわ!」

 彼女が着地した場所は距離にして約7ミター。そこから踏み出すことわずか一歩。信じがたい疾さの踏み込みから繰り出される、まるで巨槍の一突きのような突き出し蹴り!

(疾い!!)

 アルフレッドは両手剣の腹で何とかそれを受け止めるも、殺しきれない蹴りの勢いで、構えた姿勢のまま数ミター後ずさった。

 近距離は言わずもがなの必殺の距離。中距離でも、風の魔術の加護による、高速の踏み込みからの飛び蹴りが。遠距離においても、鎌鼬による牽制がと、どの距離も油断できないオールラウンダーだ。いつ、攻めに転じるか。防御だけでは、いずれ得物を弾き上げられる。ルール上はそこで試合終了だが、彼女は絶対に聞く耳持たないだろう。その蹴りを、思う存分浴びせられることになる。

(くそッ……。さあ、どうしたものか……)

 アルフレッドは近距離から繰り出されるクレアリーゼのキックの嵐を捌きながら、歯を食いしばった。




 

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