第53話 白金の旋脚 その1
「何だか、後ろが騒がしいですわね……。観戦くらい、もう少し静かにできないのかしら。まったく」
角と尻尾を生やした金髪の女子生徒―――『従騎士』クレアリーゼは、腕組みをしながら、ざわつく観戦席の生徒達を不機嫌そうに見遣る。
「それより、貴方」
「アルフレッドです。クレアリーゼ様。失敬、ミス・フザンツ」
クレアリーゼがクッ、と歯噛みし、口元をつり上げた。愛らしい八重歯が見える。
「―――わたくしの姿恰好を見れば、フザンツ伯爵家の一族の者だということくらいは分かりましょう。ですが、何故、わたくしの名まで……。貴方一体、何者ですの?」
つり気味の目をさらに吊り上げながら、クレアリーゼはアルフレッドを睨む。その姿恰好のせいで、威嚇されているようにも見える。
想像以上に敵意と警戒心を抱かれているようで、アルフレッドは困惑する。どうにか勘気にふれない様にと、慎重に言葉を選びながら口を開く。
「一応、この騎士学校のOB《しゅっしん》です。今は一介のギルドメンであり―――あとはまあ、売れない作家でもあるの」
「貴方の身の上話などどうでも良いことですわ」
ばしっ、と尻尾が地面を叩く音が聞こえる。でうでもいいが、痛くはないのだろうか。
「それに、国家魔術騎士の叙勲も受けられなかった平民風情が、わたくし達の先達を騙るなど笑止千万。ここは本来、貴方のような魔術も使えない者が居て良い場所ではないと、そう心得なさい」
と、口元に指を這わせながら嗤う。
何者だと先に聞いてきたのはそっちの方なんだがなぁ、と心でごちりながらも、いったん口を噤む。
「さあ、質問の続きですわ。わたくしの名を、どこで知ったと聞いているのです」
「ええとその、八年。いや、九年ほど前……アークライト侯主催の晩餐会に来られていた、フザンツ伯から、直接」
その返事をきいた途端に、表情から怒気が姿を隠し、顔に驚愕が満ちていく。
「お父様から……?」
今から九年前、だいたいそれくらいだったと思う。
アリシアの兄、エーリックが(ついでにアルフレッドも)騎士学校への入校試験に合格した年。祝賀と、同じく同期として合格した子息令嬢たちの顔合わせも兼ね、ジェスティ=アークライト侯爵の主催による晩餐会が、屋敷で開催された。近隣の領主たちはこぞって、国家随一の武勇で名を馳せる猛将・アークライト侯爵の御曹司であるエーリックの新たな門出の祝(ことほ)ぎに、豪奢で煌びやかな衣装を纏い、屋敷に集った。
そしてアルフレッドも、着慣れない貴族の正装をアリシアに散々冷やかされながらも纏い、その場に出席していた。そこには、後に伝説の260期生と謳われることになる御曹司や令嬢達も居たのだが―――その中に、一際異様な存在感を放つ、一人の少女が居た。
美しい金髪の、幼いながらも気品を感じさせる美少女だった。だが、その両側頭部からは、左右非対称の歪な角が生え、耳は長くとがっており、そして極めつけには、黒く長い尻尾まで生えている。
隣には、その父親と思しき、同様の特徴をした背の高い紳士がおり、着席していない時は、常に彼女はその後ろに、姿を見られない様にと怯えるように隠れていた。
乾杯の音頭が交わされた時、その異形の親子は、ちょうどアルフレッドとアリシアの向かい側の席に座っていた。その時、当時六歳だったアリシアが、あろうことか隣で「ねえ、アルフレッド。あの子、頭から角が生えてる」などと無礼極まりないことを耳打ちするものだから、「ばかやろう。失礼だろ」と肘で小突いてやったが、完全に一部始終を見られていたようで、その少女は赤面しながら涙目で俯いてしまった。
異変に気付いた彼女の父親は、アルフレッドらに視線を向けた。アルフレッドは万事休すと、反射的にアリシアの頭を押さえつけながら、無言で頭を下げ合った。それを見た紳士は、笑顔で返すと、俯くその少女に何かを言い聞かせていた。
宴席が屋敷内から庭園にうつると、アルフレッドは真っ先に、頭の角と尻尾を目印に、アリシアの手を引きながらその紳士を探し出した。そして、少ない語彙ながらも必死に頭を下げ、アリシアの無礼をひたすら頭を下げ詫びた。もちろんその背後には、アルフレッドとアリシアの視線に怯える少女が居る。
一通り聞き終わった後、紳士は―――先刻の屋敷内での笑顔と全く同じものを見せてくれ、そこで漸くアルフレッドは胸を撫で下ろすことが出来た。アリシアも、暴言を吐いた本人に謝罪すると、持ち前の明るさで、少女同士の「お話」に持って行く。和気藹々とした雰囲気が生まれていた。紳士は自身の名をクラウス=M=フザンツ、そして娘である彼女をクレアリーゼと紹介した。
―――あの時の、弱気で泣き虫だった少女が、随分と立派に成長されて。
懐かしき、アークライト家での日々の、一ページである。
「フザンツ伯には、本当に感謝しています。分不相応ながらも、魔術騎士学校に身を置くことになった私へ、身分も問わずに薫陶とそしてエールとを送って下さった。そのおかげで―――ってあの、ミス・フザンツ?」
黙って聞いてくれていることを良いことに語り続けていたが、気付いてみれば、あの時の再現のような俯き顔。だが、それは決して泣き顔などではない。
あの頃の君はこうだったね、などとは一言も言っていない。彼女の父親・フザンツ伯という外堀を足掛かりに、ソフトに接しようとした戦略だったのだが―――どうやら失敗だった。最大級の地雷を、自ら踏み抜いてしまったようだ。
ギュウッっという音がここまで聞こえてくるように強く固く握られた拳。得物であるロングブーツからは、魔術式が展開する光。足元から不自然に巻き起こる風が、彼女の制服の白スカートと髪をなびかせる。
「―――あの日の」
わなわなと体を震わせ、一歩、クレアリーゼが踏み出す。その得体のしれない気迫に、つい後退しそうになる。
「あの日のわたくしの姿を、知っているというのですね。貴方は。あの場所に居たということは!」
そしてまた一歩、踏み出す。
アルフレッドは後退するかわりに、剣を両手持ちに、構えた。お互いまでの距離は10ミターほど。だが、胸元に既に潜りこまれているような危機感を感じる。最早、何を言っても遅い。
怒りに我を失っているわけではない。敵意という闘争心に変えて、それを研ぎ澄ませているのだ。
―――気は抜けない。髪の毛一本たりとも。
「ただ倒して追い出すだけでは、最早わたくしの気が済みません。―――その首その記憶ごと、蹴り飛ばして差し上げますわ!」
開幕だ。
クレアリーゼが跳躍。一瞬にして間合いを詰められ、「お覚悟!!」の掛け声とともに、白金色の軌跡が横なぎに、アルフレッドを襲った。
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