第52話 力持つ者とは




「ミス・フザンツ……。今の台詞、聞き捨てならないな」

「聞き捨てならない? なら、もっと言って差し上げますわ」

 あちゃー……。アリシアは小声で言う。周囲の面々も一同、気まずそうな表情を浮かべ、ざわつく。

 そして予想した通り。歯に衣着せぬ直言が、まるで矢のごとく降り注ぐ。

「防御を崩し切れず、そのことに焦って、ご自慢の『剛剣』を自ら駄目にし自滅する―――敗因はそれでしょう? いつものパターンですわ。彼は最初の数合で、あなたの斬撃への対処法を見抜いたのです」

 視線すら向けずに言い捨てる。直言の矢は降りやまない。

「それに、誰に見せたかったのかは存じませんが、勇姿を見せることもなく、得物を吹き飛ばされてしまうという最悪の負け方をする。それだけならまだしも、あろうことか、相手の実力もペテンだと疑って認めず、逆に自身の落ち度は認めようとしない―――。これが見苦しいと言わずして、他に何と言うのでしょう。そんな性根で居るから、あなたの成績と序列は足踏み状態のままなのですわ。そろそろ、後ろの走者があなたの隣に見えてくるのではなくって?」

 何本もの矢が頭にブッ刺さったケヴィンは、クッと強く歯噛みをしながら薬缶のように顔を赤くする。ケヴィンやアリシアが何も言い返せないでいると、クレアリーゼは、鼻でフンと笑う。

「『魔術が使えない』。そんな体質が本当に存在するかはさておき―――だとすると、学校側はこう言いたいのでしょうね。『腕力や技術、そして知識や経験を高めれば、彼のように、魔術に頼らずとも術具使いや魔術師を凌駕することが出来る。いわんや、魔術を使用できるわたくし達にとっては、尚更重要となる事柄ファクターだ』―――と」

 随分と都合の良い解釈をしてくれているようだが、実際のところはグレイズ教官の人脈でたまたま起用、というのが関の山だろう。実戦教練のための、門外からの実力者選びには、学校側はいつも苦労している。名ばかり有名な者を連れて行って、逆に生徒にコテンパン、となっては話にならないからだ(過去に何度もあったらしい)。それが、国家魔術騎士養成学校アークライト領校の従騎士達の実力なのだ。

 当然、アリシアは黙っている。こうも納得のいく解釈でアルフレッドが受け入れられるなら、何とも美味しい話ではないか。それも、このクレアリーゼに言わせたというのが大きい。その実力と、勝ち気で高圧的な態度から、266期生の中の派閥グループのリーダー格でもある彼女の口から。

「気に入りませんわ」

 ―――と思った矢先にこれだった。

「国家魔術騎士の方々が仰られたなら納得できます。ですが、よりによって、魔術が使えないという者を通してそのような事を諭させるとは。―――ここは国家魔術騎士学校。それも名門中の名門、アークライト領校。魔術の使えない者が居て良い場所ではありませんし、そのような方から教わることなど、何一つありません。そう思いませんこと? アリシアさん」

 ここで初めて、クレアリーゼはアリシアに視線を向ける。

「私はそうは思わないわ。彼、アルフレッドは四年、この魔術騎士学校に在籍していた。魔術が使えなくても、その実力だけで、生き抜いてきた。しかも、あの伝説の260期生の中でよ。お兄様だって、三回生になるまで、アルフレッドには一度も勝てなかったわ。学ぶことは多いはずよ」

「でも、卒業はしていない。騎士の叙勲を受けられなかった。その資格が無かったからですわ。当然ですものね。魔術を使えないのですから。その先の成長など、たかが知れています。学校側から見切りを付けられたのでしょう。でなくば、素行不良とか?」

 フフッと嗤う。

 アリシアは怒気を抑えながら、反論する。

「……魔術が全てではないわ、リズ」

「……クレアリーゼ、ですわ。その名で呼ぶなと、何度言えば分るのです?」

 ぎろりと、一瞬だけだが、クレアリーゼは鋭い目つきでアリシアを睥睨する。

「そうでしょうね。ですが力や技や経験などというものは、必要とはいえ所詮補助的な物に過ぎません。アリシアさん、年少であり、しかも女という性別でありながら、領主代理という責任ある立場に任ぜられ、その実力で与太者達の狼藉を許さない。その驚天動地の力は何によるものですの? ―――魔術の賜物でしょう」

 それは、紛れもない事実だった。

 アリシアは何も言い返せない自分が腹立たしかった。

 実際に―――その「魔術」を喪失してしまったとき、アリシアは何もできなかった。ただの一人の少女でしかなかった。

「魔術の力は、すなわち意志と心の力。それらが強い者ほど、精妙且つ強力に魔術を使いこなすことが出来るのです。道義を重んじ、不正を許さぬ高貴な意志と心とを持つ者こそが、力を持つことを許される。―――まこと、良い時代ですわ。いかに非力であろうと、女であろうとも、生まれつきの障碍があろうとも、わたくしのような異形の者でも、そのことだけは変わらないのですもの。ようやく明かされた、自然の摂理というものなのでしょうね、これは」

 クレアリーゼは立ち上がると「それを今から、証明しますわ」と言う。その直後、まるで待っていたかのようにアルフレッドの声が響き渡る。



「次の方―――」



 周囲が「お前が」「あなたが」と、ざわめく。

 そんな中、アリシアはついに堪えきれずに、クレアリーゼに問うた。

「……ねえ、リズ。聞きたいんだけど」

「クレアリーゼ、ですわ」

「仮に―――仮によ。ある日この世界から、魔術が消えてしまったら、魔術が使えなくなってしまったなら……って考えたこと、ある?」

「ふん、何を馬鹿なことを」

 思わず勢いで、禁を破ってしまったわけだが―――クレアリーゼは当然のように、取り合わなかった。

「摂理というものは、不変であるがゆえに摂理というのですわ。そんな日が来ることなど、あり得ません。それに―――殿方が腕力と暴力とをもって、世と女とを支配する世界に逆戻りだなんて、考えたくもありませんもの。彼を見ていると、そんな世界の再来を思わせるようで、無性に腹が立ちますわ」

 吐き捨てるように言う。アリシアは、例えようもないもどかしさと歯痒さに、無言で悶える。

 そのあと「私が出ますわ」の大音声での名乗り、クレアリーゼは飛翔。石造りの闘技場までわずか一跳躍で到達し、華麗に着地を決めた。俄かに「おおッ」だの「きゃあーッ」だの、どよめきが起きる。アリシアも、流石というべき彼女の実力に、悔しいながらも舌を巻く。

「なあ、どっちが勝つと思う? あの臨時教官、もしかしたらミス・フザンツも負かしてまうかもしれないぞ。何人もの臨時教官をお役御免にしたあのミス・フザンツを」

 即座に勝敗予想があちこち飛び交う。

「何をおっしゃるの? クレアリーゼ様でしょう。魔術も使えない、あのような平民なんて、あの『白金の旋脚』で一捻りですわ」

「ミス・アークライト、貴方は―――?」

 正直なところ、あのコチコチの石頭に、一発お見舞いしてやってほしい、というのが本音だったが、それはあくまで願望に過ぎない。大口を叩くだけあり、彼女の実力は本物だ。序列は266期生の学内ではなく、それを踏み越え、校内序列でカウントしても上位に位置する。

 ゆえに、出した返答は、これだった。これしかなかった。

「―――わからない。この勝負」



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