第56話 白鬼 その1




「……アリシア」

 横より、眠たげな声で名前を呼ばれ、アリシアは振り向きいた。

「あれ、ミス・ミダエアル? 珍しいわね、あなたが演習の観戦に来るなんて」

「……クラウディアでいい。何度も言ってる」

 少し癖毛気味の赤髪。他の貴族の令嬢達の多分に違わない、整った顔立ち。手足も長く、アリシアとそこまで背丈や体の起伏は変わらないながらも、スタイルはこちらのほうが断然良くみえる。眼鏡の下の、眠たげな半開きの瞳は、全開に開けばきっとぱっちりと大きく、それだけで彼女の印象を変えるであろう。手には「純正型」の魔術師であることを示す、付箋だらけで使い込まれた感のある、分厚い『魔術書』を携えている。

「リズが遅いから探してた。臨時教官と演習しているって聞いた。だから来た。それだけ」

 言葉数少ない独特の喋り方で、淡々と話す。その口調のせいか、何も知らない者には、若干幼げな印象を抱かせることだろう。

 名はクラウディア=ストレーン=ミダエアル。アリシアと同じ三回生で、17歳。数々の著名な国家魔術騎士、および宮廷魔術師を輩出してきた名門・ミダエアル侯爵家の令嬢だ。「純正型」コースの生徒達とは、実技や演習では別行動となるので、彼女とはあまり話す機会がなく、そのうえ、寡黙な性分もあって、さしものアリシアもつい他人行儀になってしまう。

 その魔術師としての実力は歴代でも群を抜くといわれ、アリシアと同じ12歳の時分、アークライト領校と同時に、王都の宮廷魔術師としてもお呼びの声がかかったという、正真正銘の神童である。ところが本人は「まだ読んでいない本がある」とか「あと三年くらいは、ゆっくりしたい」などといって、特別編入の話をにべもなく蹴ってしまったという。本人の人となりを伺わせるエピソードである。これでもっと強くなれる! と二つ返事で了承したアリシアとは正反対だ。

「リズと長い間戦っていられるなんて。そんなにすごい使い手?」

 いま眼下で、アルフレッドと壮絶な戦いを繰り広げている、フザンツ伯爵家令嬢・クレアリーゼ。その愛称である「リズ」の名は、彼女の古くからの友人である、クラウディアにしか使用が認められていない。事実、面白半分にアリシアが呼ぶと、プンスカ怒る(今日などは、機嫌が悪かったせいで睨まれてしまった)。呼びやすいし何より可愛らしいのに、もったいないと思う。

「あー……、あー、うん。でも、ちょっとミス……じゃなくて、クラウディアの好みには、合わないかも」

 瞼がストンと落ち、半開きの瞳が更に狭く細くなる。あからさまな落胆っぷりだ。

「……『戦士型』?」

「正確には、それですらないっていうか……」

 あいまいに濁すアリシア。その様を見て逆に興味が沸いたのか、クラウディアは「どういうことなの……?」と試合を注視しだす。





 ハア、ハア。

 静まりかえる演習場内に、互いの息遣いがひびく。

 試合の展開は平行線の一途をたどっている。ボード・ゲームの千日手とでもいうべく、その攻防は完全なる互角で、ある種のこう着状態だ。既に両者とも、「黄色」と「橙色に近い黄色」といった、決定打になり得ない判定色が、無数に付着している。これが実戦であれば、今頃どちらも擦り傷や切り傷、打撲でボロボロになっているはずだ。

 状況を打破するため、アルフレッド、クレアリーゼは、互いに一旦距離をとり、身構えている。次の一手と、つけいる隙を模索しているのだ。視線は研ぎ澄まされ、お互いの両目を捉えて離さない。

「随分と、情熱的な視線……ですわね。そういうの、嫌いじゃ、ないですわ」

「お褒めにあずかり、光栄、です……」

「ふん。それにしても……わたくしに、ここまでついてくるとは。正直……、侮っていましたわ……」

 ニィ……と、八重歯をのぞかせながら、すわった目つきで笑う。

「……ご納得。して、いただけたでしょうか。曲芸の……ようではありますが、技術を磨けば、魔術の使い手が相手でも、なんとか、こうやってしがみつくことが……」

 肩で息をしながらアルフレッドがそう言い終わる前に、クレアリーゼは「お黙りなさい!」と、発言を叩き落とすように、手をぶんっと払う。

「図に……乗らないで、くださいませ。魔術が……意志の力が、信念も、信義も無いような野蛮な剣に……屈することなど……在り得ませんわ。暴力などには、絶対に……絶対に!!!」

 いやぁーッ!! 

 挑発に焚き付けられたかのように、クレアリーゼが先に仕掛けた。小細工ごと十把一絡げに蹴り砕かんとする、閃光の軌跡に彩られた全力の大回し蹴り!

 アルフレッドはここに来て、ついに決心した。

 剣の瘴気を「取り込む」ことを。

 大きく息を吸い込み、そして止める。そして、踏み込む。

「はあーーーーッ!!!」

 一撃同士がぶつかり合った瞬間。

 その圧倒的破壊力同士の衝突によって生じた衝撃波が、まるで突風のように演習場内を駆け抜けていく。

 中心では、鍔迫り合いのように、がっぷりと組み合う二人。

「ようやく。ようやく本性を見せましたわね」

 ギッと、奥歯を噛む。

「魔術を使っていない、使えない―――それが真実であることは、わかりましたわ……。でも、貴方はそんなもの必要ないくらい、忌まわしき力を……穢れた秘密を持っているようで」

 アルフレッドが一歩、踏み出す。圧されるクレアリーゼ。

 アルフレッドの剣の鞘とクレアリーゼの脚、その接点は、まさに火花散らんが如く、強大な力がせめぎ合っている。

「臭う……臭いますわ。近くに来て、ようやくわかりました。それとも、ここに来てようやく、『解放』したと、いうべきか……」

 アルフレッドは歯をかみしめながらも、不敵な笑みでしゃべりだす。

「へっ。ひでぇなあ。おっと、酷いじゃないですか。風呂は毎日、入ってますってね」

 クレアリーゼは踏みとどまる。

「そんなものでは……隠しきれなくってよ。貴方の体と、その得物からから発する臭いは……。『魔』の臭いは……ッ!! 特にその両手剣から発される瘴気は……この感覚は、最早、強大すぎる魔物そのものッ……! 貴方は既に、その剣に、侵食されているのですわ……!!」

 言葉に、アルフレッドの力が緩む。

 その綻びをクレアリーゼは逃さず、魔術式『剛力』『烈風』を展開! 突風の力を借り、そのまま脚を振りぬき、アルフレッドの体を吹き飛ばす。アルフレッドは中空でバック宙し、難なく着地する。

「……ようやく思い出しましたわ。伝説の260期生の中に、こんな二つ名で呼ばれていた人物が居たことを」

 クレアリーゼは片足を上げ、構えなおしながら、言う。

「―――『白鬼スノウ・オーガ』。……貴方の、事だったのですね」

 アルフレッドは剣を構えなおすと「古い名を」と微苦笑した。 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る