第43話 抜剣(フューリー) その11
馬鹿な。
馬鹿な、馬鹿な。
叫びは強風によりかき消される。だが、たった今目撃したこの衝撃は抑えきれない。お構いなしに、何度でも叫んでやりたいぐらいだった。
「何故、『魔術』を使える!」
計画の邪魔をする、あの小うるさい白髪のハンターを、今度こそ捻りつぶしたと確信したのに。
「どうなってるんだ!! おい!! さっきの攻撃を防いだの、あれは魔術じゃないか!! ええ?」
隣で、魔術式を展開しながら崖下の光景を見下ろす大柄な魔術師の男―――「不動」のディークマンを怒鳴りつける。下手をすれば崖下にまで届いただろう大声でがなり立てたにも拘らず、相変わらず生気のない目で、俯くように眼下を凝視したままだ。怒声にびくりとするどころか、反応一つ見せようとしない。
無視されているようなその態度が一層、焦燥感と怒りとを加速させる。平時なら仕方ないかと一蹴できるが、今は違う。
「てめぇの魔術が、相手に効いてないってことだろ!! 」
当然のように、無言。ついに堪忍袋の緒が切れた。ディークマンの胸倉を掴み、揺さぶるようにして「何とか言ってみろよ!!」と喚き散らした。
つい先刻まで、あの場に居る者達全ての魔術を完全に封印したと錯覚し、文字通りに高みの見物とばかりに、召喚したオーガを使って、ひとときの猛獣ショーを、にやけ顔で堪能していた。ひとりひとり、確実に潰していき、最終的に、なすすべなくへたり込む女(エルフィオーネ)を捕獲する。逃走されたとあらば兎狩りと洒落込む。勝利は、約束されたも同然だった。
途中、例の白髪のハンターに、思わぬ反撃と、人間離れした火事場の馬鹿力で粘られるという番狂わせがあった。
その時は忌々しいと思った程度だったが―――その忌々しさは既に、「嫌な予感」や「胸騒ぎ」と表現したほうがいいものにすり替わっている。
名前は確か、宿帳にはアルフレッドとサインされていた
理由は分からないが、あの男にはディークマンの術が「効いていない」。先刻の、オーガの攻撃の直撃を防いだ障壁(フィールド)が、その証拠だ。きわめて強力な「防護」の魔術だと予想される。
あのアルフレッドという男は、間違いなく「戦士型」の魔術師だ。 ぎゃくに、そうでもなければ、ただの生身の人間が、上級魔のオーガと渡り合うなど―――それも、力で渡り合うなど、できるはずがないからだ。
「くそッ! くそッ! どうして、計画通り上手くいかない!!」
剣幕に狼狽えもせず、驚きもせず。作り物のように抑揚のない表情、抑揚のない感情。まるで、人形相手、死体相手に一人芝居をしているように思えてきた。
全てぶちまけた結果、意外とクールダウン出来た。空しくなったともいうか。胸倉から手を放す。
ディークマンは、乱れた襟を直しもせず、再び、無言で崖下に視線を遣った。
気を取り直そう。
一体どういった理由で奴の魔術を封じられないのか、それは一先ず、思考から除外する。要は、奴をブチ殺せば良いだけの話だ。
いくら魔術が使えるとはいえ、戦力は所詮、ひとりだけ。
対してこちらは、ほぼ無傷の上級魔(オーガ)が二匹。一体を、魔術を封じられた連中に差し向け、奴を牽制させる。もう一体は、奴と直接対峙させ、攻撃をうけた怒りが赴くがまま、八つ裂きにさせる。一対一だが、完全な一騎打(タイマン)というわけではない。背後で襲われている仲間がいる以上、気が気でならず、平常心を保てるわけがないのだ。
方針は決まった。
魔術式を展開し、オーガ達に「指令」を送信する。
その意思を受信したオーガの動きが一瞬だけ止まり、次の瞬間には了解したと言わんばかりに動き出す。
「必ず、あの白髪頭をブッ殺し、女(エルフィオーネ)を手にする。そうすれば、こんな所とはオサラバだ。ディークマン、お前はさっさと、あの白髪頭の魔術を封じるよう努力しろ。いいな!」
魔徨石を意図的に活性化させ、魔物を疑似的に召喚する魔術。それを利用し、ギルド指揮下で行われてきた半ば自作自演の魔物騒ぎ。
何十年にもわたり、内輪以外に秘匿し続けたこれらの秘密を、何故、「彼」が知っていたのか―――どうせ、ギルドの誰かが、金をチラつかされて密告(チク)ったのだろうが―――この件を公にすると、脅迫の使者が宿にやってきたのは、数週間前のことだ。
目の前が真っ暗になった。日常がガラガラと音を立てて崩壊していく音が聞こえた。
こんなことが公開されたら、その末路は明白。官憲どころか、化け物揃いと噂のアークライト騎士団が動き出す。逃げ場はない。捕縛されれば―――すべてを吐かされた挙句に、首を刎ねられる。
脂汗と冷や汗とを混じらせ、失神寸前だった。そんな中―――使者が本題と言って発したあの一言は、その時にはまるで、神の声のようにも聞こえた。
最早なりふり構ってはいられなかった。
どんな内容の条件かも聞かず、無様に床に頭を擦り付け、哀願していた。
「この一件を黙っているかわり、我々の仲間に加わって頂きたい。我々の、大いなる目的のために、力を貸してほしい。あなたにしか、できない仕事があるのです」
その仕事の内容、それは。
このシラマ禁則地区を―――ハンター達の狩場を利用し、高位の魔術師を捕縛してほしい、というものだった。
シラマには居ない、高位の魔術師をどうやっておびき寄せるのか。その段取りも、あちらで既に計画済みだった。
まずは、禁則地区での狩りを担当するハンター達を壊滅させて、ギルドを稼働不能に陥れる。そして、シラマのギルド外からの加勢受け入れは已む無し、という状況を作り上げる。熟練(ベテラン)のハンター達が壊滅したとあらば、リスク・レートに見合わない有象無象は弾かれ、集うのは確実に、名のある強者ぞろいだろう、という目論見だ。
そして、忠誠を試すかのごとく、前段作戦―――ハンター達の掃討実行を命じられた。
その際、相棒として与えられたのが、「魔術を封印することができる」という、見るからに不気味な容貌の魔術師、「不動」のディークマン。
もう一つが、「魔物に指令を与え、その通りに操ることが出来る」という、聞くからに眉唾な効果の魔術式を刻印された術具だった。いま、額に巻いている黒いバンダナがそれだ。
魔術にはそれなりに精通していたので、その魔術式の展開を成功させるのに、さほど時間は要さなかった。
―――そう、人一倍魔術に精通していたがため、魔徨石を人為的に活性化させるなどという魔術を偶然編み出してしまったのだ。そしてそれに目をつけられ、半ば無理やり、持つ者が貧乏くじをひく形で、この数十年、この地より動くことも許されず、宿屋でこの禁則地区の「番人」を強要されているのだ。
こいつらに関わったせいで、こんなことになってしまった。
こいつらさえ、居なければ。
こいつらさえ―――。
心の底に灯った僅かな火が、一瞬にして、激しくのぼり立つ炎へと変貌するのを感じた。
しかし作戦決行当日は、そんな激情とは裏腹に、驚くほど冷静に、事にあたれた。
ハンター共の無様な悲鳴と断末魔のハーモニーが奏でられる中、飛び散る血肉と臓物が、古の暴君が行ったという、酒池肉林の様相を描き出す。つい数日前、この崖の下では、そんな狂おしき血の饗宴が、盛大にかつ凄絶に繰り広げられていた。その凄惨な見世物を、生唾を呑み、背筋を凍らせ、口元をひきつらせながらも、結局は堪能していた。
(ざまぁ、みろ。―――自業自得だ)
這う這うの体で逃れる者も、まるで水中から足を引っ張るかのごとく、捕えては引きちぎらせ、捕えては引きちぎらせた。
結局、生き残ったのは三名。一人は、討伐隊のリーダーで、ダメ元で捕縛し、「彼」に引き渡した(予想通り、使い物にならなかったが)。もう二名は、惨状の生き証人ということで、医師に引き渡した。両名、重傷のほかに、完全に発狂していた。
これが、此度の「魔物騒ぎ」の真相だ。
ハンター達が、強力な魔物によって悉く全滅した。そんな、凄惨な「事故」だったのだ。
そして今まさに、その「事故」は繰り返されようとしている。
「随分と手こずらせてくれましたが、果たしてあと何分持ちますかね? お客様」
◆◇◆◇◆
「不動」のディークマンは、薄ら笑いを浮かべながら激情を剥き出しにする相棒を尻目に、ただひたすら、ある一点を見つめていた。まるで、深い闇に、一縷の光を見出しているかのように。
相棒は、白髪頭の魔術をなんとかして封じろと言った。
その命令を、ディークマンは確かに聞いていた。
だが、彼は知っていた。
封じるも何も、「魔術を使っていない者」には、何を施しても詮無い、ということに。
ディークマンが、かの白髪頭に視線を遣ることは一度もなく。彼の虚ろな視線は、ただの一点を捕えて離さなかった。
「マ、ホ……ウ。……ォシ……ショ、ウ……サ……」
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