第42話 抜剣(フューリー) その10
「うおおおおおおおおッ!!!」
無防備になっているオーガの背後から、アルフレッドが、鞘に収まったままの両手剣を振り上げ跳躍。その肩口を狙って殴り掛かる。
「お前の相手はこの俺だッ!!! こっち向けッ!!」
雄叫びに気づいてオーガが振り向く。完全に不意打ちだったらしく、その一撃は、呆気ないほどすんなりと通った。
一際大きく、鈍い打撃音とともに、オーガが「ゴハッ」という息を漏らしながらドドォと、地面に倒れる。
「……入った!!」
無防備だったが故、かなりのダメージを与えられだが、これだけでは、致命傷には程遠いようだ。気絶させるくらいはできるかと思ったが。
少しすると、オーガはゆっくりと立ち上がった。先程まで執拗に追い回していたエルフィオーネではなく、アルフレッドに向かって明白な敵意―――いや、殺意を向け「ガァアアアアアア!!」と、空気が、そして脳髄までビリビリと震えるような、おぞましい咆哮を放った。
しかし、これで戦う術のないエルフィオーネへの注意は逸れた。
手痛い一撃を入れられ怒り狂ったオーガの腕がすぐさま、襲い来る。左右の手を握り、巨大なハンマーを振り下ろすかのように放たれる強烈な打撃。アルフレッドは身構えると、咄嗟に両手剣で受けた。
「はああっ!!」
金属同士が激しくぶつかるような音が響き渡り、アルフレッドとオーガの力比べが展開される。踏みしめる地面が重量で凹み、蜘蛛の巣のような割れ目が形成される。
「オオオオ……」
「ぐっ……ぬううう!!」
傍目には伯仲拮抗しているかのように見えるも、しかし、アルフレッドは確実に押されていた。踏ん張る足元が、徐々に地面に埋没していく。弾き返そうにも―――相手の力が強すぎる!!
その隙にと、もう片方のオーガが、後退するアリシアらに襲いかからんと、視線を変えた。負傷した者、戦意を喪失した者、腰を抜かして凍りついた者―――格好の餌食と言わんばかりに、捕捉された。
「アルフレッド!!」
察したディエゴ神父が、無事なほうの腕を駆使し、鉄球を、アルフレッドを拘束するオーガの頭部に向かって投げつけた。
それに気を取られたようで、オーガの力が緩む。アルフレッドはオーガの腕を辛うじて振り払い、体勢を崩させた。直後、頭部に、鋼鉄の棘付き鉄球がクリーンヒットし、オーガが大きくのけ反る。
同時に、アルフレッドはアリシアらを追撃せんとするオーガに向かって走り出し、剣の打撃を振り下ろした。こちらのオーガは、忌々しいと言わんばかりに、装甲で覆われた腕で、これをしっかりと防御した。
逃げる者達の背後を取らせまいと、アルフレッドは再びオーガの真正面に立つ。
これで、二匹の注意は、完全にこちらに向いた。
「今だ!! エルフィオーネ!! 神父!! 二人を連れて、逃げろ!! ここは俺が引き受ける!」
しかし、帰ってきたのは、まさに期待とは真逆の叫びだった。
「何言ってるの!? アルフレッドも逃げてよ!! 早く!!」
「お前らが逃げ終わるまで、俺が引き付ける!! だから早く逃げろって言ってるんだ!!」
「無茶だよ!! 死んじゃうよ!!」
「馬鹿野郎!! 誰かが
「嫌だよ!! アルフレッドを置いて逃げるなんて、そんなの絶対に嫌!!」
その声が、残酷なくらいに明瞭に聞こえてくる。
ぐっ、と握り直されるアリシアの双剣。喪失されたままで居て欲しかった戦意が、まるで叩き起こされたかのように覚醒している。
「まってて! 今、助けに行くから!! 魔術が無くても、やれるんだから!!」
ばかやろう。―――ばかやろう。
それで、領主代理が務まるか。一人を犠牲にして全員を逃がす。その程度の判断が、何故、できない。
こんな根無し草なんかのために、その高貴な命に比べれば、ただの路傍の石のような存在に―――何故、眼前に敷かれた明るい未来を捨てようとする。
それに、ここでお前に死なれたら、親父殿や御袋様、それにお前の兄貴に、死んでも顔向けできない。この命では、たとえ百でも、いや千でも足りない。
だから、早く逃げてくれ。頼む。
「いけない!! 姫様! お戻りください!!」
神父の静止など届くはずもない。彼女の五感の視野には、既に一つの点しか見えていなかった。自身の言葉の通りに、アルフレッドと対峙するオーガへと吶喊する。「俊敏」の魔術を喪失しており、その動きは遅く、アークライト家秘伝の魔術である「蒼雷」まで失い、見知った頼もしき戦乙女は、今や、ただの我武者羅な、一人の泣き顔の少女でしかなかった。
「このおおおッ!!!」
最早、悲鳴なのか掛け声なのか分からない金きり声。
「来るなぁあああああああああッ!!!」
アルフレッドが、制止させようと振り向き叫んだ瞬間だった。
その隙を待っていたと言わんばかりに、眼前のオーガが、腕を振り上げ―――その横腹を、強靭な腕で薙ぎ払う。
その光景を目にしたアリシアの表情が凍った。そこで、アルフレッドは初めて、自身に起ころうとしている最期の瞬間を悟ったのだった。
「しまっ……」
完全に虚を突かれた。
暴力が、アルフレッドの左脇腹に殺到する。
真実までの瞬間が、やけにゆっくりと感じる。
このままこの腕が体に到達すれば、肋骨を完全に粉砕。衝撃と、折れた骨により内臓はぐちゃぐちゃに損壊。そんなところだろう。即死も有り得るか。
結局―――『抜剣』を行う作戦は失敗に終わった。
『抜剣』は危険な技だ。アリシアたちを巻き込む可能性だって十分に―――いや、確実に巻き込む。全員が退避した後、誰も見ていない戦場で行いたかった事なのだが、まだ幼い彼女(アリシア)の精神と性格のことを考慮に入れ損ねた。世の中、なかなか、上手くはいかないものだ。
これは、自身の落ち度。何より、面子を納得させることが出来なかった己の力不足が招いたこと。そして、結果、出し惜しみをする形となった。
逝くとしたら、やはり「魔界」か。そんなのが本当にあるとすれば。
いずれにせよ、あれほどまでに、神様をこき下ろしてきたのだから、逝き先はろくな所ではないだろう。それに、形はどうあれ、今までに沢山殺してきた。まあ当然と言えば当然だろう。サーノスの予言通りということだ。
あっちで彼らとまた逢うことは、多分叶わないだろう。
走馬灯、というやつだろうか。
見知った面々が、この一瞬の間に、眼前を通り過ぎていく。
そして、その一番最後に、「彼女」が。
エルフィオーネが、いた。
◆◇◆◇◆
ガァアアァアァアアァァ……ン
静寂の中で。
響いたのは、肉体を粉砕する打撃音ではなかった。だがそれは、聞き覚えのある音。
しかし同時に、アルフレッドの体質上、彼が絶対に放つはずのない音でもあった。
「これ……は」
思わず目を見開き、ゆっくり、ゆっくりと、己の左脇腹に視線を遣ってみる。
「う、そ」
信じられない。
それは、今まさにその瞬間を目撃したアリシアも同じだった。
いや、オーガを含め、恐らくこの場に居る者全てが、等しく味わっている衝撃だった。
「『防護』……」
サーノスが声を上げ、続いて、アリシアがぽつりと呟くように言う。
「『防護』の
オーガの右腕は、確かに、アルフレッドの左脇腹を薙ぎ払わんと、絶好の位置と隙とを捕え、放たれたものだった。そして、アルフレッドはなすすべもなく、その一撃を受け入れ、斃れるはずだった。
だが。
オーガの腕は、アルフレッドの体に到達する直前の僅かな、髪の毛一本もないほどの僅かな間隙に展開された「障壁」によって、完全に防御されていたのだった。
いま、この場における魔術は、封印されている。
それに、言うまでもなくアルフレッドは魔術を使用できない
ならば「これ」は何で、一体、「誰」が―――?
「―――危ないところだった」
アルフレッドを生死の境目から奪還させた「彼女」は、額に大粒の汗を浮かべながら、俯き加減で言う。
「すまないな、我が主よ。『守る』という約束を、反故にするところだった」
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