第37話 抜剣(フューリー) その5
「いやはや、派手にやるもんだねぇ……」
土煙が泳ぐ中、アルフレッドは剣を後ろ腰に仕舞いながら舌を巻く。視界が晴れた先には、膝をつきながら、全力疾走した直後のように荒く息をするサーノスと、それを見下ろすエルフィオーネの姿があった。
(支援があったとはいえ、あいつ一人で軽く10数体は倒してる。ありゃ『特別枠』でも相当にヤバい部類だ……。しかもこれが初陣って話だろ……?)
ウズウズと、こみ上げるものを抑えつつ、アルフレッドは苦笑交じりで呟いた。
「どうなってんだ、最近の魔術騎士学校の連中は……」
戦力としては期待していない。―――という前印象が、随分変わった気がする。
荒削りではあるが、彼には剣の技も、魔術の技もある。魔術に関しては分からないが、とくに剣技には、更なる伸びしろがあると見える。ないのはやはり、経験だけだ。
決して天才ではない。相当な努力を積み重ね、得たものなのだろう。悪く言えば教科書どおりだが、その教科書を、擦り切れんばかりに読みこみ、読み漁ったと言わんばかりに、頭と身体とに叩き込んだのだろう。そんな動きだった。まだ声変わりもしていない子供なのに、一体どれほど血の滲む努力をしたのだろう。
―――実戦を通して実際に経験し、学ばねばならないことは多い。刻々と変わる戦況へ対応する柔軟な判断力、予期せぬ事態に対応する冷静さ、襲いくる敵の脅威に対して物怖じしない度胸、そして何より、敵を「斬り」「斃す」ということへの覚悟―――。
だが、経験を積むことで、それらが十分に備わったとき、彼を更なる高みへと押し上げてくれることは、疑うべくもない。結果に驕らず、慢心しなければ、更に高みを目指せる、大器だ。魔術の使えない人間に言われたとして、参考になるかどうかはわからないが。
彼次第ではあるが―――五年後、騎士叙勲を受ける時には、果たして、どこまで強くなっていることだろう。
剣を杖代わりに、サーノスは辛うじて立ち上がった。
「はぁーッ……はぁーッ……」
エルフィオーネの魔術の支援が終わったと同時に、今まで帳消しにされていたモノが一気に返ってきたかのごとく、サーノスは呼吸の乱れに苛まれ、肩で息をしている。
「やあやあ、お疲れさん。お二人とも。怪我はないか?」
歩きながら、アルフレッドは会釈するように二人を労う。
「私なら平気だ。それより―――」
エルフィオーネがサーノスに視線を遣る。
「どうだ? 初めての実戦は」
「……ハァッ。ハァッ……クッ……」
汗一つかかず、息一つ乱さず。エルフィオーネはサーノスを、無感動そうに見下ろしている。動いた量は変わらない筈なのに―――いや、支援という名の手間をかけている分、頭も多分に使っているはずなのに、この差は何なのか。サーノスは請うような瞳で、エルフィオーネを見上げた。
「何か
容赦ねぇ。アルフレッドは顔を引きつらせる。
「言い返せまい」
サーノスはショックを受けたというより、「ああ、やはりか、畜生」といった面持ちで、ただ純粋に悔しさと口惜しさとで、拳を握り締め、ギリッと奥歯を噛んだ。
「この程度で先陣を任せろだと? フン。よく、そんなことが言えたものだ。私の助成なくば、間違いなくどこかの時点で負傷していたな。―――雑魚ばかりとはいえ、実戦は中々思うようにはいかないものだろう? なあ?」
まさにぐうの音も出ないだろう。その雑魚相手に、ここまで呼吸を乱してしまっている身としては。
「何にせよ。それが今の『お前』の実力というわけだ。―――『お前』には何より、経験が足りぬ。敢えて何か言うことがあるとするなら、それくらいだ」
ローブを翻すと、エルフィオーネは、項垂れるサーノスに
背を向け、しかし若干優しげな口調と表情とで「精進せよ、少年」と一言添えた後、気まずそうな顔をするアルフレッドのもとに歩いてくる。
「王子! サーノス王子!」
彼女とすれ違う形で、アリシアがサーノスのもとに駆け寄った。
「凄いじゃない!! 初陣ってのがウソみたい!! さすがは『特別枠』なだけあるね!」
嫌味でも何でもなく、紛れもない本音なのだろう。アルフレッドとしても、どちらかといえば評価したい気持ちのほうが強かった。
アリシアは満面の笑みで、サーノスの手をとり、今にも抱擁するような勢いで彼を労っている。あと、大声で暴露してしまったが、彼の身分については、一応内密というわけではなかったのか。
サーノスは少しだけ彼女の顔を見ると、再び視線を落とした。てっきり、その手を振り払うのではとも邪推したが。
「いや……駄目だ。こんなのでは……こんな……。結局、今の僕はこの程度でしか……」
「そんなことないよ!! 私見てたもの。あんなにいい動きで戦ってたじゃない。私の同期の子達でも、なかなかああはできるものじゃないわ。だから、自身持ちなよ!! 確かに支援は受けてたかもしれないけど、イチから全部ってわけじゃないんでしょ」
尚も肩を落とし落胆するサーノスに、フォローの文言を絶やすまいと思案するアリシア。
「―――ごめん。今は何を言われても、お世辞や気休めにしか聞こえないよ。……ごめん」
そうこうしていると、エルフィオーネが振り向き、声高に言い放った。
「放っておけ、アリシア。本人が納得していないのだ。何を言おうが評価を搾り出そうが、彼の心には届かんよ。むしろ、『あなただからこそ』、擁護(フォロー)してもらうのは、却って辛そうだぞ。男心を考えよ」
「そんな……」
普段の優しい口調が急に豹変し、アリシアはそれだけでも驚いている。その上で、まるで騎士学校の教官然とした突き放すような態度―――いや、彼らでも最低限の飴と鞭は使い分ける。ひたすら罵倒や駄目出しの鞭を振るうわけではない。
「俺だったら、最後に『よく頑張った』くらいは言ってやるかな。まだ子供なんだし、初陣なんだし」
エルフィオーネは黙ってアルフレッドの方向に向き直り、ゆっくりと歩いてくる。
「それに、倒した頭数だけで言えば、間違いなく一番なんだし、な」
「それが何だと? 子供だから? 初陣だから? 倒した数が一番だから? ―――彼が必要としているのは、慰めの言葉や、水増しされた偽りの評価や、かりそめの武勲ではない」
「分かってるつもりさ。でも、最初からあれじゃあ、心が折れかねないぜ。何度も言うようだが、まだ子供だ」
エルフィオーネはニヤリと笑いながら「いや」と首を横に振った。
「―――私には何となく見える気がするのだ。彼が強さや武功を求め―――その先に見据えている、目標や目的のようなものがな。そして、己が強くなるためなら、ひいては、その目標のためなら、如何なる試練も受け入れてやる。あれはそんな目だ。あの程度の駄目出しなど屁でも―――いや、もしかしたら、予め覚悟していたのやも知れぬ」
「なんだ、さっきとはうって変わって。結構好感度高いみたいじゃないか」
「それはそうだろう。あれは逸材だ。この仕事に出立する前にチラリと言ったかも知れぬが、氷結関連の魔術は発展が遅れに遅れた難度が高い魔術―――。それを、たった12の少年がこうも自在に操るなど、前代未聞だ。決して特別な天賦の才を持っているわけではない。執念一つで、死に物狂いで努力し手にした物なのだろう。執念の持ち主には、相応の接し方や、教え方がある。―――伸びるぞ、あれは。それも、叩けば叩くほどな。もしかすると、鍛え方次第ではかの【蒼雷侯】にも匹敵する、大器やも知れぬ」
「親父殿に……あの、天下無双のお方に?」
サーノスやアリシアには聞こえないよう、小声ではあるが、その声音には興奮が隠せていない。
「……なあ、エルフィオーネ。結局のところ、あの子にしてやった支援って、何だったんだ?」
「ああ、あれか。言うなれば―――『緊張を解してやった』だな。あの髪飾りを通して私の呼吸を読ませ、乱れた呼吸を正させるための、道標を用意してやった」
「……それだけ?」
「うん。それだけ―――のように思えるだろう? だが、
「なるほどな……だが
「そういうことだ。―――機会があれば、私自ら、是非とも指導してやりたい。そんな逸材だ。―――それに、かなりの美少年だしな。ふふ」
舌なめずり。最後の言葉が本音のウェイトのどこまでを占めるかは、この際聞くまい。
「何なら、俺の助手辞めて、そっちに鞍替えするかい?」
「なんだ、妬きもちか? 可愛いな、我が主は。―――どちらかなど選ばぬ。どちらもするに決まっているだろうが」
アルフレッドは半ば感心するような、しかし呆れた声で言う。
「……欲望の塊みたいな女だな」
隠れてヒソヒソとこんな会話をしていることなど、夢にも思っていないだろう。シリアスな表情をしたサーノスとアリシアに向かい、エルフィオーネは歩いていく。
「さあ、先に進もうか―――」
その時だった。
「貴女が―――不快でなければ!!」
捻りだすような大声で、サーノスがエルフィオーネに向かい、言葉を発する。彼女は、サーノスの数歩手前まで来ると、足を止めた。声音と瞳は、今にもそこから決壊しそうなほどに涙が湛えられ、震えに震えている。
「その戦い方を、是非とも学びたいと存じます!! 共に戦いたいなどとは申しません!! ―――どうか、せめてお傍でその戦いを、拝見させて頂きたく!!」
エルフィオーネはゆっくりと瞳を閉じ、フッと小さく笑い、再び歩き出す。
そしてサーノスにすれ違う瞬間、小さく口を開いた。
「―――見る分には構わぬ。せいぜい、参考にして、己の糧にしてみるがいい」
去り際に、ぽん、と彼の肩を叩いた。
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