第36話 抜剣(フューリー) その4





 断崖より、魔物達が斃れ光へと姿を変えていく様を、まるでショーを見物するかのように見下ろす人影がある。その視線はまっすぐ、一人の人物を捕えて離さない。



 ……エルフィオーネ、といったか。「お客様」の名前は。



 懐から宿帳を取り出し、そこに記帳されている、流麗な字で綴られた名前(サイン)を見遣りながら、呟く。

 一体、何処で何を嗅ぎつけたのかは分からない。だがあの女は、事の真相に勘付きはじめている。



 これは魔物騒ぎ。人の手や思惑など、本来なら絡むはずはない。

 当然、その裏に邪な企みがあることなど、誰も気付いていない様子で、何事もなく事が運ぶと思った―――そんな矢先に、あの尋問にも似た別れ際のやり取りだ。ボロを出させようと、何度も迫られたのには、少し肝が冷えた。が、証拠や確証は得られなかったようで、結局は手を引いてくれた。結果だけいえば、計画は支障なく進んでいるといえる。だが、万が一、「奴」が到着する前にバレてしまえば、この大人数だ。勝ち目はなかった。

 ―――そう、「あの場所」にさえ着いてくれれば、例え何を知っていようが、勘付いていようが関係ない。構わず、そして残らず、一網打尽にできる。

 ……あのエルフィオーネとか言う女―――かなりの高位の、それも「純正型」の魔術師と見て相違ない。眼下の戦闘を見れば、一目瞭然だ。

 傍目からは凡百の「折衷型」の魔術師のように動いてはいる。だが、それは子供の駄々に敢えて付き合い、動きをあわせてやっているに過ぎないからであって、その真の実力は、間違いなくこんなものではないだろう。わざわざご丁寧に氷の剣まで精製して「折衷型」の真似事をやってのけるあたり、その芸達者ぶりも伺える。

 だが、その余裕も「あの場所」に辿り着いてしまえば、そこまでだ。その麗しい表情が、恐怖と絶望に凍りつく様が容易に想像できる。

 最重要目標だ。捕えて連れ帰り、「彼」のもとに「素体」として差し出せば、良い金になるだろう。

 この間捕えた、リーダー格のハンターはまるで駄目だった。十数秒と「耐えられず」に、脳髄を焼き焦がされ、そのまま屍となった。が、あの女なら、その心配もないだろう。

 あとは、「奴」が到着するのを待つだけなのだが―――。




 ―――ざっ、ざっ。


 

 

 背後から近づいてくる、砂利を踏み鳴らす靴音。

 噂をすれば―――だ。振り返ることはしない。誰が来たかなど、確認するまでもない。

「来たか」

 無言。

 同じリズムで刻まれる足音があるだけだ。

 チッ、無視か。―――いや、違った。

 そもそも相手は、返答どころか、会話をすることすら叶わなくなってしまった―――そんな男なのだ。

 隣に立ったのは、いかにも魔術師という出で立ち。革製の外套を纏い、魔術書を携えた、巻き毛の黒髪の大柄な男だ。ただ、明らかに異様な雰囲気を醸している。

 虚ろな瞳孔には、生気や輝きといった類の一切が失われている。彫りの深い顔面の眼窩の中の瞳は、半開きのまま固定されており、まるで、死体が傀儡人形のように糸で操られ、徘徊しているような不気味さだ。

 聞けば、もとは高名な魔術師で、業界でもかなりの有名人だったらしい。魔術の奥義を極めんとするため、諸国を放浪していたとのことだが―――結局はその売れた名と、旺盛すぎる求道心のせいで「彼」に目をつけられ、罠に嵌められ、「素体」として身柄を拘束され―――そして「実験」は成功した。「究極の魔術」というべき「あの」魔術を手にしたのだった。

 「あの」魔術がどういうものかを知る身からすれば―――代償に手にした物だというのなら、いささか皮肉が過ぎる話だと思う。

 どう思っているのだろう。いや、そもそもこいつに「心」というものが、果たして残っているのか。

 完全に壊れてしまったのか。それとも、暗く冷たい、底なし沼のような深淵から、出て来れなくなったのか―――。それを窺い知ることは、出来そうもない。

 眼下で少年と共に、舞でも踊るかのように華麗に魔物を薙ぎ倒しつづける、藤色の髪の女、エルフィオーネ。

 ゆくゆくはあの女も、こいつと同じ様になる、か。少し勿体無い気もするが―――。依頼は依頼だ。

「どうやらアレが今回の獲物になるようだ。あの、白いローブを着た、薄紫色の髪の女。おい、大丈夫か? 聞こえているか?」

 無言。何を言われても、表情一つ変えやしない。が、返答のつもりと言わんばかりに、視線だけは、指された場所へと向いている。

 相変わらず薄気味悪い奴だが―――命令だけは忠実に聞き、そして遂行するので、信頼はしている。それが、かえって気味が悪いのか。

「かなり高位の術者と見た。あれなら、『素体』として申し分ないだろう。良かったな、お仲間が増えるぞ」

 言い終わった瞬間だった。エルフィオーネの手により、最後の魔物の首が刎ね上げられた。

「……頃合か。それじゃあ、俺達も行くとするか。『例の場所』に」

 振り向き促すが、魔術師の男は一向に反応を示さない。相変わらずの無表情で、崖下の様子を、食い入るようにじっと見つめている。

 ……おかしい。言う事を聞かないということは、これまでに無かった筈なのだが。

「おい。何をボケーッと突っ立ってるんだ。お前が来ないと、話にならないだろうが。いつまで通り名のように『動かないで』でいつるもりだ?」

「……ネ」

「ああ?」

「―――エ……ィ……ネ」

「何をブツブツと……さっさと来い。命令だ」

 ここでようやく、男は顔を上げ、背中を追従し始めた。

「そうだ。それでいい。―――今回も抜かりなく頼むぜ。『不動のディークマン』さんよ」

 返事など望めるべくもないので、まるで独り言のように言うと、男達二人は、冷たい風と砂埃とが舞う、石切り場の崖の上を歩きはじめた。

 ―――その去り際に。

 男―――『不動のディークマン』は背後を振り返り、抑揚のない声で、搾り出すように、か細く呟いた。



「―――エル……フィ……オー、ネ。


      ―――……オ……師……ショウ、サ……」



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