第38話 抜剣(フューリー) その6

 



 猛火がトグロを巻き、跡形もなく魔物を喰らい尽くす。

 雷光が魔物の頭上に煌き、穿たれた者達を焼き焦がす。

 真空の刃が舞い、魔物を真っ二つに両断する。

 そして凍てつく冷気が、魔物の身体を氷結させ、物言わぬ彫刻にする。




 

 普段と変わらない、まるで散歩でもするかのような歩調で歩みながら、手を翳し、払い、人差し指と中指とで空を切り、指を鳴らす。すると、その一仕草ごとに、エルフィオーネの行く手を遮っていた魔物達は、瞬く間に掃討されていく。

「さあ、片付いたぞ。次だ次だ」

 エルフィオーネを先頭にし、木っ端微塵に吹き飛ばされた魔物達の残骸の中。その死屍累々の有様を、まるで前衛芸術で囲まれた美術館内を練り歩くように唖然として見歩きながら、一行は道を進む。

「―――すげぇ」

「……凄い」

 口々に聞こえてくるのは、飾る言葉もない、純粋な感嘆だけ。

 ―――そう言う他、無いからだ。

 武器としての術具を持たず、魔術書や装飾品に刻印された魔術式から繰り出される魔術のみで戦う魔術師―――いわゆる「純正型」。

 非常に高い精神力と頭脳、そして技術とを要求されるが故に、「純正」という名がついておきながらも、人口比率はそれほど多くはなく、居たとしても、後方での射撃や支援という、目立たないポジションにつく事が多い。それこそ前衛や、「戦士型」「折衷型」といった武器での白兵戦を仕掛けてくる部類の魔術師と一対一で渡り合える―――それほどの熟練の使い手は、非常に希少な存在といっていい。

 アルフレッドも、騎士学校時代から、様々なタイプの「純正型」の魔術師を見てきた。

 だが、彼女は、格が違う。

 いや、そんな言葉ではその凄さを言い表せない。「次元が違う」とでも形容したほうがいいのかもしれない。魔術を使えない身ですらそう思うのだから、アリシアやサーノスには、一体どういう風に見えているのか。

 魔術式の展開から、魔術の発動までの時間は、何気ない一つの仕草が完了するのとほぼ同時。発動の直前に、展開された魔術式が中空にくっきり、巨大に出現するのが、遠目からでもはっきりと見えた。

 そしてその威力は、絶大。長時間の式展開を必要とする魔術が発動するかのごとく強大だった―――。

「……神よ」

 その禍々しいばかりの威力を目の当たりにしたディエゴ神父も、言い表す言葉がないようで、ただただ十字を切るばかりだった。

「―――第二次討魔大戦ってさ」

 アリシアがアルフレッドに語りかける。

「やっぱり、こんな超威力の魔術―――いや、『魔法』がポンポン飛び交ってたのかな」

 最早これは『魔術』ではなく、600年前に消滅した『魔法』の威力そのものだ。アリシアが言いたいのはこうだろう。

 しかしながら、あれは、紛れもなく魔術式を使用した『魔術』だ。『魔法』には魔術式は必要ない。大気中の『魔力』を使用し、詠唱や仕草等によって繰り出されるのが『魔法』だ。そして『魔法』は、『魔力』が世界から消滅してしまっている以上、この世で誰一人として使用することの出来ない失伝能力(ロスト・ミスティック)なのだ。

 伝承による、唯一人の例外を除けば―――だが。

「―――かもな」

 どんな理屈を並べられようが、最早関係なかった。アルフレッドには彼女の後姿が、「あの人物」のものにしか見えていなかった。

 いつも、傍に侍られており、存在が近く、お互い気安く接しているがゆえ、つい忘れそうになるが―――。

 彼女と最初に出会い、名を明かされた時の、あの衝撃が、久しぶりに脳裏に蘇っていた。

「第二次討魔大戦の大英雄、『与え姫』―――か」




 地図上の、禁足地区の最深部が近づく。一行の会話は完全に絶えていた。

 先頭は相変わらずエルフィオーネ。逸る気持ちがあるのか、後ろを急かすように、歩調はだいぶ早い。普段なら「ちょっと待ってよ」と文句を言いそうなアリシアも、言葉一つ発さず、黙って早足でついてきている。どうやらサーノスの件といい、普段は見せない姿に、少し威圧されてしまっているようだ。当のサーノスは、威圧というよりは崇拝するような目で、ひたすら、エルフィオーネの後姿を追っている。

 そしてディエゴ神父はというと、まるで咎人を監視でもするような、険しい目つきを崩さない。先の会敵でのエルフィオーネの戦闘を見たときから、それが更に強くなったようにも思える。

 未だに、強力な魔物とも会敵しない。

 シラマのギルドのハンター達が戦ったのは、恐らく同一の魔物達だ。だが、腕利きと名高いハンター達が、いくら数が多いとはいえ、あの程度の魔物に遅れを取るとは、やはり考えられない。壊滅の原因は、結局は分からないままだ。

 何か罠があるかもとのエルフィオーネの言に従い、意識して、警戒はしてはいる。が、結局何もないまま、もうすぐ、最深部に到達しようとしている。

 ―――ということはやはり、終着地点こそが、問題の場所ということなのだろうか。

 今更ながら緊張でアルフレッドは唾を呑み、鼻で大きく息を吸い、そして再び鼻で吐く。口は閉じられ、奥歯はガッチリと噛み締めたままだ。

 一体、そこに何が待ち受けるのか。

 魔術を使えない身としては、そのような何があるか明確ではない、対策も立てられない場所に赴くのは、極力避けるべきなのだろうが―――相変わらず暇を持て余したエルフィオーネが、金と暇つぶしのために誘ってきたというのは別にして―――領内での面倒ごとを放っては置けない使命感もあったし、魅力的な報酬額、あとは、彼女の正体への好奇心と、彼女なら何とかしてくれるのではという根拠もない安心感などに、結局は負けてしまった。

 だが―――その罠とやらに嵌ってしまった場合、魔術を使えないこの身に、一体何が出来るだろう。正体が見えない分、不安は募る。

 考えられる最後にして、唯一の切り札と言えば、この剣だ。この剣の、鋼鉄の封印を自ら破り、「抜き放つ」ことくらいだ。最後に「抜剣」したのは、いつだっただろう。あの時は、気がつけば討伐対象が施設ごと、灰燼と化していた。思い出したくもない話だが。

「―――案ずるな。我が主よ」

 思案していたところを、前を歩くエルフィオーネが唐突に話しかけてきた。まるで心でも読んでいたかというくらい、絶妙なタイミングだった(彼女ならそれくらい出来ても、なんら不思議ではないような気もするが)。

「誘ったのは他ならぬ私だ。責任は、最後まで負うさ」

「何だよ、いきなり」

「そのままの意味だ。あなたは、私が必ず護る。―――月並みな言い方だがな」

 アルフレッドはこの上ない皮肉だと、心で嗤った。―――曲がりなりにも国家魔術騎士を、仮にも「騎士」を目指していた身のはずが、まさか本来護るべきはずの婦女じょせいの方にそんな事を言われるとは。さすがは騎士落第の烙印を押された男なだけある。

「やれやれ。相当、頼りなく見えてるみたいだな」

 誰にともつかない恨み言のように、ごちる。返答はない。ということは―――そういうことなのだろう。

 自覚はしているが、アルフレッドは少なからずとも心を抉られるようだった。

 

 

 もうすぐ、だな。

 アルフレッドは後ろ腰の剣に手をかけた。

 半ば白骨化した死体が、道のど真ん中に倒れている。損壊が激しく、下半身と思しき残骸は、随分遠くにうち捨てられていた。助けを請うように右手を突き出しいるが、絶命の瞬間そのものの姿なのだろう。今わの際の光景が、ありありと脳裏に浮かんでくる。

(……墓は、仕事が終わったらだ。悪ぃけど)

 無残に打ち捨てられた姿を目にしておきながら、見ぬふりをして立ち去る無体を心で謝罪しながら、アルフレッドとアリシアは先を進む。ディエゴ神父とサーノスは共に立ち止まると、無言で十字を切り、簡易的な祈りを済ませた後に、足早に合流してきた。先頭を行くエルフィオーネは、相変わらず、感傷に浸る素振りもなく機械的に先へ先へと歩みを進めている。死体を見ても、道に落ちた汚物ウンコ程度にしか見えていないのだろうか。

 人工のトンネルの終点から、光が差し込んでいる。この光の先が、いよいよ禁足地区の終点だ。

 道に転がる死体の数も増えてきた。まるで皮膚を引っ張るように張り詰めた空気が、場を支配していく。

 そんな時だった。

 その光を後光に、エルフィオーネが振り返り、訓示でもするかのように、一行をその場におし留めた。

「―――訂正しよう」

 一体何の訂正なのか。唐突に言われ、一同は首を傾げる。訂正元となった発言をされていたアルフレッドですら、いきなりすぎて、すぐには思い出せなかった。

「一同、既に薄々勘付いてはいるだろうが―――この先には、『何か』が潜んでいる。それが何なのかは分からぬが―――手練れのハンター達を壊滅させるほどの脅威であったことは、疑うべくもない。何が起きるかわからぬ以上、各々、細心の注意を払われ、挑まれよ」

 そして、光の中で、声高に言った。

「だが、案ずるな。『あなた方』は、私が必ず護ってみせる。例え、何があろうと―――だ」

 その言葉は、さながら説得力の塊だった。

 アリシアは「うん! 頼りにしてるからね!」と笑みを見せ、サーノスは「はいッ!! 戦いの中で、また色々と学ばさせて頂きますッ!」と、今にも敬礼でもし出すかのような勢いで姿勢を糾す。

(気遣ってくれた……のかね)

 アルフレッドは苦笑する。すると、それに応えるかのように、エルフィオーネが視線をこちらに遣り、微笑んでみせてくれた。



 

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