第25話 シラマ地区魔物討伐 その7




 

 アルフレッドは馬車から降りると、小さく背伸びとあくびをした。

 道中、戦闘を必要とする魔物とも遭遇せず、途中休息をはさみ、馬車に揺られること8時間。無事にシラマの町へと辿り着いた頃には、既に陽は赤く、濃紺の山影に落ちようとしていた。

 ディエゴ神父とは、町の酒場で合流ということになっている。子供二人を連れている都合上、酒場はどうかとも思ったが、今更場所の変更のためだけにわざわざ伝令を走らせるのも気が引けたので、結局、変更は見合わせた。

 アルフレッドとエルフィオーネら大人二人の背中を追い、時々歩幅が離れるのも足早にして直しながら、サーノスとアリシアは灯りがともった薄暗いシラマの町を、並んで歩く。

 鉱山帰りの男たちを迎える露天の料理と、民家の夕餉の香りが鼻をくすらせる。人気ひとけはあれど、喧騒の中には、掘れども掘れども目的の物に辿り着けなかったのか、空しさと、寂寞さとが混じっている。

「ネーオともイザキとも、雰囲気が違うねー」

「―――この辺りは昔から、貴金属や、術具に使用するための良質な鉱物が採れるってことで、色々な人間が文字通り一山当てようと集ったところなんだ。何も無かった荒地には拠点となる集落が出来、正式にカンタベリー領の町として認可されることになった。それが、このシラマの町の成り立ちなんだ」

「カンタベリー領の町? たしかに領地の境目に位置するけど、ここって一応アークライト領のはずだよね?」

「元はカンタベリー領だったんだよ。ここは。鉱山が生み出す利益に酔ってたまではいいけど、その管理体制はそうとう杜撰で、基本は現場任せ。素人と大差ない連中が無計画に山を掘りまくるから、落盤や開発事故が多発して、大勢の人間が命を落としたらしいよ。それも、もみ消せている内は良かったんだけど―――何十年か前に、国家レベルの、とんでもない不祥事が発覚したとか何とかで、カンタベリー領主が、中央からどぎつい譴責をうけたらしい」

 何なの、それ。興味津々な口調でアリシアが急かす。それに乗せられるように、サーノスが答える。

「ここからは半分憶測交じりなんだけど―――僕の母国、ルテアニアで、それとほぼ同時期に、大量の鉄鋼が埋蔵された大規模な鉱脈が見つかったんだ。―――セレスティア煌鉄鋼こうてっこうって聞いたことない?」

「知ってるも何も、私の術具、そのセレスティア煌鉄鋼で出来てるもの。術具の素材としてほぼ理想の条件を持ってるって、お父様が素材の状態でウキウキで仕入れて来たの思い出すなぁ」

 何気ない会話だったが、サーノスは目の色を変え、さすがはアークライト侯と感嘆する。他国に持ち出すには、ルテアニア国内でも相当のコネが必要になるはずなのに、とも付け加えた。

「とにかく、その鉱脈なんだけど、ちょうどアルマー王国の山岳地での国境スレスレの場所に存在するんだ。それこそ、そこから更に国境を越えて少しでも掘り進めたら、アルマー王国の坑道と繋がっちゃうってくらいに―――」

 察したのか、アリシアがはっと声をあげる。

「まさか、その不祥事って」

「―――嗅ぎつけたポイントが、ヤバイ場所だとは分かってても、ちょっとくらいならバレないとでも思ってたんだろうね。所詮、金儲けしか考えていない連中の集まりなんだ。計画が実行に移される前に、良心のある人間が、中央に告発したんだろう。何せ、事が実行に移されていれば、国境侵犯の上に、手を出したのが国家戦略級の資源地帯だ」

「うっわー……その告発者、ナイスプレー」

「ともかく、事が起きる前にその不祥事が中央の知るところとなって、領主の管理能力の杜撰さが問われ、結局、巡り巡ってこのシラマの町と鉱山地帯は、隣領のアークライト領に割譲されることになったんだ。でも、厳格な管理体制下におかれたせいで、次々と人は減り、そもそもの埋蔵されてる資源が掘りつくされつつあるのか、資源採掘量も年々減ってきている。今残ってるのは、それでも夢を捨てきれないか、自身や一族の事跡を無駄にしたくないと踏ん張っているか、既にこの地に根を張り過ぎて最早この鉱山に骨を埋めるしかない人達くらいなんだろうね」

 それが、この前向きなのか後ろ向きなのかわからない、空虚な空気の正体か。アリシアはもう一度、周囲の群衆を見回した。

 そして最後に、サーノスに視線を向けた。

「……なに? ニヤニヤして」

「ううん。王子は詳しいんだね。自国のことじゃないのに」

「半分くらいは、座学でこの間習ったことなんだけど……」

「あ、私歴史とかそういうのチョー苦手なんだよね。どうにも頭に入ってこないっていうか。二年前のその座学の時間は寝てたと思う。たぶん」

「えっと……アークライト侯女は主席だって聞いたんだけど」

「苦手なのは歴史ってだけ。でもそれに関しても、最強の親友かていきょうしのおかげで、試験対策は完璧ってわけ」

 今頃寄宿舎で、一人で本を読みながら可愛くくしゃみでもしていそうな、碧髪碧眼の、エルフの少女を思い浮かべる。

「由緒あるアークライト家の侯女が、歴史に無関心とは……お父上が、ご先祖様が泣くよ?」

「歴史は歴史じゃない。私達は、今を生きてるの。過去は振り返らないし、拘らない。わたし、そういう女になりたいの!」

 胸に手を当て、手を宙に翳しながら、まるで劇科白のように芝居がかった口調でのたまうアリシア。

「かっこいい風に言ったつもりだろうけど、授業をちゃんと聞かない理由にはならないよ」

「てへ」

 舌を小さく出し、いたずらっぽく笑う。

「でも、安心したわ、サーノス王子。随分雰囲気や口調が柔らかくなったよ。うん、そうしてる方が可愛い!」

 薄暗くてよく見えないが、仕草からして、いかにも照れで紅潮していますよといった面持ちだ。

「……か、からかわないで欲しいな。男に対して可愛いって、それ、褒め言葉でもなんでもないからね。まったく……あの白髪のハンターとかもそうだけど、君らには緊張感ってものが無いのかい?」

 自分が寝ている間にアルフレッドかエルフィオーネに口説かれでもしたのか。もしくは両方か。アリシアは並んで歩く二人の背中を、詮索するような目つきで見た。





「仲が良さそうで何よりだな」

 背後での会話を、律儀にも聞いていたらしいエルフィオーネが、唐突に言う。

「戦う前から苦労するぜ、まったく。ああそうそう、いざ実戦となった時はエルフィオーネ、あんたもフォローに回ってやってくれよ。こっそり、援護の魔術を使ってくれるだけでもいいからさ」

「はいはい。いい母親役だね、ママ」

「ほっとけ。あと、誰がママだ」

 そうこう言っているうちに、目的地の酒場へと、一行は辿り着いていた。



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