第24話 シラマ地区魔物討伐 その6




「何読んでんの?」

 アルフレッドは歩み寄るべく、仏頂面のサーノスに話しかける。とにかく、緊張だの雰囲気だの、色々張り詰めたものを少しでも解してもらいたかった。

「―――あー、そういえばまだ名前聞いてなかったっけ」

 サーノスは無表情にだが目線を向けてくる。が、すぐに元通り、本へと戻してしまう。

「……サーノス」

 そして、独り言のように呟く。

「サーノス、ね。呼び捨てでいいかい?」

 無言だ。肯定と勝手に解釈する。

「―――あんた、僕のこと、戦力にならないただの子供ガキだと思ってるだろう」

 そして、藪から棒にそんな事を言い出す。図星に気づかれないような口調で「なんだなんだ、いきなり」と当たり障り無く返した。

「そりゃそうだろう? 『特別枠』の従騎士とはいえ、たった12歳の子供がろくに実戦を経験してないのなんて、火を見るより明らかだ。教科書通りのことしかできない、半端者だって思ってるんだろう?」

 おおむね正解だ。が、彼と同じ12歳の時分に、そう思いたくても思わせてくれなかった例外バケモノが実はいたりする。今、エルフィオーネの二の腕を枕がわりに、暢気に寝息を立てている少女アリシアが、まさにその人本人だ。

「そう思いたいなら、勝手にすればいいさ。―――でも今に見てろ。その前印象、絶対に覆してやるから。最初から、本気でいくから」

 まずいな。アルフレッドは思わずそう言いそうになった。

 震えながら「初実戦なんで、死ぬほど怖いんです」とでも言ってくれる子だったら、どれほど楽だっただろう。そういう子なら、こちらが取る方針はほぼ決まってくるのに。

 そもそも、何故彼はこうも遮二無二に、それこそ自棄っぱちなほどに手柄や戦功を欲そうとしているのか。派手に実戦デビューを飾って自慢でもしたいから、という理由ならまだ少年らしく可愛げもある。が、そんな雰囲気でもない。

「まあまあ、そういう話は現地に着いてからでもいいじゃないか。―――で、どんな本読んでるの?」

「あんたには関係ないだろ」

「そう言わずにさ。それに、関係ないってわけでもない。俺も結構本読むんだけど―――」

 すると、これでもかというくらい意外そうな顔で、顔をこちらに向けてくる。

「あんたが? どこをどう見ても、本の『ほ』の字も出てこなさそうなのに?」

 どこかで聞いたような台詞だ。アルフレッドは口元を引きつらせて笑った。

 ともあれ、話には乗ってきてくれたようだ。

「ま、まあ、とにかくだ。面白い本があれば教えてほしい訳よ。仕事の参考にもなる」

「仕事? あんた、ハンターじゃないの?」

「正確に言えば違う。ハンターもするし、町の警備員さんもする。人探しに害獣駆除もする。まあ、便利屋みたいなものさ。これに加えて、半分趣味でやってる副業がある」

「……まさか、作家? さっきから何か書いてるのって、もしかして原稿?」

「正解。売れない、無名の作家さ」

 その見た目で!? とでも言いたげに「ええー……」と身体を引く。世に言う、「ドン引き」というやつだ。やはり、この風貌は子供の目からもそう見えてしまうのだろうか。確かに、一般人と比べて多少筋肉等は付いているほうだとは思うが。

 何にせよ、ショックを隠せない。後ろではププッとエルフィオーネが笑いを必死で堪えている。

「おーい、その、どう見てもそうは見えない、しかも売れない作家の助手アシはどこの誰でしたっけねぇ」

「ああ、聞こえていたのか。すまないすまない。まあ、そういうわけでだ、この未来の大文豪に脳天直撃な刺激を与えれるような作品があったら、是非とも紹介してやって欲しいんだ。サーノス君」

「……はあ、あんたらって、そういう関係だったのか。ハンター兼作家と、そのアシスタントの魔術師……わけがわかんないよ」

 だいぶ、サーノスの口調が柔らかくなってきた。

「だがこの男、作家としてはともかく、戦闘だけならなかなか頼りになるぞ。身をもって経験したから、信頼していい」

「そこのお姉さんも、見た目と言動こそアレだが、前代未聞の変態的な魔術の使い手だ。あと、細身の癖に結構タフだし体力もある。殺しても死なないってやつだな。たぶん、信頼していい」

 椅子の背もたれを境界に、だけとは失礼な、たぶんとは心外だの言いあいがはじまる。それを、呆れた表情で、サーノスが見ている。

「あー、失敬。見苦しいところを見せた。話を元に戻すけど、サーノスが今読んでるのって、どんな本なんだ?」

 はあ、と観念したようなため息を吐きながら、サーノスが口を開く。

「時代物の小説だよ」

「へえ、俺が今書いてるのも時代物なんだけど。で、どんな内容?」

「あんたらの素性に負けず劣らずぶっ飛んでるし突っ込みどころも結構ある内容だけど、時代考察とかその辺りは無駄にしっかりしてるし、物語の構成とか登場人物の描写とかは結構丁寧だし、何より面白いから、不本意にも嵌っちゃってね」

 物凄くどこかで聞いた覚えのある書評。アルフレッドは絶句すると、思わずエルフィオーネと顔を見合わせた。そういえば、カバーで表紙こそ隠れているが、このサイズにこの厚さは、アルフレッドにとって一番見慣れたあの本と、寸分も狂わぬものだった。

「な、なあ。その小説のタイトル、なんて言う……」

 サーノスはしおりを挟むと、表紙の次頁。タイトルが描かれた頁を、アルフレッドに見せながら言う。

「『与え姫奇譚』。アルマー王国の暗黒期を題材にしたヤツさ。あんたも読んでみる? さっきも言ったけど、ぶっ飛んだ内容だから、参考にはならないかもだけど。一巻ならもう読み終わったから、馬車の中にいる間だったら貸すよ」

「あ、ああ……。読ませてもらうよ」

 返答が、若干棒読みになってしまった。

「でもこの作家、色々妙なところが多いんだよね。なんでこうも、この国でウケないような要素満載の小説を世に出そうとおもったのか……。史実ベースのエドワード聖武王ってだけで、一般人向け娯楽作品としてほぼアウトだって言うのに、それをさらに精神的にも身体的にも弱くした状態にするなんて。まるでこの国の人間は読んでくれるな、とでも言ってるかのようだよ」

「うん? この国の人間は?」

「ああ、これまだ言ってなかったか。僕はルテアニアからの留学生なのさ。この作品、僕の母国のルテアニア王国なら、結構コアなファンが付きそうな気はするね」

「そりゃまた、どうして?」

 雄弁に、口角に泡を立てる勢いで、サーノスは演説を続ける。この辺は実に少年らしい。少し安心した気がした。

「知ってる? エドワード聖武王って、ルテアニア王国でも人気あるんだよ。彼のことを本気で研究している人間も、たぶんこの国の人たちよりずっと多いんじゃないかな。でも、僕らルテアニアの者から言わせてみれば、この国の人達は聖武王の魅力をわかってない。ああ、まるでわかっていない。アルマー王国の人達って、彼を盲目的に神聖視する割に、彼の事跡の詳細とか、その素顔を知ってる人って本当に少ないんだよね。脚色された物語が有名になりすぎて、それが真実の姿だと勘違いしている人間の多いこと多いこと。どんな作品も、とにかく戦争! 突撃! 一騎当千! 完全勝利! そして巨悪に鉄槌! 爽快感があるのは否定しないけど、全部が全部これじゃあまるで、ただの蛮勇の徒だよ。他の将軍や軍師たちはお飾りかっての」

「手厳しいね」

 実を言うと、これに似た感想を、アルフレッドも持っていた。今も昔もこの国の「暗黒期物」の作品は、どんな流麗で緻密な文章や、巧みな構成で書かれる作品でも、結局のところやっていることは、サーノスが言うように、そこに行き着く。言い方を悪くすれば、定型的ワンパターンなのだ。特に最近のものは、それが顕著に過ぎる。そういう物でないと、読者がまず手にとってくれない。売れない。そういう事情があるのはわかるのだが。

 何せ、こちとらは数十ページ斜め読みされただけで出版社から門前払いを食らい、仕方なく自費出版に切り替えざるを得なかった経緯もある。

「その点、この作品は良く調べて、しかも魅力的に書いてあるよ。まだ二巻までしか出てないから、今後どうなるかはわからないけどね。期待はしてる。この作品の一番のぶっ飛びどころの、『与え姫』なんて伝説の人物を主人公の一人として採用するっていう暴挙も、さすがに最初は失笑したけど、でも、脚色していない史実の聖武王だって、出鱈目なほどの武勇の持ち主だったんだ。もし、本当にゼロの状態から、あの強さになるのなら、確かに彼女ほどの師匠がいなきゃって、妙に納得できちゃうのもまた憎らしい」

 何だその圧倒的な賞賛の嵐は。先程まで散々憎まれ口を叩いていたとのはどの口だ。

 アルフレッドはむず痒くなり、思わず頭を掻いた。

 後部の席では無駄にニヤニヤと頷きを繰り返すエルフィオーネ。言いたいことがあるならはっきり言えと言いたい気分だ。

「まあ、それでも、ある点をイチから直す必要性はあるんだけど」

「ある点?」

 アルフレッドは至極真面目な声色で聞きかえした。

「いや、この作家さ、人物が魔術を使ったときの『情景描写』はあっても、『心理描写』みたいなのが無いに等しいくらい、淡白すぎるんだよね。まるで魔術の知識はあっても、実際には使ったことが無い、使えない人間が書いてるみたいっていうか。最初はあまり気にしていなかったけど、二巻の終わりまでこうだと、さすがに首を傾げたくなる。さすがにこの部分は修正しないと」

「―――使えないんじゃないかな」

「え?」

「使えないんじゃないかな、その作家。魔術を」

 サーノスは何を馬鹿なと言わんばかりの表情で言う。

「そんなわけ無いよ。文盲の人間ならまだしも、これだけ流暢な文章を書ける人間なんだよ。基本的な魔術は絶対に教育されてるはずだ。それに、魔術を使うことができない人間なんて、この世に存在するもんか。使い方を覚えれば、誰だって習得できるのが魔術なんだ。うちの国じゃあ、動物だって使えることが実証されてるんだよ」

 魔術を使えぬ人間など存在しない。

 彼だけではない。一週間前、同じ内容の台詞を、エルフィオーネにも言われた。これまでに、何度言われてきた台詞だろうか。だがさすがに、これだけ連呼されると、少し辛いものがある。

「―――そうだよな。そんな人間、いるわけないよな。魔術を使えない人間なんてさ……」




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