第23話 シラマ地区魔物討伐 その5
「やっぱり、エルフィオーネだったんだね。高位の魔術師って」
久々に、魔術師の正装を纏ったエルフィオーネを目にした。彼女を助けた、あの収穫祭の日以来だ。
魔術式が大きく刻印された白のローブ。素顔を隠すかのようにフードを深く被った姿は、まさに古典的な「魔術師」の姿そのものだ。
エルフィオーネが会釈のためにローブのフードを脱ぐ。表情はいつも通りだ。相変わらず、眠たげな半開きの瞳に、余裕のある柔らかな微笑でアリシアを迎えた。
「やあ、最近は何かと縁があるなアリシア。が、共に肩を並べて戦うのは、これが初めてだな。あの時のような華麗な戦いを、是非ともまた見てみたい」
「へへ、任せてよ。こないだ教えてもらった魔術も試してみたいし、エルフィオーネの本当の力っていうのを、私も見てみたいの」
「これはこれは参ったな。果たしてあなたほどの使い手の御眼鏡に適うかどうか。まあ、微力を尽くしてはみるが」
「楽しみー! あっ。あと、それから―――」
「それから?」
言い出そうとして、はっとなり思わず口をつぐんだ。そして、エルフィオーネの隣で、「またお前か」とでも言いたげな表情で頭を掻いているアルフレッドを一瞥する。
「―――ううん。ごめん、また後で話すね」
「ほう」
話の内容を薄々感じ取ったかのように、エルフィオーネはそれだけ言うと、余計な詮索をせずに話を打ち切った。ついで、アリシアの隣で誰もいない方向に向かって不機嫌そうに腕を組んでいるサーノスに視線を向けた。
「で、その無愛想な彼女……いや、彼氏が貴女の相方というわけか、アリシア」
思いもしなかった言葉に、「彼女?」とサーノスは声のした方角に目線を遣ると、眉を大きく捻った。
「エルフィオーネ、一応言っとくけどこの子、紛れもなく男の子だからね。可愛いからって、変な気起こしちゃだめだよ」
私を何だと思っている、とエルフィオーネは口を尖らせて子供っぽく返す。その馬鹿らしいやりとりを尻目に、アルフレッドはサーノスをしげしげと観察しながら、言う。
「その歳で騎士学校に入校ってことは、今年の『特別枠』かい? 少年」
「……だったら、何だっていうんですかね?」
自身の倍ほども年上の人間に向かって取る態度とは思えないほどの慇懃無礼な口調。だがアルフレッドはそれを、うんうん結構と、と懐かしげな面持ちで受け流した。
「いや、思ってた以上の人材だったから、驚いただけさ。これにアリシアも派遣されてくるってことは、尚更心強い……が、同時に予想通り一筋縄じゃいかない仕事だってのも伺える」
アルフレッドには聞こえていなかったが、その台詞に反応し、サーノスは影で生唾をごくりと飲んでいた。
「まあ、何はともあれ、変に気負わず、気楽に行こうじゃない。少年。ヤバくなったら、力の限りしっかりケツはもつから」
様々な意図を含ませた視線が、サーノスに突き刺さる。サーノスは思わず目を背け、そして俯き加減に、口を開いた。
「あんたら、全員知り合いみたいだけど、この弛緩した雰囲気は何なんだ? ピクニックに行くんじゃないんだぞ……」
「だからって、ピリピリしてれば良いってものでもないだろう? 魔術の使い手たるもの、どんなときも安定したメンタルを保てなきゃ、いざって時に足を掬われる。慢心しないために気を張るのもいいが、あいつらみたいに、お気楽で図太いヤツを見習うのもアリかも知れんぜ?」
サーノスの反応を待たずにアルフレッドは彼に背を向けると、誰よりも先に馬車に乗り込んだ。
「アルフレッドー! 今『太い』って聞こえた気がしたんだけど、気のせいかなー!?」
集合場所の国家魔術騎士養成学校がある、ネーオの町の城壁を出て、魔物掃討区域を経由し、向かうはアークライト領とカンタベリー領のほぼ境目に位置する山岳地帯、シラマの町。そこには、国家より、魔物が一定周期で大量発生する危険地帯として指定された、通称「シラマ禁足地区」が存在する。もっとも、一般人にとっては足を踏み入れることも憚られる危険地帯であっても、こと魔物討伐を生業とするハンター連中にとっては、まさに絶好の狩場以外の何物でもない。
この禁足地の魔物討伐のクエストの斡旋や元締めは、全て当該区域を縄張りとするシラマの町のギルドに、国より強い権限をもって一任されている。
さらに、地元ギルドに所属するハンターの腕前も粒ぞろいであり、報奨金も国庫より支出されるものなので、安定して高い報酬が期待できる。それゆえ、定期的に舞い込む
しかし今回、一体どんな下手を打ったのか、それともどんな手強い大物が現れたのか。所属する腕利きのハンター達がほぼ壊滅し、ギルド自体が当分再起不能状態という深刻な事態に陥っているという。シラマのギルドにとっては大損害であり、同時にメンツと信頼を大きく失わせる大失態である。
現にこうやって、自領だけでなく、他領のギルドの人間の介入まで許し、
だが一方でこの一件は、派遣するべき戦力の見直しと、今回のような万が一が起こったときに町ギルドが稼動不能になるというリスク回避の対策とを検討させる、契機となったのではないだろうか。
もっとも、こちらとしては、定期的に発生する仕事の案件が、今後増えるかもしれないという、それだけの話でしかない。不謹慎ではあるが。
しかし、何にせよ、だ。
「シラマの連中―――同情するぜ」
馬車の後部の座席が静かになったと思ったら、アリシアがエルフィオーネに寄りかかってすうすうと寝息をたてている。喋り疲れてしまったようだ。
戦闘を前にし、功名心への下手な気負いや緊張は無無いようで何よりだ。―――まあ、戦闘に関しては、アルフレッドが心配する余地など、全く無いだろう。むしろ実力の差を考えれば、アルフレッドのほうが心配されても可笑しくないのだから。
問題は隣にいる、この坊ちゃんだ。このお方が気がかりで、原稿にまるで身が入らない。
正直なところ、戦力としては期待していない。「特別枠」の従騎士というのは結局のところ、一般の従騎士と比べて、抜群に魔術が使える、抜群に武術に優れている者でしかないのだ。何が起こるかわからない命を賭した「実戦」というものを、どれだけ経験しているかは、馬車に乗る前の様子から察するに、かなり怪しいものだ。
要するに、言葉は悪いがマスターの言うとおり「子守」だ。それが必要なのだ。驚天動地の戦闘力を誇るアリシアまで出張らせて、彼女にやらせる仕事としてはいささか役不足なのではとも思ったが、その理由が、相方のほうにあるとしたら、なるほど合点がいく。
どうせ総務課に乗り込んで、「是非ともこの一件を」と、せがんだのだろう。その情景が容易に思い浮かぶ。それで、仕方なく了承して、苦肉の策として、最強の子守役であるアリシアを付け、事情を説明して頭を下げるシーンまで想像できた。ひょっとして、何かあったら入校時の免責すらすっ飛ばすほどヤバい、国家の重臣クラスの子息なのかもしれない。
当の本人は、馬車に乗り込んだ時から、汚れ防止のカバーをつけた本をひたすら無言で読んでいるが、その本の内容、本当に頭に入ってきているのだろうか。
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