第22話 シラマ地区魔物討伐 その4




「ちょっと、失礼するけど」

 いきなり、講堂の出入り口で声がした。

 まだ声変わりもしていない、少年の声だった。おおよそ、この施設には似つかわしくない声音である。アリシアとシャーロットはほぼ同時にその方向に目線を向けた。

 少年は、腕を組んだ居丈高な格好で立っていた。肩口まで伸ばした、さらりとした銀髪と中性的な顔立ちが特徴で、身長も、小柄なアリシアより少し高いといったくらいだ。  

「アークライト領侯女のアリシアさんって、あなたのこと?」

「え、私?」

 つかつかと、周囲の視線を気にすることなく少年は教室に入ってくる。しかもかなり気安いというか、物怖じしない。ある種傍若無人ともとれる空気をまとい、一歩一歩アリシアに近づいてくる。

「ええと、何の用かな。んーと、んーと……。あ、思い出した! 今年の『特別枠』の、ルテアニア王国第六王子・サーノス殿下だよね……いや、でしたよね?」

 慌てて口調を糾し、畏まりながらスカートを摘み、ぺこり、とアリシアは頭を下げる。

 国家魔術騎士養成学校の入校は、基本的に15歳からという規定が存在する。だが一方で、優れた武術もしくは魔術の使い手であれば、特別難関の試験を経る必要はあるが、規定の15歳より若年でも、入校が認められる制度が存在する。それが通称「特別枠」である(学費が払えない平民や貧民層からも優れた人材を発掘するため、規定年齢より高い者が、学費の一部もしくは全額免除の特待でもって「特別枠」として入校してくる例もある)。確かサーノス王子は今年、若干12歳で試験に合格し入校したとのことで、当時、その身分と共に話題になっていた。ちなみに、アリシアも2年前、12歳で「特別枠」で入校した身である。

 同じ若年の「特別枠」同士、会って少し話などしてみたいとは思っていたが、藪から棒にあちらから近づいてくるとは。身分の話題は校内ではご法度なのだが、それでも目の前に立っているのは、隣国の王子だ。こういっては何だが、クラス内に、アリシアより格上の身分の両親を持つ者はいないこともあり、心の準備もなく、自身より更にやんごとなき身分の相手を前にして、怖気づくなというほうが無理というものだ。

「あ、あの、わたくしに一体いかなるご用向きで……」

 サーノスはうんざりした口調で首を振った。

「あーあー、やめてよ。身分を掲げてふんぞり返ったり服従させたりするのは一番の校規違反だろう? 変な目で見られる上に、あなたのほうが上級生なんだから、普通でいいよ普通で」

「あ、そうだったか……ごめんね。じゃあサーノス王子、御用は何かしら?」

 すこし、安心したようにサーノスは表情を和らげる。そしてアリシアはそれ以上に安堵し、胸をなでおろした。

 サーノスはこほんと咳をすると、書類を一枚取り出し、わざとらしくひらひらと指で掴みながらそれを見せびらかす。

「総務課から、『課外実習』の指令だよ。シラマって言ったっけな。そこで、手強い魔物が発生して、討伐に難儀しているらしい。あなたも領主代行なら、知ってるんじゃない?」

「あー……、うん。……うん、たぶん」

 最後のほうは、完全に小声だった。

 毎日のようにアリシアのもとに送られてくる、領内で起こった事件等の報告書の数々。処理を行うのは実家の家臣達なので、全てにいちいち詳しく目を通しているはずはない。隈なく探せば必ず出てくる案件なのだろうが。

 もっとも、そんなことなど、いやしくも他国の王族に向かって言えるはずもない。

「最早、地元のギルドの手に負えなくなって、他領も巻き込んでの討伐依頼が出ているらしいよ。今回は、そのうちのアークライト領側のギルドに同伴する形になるんだって。なんでも、高位の魔術師も一緒について来るんだとか」

「へぇ、高位の魔術師……かぁ。騎士学校以外に、そんな名の通った人、居たっけなぁ。この近辺に―――」

 真っ先に頭に浮かんだのは、つい先刻、シャーロットとの会話の中で、話題の的となっていた人物だ。

 まさかとは思うが、もし、本当に彼女が出張ってくるなら、今まで見ることの叶わなかった実戦での腕前を、ぜひとも拝んでみたい。

 それに、もう一度彼女と会って話したいこともある。

「どうでもいいけど、受けるんでしょ? 自領の厄介事なんだし」

「勿論そのつもり。今から腕がなるわ。わざわざ言伝にきたってことは、私の相方はサーノス王子、あなたってことでいいんだよね」

 ああ、とサーノスは相槌を打つ。

「よーしっ。じゃあ、お姉さんがしっかり守ってあげるから、よろしくね! 王子!」

 アリシアはサーノスの両手を握り、先輩風を吹かせる。

 対して、急に馴れ馴れしく、しかも面と向かって手を握られたサーノスは、顔を紅潮させた。照れで視線を逸らしたことを気取られないよう「この人、いつもこんな感じなの? そこのエルフのお姉さん」と、視線の先にいたシャーロットに、話題をふっかける。

「え、ええ。まあ……」

 唐突に話しかけられ、彼女はうろたえながら、茶を濁すような笑顔で答えた。

「庶民派すぎるのも、どうなのかと思うけど……」

 そう言うと、サーノスは素っ気無く、その手を振り払い、背を向けた。

「あら、つれない」

「僕とあなたはお互い功のみを競い合うべきだ。馴れ合うつもりは毛頭無いし、何より、守ってもらおうなんて、もっての他だ。お互い、無様な姿を晒して国の恥にならないよう、せいぜい気をつけようじゃないか。お姫様」

 振り向くことなく、出入り口へと、来た時同様の足取りで歩いていく。そして退室する際、「出立は明日の9時だ。詳しくは総務課で、教官から聞きなよ」と、無愛想に残していった。




「アリシアさん、大丈夫?」

「また、面倒なのと組まされる事になったみたいね」

 そんなことを口々に、講堂に散って様子を見守っていた級友クラスメートたちが、アリシアの元に集ってくる。

「ああ、みんな有難う。いきなりで驚いちゃったけど、大丈夫。それにしてもサーノス王子か……ちょっと素直じゃないけど、可愛い子じゃない」

 手を握ったときの反応を思い出し、表情をほころばせる。級友達は引きつった笑みで、「さすがは『蒼雷侯』の娘」「やっぱり大物だよ、貴女は」と半ば畏敬をこめたような口調で言う。

「後輩の話だと、相当クラスの中でも浮いているみたいよ。みんな、どう接していいかわからなくて」

「そもそも、なんで自国のじゃなく、わざわざ隣国の魔術騎士学校に留学してきたんだろうな。ルテアニアって言ったら魔術先進国の触れ込みで有名なのに」

「それがね、この留学、実は本人の志願らしいよ。傍迷惑なことに。何か政治的な意図があるのかと思ったら何のなんの」

「ええー……本当なのそれ」

「王族って無駄にやんごとなき身分のせいで、下手に扱えば、国レベルの問題に発展しかねないのよね。だから、ついたあだ名が、『歩く外交問題』」

「今回の課外クエストで怪我なんかさせたら、それはそれは大きな問題になるんだろうなぁ。いくらウチの校風が実力主義、実戦主義とはいえ、リスクが大きすぎるよ。学校側も、何を考えてるんだか……」

「もう。アリシアさんに余計なプレッシャー与えてどうするのよ」

「でも、『僕とあなたは功のみを競うべきだ』なんて、大言吐いてたけど、実際のところ、実力ってどんなものなんだろう。『特別枠』の選考基準は、『魔術か武術に特に秀でている』ことだからね、いちおう」

「いや、どうかな。相手は王族だし、学校側がその名に屈した可能性も捨てきれないさ」

「何にせよ、いくら王族とはいえ、あのような厚顔無恥な妄言と態度は失礼千万。せいぜい、わたくしたちの姫様の足手まといにはならないようにお願いしたいものですわ」

 本人がいないからと、好き勝手に風評を垂れ流す級友達。アリシアはそれらをつぶさに聞いていたが、芳しい印象の話は何一つ出てこなかった。

 いい加減、辟易うんざりしたアリシアは「じゃあ、明日は課外だから、私はこれで」と、シャーロットの手を引いた。そして去り際に、級友たちに向かい、拳を握り、自信に満ちた笑顔で宣言する。

「どんな子であれ、後輩の子を守るのは先輩の義務よ。彼は本意じゃないかもしれないけど、力の限り、全力で守るんだから」




 ◆◇◆◇◆




「『彼は本意じゃないかも』か……。わかってるなら、お節介だよ。……本当に」

 出入り口の陰に背中を凭れさせながら、サーノスが忌々しげにポツリと呟く。

「そう。悠長に守ってもらってる暇なんて、僕には無いんだ……」

 訓練や演習ではない、命を賭けた「実戦」。

 生まれて初めて挑むそれに向けて握り締めた拳は、未だに震えが止まらない。

 止まれ、止まれとこんなにも命じているのに。

 この第六王子という名は、自分自身に命令を下すことすら叶わない。それほど、貧弱なものだとでも言うかのように―――。



 彼女が、アリシア達が講堂から出てくる。

 そこに居たと気取られぬよう、サーノスは足早に場を後にした。



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