第21話 シラマ地区魔物討伐 その3




「お待たせした」

 小部屋より、久々にメイド服から一張羅に着替えたエルフィオーネが出てくる。ビスチェ仕立ての黒のコルセットに、薄絹の腰巻の下はホットパンツなのか下着なのか判別のつかない切れの鋭い白のボトムス、これに魔術式が刻印された白のローブを纏う。見るからに魔術師というべき、胡散臭い格好である。優雅に歩く姿に、周囲のギルドメンバー達が次々と振り向き、ざわざわと騒ぎはじめる。

 周囲の注目を歯牙にもかけず、彼女はアルフレッドとギルドマスターの待つ机へと向かい、椅子に腰掛けた。

 無駄話はせず、即刻、仕事の話に移る。隻眼で顔面傷だらけのマスターが、品定めするようにエルフィオーネを観察する。

「術具は?」

「この衣装だ。主にさっきまで取り上げられていたがな。必要な術式は全てここに刻印されている」

 ローブの裾を掴み、魔術式が書かれた場所をこれでもかと見せ付けるエルフィオーネ。

「純正の魔術師か。魔術書は?」

「持ち合わせていない。そんな物は荷物になるだけだ。疑うようなら、試し撃ちを披露してもいい」

「いや結構。さっさと話を進めよう。アルフレッドの紹介なら、間違いは無ぇだろう。何てったって、数ある国家魔術騎士養成学校の中でも最高峰の武闘派が揃う、アークライト領校に居た男だからな」

「マスター、その話はしない約束だって」

 間違いは無いとは言われたが、実際のところ―――戦闘における彼女の実力を、直接目にしたことは、未だに無い。

 だが、不安も無かった。と言うより、一体どれほどのものなのか、この目で拝んでみたくさえあった。

 彼女が、己の身体に術式を刻印していることは、アリシアから密かに聞いて知っている。俄かには信じられなかったし、実際に見たわけでもない。だが、彼女なら、それぐらい平然と成功させてしまっていても不思議ではない。根拠は無いが、そんな確信がある。

「しかし、シラマ禁足地区魔物討伐か……。なんでウチだけじゃなく、隣領からも応援を集ったんだろう。ここに魔物が突然湧くのは今に始まったことじゃない。しかも、地元シラマのギルド連中のお抱えの縄張シマで、よそ者の介入チャチャは今まで絶対に許さなかった。連中が定期的に仕事にありつける、絶好の『狩場』のはずなのに」

「……あっちのやり手が、殆どやられたんだとさ。死人も出てる。生き残った奴らも、当分使い物にならないくらいの重症らしい。あそこはカンタベリー領とは目の鼻の先だ。『この体たらくだと魔物がウチの領地に侵入してくる』ってイチャモンをつけ、有無を言わせず介入してきたらしい。だが、領内で起こっていることである以上、アークライト領のモンにも面子って物がある。無理矢理一枚噛めるよう、俺が交渉したのさ。質問の答えはコレでいいか?」

「ヤバイのが居るってことか……気を引き締めてかからないとな」

 言い終わるや、マスターが灰皿に葉巻をぎゅっと押し当て、口を開いた。

「本当は、依頼する相手はもう決まっていたんだがなぁ」

 万年筆を書類に走らせながら、マスターが忌々しげに呟く。

「む。一体誰に?」

放浪フリーの国家魔術騎士―――『不動のディークマン』って奴だ。聞いたことあるんじゃないか?」

 ぴくり、とエルフィオーネが反応を示す。

「『不動のディークマン』……ほう、こんな所にまで来ていたのか」

「ふん。やはり魔術師界隈では有名なようだな。奴は最近になって、この地にふらりとやって来て、ギルドに短期の契約をしていったんだが……」

 ふぅー、と次の葉巻に点火し、ため息と一緒に紫煙を吐く。

「エルフィオーネ、そいつ、知ってるのか?」

 アルフレッドが思わず聞き返す。

「国家魔術騎士の称号を持つ魔術師でありながら、特定の要職には就かず、魔術の道をひたすら極めんと諸国を放浪している変わり者だ。一度ひとたび魔術式を展開したなら、その場を一歩も動くことなく勝負を決してしまう事から、その名がついたという。魔術師の業界では結構な有名人だ。私も、何度かつらを拝んだことがある。あまり好みの顔ではないが、なかなかの渋面いぶしぎんだとは思うな」

 顎に手を当て、料理を吟味するように頷くエルフィオーネ。

「その渋面だがな。どういうわけかこの数日間、連絡が取れねぇでいる。賃宅アパートももぬけの空らしい。この肝心なときに、どこをほっつき歩いてるのやら」

 聞けば、ディークマンはギルド側の報酬の取り分を格段に割り増すかわりに、大きな仕事があれば真っ先に情報を渡すよう密約していたらしい。要するに人件費が安いのだ。ひたすら求道に邁進する人間らしい姿勢ではある。

「だが、行方がわからねぇンじゃ仕方が無い。カンタベリー領のギルドの都合もあるし、現場では、現在進行で被害が拡大している。ヤツの行方を捜索するより、他の連中を雇ったほうが早いと思って、急遽募集に踏み切ったわけだ。それに、今日明日中に面子が決まらなきゃ、自領内でのことなのに、カンタベリー領のギルドにこの大仕事を全部持っていかれるところだった。ほんとうにお前は、意図してもいないくせにギルドの大事なところのケツを持ってくれるな、アルフレッド」

「褒め言葉として受け取っておくよ、マスター。で、あちらさんの面子は?」

 マスターは「ああ」とだけ言い、書類の山から、付箋の貼られた書類を一枚引き抜く。

「カンタベリー領からは、『冥府渡めいふわたし』ディエゴ=フォズリフ神父が派遣されることが決定されている。本人は一人で十分と豪語しているらしいが」

 うわ、とアルフレッドは引きつった笑みを浮かべた。

「よりによってあの人か……。血の雨が降るな、こりゃ」

「あと、少し面倒なんだが……」

 さらに二枚。付箋付きの書類を引き抜く。

「ウチから面子を出す場合、国家魔術騎士養成学校からも、『実習』ってことで、二人ほど同伴させてくれって要請が来ている。それも、社会貢献ってことでついでに受けることになる。そいつらの子守も、同時にしてやらなきゃならねぇ」

 あー、とアルフレッドは懐かしそうに繰り返し頷いた。

「相変わらず、実戦経験積ますことに余念が無いねぇ、アークライト領校は。だが、こんなでかい一件に出張らせるくらいだ。さぞかし優秀なのが来るんだろうな」





 ◆◇◆◇◆





「浮かない顔してますね、アリシア」

 国家魔術騎士養成学校アークライト領校の本日の座学の時間は終了し、放課となった。

 夕陽のさす、生徒の数もまばらな教室の机の上で突っ伏し、気だるげに鉛筆をくるくる回すアリシアに、長い耳の、碧髪の少女が語りかける。エルフの少女、シャーロットだ。

「ああ、シャーロットか。別にぃー。何でもないけど」

「明らかに、元気が無いように見えます。さっきの座学の時間、完全に上の空でしたよ?」

「そうだったかしらねぇ?」

 アリシアと向き合う形で、椅子を持ってきて座るシャーロット。そして、顔を覗き込むように言う。

「アルフレッド先生のことでしょう?」

 アリシアは回していた鉛筆をぴたりと止めた。そして、鼻で苦笑いをする。

「やれやれ、シャーロットには筒抜け、か」

「ええ。このあいだ、収穫祭の時以来に先生のところに訪問にいったでしょう。その帰りの時から、明らかに様子がおかしいのですから。考えられるのは、それしかありません」

 アリシアはすぐには返答せず、ゆっくりと立ち上がる。

「―――あの女っ気の欠片もない唐変木アルフレッドにも、いつかはこういう日が訪れるって解っていたつもりだけど、いざその時になってみると、結構もどかしい気分になるものね」




 二日前、アリシアとシャーロットは、再びアルフレッドが間借りしている、エーリックの別荘へと足を運んでいた。色々なことがあった、収穫祭の時以来だった。

 はじめは、「美人エルフィオーネに奉仕されすぎて骨抜きにされてるようだったら、活をいれてやらなきゃ」と息巻いていたアリシアだったが、いざ玄関をくぐってみると、そこには予想の斜め上をいく光景が待っていた。

 まず視界に入ったのは、メイド服姿がすっかり馴染んだエルフィオーネの姿だった。さも当然のように清掃用具を持って周囲の掃除をしており、アリシア達の来訪を確認すると、「ああ、いらっしゃい。すぐに茶を用意する」と、足早に台所キッチンにかけていった。

 アルフレッドの元に訪れた時に茶を汲んだり掃除をするのは、いつもであればアリシアの役目というか、恒例行事となっていた。アルフレッドからは「なんで客のはずのお前が」と散々、変だと指摘をうけていたことだったのだが、まさかその役を取られて、逆に客人としてもてなされてしまうことになろうとは、思ってもみなかった。あの服は、あくまで、作業着として送っただけだったのに。

 エルフィオーネは茶汲みと清掃とを終わらせると、即座にアルフレッドの対面の席に座り、書き上げたばかりの原稿を、鉛筆片手に目を通し始めた。一仕事を終え、アリシアを傍らにゆっくり茶を啜るアルフレッドを余所目に、本当に読んでいるのか怪しいほどのスピードで一枚一枚頁を読破するエルフィオーネ。だが、時折読みおえたはずの頁に戻って、眉根を捩りながら、サラサラと何やら書き込みをしたり、線をビッと引いたりと、行っている作業自体は決して適当なものではないことは伺えた。

 アリシアとアルフレッドの談笑の話題が一区切りついたのを見計らったかのように、エルフィオーネが「少しいいか」と仕事の話題を持ち出す。彼女はアルフレッドのすぐ傍、それもお互いの息がかかるほど近くに座り、原稿での指摘箇所を矢継ぎ早に口走っていく。片やアルフレッドはそれを頷きながら忠実にメモしていく。中には、まさに駄目出しと言わんばかりの辛口な指摘もちらほらあり、まさに「仕事」といった雰囲気が相応しい空気が、そこには流れていた。

 だが、どちらも気兼ねなく意見を交わしあい、時には笑いあってみたりと、傍目にはまるで、信頼し気を許しあう相棒、それどころか、長年付き添った夫婦のようにすら見えた。

 結局、アリシアの役目は、全てエルフィオーネが持っていってしまい、その日一日を、完全に客人としてもてなされてしまった。

 アルフレッドが堕落したワケではないのはわかった。それは安心できた。だが、アリシアの胸中には、例えようのないモヤモヤしたわだかまりが、終始消えなかった。

 そして、今に到るのである。




「そりゃあさ、エルフィオーネのことは好きだよ。ちょっと変なところはあるけど、やさしいし、話は面白いし、色んな見たこともない魔術を教えてくれるし、買い物にも付き合ってくれるし……。しかも、家事全般は全部そつ無くこなす上に料理は実家のシェフも顔負けの腕だし、何よりキレイだし。なんていうか、どれをとっても叶わないって言うか」

「要するに、妬きもちですか。多分、そんなことだろうとは思っていましたが」

 アリシアが半ば忌々しげに笑う。

「さすが、わかってるねぇー」

「最後のほうはエルフィオーネさんのことしか言っていないですし」

 やれやれとシャーロットも仕方なさそうに笑う。

「なんて言うか―――ああ、思い出した。あの時の感覚に似てるんだ」

「あのとき?」

「うん」

 アリシアは大きく、あくびと一緒に背伸びをすると、暮れなずむ夕陽の見える窓辺に立ち、ぽつりと言った。

「エーリックお兄様が、姫姉様ひめねえさま……、いえ、ジェシカ王女様の近衛騎士団に配属されたって報告を聞いた時よ」



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