第20話 シラマ地区魔物討伐 その2
「アルフレッドの旦那!」
道すがら、筋肉質な八百屋のおやじが、横から酒焼けした声で呼びかけてくる。
「よう親っさん。新鮮なの、はいってる?」
「ああ、そりゃあもう! それはそうと、こないだの大猪退治、本当に助かったって、農園の連中感謝してたぜ!! 以前のヤクザ者の巣窟みてえだった時ならともかく、今のギルドなら、絶対に引き受けてくけてくれるって、連中に勧めた甲斐があったってもんさ!」
アルフレッドは手を横に振りながら、同時に首を横に振る。
「ああ、あんなの。魔物討伐に比べりゃ猫とじゃれてるようなモンだし、それに、あの後、
「かぁーっ、さすがは旦那だ。若いのに、男だねぇ。ところで―――」
おやじが視線を、まるで人形のように微動だにせず屹立するエルフィオーネに向けた。エルフィオーネは無言で、軽く礼だけする。
「あん時は照れ隠しで言ってると思ってたんだが―――本当にその別嬪さん、旦那のコレじゃなくて、ただのメイドさんなんだな。俺ぁてっきり……」
その話題は、今日で二度目だ。アルフレッドは「またかよ」と苦笑しながら溜息を一つ吐いた。
「旦那、俺ァこんな別嬪、今までに見たことがねぇ。若い男女ふたり、邪魔する奴もいねぇ。そんな状態で一つ屋根の下で暮らしといておきながら、何の気も起こさないなんて、ちーっと俺には信じられねぇな。色々な意味で」
思い切りエルフィオーネに聞こえるような声で言う。が、相変わらずエルフィオーネは、眉一つ動かす様子すらない。これに付け加え「一晩好きにしていい」といわれて指一本触らなかったことを話せば、何といわれるのだろうか。
「じゃあ親っさん。帰りにまた寄るよ。それまでに今夜は何作るか、この子に決めてもらうから」
有耶無耶にしてその場を後にする間際、おやじがエルフィオーネを呼び止めた。
「ああそうだ、メイドさん。こいつは俺からのサービスだ。これでご主人様に、精のつく料理やつ、作ってやってやんなよ!」
そう言って―――特大の山芋を手渡した。
その後も、道行く道で声をかけられ、その度に仕事を請けてくれた礼と、エルフィオーネに関する話題を同じように持ちかけられる。ギルドの事務所前に辿り着いた時には、総計何度になっただろう。4回目以降は面倒臭くなって数えるのをやめてしまった。それに、もらい物の数も随分なものになった。
「今日は蕎麦にしよう」
ぽん、と唐突に手を叩くエルフィオーネ。どうやら、くそ真面目に、もらい物での献立を考えていたようだ。
「なんだ? ソバって」
「ナ国のスープパスタみたいな物だ。もらい物の中にあった。これに山芋をおろしたものをかけて、卵を落として食べると絶品だ。さっきの店主が言っていた通り精力もつく。仕事の前日に食うにはぴったりだ」
「……律儀に使うのな。半ばセクハラみたいなもんだろ、これ。何度か町の人達に誤解されたぞ」
と、バックからはみ出て顔を出す馬鹿でかい山芋に指を指す。
「だが、タダで食材が手に入った。ありがたく頂戴しようではないか」
「やれやれ、相変わらずたくましいことで」
「そっちこそ、相変わらず町の者に人気だな、主様。」
エルフィオーネが含みのある声音と微笑で、アルフレッドに語りかけた。
アルフレッドは苦笑しながら、応える。
「ところがどっこい、職場ギルドの連中からのウケはあんまり良くないんだよ。さっきのボンズの兄さんがいい例だ」
「―――困っている人間を見捨てておけない。生来、そんな性分なんだろう? だから、金にもならない些細な仕事でも、放っておけずに自ら引き受けてしまう。副業と一緒で、本当に商売っ気の無い、苦労するやり方を好むんだな。まあ、私は、貴方のそういうところが気に入っているんだが」
やれやれ、耳が痛いな。アルフレッドがはにかむ。
「―――困っている人間を放っておけない、か。実は、そんな立派なモンじゃないんだな、これが。結果だけ見れば、間違っちゃいないけど」
「―――ほう?」
秋晴れの青空を見上げ、アルフレッドは回想する。
「
海に面するうえ、国境の近くに位置するが故に、このアークライト領は、ワケありの流れ者や難民が、特に多い領地である。
そして、そういった戸籍をもたないマイノリティ達が、立場や生活に困窮した挙句に、ギャングやヤクザ組織に組み込まれてしまうことが多いため、膨張する組織が暴力をふりかざしてのさばれないよう、このアークライト領内では、そういった者達に対し、特別厳格な法律が布かれている。色々な規定があるようだが、その本質を一言で言うなら「ギャングやヤクザ組織が、暴力を背景に行う活動の一切を認めない」というものだ。
たとえば、ヤクザ達が、店主をおどして、地上げや、みかじめやショバ代を要求したとする。すると、コワモテの
もし、企業や店の警備員や用心棒になろうと思ったなら、必ず、その仕事を斡旋する、陽のあたる民間の業者やギルドに、正当な証文上の契約をもってしなければならない。このように、彼らの
「こういう荒事商売はヤクザや荒くれ者が適任だ。得体の知れないただの20歳のガキが入ってくるなんて、想像すらしてなかったんだろう。でも、俺の取り柄って言ったら、人並み以上には頑丈な体と、この剣しかなかった。だから、人のために何かしようと思ったら、ここしかなかったんだよ」
ぽん、と後ろ腰の、剣の柄を叩く。
「成程。それで、所構わず請け負う仕事を探し回ったのか」
「そういうことさ……最初の一年は、地べたを這い蹲るって言う言葉が似合うくらい、なりふり構わず町を駆け回ったなぁ……。まあ、そのせいで、すっかりギルドも有名になっちまって、入ってくる仕事も圧倒的に増えた。術具をぶん回すような仕事ばっかりじゃないから、不満に思ってる血の気の多いヤツも、結構いるんだけどね」
「経営者はそれをどう思っている?」
「当然、金になればそれでいいって腹さ。一応、ギルドの連中は腕利きばかりだから、嫌々言いながらも派遣された先々で実績を残している。連中が気づいていないだけで、ちゃんとギルドの看板は上がってるんだとさ。だから今まで通りにやれ、とのお達しだよ」
「なんだ、結局、貴方のおかげじゃないかアルフレッド」
もっと誇れとでも言いたげなエルフィオーネ。だがアルフレッドは首を横に振る。
「結果論だな、それは。決して誇れるモンじゃない。全部、自分のためにやったことで、ちょっと道を踏み誤れば、それこそボンズの兄さんの言うとおり、ナメられて安請けの何でも屋に成り下がってしまっていたかもしれない。落とし前つけろって、裏で消されてたかも」
ははは、とアルフレッドは冗談めかして笑った。
「まあでも―――」
そして、再び青空を見上げながら、言う。
「人助けして『ありがとう』って言われるのは、やっぱり気分がいいもんだ。だから俺はこの仕事が合ってる」
そして、「それに」と続ける。
「俺は、この領地のいろんな人に、一生かかっても返し切れないくらいの恩を受けて今まで生きてきた。それを、ちょっとでも返せてるって気になれるし、何より―――」
「―――俺みたいに『魔術』に見放された、人間の出来損ないみたいな奴でも、この世界に存在していてもいいんだっていう気になれるからな」
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